88話 近距離戦
「これはどういうことですか!?」
魔法戦を見たグラマンティアは声を上げた。
現在、王都組は全員寝室に集まって覗き見鳥の瞳で観戦していた。
「なぜタスクは魔王の姿で戦っているんだ?」
戦いに疑問は多い。
見慣れない闇魔法と聖魔法。
闇魔法に特別な力がある事を知っている者は多い。
魔族との戦闘教育でまず初めに注意したいといけない対策として教えられるからだ。
だがどの魔法にどういった効果があるのかの詳細まで知っている者は意外と少ない。
知っていたとしても闇魔法を対処できないから。
それ以上に聖属性は勇者以外には本当に限られたごく一部の者が使えるのみで闇魔法に対抗できる魔法としか知られていなかった。
超位魔法も魔法職の才有る者がようやく一発撃てるほどの魔法とされていて、それ同士がぶつかり合うことなんて本当に稀な事だ。
あとは知らない者からしたらチートな勇者スキルの【聖域】と【浄化拡散盾】。
聖域は使用者の半径数mに展開し、聖属性の攻撃付与や疑似聖剣の生成、相手の中級魔法以下の抵抗をする。
広い空間内に無尽蔵に聖剣を生み出せる範囲殲滅スキルだ。
一方の浄化拡散盾は見ていた通り超位魔法すら無力化する。
その理論は解明されていないが、魔法を無害な魔力に戻しているのではと言われている。
つまり幾ら王国の近衛騎士団の面々と言えど戦いをその目にしても一体何が起こっているのか理解できない高難易度の攻防が行われていて分かっていない。
唯一理解できているエリティアに説明を求める立場であった。
しかし全員にとって一番の疑問なのは戦いの内容でも、使っているスキルの効果でもない。
タスクが本来の姿で戦わずにいるという事であった。
「どう? って聞かれてもこればっかりは私にも分からないわよ」
質問をされたエリティアが困ったように返した。
本来の姿と魔王ブローの姿ではどちらの姿の方が強いのかと問われれば当然本来の姿だとエリティアでも答えられる。
魔王ブローの姿だと身体が大きすぎて本来の戦い方が出来ないそうだと前に聞いていたからだ。
ではなぜ態々不利な魔王の身体で戦うのか?
考えられることと言えば外部の敵を警戒して、というのが真っ先に思い浮かぶ。
周囲に敵がいないのを確認し、遠視で見えない様に妨害しているとは言っても自分達の様に何らかの方法で覗かれている可能性は否定できないからだ。
しかしそれはユクスが弱くて余裕がある場合の配慮だ。
今の二人のレベルはユクスの方が1,5倍高い。
普通ですら勝ち目の低い戦いでそんな配慮をしている余裕などないはずだ。
ではどうして魔王ブローの姿で態々戦うのか?
タスクの事を知っているエリティアですら今後の展開を読む事が出来ないでいた。
◆
聖域の効力が無くなって勇者ユクスは聖剣を両手で持ち替えた。
勇者ユクスが近接戦を望んでいることを魔王も理解した。
勇者の武器は何度も言って悪いが対魔族最強の武器聖剣エクスカリバー。
身のこなしは最上級の師事。
剣技は魔族との長い年月の間により効率よく敵を殺すのに無駄をなくした流派。
戦闘のスペックとしては最上位の存在。
でも一番に警戒しないといけないのは、
「【限界突破】Lv6」
「……遂に使って来たか」
勇者スキル【限界突破】
身体能力の桁外れな上昇を与えるスキルで勇者の切り札。
タスクも【限界突破】を取得しているがスキルがもたらす効果は少ない。
限界突破は取得した者によって効果が変わる。
タスクはLv1で2倍の身体能力上昇だがユクスは2,5倍上昇する。
それに使用時間が格段に長いのだ。
タスクでは数分しか持たないのにユクスは何時間も持続する。
その恩恵は過去最強の勇者と言われる初代勇者と同じレベルであり、ユクスは勇者スキルの扱いが最強だと言えた。
「【金剛無双】、【金剛不壊】、【電光石火】」
ユクスの身体強化を見て魔王もすぐに自信の身体能力を強化した。
「最高クラスの上昇系レアスキルを三つも持っているだと!?」
一つでも持っていれば幸運だとされるレアスキルの三つ同時使用にユクスは驚愕した。
流石は魔王、デカい態度を取る事だけはあるなと心の中で呟いた。
しかしユクスに焦りは見られない。
幾らレアスキルとは言っても限界突破は上昇系スキルのトップだからだ。
ユクスは心を落ち着かせると跳んだ。
大腿部を膨張させて跳ぶと二度目の踏み込みをすることなく、一足で魔王の間合いの中まで詰める。
そして聖剣を突き立てる。
単調な攻撃に当然魔王は躱してカウンターを狙った。
「っ!?」
余裕を持って躱そうとした聖剣の剣先が回転して魔王の肉体を掠めた。
剣が触れた場所はまるでドリルで肉が削られたような痕を作る。
ユクスの放ったのは"螺旋突き"と呼ばれる槍の技だ。
本来剣でやる技ではない攻撃に反応が遅れて避け損ねた。
それでも攻撃を中断するほどのダメージではなくフックによるカウンターがユクスに向かう。
右フックはユクスが足を上げて防いだが、追撃の際に乗せるはずだった軸足を上げさせられたためバランスを崩して二撃目を放てずに僅かによろけて二人の間に距離が出来た。
「追えっ!【伸縮】、【鉄爪】」
その僅かな距離の差を真っ先に利用したのは魔王。
足で塞がれた腕の先の骨格が伸びると鉄化した爪がユクスに追撃する。
態勢を整えたユクスのタイミングでは聖剣による防御は間に合わない。
攻撃しようにも魔王ブローとの距離が聖剣の射程範囲外だ。
瞬時にユクスは自分の不利を理解して爪から逃げるように防いだ足を軸に飛び後退する。
「【呪縛】」
魔王ブローは伸ばした腕を縮めながら、地中から鎖を生み出してユクスを拘束しに掛かった。
しかしこのスキルの拘束力は闇魔法”黒骸骨の捕縛”よりも弱い。
「こんなもので動きを止められるかっ‼︎」
呪縛は身体に絡んで拘束したが、”黒骸骨の捕縛”同様ユクスの腕力に耐えきれずにすぐに引き千切られた。
しかし始めから魔王は呪縛でユクスを拘束できるとは思っていない。
呪縛を解くために僅かに次の行動を遅らせることが狙いだった。
その目論見は成功している。
そして一瞬の時間で魔王の技が完成した。
「『豪呪・呪葬砲』っ‼︎」
放たれたのは魔王最強の必殺技と呼べる攻撃。
それを見たユクスは急いで自分の出せる最強技を放った。
「っ⁉︎『聖剣奥義・迅雷雷光剣』」
魔王ブローの最強技と勇者ユクスの最強技とが正面衝突し爆音と衝突と共に周囲に衝撃波が広がる。
闇と光の衝突は数秒にわたって拮抗して爆発。
一瞬の遅れた分、余波は勇者の方が大きかったらしく発生した爆風を受けて吹き飛ばされ強く壁に衝突した。
魔王ブローの方は多少強い風を受けた程度で済んでいる。
立ち上がったユクスはほっと一息ついた。
「い……今のは危なかった。まさか迅雷雷光剣と互角の技を隠し持っているとは……だが耐えきったぞ」
しかし、状況が劣勢なのは魔王ブローの方だった。
魔王ブローの一撃は勇者ユクスの息の根を止めに行った一撃だった。
それが多少打ち勝つことしかできなかったのは不味かった。
「それにこの勝負俺の勝ちだ」
「今のを耐えきっただけで勝利宣言か? 勝負はまだ分からないだろう」
「いや、分かるめ。お前は今の状態と互角なんだ。これからは一方的な蹂躙になる」
ユクスの勝利宣言はブラフなどではない。
「【剛腕】、【硬化】、【疾風】」
使ったのはレア度の劣る身体強化スキル。
それをユクスは重ね掛けした。
本来同系統のスキルは重ね掛けする事が出来ない。
同系統のスキルを使用すると先に使用した効果が優先されて後に発動した効果は打ち消される。
なので普通は一番効果の高いスキルのみを使用して戦う。
だが【限界突破】は身体強化スキルであるにも拘らず使用中に他のスキルの効果を打ち消さずに上乗せする。
その上足ではなく積であるのが凶悪だ。
ユクスの言う通り【限界突破】のみしか使っていない状態で互角の戦いなら使えば圧倒的に蹂躙するといって間違いなかった。
「それがお前の切り札か」
魔王も勇者の圧が増したことを肌で感じていたが、一歩も引く事はなかった。
それどころか攻撃に出た。
行ったのは先程使った【伸縮】、【鉄爪】に加えて【増殖】で手数を増やした。
単体で駄目なら数で補おうという作戦だ。
しかし――――
「遅えっ!」
ユクスは一振りで他方からくる腕を弾いた。
腕が全て弾かれた事で魔王の正面ががら空きになるが、ユクスは絶好の攻撃チャンスを攻めなかった。
「理解できたか? もう俺の身体能力はお前を圧倒してるんだ」
強化した姿を見せつける様に胸を張り自慢するために見逃したのだ。
真剣勝負中に馬鹿な行動だ。
しかし逆に言えばそれほどまでにユクスは余裕を持っているとも見る事が出来る。
「なるほど、確かに凄まじい身体強化だ。だがそれでもまだ勝負は終わった訳ではない」
「まだ分からないか。いいぜ足掻いてみろよ」
もう言った瞬間、ユクスは一足飛びで魔王の懐に飛んでいた。
反応に遅れた魔王の肩に聖剣が突き刺さった。
「【鉄爪】っ‼︎」
「"剛鉄拳"」
確かなダメージを負った事を後悔することなく魔王はすぐさまユクスへの攻撃を放つ。
しかし強化したはずな爪がユクスの拳によって粉砕される。
魔王のダメージはそれだけで終わらない。
爪が粉砕された痛みで怯んだのを見逃さず腹部へと魔法を放ち、聖剣が抜けると再び斬りつける。
それからは一方的だ。
速度の差があり過ぎてユクスの一撃目に魔王は何とか反応する事が出来るだけで上手く防いでも二撃目に対応する余力はなく追撃が難なく当たってしまう。
逆に魔王の放つ攻撃は難なくすべて防がれる。
いや、防がれるだけならまだマシで【鉄爪】同様打ち破られる事さえあった。
それだけ圧倒していてユクスには余裕が見られる。
「ぐっ、そがっ」
「今まで散々やられた分をまだ満足してねぇぞ」
完全に遊んでいた。
監禁されてから受けた屈辱を晴らすべくわざと致命傷を避ける攻撃を行っているのだ。
嬲って痛めつけて魔王ブローの苦しむ姿を見て楽しむための攻撃が多くなっていき、聖剣より魔法、魔法よりスキル、スキルよりもただの蹴りや殴りといった弱い攻撃を追撃に使うようになっていった。
魔王もそのことを理解して何とか打開策を講じようとするが、ユクスとの実力差があり過ぎて意味を成していない。
時間を作ってなんとかもう一度『豪呪・呪葬砲』を発動させるが、ユクスも『聖剣奥義・迅雷雷光剣』を放つと今度はユクスの攻撃の方が上回っていて逆に衝撃で吹き飛ばされる始末である。
ユクスがわざと攻撃の手を緩めていてもダメージはどんどんと蓄積していき、魔王の身体は全身血塗れに変わっていく。
逆転はもう不可能。
聖剣が膝を斬って遂に魔王はその場で倒れる。
そして起き上がる前に首筋へと聖剣を突き付けた。