表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

勇者、襲来

魔王が魔王城を彷徨っている間に、魔界へと侵入を果たした勇者一行が魔王城へと辿り着いた。

それは、魔王たちの想定をはるかに上回る侵攻速度であった。

 丁度魔王が、城に放っている魔導生物に追い込まれた挙句トラップを起動してしまい、本日二度目の落下(・・・・・・・・)を体験している頃―――。

 

 魔王が魔王城へと入った「魔王門」とは正反対の位置にある「魔王門 裏」より、魔族とは異なる種族の一団がやはり魔王城へと突入しようとしていた。

 男性が1人と、3人の女性がそのパーティを構成する面子であった。


 見るからに重厚な鎧を身に纏い、手には巨大な両手斧。

 背中には頑丈そうな盾を背負い、説明を受けなくても戦士だと分かる出立はこのパーティ唯一の男性。


 その男性よりも軽装な印象を受けるものの、綺麗な金髪を(なび)かせた美しい顔立ちの少女が装着する胸鎧(チェスト・プレート)籠手(ガントレット)脛当(レギンス)は美しく白銀に輝き光を振りまいており、見た目よりも防御力に優れている事を想像させた。

 事実、彼女の纏っている装備は一式、精霊の加護を受けた非常に稀有な代物だった。


 今はフードを被っていない紫紺のローブを身に纏った女性からは、燃える様に紅い麗髪が風に(なび)いていた。

 長い髪を頭の後ろで一括りにしており、強い魔力が発するローブの暗紫色(あんししょく)によりその美しさは一層際立っている。

 彼女が手に持つ奇妙な形をした、それでいて背丈よりも長い杖を見れば彼女が魔術に長けた者だと分かるだろう。


 最後の一人も女性である。

 美しい黒髪は他の二人に劣るものではないが、その髪を短く切り揃えられているのは残念に他ならない。

 もし長く伸ばしていたならば、漆黒の夜空を連想させるほどの美髪なのは間違いなく、その髪が光を反射させたならば、それは闇黒の夜空に瞬く星すら思い起こさせていただろう。

 厚手の青いローブはどこか高位の聖職者を思い起こさせるが、それ自体に高い防御力は感じられない。

 胸当て(ブレスト・ガード)足防具(シン・ガード)をその法衣の上から身に付けており、陽の光に青翠(あおみどり)の光を放つその金属もまた魔力を有している様に伺え、見た目通りの防御力ではないと物語っていた。

 聖職者だけが持つと言う銀の錫杖が、降り注ぐ太陽の光を受けてキラキラと輝いていたのだった。


 如何にも強力な力を持っている様な、如何にもな装備に身を包んだ一団は、間違い様もなく人界から魔界へと攻め入って来た勇者パーティであった。




「……ほんとに着いちゃった……」


 美しい金髪を掻き上げながら、少女は天を衝く様にそびえる魔王城の天守を見上げてポツリとそう呟いた。

 その時、耳に掛かった一房だけ蒼銀の髪が、陽光を照り返してまるでアクセサリーの様に煌めく。


「ちょっとカ―――レ―――ン―――? 私の占いを疑ってたってゆぅの―――?」


 魔法使いと思しき女性が、半眼となったジト目をカレンと呼んだ少女へと向けた。


「マ、マーニャッ!? そ、そんな事ある訳ないじゃないっ!」


 カレンは魔法使いのマーニャに向かい、慌てて自身が呟いた言葉を訂正した。

 マーニャはプーッと頬を膨らませて拗ねた態度を取ってはいるが、カレンの言葉が本気ではない事は短くない付き合いで十分に承知している。

 そしてカレンも、彼女の占いが外れるなどと言う事は露ほども思っていなかった。

 それはここに至るマーニャとの旅で、嫌と言う程カレンも目の当たりにした事実だった。


「カレン―――そんなに気にする事はありませんよ―――? そこの魔術女(・・・)も―――カレンの言葉が本意ではない事を承知していますから―――」


 ニコニコと微笑んだ表情を浮かべたままで、青い法衣の女性は何処か間延びした言葉をカレンへと投げ掛けた。

 話し掛けているのはカレンに向けての筈なのだが、その“棘”はどこかマーニャの方へと向いている。


「あ―――ん……? エレーナ、あんた私に喧嘩売ってんの?」


 それを漏らさず汲み取ったマーニャは、エレーナと呼んだ女性へと鋭い視線を向けた。

 決して冗談に思えない様な強い雰囲気を醸し出したマーニャを前にしていると言うのに、当のエレーナは表情一つ変えず、それどころか何処か涼し気な表情でもある。


「いいえ―――? 魔術女になどわざわざ喧嘩なんてお売りいたしませんよ―――? 何といっても(わたくし)は神に仕える身ですもの―――」


 だが誰がどう聞いても、エレーナと呼ばれた神職の女性がマーニャに毒を吐いているとしか取り様がなかった。


 それもその筈で、人界に広まっている神を崇める教義の殆どは、「魔女」の存在を認めていなかった。

 それぞれの教えに相容れる処が無く、時には反目や対立をしていたとしても、「魔女」に対する立場は同じであり総じてその存在を否定するのが殆どであった。

 職業(クラス)としての「魔法使い(ソーサラー)」や「魔術師(メイジ)」と違い生粋の魔に属する者(・・・・・・)である「魔女」は、人界にあるどの宗教からも忌み嫌われており、聖職者であるエレーナも同様に彼女の同行を快く思ってはいなかったのだ。


 しかし旅は人を、その考え方を大きく変えるものだ。


 しかも只の旅ではなく、命を懸けた戦いの旅なのだ。

 どれほど忌み嫌っていても背中を預ける以上信用しなければならず、戦いを繰り返す内にエレーナの中の(わだかま)りや偏見も随分と氷解していたのだった。

 だがエレーナがその事を表立って表現するには、彼女はまだまだ若すぎた。

 そしてそれは、人界一の勢力を誇る宗派より、「暁の明星(プライム・ビーナス)」と謳われる彼女でさえ仕方のない事だった。


 一方の「魔女」であるマーニャはと言うと、その事にあまり頓着はしていなかった。

 彼女に限らず「魔女」である人々は、一方的に敵対され迫害を受けている立場であるにも拘らず、人界にある「魔女」を否定する宗派に対して特別な感情を持っていなかったのだった。

 そしてそれは、当然マーニャも同様であった。

 これは幸いにも、マーニャの親しい者が直接の迫害を受けた事が無かったと言う一因もあるが、「人を見ず、国を見ず、世界を見ずに、ただ真理を見よ」と言う魔女独特の教えに依るところが大きい。

 人の立場や国の政策、世界の流れがどれだけ変化しようとも、ただ真理だけを見つめ、ただそれだけを求めると言うのが「魔女」達の欲求であり願いであったのだ。

 実際マーニャにはエレーナに対して思う処などないのだが、普段は澄ましているとは言えエレーナはマーニャの事となるとすぐにムキになる。

 エレーナ本人がそれに気付いているかどうかは兎も角として、マーニャは彼女の反応が面白くいつもエレーナの挑発に乗ったフリ(・・・・・)をしているのだった。


「おいおい……カレン、マーニャ……それにエレーナも。少しばっかり気を抜き過ぎじゃないか? 本番はここからなんだぜぇ?」


 ずいぶんと賑やかな (?)女性陣に水を差したのは、このパーティ黒一点(・・・)の見紛う事無き屈強な戦士であった。

 武器を持つその腕も、装備のそこかしこから覗く彼の四肢も、良く見なくとも筋肉と言う鎧に覆われている事が分かった。

 そもそもそこまで確りと彼を観察せずとも、鎧越しでも彼の身体が鍛え抜かれている事はすぐに分かる程だったのだ。

 ともすればすぐにガールズトーク (?)へと走りそうな三人を、この旅の間中ずっと引き締める立場に徹して来た彼であったが、その甲斐あってすっかりと嫌われ役が板についてしまっていた。

 今も声を掛けた彼に向けて、三人の冷たい視線がビシビシと投げ掛けられている。

 勿論、本当に嫌われている訳ではなく、どこか「口煩(くちうるさ)いお兄さん」と言った役どころなのだろう。

 もっとも、騎士団出身の彼は生真面目な所があり、いつも彼女達に口喧(くちやかま)しく言っていたのでそれも仕方のない事であった。




 カレンは、ズイッと一歩彼へと向けて進み出た。


「ちょっと、ブラハムッ! 私達は油断なんかしてないわっ!」


 ブラハムと呼ばれた男が注意を促す時、いつも決まって反論の口火を切るのはカレンだった。

 彼女の少女ながらに美しい顔は彼の物言いに対して気分を損ねているのか、細く綺麗な眉根を吊り上げて不機嫌さを前面に押し出していた。


「……それなら良いんだけどな……。忘れるなよ? ここは魔界の最深部、魔王城の真ん前なんだからな?」


 しかしブラハムは彼女の機嫌などどこ吹く風で、目の前にそびえ立つ魔王城を見上げてそう告げた。

 それに釣られたのかカレンも、そして他の二人も同じ様に上方を見やる。

 ゴクリッ……とカレンの喉が鳴った。

 マーニャとエレーナの顔にも、もう笑顔は浮かんでいなかった。

魔王城の威容を目にして、改めて息を呑むカレン達勇者一行。

そして有史以来初めて、人族の勇者による魔王城攻略が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ