87話 遠距離戦
ユクスの初撃を返り討ちにした事で主導権を取った。
それはユクスも理解している事で主導権を取り返すべく聖剣を持った手とは逆の手を向けて魔法を放って来た。
「”火炎弾”」
「”風壁”」
球体状の風壁が包み込む様に囲むと火炎弾と激突し、火炎弾が風力で上昇して逸れ上空で爆発する。
ユクスの攻撃手段の中では弱い中級魔法の対処は簡単だったが、それは飽くまでも囮で風壁の外では既にユクスが近くにまで迫っている。
それをさせまいと続けて魔法を発動した。
「”黒骸骨の捕縛”!」
風壁の消失と入れ替わるように大地から黒い骨の骸骨達が無数の槍を掲げてユクスを襲う。
槍の穂先は鋭利で、ユクスの肉体を傷つける。
「ぐっ」
この魔法は本来なら名称通りに骸骨が動きを阻害して永遠に痛みの苦しみに捕らわれる魔法だ。
しかし槍がユクスの身動きを拘束する前に聖剣で骸骨達を斬って無理矢理脱出した。
「逃がすかっ! ”風縛葬”」
「『聖・城壁』」
逃げたところを再び魔法を畳みかけたが、またも聖剣に邪魔される。
やはり聖剣の有無大きい。
振るだけで聖属性を付与できる聖剣で技を使えば当然聖属性になり、通常の技よりも威力が上がる。
魔力の消費無しの技で防ぐことのできるというのは敵だと非常に厄介なのだ。
これ以上の追撃は意味がないと攻撃の手を止める。
「流石魔王なだけあるな。ただの魔法と突撃だけじゃあ傷一つ付けられないか」
「随分と単調な攻めだったのだ。この程度対処出来て当然だろう」
勇者の奴、まだ全然本気も出していないくせに何を言っているんだか。
お互い様子見の準備運動だという事は察していない訳がない。
それを踏まえて流石と言ったというにしても判断が早すぎる。
「ならそろそろ本気で削りにかかるぜ」
◆
ユクスはエクスカリバーを構えながら先程の攻防から次のプランを練っていた。
魔法戦での戦いには強かろうが弱かろうが変わらない法則がある。
当たり前だが魔法には魔力が必要だ。
魔力はこけつすると体調不良や気絶を引き起こす。
だからどんな魔法使いも魔力量にあった魔法を使用する。
仮に上級魔法を扱えるだけの技量があっても上級魔法二発分の魔力しかもっていなければおいそれと上級魔法なんて撃てないのだ。
もしも今の攻防で魔法で、同等の魔法で迎撃してこなかったらそいつは魔力が無いか、少ない可能性が出てくる。
残念ながらこの魔王は最低限の魔法で防ぎ、更に追撃してきたのでかなり魔力に余裕があると見た。
プランが決まったユクスは再び魔法を発動した。
「回復系中位魔法"HP持続回復"、補助系強化魔法"耐久強化"、"速度向上"」
回復魔法と身体強化。
魔力に余裕があるならこの出だしは間違っていない。
魔族は理屈は分からないが、回復魔法が効かないのが常識だ。
HP持続回復は微々たる回復でしかないが、強者同士の戦いではその差が勝敗に大きく響く。
「”邪気纏し鎌”」
そのことを当然強者である魔王は理解している。
ユクスが回復魔法を発動したのに対して急いで攻撃魔法を仕掛ける。
邪気纏し鎌は魔族でよく使われる魔法で威力の割に魔力の消費が少なく、五属性による防御では防御貫通するという特性が働くという厄介な魔法だ。
ほとんどの人間なら防ぐ術が無く避けるしかない。
「聖魔法"聖障壁"」
しかしユクスには闇魔法に対を成す聖魔法がある為、防御が可能だ。
透明な壁ができると鎌は当たった瞬間、邪気を祓われたように分散し無力化した。
闇魔法は防御不可能の他に精神負荷や行動の抑止などといった特殊な効果をもった魔法が多い。
その上、魔族にしか使えない魔法なので他の種族は扱う事が出来ず、戦う上で非常に厄介な代物である。
だが聖属性は闇魔法の特殊効果を無力化できる。
これは魔法戦で常に優位な立場だった魔族にとって従来の戦い方を崩す効果があった。
そしてユクスにとって優位な事がある。
それは属性だ。
火、水、風、雷、土の基本属性には相性がある。
同階級の魔法同士の場合、火は水に負け、雷は土に勝つという法則が決まっていた。
この相性は非常に重要で同等の技量の魔法使いが戦えば8割勝敗が決まると言ってもいい。
「火属性超位魔法"移動型火炎放射器"」
魔法の発動した瞬間、ユクスの周りにいくつもの砲台が出現した。
その砲台はすぐに動くわけではなくユクスの周りを一定に彷徨っているが、発射口は常に魔王に標準を合わせていた。
魔王は魔法を見て驚きを示した。
"移動型火炎放射器"は全部で6つの砲台を出現させて個別に移動して攻撃する。
一つが中級魔法レベルの魔法を永続的に打ち続けられる。
砲台が壊されるまでずっとだ。
持続性に優れた対処しなければ一生付きまとう魔法。
そして火は風よりも強い。
魔王ブローが闇魔法以外に使っていた風魔法では防げないのだ。
ユクスは砲台を魔王の周囲へと展開した。
この魔法の長所はもう一つ。
自立している為、自分自身も攻めに転じられる。
だからユクスは魔王に自分自身もダメージを与えるべく再び突撃態勢に入った。
「木属性超位魔法"茨の創造主"」
しかし包囲して攻撃する一歩手前で魔王も魔法を発動した。
魔王の足元から茨が出現すると全方位に移動した砲台を全て貫いて破壊したのだ。
ユクスは突撃しそうになる身体を急停止させた。
先程火魔法を風魔法で防いだため系統は風と闇だけだと判断していたが、土属性も持っていた事で火攻めで攻め立てても意味がない事が分かりプランが中断してしまった。
でも持っていた属性が土であったことはやっぱり僥倖であった。
なぜならユクスの系統は火と聖と……雷なのだから。
「風属性超位魔法"神風鎌鼬"」
「火属性超位魔法"炎竜逆鱗"」
風は火で、土は雷で対処できる。
超位魔法同士が衝突し、相性のいいユクスの魔法が神風鎌鼬を打ち破って魔王ブローへと追撃する。
「ちぃっ!」
魔王ブローは避けきれずに腕に被弾して火傷を負った。
だいぶ威力が落ちていたが少なからずダメージは通っている。
その少なからずが重要だ。
魔法しか使っていない同じ条件で一方は攻撃が通り、もう一方は全て防がれて攻撃できないでいるのだからこのまま続けていけば差がどんどん開いていく一方だろう。
その後も魔王ブローの魔法に相性のいい魔法で返り討ちにしていく。
「魔法勝負は俺の勝ちのようだな」
「今の攻防を見てそう評価するか」
いままで黙々と戦闘に勤しんできた魔王ブローが、問いかけてきた。
「何が言いたい?」
「相性が悪いにも関わらず俺の負った傷は怪我というには些細なものだ。仮に相性が逆だったらお前の腕が使えないぐらいにはなってる。つまり力量差は俺の方が上だと思うがな」
「力量が勝敗にどれだけ貢献する? 現実は俺は無傷でお前が傷を負っているんだ。誰が見ても俺が勝っているだろうが」
「それは己の技量が負けている事は認めるって事だな?」
「はあ? ふざけんな。いつ俺がお前に負けていると言ったんだよ。戦況も技量も俺の方が上だ。というか俺はまだ本気を出していないんだよ」
魔王ブローの挑発にユクスは乗った。
「謝ってももう遅いぞ。これから切り札の一つを使ってやる」
「本気? 嘘も体がっ!?」
信用しない魔王の言動を遮る様にユクスは自身だけしかもっていない勇者専用スキルの一つ【聖域】を発動した。
発動しても視界に変化は見られないが、魔王ブローは片膝をついて苦悶を浮かべた。
その表情は先程の攻撃を食らったときよりも苦しげに見える。
「まさかこの俺が圧力にかかったのか?」
「ははっ!」
その反応を見てユクスは嗤った。
「【圧力】だって? そんなちんけなスキルじゃない。こいつは【聖域】だ。効果は……これから体験させてやるよ」
ユクスはそう言うと初級魔法火の矢を魔王に放った。
余りにも無造作に放たれた攻撃に魔王ブローは”石壁”で防ごうとしたが、火の矢は石壁を無視して魔王ブローに着弾した。
「なにっ、これは聖属性かっ!?」
「フッ気づいたようだな」
聖域は使用者以外の力を全て阻害し、全ての攻撃に聖属性を付与する事が出来る。
更に聖域空間内に魔力消費無しで疑似聖剣を生み出した。
「こいつはさっきの”移動型火炎放射器”よりも威力が高い上に聖属性の貫通能力を持っている」
「そんなもの闇魔法で防げば」
「やれる物ならやってみろよ」
創られた聖剣が魔王ブローに向かって放たれ、闇魔法で防ぐために魔法を発動しようとして……魔法が消失した。
驚愕の顔を浮かべている所へ回避不能な速度で駆ける剣が、腕に、足に、腹部に貫通していく。
なんとか急所は外しているようだが急所を外したところで大ダメージは避けられない。
「ぐっ! 舐めるな! "烈空神断"」
もう間に合わない防御を捨て、魔王ブローは強大な攻撃魔法を発動した。
風属性と闇属性の複合魔法。
超位魔法の中でもトップクラスの破壊力のある魔法だ。
今回は魔法が消失せずに発動してユクスを襲った。
しかし、ユクスに当たることなく壁に阻まれた。
「なんだとっ⁉︎」
「残念だったな。勇者スキル【浄化拡散盾】、魔力を無力化する対魔法最強の盾だ。この盾の前では超位魔法も無意味とかす」
ユクスは自慢げに己の使った尽きるを魔王に教えて再び疑似聖剣を生み出して攻撃を再開した。
「"荒れ狂い呪詛を巻き散らす亡霊の竜巻"」
このままなら勝負がつくなとユクスはもう自信が攻める気もなくなっていた所で激しい悪寒が走った。
咄嗟に【浄化拡散盾】を全開で張ると、視線の先にある世界は死んだ。
嵐が起こり周囲のもの全てを包み込み、中にいる死神の様な存在が生み出した聖剣を粉々にする。
更に粉々になった聖剣や周囲の草木まで塵へと変えられて……嵐が止んだ時には魔王ブローとユクスの周囲以外の全てが砂漠と化したのだ。
あと一歩遅かったら聖域ない出会ったとしても危なかった。
だがこれすら無傷で終えたユクスは冷や汗を拭って余裕な態度を取った。
「流石は魔王。ここまでの切り札を隠し持っているとはな。だが、それすらも俺にダメージを与えられていない。お前の魔力はもうほとんど残っていまい……結局ただの悪あがきでしかなかったな」
今のを合わせて超位魔法三発目。
魔力量が増大な魔王であったとしてもかなりの消耗をしている。
それでももう二、三発は超位魔法が撃てる程度には残っているだろうとユクスは見積もっていた。
しかしもう一度超位魔法を使えば今度こそ体調不良や気絶を起こす。
その為、もう先程の様な無茶は出来ないはずだ。
つまり自分の勝ちだとユクスは再び攻撃をしようと疑似聖剣を生み出そうとした。
だが今度はユクスの方が聖剣を出せなかった。
理由は聖域の使用時間が切れてしまったからだ。
聖域のような強力なスキルが常時発動できるわけがないので仕方のない事……であるにも拘らず、いざ勝負を決めようとしたところでの躓きにユクスは恥ずかしい思いになり、
「ここからは近接戦の時間だ!」
誤魔化す為に遠距離戦をやめた。