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神の依り代

倒れたアムルを前に成す術を持たないカレン。

そんな彼女の背後に、人影が一つ近づいていた。

 突然カレンの背後から足音が聞こえ、彼女は咄嗟に振り返った。

 そこにはいつの間にか、一人の女性が立っていた。

 ややウェーブの掛かった白く長い髪と同じ様に聖白な瞳を湛えたその女性は、その容姿に見合った優しい表情で立っていた。

 年の頃は二十代半ばと見られ、纏ったローブの上からでも分かる線の細い身体と豊かな胸元、その(たたず)まいは美女と呼ぶに相応しい。

 だがその顔には幾つもの痣が浮かんでおり、まるで今暴行を受けた様にも感じられる程ボロボロであった。

 この部屋でアムルとカレン以外の人物とすればそれは。


「……あんた……セヘルマギア……なの?」


 カレンの問いかけに、その女性はユックリと頷いてその言葉を肯定した。


「改めまして、私がこの部屋の守護者、セヘルマギアです。人族の少女よ」


 (たお)やかな仕草で僅かに腰を折ったセヘルマギアが、カレンにそう挨拶をした。

 敵対心の欠片さえ感じさせない雰囲気を彼女は纏っていたが、警戒心を露わにしているカレンはセヘルマギアへ僅かに頭を下げる事で返答とした。


 今の今までアムルと激闘を繰り広げていた相手に、カレンは早々と気を許す事はしなかったのだ。

 それに今現在アムルの状態が良くないのも、彼女がピリピリと神経過敏になっている理由の一因であった。

 ここでセヘルマギアに襲われれば、カレンは兎も角アムルは間違いなく死んでしまうだろう。

 その想いから、彼女は防衛本能を全開にしているのだった。


「そう構えなくても結構ですよ。私に戦う意志はもうありませんから」


 しかし、カレンの心情を察したセヘルマギアはカレンに優しくそう言った。


「本当はユックリと話をしたい処なのですが、今はそうもいきませんね。彼の使用したあの『技』の影響と、彼の身体に巣食う毒は、のんびりとしている(いとま)を与えてくれそうにありませんから」


 アムルの様子に目を遣ったセヘルマギアが、僅かに眉根を寄せてそう言った。


「彼の……アムルのあの技は……一体……?」


 多少の警戒心が解けて来たカレンは、セヘルマギアにアムルの使用した「技」について質問した。

 彼の変形もさることながら、その代償が大きすぎる様に感じたのだ。


「あの技は『魔力転換』と言い、自身の魔力を供物として滅び去った魔界の神をその身に降臨させる、いわば召喚魔法です」


 セヘルマギアはアムルに目を遣りながら、その瞳に心配を湛えてカレンへと説明した。


「……召喚……?」


 だがカレンは初めて聞く言葉に首を傾げた。

 カレンが過ごして来た人界、そして訪れた魔界においてもそんな言葉を聞くのは初めてだったのだ。




「召喚魔法……天衣魔法とも憑依術とも言います。供物を以て依代に精神体……つまり精霊や神獣、神や魔神を降臨させて力を借りる呪法です」


 信じられない説明を受けて、カレンは言葉を失っていた。

 神と呼ばれる存在から力を授かると言う行為は、遥か以前より人界でも行われて来た。

 カレンが使う聖王剣もその類のものであり、その中でも最高位に当たる。

 しかしセヘルマギアから聞いた召喚魔法は、「神」そのものの力を行使する事も可能なのだ。


「……え……でも……依代って……? それに供物……?」


 カレンの認識に齟齬が無ければ、依代とは降ろした神を憑依させる器、供物とはその際に使用する代償である。


「はい。彼は魔界の神を降臨させるために己の魔力を全てつぎ込み、そうして降臨させた神を自身の身体へと憑依させたのです」


 人の身で神を受け入れるとはどの様な事なのか、カレンには到底想像もつかない事であった。

 だが少なくともアムルの状態を見る限りでは、とても耐えきれるものではない事が窺い知れた。

 それにその代償として、アムルは全魔力を使用したのだ。

 正しく自身の全てを捧げた召喚魔法は、決して安易に使用して良いものではない。

 それどころか“禁呪”として使用を封じた方が良い程であった。


「兎に角、今の彼は言葉通り満身創痍です。そして、彼の中に巣食う毒が活性化しています。衰弱している今の彼には、もう一刻の猶予もありません」


 セヘルマギアはそう言ったものの、カレンとしてももう打つ手がなかった。

 回復魔法は僧侶のそれに遠く及ばず、解毒魔法も使えない。

 今のカレンがアムルにしてやれることはもう何もないのだ。


「ど……どうすればいいのっ!?」


 カレンは縋りつく思いでセヘルマギアに教えを乞うた。

 神代より生きる神龍ならば何か方法を知っていると考えたのだ。

 彼女の想いにはすでに敵や味方もなく、ただアムルを助ける事で必死であったのだ。


「彼を救う方法を私は存じております。……しかし良いのですか? 彼は魔族……貴女の敵となる者なのですよ?」


 その言葉で、カレンは一瞬頭を冷やされた思いとなった。




 漠然とアムルを助ける為に最善の方法を模索していたカレンだが、冷静に考えれば彼は魔族であり人族の敵と言われて来た存在だ。

 今は協力関係にあるが、いずれは敵同士となり殺し合いを演じる事となるかもしれないのだ。

 しかもアムルは“召喚魔法”と言う恐ろしい程に強力な魔法の使い手である。

 彼が敵になれば人族に、カレンの仲間にどれ程の被害が出るか知れたものではない。


「魔族とか人族とか、そんな事は関係ないっ! 彼は私の仲間で私も彼の仲間なのっ! 助けるなんて、そんな事は当たり前よっ!」


 しかしカレンの逡巡はほんの僅かなものだった。

 彼女の出した、そして出している結論は種族を飛び越えて彼が仲間だと言う実にシンプルなものであった。

 それを聞いたセヘルマギアは、どこか嬉しそうに僅かだけ微笑んでユックリと頷いた。


「……わかりました。それではこの部屋の奥にある『魔王の間』へと急ぎなさい。魔王の間にある『魔王の玉座』に彼を座らせるのです。そうすれば彼の一命は取り留める事が出来るでしょう」


 セヘルマギアの返答に、カレンはやや肩透かしを食っていた。

 どれほど無理難題が待ち受けているかと想像していただけに、ただ“魔王の間にある玉座に座らせる”と言う行為だけでアムルを救う事が出来るなど思いもよらない回答だったのだ。


「……え……それで何で……?」


 その疑問が口を突いたカレンだったが、その言葉を全て言い切る前にセヘルマギアが言葉を被せて来た。


「お急ぎなさい。彼の容体は決して楽観出来るものではありませんよ? それとも詳しい説明を今ここで始めましょうか?」


 先程までと違い、やや厳しい顔つきとなったセヘルマギアがカレンを促した。

 確かに今ここで彼女と談話している時間はカレンには、そしてアムルにも無かった。


「ううんっ、わかったっ! ありがとう、セヘルマギアッ!」


 即座に思考を切り替えたカレンは、アムルを肩に担いで早々に部屋の出口へと歩んでゆく。

 その後ろ姿に、セヘルマギアは小さな声で祈りの様に呟いた。




「人族の勇者……どうか魔王様を宜しくお願いします……。そしてその気持ちを、どうか最後まで絶やさないでね……」

セヘルマギアの助言を受け、すぐに移動を開始したカレンとアムル。

その先には、彼女たちが目指して「魔王の間」があったのだった。

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