群がるカエルの罠
カレンは項垂れていた……。
先ほどの、ふがいないと言って良い戦闘結果に……。
そして、アムルの前で見せてしまった醜態を思い出して……。
地下道を行く2つの影がある。
言うまでもなくそれは、魔王アムルと勇者カレンであった。
魔法で指に灯りをともしたアムルが前を歩き、その後をカレンが肩を落としてトボトボと付いて行く。
「……おい。いい加減、シャキッとしろよ」
そんなカレンに向けて、アムルは溜息交じりにそう声を掛けた。
しかしカレンは頭を上げる事無く、その足取りは重いままだ。
「……だって―――……。あんな失態―――……」
アムルに応えるその声も、回復の兆しが伺える様なものでは無かった。
カレンの今の状態は、何も先程の戦闘でダメージを受けて弱っている……と言う訳では無い。
彼女が沈んでいるのは、先程彼女自身が口にした通りの理由でだった。
「……まぁ……その……なんだ。人には苦手なものの1つや2つあるってもんだ……。気にするな……な?」
そんなカレンを何とか元気づけようとアムルがその様な言葉を掛けるのだが、それさえも今の彼女にとっては屈辱であったのだ。
本当ならば今すぐにも一人になり存分に落ち込みたいとも思っていたのだが、それが許される状況でないどころかアムルと離れる訳にもいかないのが現状なのだ。
「……何でカエルとオタマジャクシの怪物がわんさか出てくるのよ……ただでさえ気持ち悪いのにあの数は卑怯だわ……そりゃあ罠なんだから生理的嫌悪を覚える怪物も効果的だろうけど何もこのタイミングで出て来なくてもいいじゃない……アムルノマエデアンナシュウタイナンテユウシャトシテクツジョクイガイノナニモノデモ……」
そしてその思いは、彼女の口から呪詛となって延々紡がれる事となる。
それを浴びせかけられている……と言う訳でも無いのだが、聞くともなしに聞かされているアムルにしてみれば、何とも居た堪れない気持ちとなり、苦笑を浮かべる以外に無かったのだった。
カレンの言葉通り、通路を襲う大岩球とその行く手を遮ろうとした魔法の壁の罠を何とか回避した2人だったが、その直後まるで待ち受けていたかのような魔獣の群れに襲われる事となったのだった。
その事自体に、2人にとっては然したる問題では無かった。
結果として襲来した魔獣は数こそ多いものの比較的レベルは低く、まともにやり合えば2人が苦戦する要素など無かったのだ。
しかし残念ながら、そこには2人にとって……と言うよりもカレンにとって大きな誤算があった。
現れた怪物は「水陸両性型奇襲攻撃魔獣“甲”GT―18 ギガン・トード」と「水棲型奇襲支援魔獣“乙”GT―19 ムジークノート」であった。
「きゃ―――っ! カ……カエル―――ッ!?」
その姿を見たカレンは、それはもう大騒ぎであった。
「お……落ち着け、カレンッ! たかがカエルだろ!?」
瞬間的に恐慌をきたしたカレンを宥めようとするアムルだったが、どう声をかけようともそれは不可能であった。
ギガン・トードはその名の通り、大きなカエル型の魔獣である。
大きいと言っても成牛ほどであり、山のような巨躯を誇る「ジャイアント・フロッグ」などと比べれば小さい部類に入るだろう。
それでもその体格は人にとっては脅威であるのだが、更に問題なのは群れを成しているという事にあるのだ。
それもまた「伝魔鏡」による設定なのだが、それだけの大きさを持つカエルが十数匹で襲ってきたなら、大抵の人は恐れ戦くことに間違いはない。
そして何よりも厄介なのは、このカエルは敵に……獲物に対して、毒を吐きかけるという処だった。
まるで水鉄砲のように……そういうには威力も量も段違いに多いのだが、とにかく相手に吹き付けるのだ。
毒自体の致死性は低く即効性もそれほど高くはないのだが、それでも食らってしまえば動きが鈍るのに間違いはなく。
いずれは餌食になってしまうことは想像に難くなかったのだ。
「いや―――っ! オ……オタマジャクシが何であんなに大きいのよっ!? き……気持ち悪い―――っ!」
まったく役に立っていないカレンを下がらせて襲い来るギガン・トードに対処しようと試みていたアムルだったが、後方の暗闇から現れた巨大なオタマジャクシを見てカレンはそのパニックを加速させていたのだった。
ムジークノートはその名の通りオタマジャクシ……ギガン・トードの幼生体であるのだが、一般的なオタマジャクシとしての大きさではない。
通常幼生体であるオタマジャクシは、成体よりもその大きさは小さい。
だがこのムジークノートは、成体のギガン・トードよりも遥かに……巨大であった。
その巨大な体を持つオタマジャクシが、水中ではなく空中を泳いでいるのだ。
生理的に受け付けない者は勿論のこと、普段はそれほど気にしない者であってもその姿を見れば脅威に思うことだろう。
更には、そのムジークノートがギガン・トードを生み出す瞬間も、やはり生理的嫌悪感を覚えることは間違いない。
―――ギガン・トードは、ムジークノートの腹を裂いて出現するのだ。
巨大な腹を突き破り現れるのは、十匹近くのギガン・トードである。
「も……ダメ……」
その光景を目撃し、がっくりと項垂れ片膝をつくカレンに。
「お……おいっ! 戦わなくていいから、気を失うのだけはやめてくれよっ!」
そしてアムルは、カレンにそう懇願するだけで精一杯だった。
もはやこの戦闘においては戦力と数えられないカレンにさっさと見切りをつけ、アムルは襲い来る巨蛙の群れに相対した。
「ファイアランス!」
群れを成し近づくギガン・トードの最前列に向け、アムルは詠唱も行わずに魔法の名称だけを口にした。
ただそれだけにも関わらず中空に出現した炎をまとう槍が数本、巨蛙目掛けて飛んで行ったのだ。
「ゲゲ―――ッ!」
その炎槍に貫かれた内の数匹が、なんとも悍ましい断末魔の鳴き声を挙げて炎に呑まれ、そして灰となって消え去った。
「うん……?」
しかしその様子を目にしていたアムルは、怪訝な声を出して首を捻っていた。
その表情は、どこか納得がいっていないといった風である。
「……すごい……」
それとは対照的に、カレンのほうは先ほどの取り乱しようなど忘れたように呆けた顔をしてアムルの方を見つめていた。
如何にアムルやカレンにしてみれば格下となる怪物とは言え、詠唱もなく繰り出した魔法であっさりと屠るなどカレンの仲間である“黒の勇者”マーニャであっても難しいことだ。
それをアムルは、彼女の目の前でいとも容易く実践して見せた。
カレンが驚くのも、無理のない事だったのだ。
対してアムルは、自身の放った魔法の効果に疑問があるようであった。
先ほど作り出した炎槍は、違うことなく全てギガン・トードに命中した。
だがその全てを完全に倒し消滅させる事は出来ず、数匹は負傷を負ってはいたものの生き残っていたのだ。
その結果だけでも十分に大したものなのだが、アムルにとっては満足のいく結果ではなかったようであった。
「……なるほど、あいつのせいか」
そして、その原因を彼はすぐに察していた。
「ちょ……ちょっと、アムルッ! あんた、凄いじゃないっ!」
そこへ、目の前に群がるカエルの脅威も忘れてカレンが駆け寄ってきた。
「……ん? 何が?」
いきなり急接近されて興奮気味に称賛されれば、だれでも後退るというものだ。
ましてや、カレンほどの美少女と呼べる女性に詰め寄られれば尚更であった。
「何が? じゃないわよっ! この怪物を詠唱もなしの魔法であっさりと倒せるなんて……。あんた、かなり強い力を持ってたのね! こんなこと、私の仲間のマーニャにだって難しいわ!」
そんな場合ではないというのに頬を赤らめ狼狽えるアムルに、自身の破壊力を把握していないカレンはグイグイと押し寄った。
たったそれだけだと言うのに、すでにアムルはタジタジであった。
アムルの魔法を目の当たりにして、カレンは目を輝かせて称賛の言葉を上げる。
勇者が魔族をほめるというちょっと想像もつかないシチュエーションに、当のアムルは照れるより他に無かったのだった。




