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81話 逃亡



 二度目に勇者を捕らえた牢獄にグロウリーが訪れたのは、魔王ブローの外出二回目の半ばを過ぎてからであった。


「さて、仕上がっているかな」


 前回と同じように薄暗い通路を通って扉を開いたグロウリーの前に変わり果てた姿となった勇者ユクスが変わらず鎖で繋がれていた。

 身体にはまだ痛みが走っているのか僅かに痙攣しているが、ユクスは呻くばかりで反応がない。


 あの時と違う点を挙げると可笑しなことにユクスの肉体は一回り大きくなっていた。

 全身血塗れで分かりにくいが、間違いなく二の腕や太腿の筋肉は膨れている。

 だが太ったという訳ではない。

 腹筋は無駄な脂肪が削げ落ち、何層にも割れていた。


「た……たすけ……てくれ」


「あら?」


 グロウリーが来たのに気づいたのか虚ろな瞳のままユクスは呟き始めた。


「たす……けて……なんでもする……何でも……言う事を聞く……だから……もう……これを止めて」


「流石勇者様ね。無事狂わずに乗り越えた様ね」


 グロウリーはユクスを見てほくそ笑む。


「ほら、ポーションよ。これで残った痛みも消えるでしょう」


 懐から取り出したポーションをユクスに向かってかけるとユクスから呻き声が来た。

 元々痛みの発生はもう止まっていたのに治癒しきらなかった身体の悲鳴の所為で気づけなかっただけ。

 その身体の痛む箇所が治れば呻き声を出す必要がなくなるのは当然だ。


「私の事は理解できる?」


「……ぐ、グロウリー」


「よく耐えきったわね。じゃあもう一回行く?」


 弱り切ったユクスの姿が面白くてグロウリーはからかい半分でそう言うとユクスはこれまでの言動が嘘のように下げび出した。


「やめろっ! いや、やめて下さい。お願いします。もう嫌だーーっ!!」


 余程トラウマになっている様でこれまで見た事がない程暴れ狂う。


「だったら私の言う事を聞きなさい」


「聞きます。だから痛いのは止めてくれ」


「いい子ね。それじゃあまずは身体を休めなさい。その後本格的な調教を始めましょうね」


 懇願するユクスの姿に満足したグロウリーはすぐに手を出す事はせず回復できる時間を与えた。

 こうしてこれからユクスにとっての地獄が始まる。










 ――――筈だった。




 翌日、王城から閃光が立ち上った。


「アハハハっ! 遂に、遂に外れたぞ」


 城の壊れた外壁から姿を現したのはユクス。

 今まで縛られていた鎖を千切り、王城ごと檻を壊して牢獄から脱走したのだ。


「下等で無能な愚民ども、ここに勇者ユクス様が復活したぞ。そして俺様に敗北を味わわせた魔族共、今までの屈辱の礼に真の恐怖を味わわせてやる」


 勇者ユクスの英雄談第二章の始まりだ、と勇者ユクスは意気揚々と壊した壁から飛び出すと、騒ぎを聞きつけた魔族達に周囲を包囲されていた。


「勇者がなぜ外に出ている」


 集まった魔族達は出てきたのがユクスであるのを確認して驚きと共に臨戦態勢を取った。


 眼前に広がる景色が悉く、魔族、魔族、魔族。

 当然のように敵意を剥き出しで向けて来るが、ユクスに焦りはなかった。


「勇者ユクス。大人しく投稿するなら痛い目に遭う事はないぞ」


 問いかけで場に静寂が訪れる。


 魔族がそう言った理由は簡単だ。

 以前の勇者ユクスは下位の魔族に手こずった程度の力しかもっていない。

 質問を発した魔族は上位魔族な上に集まった中にも何体か上位魔族がいるのだから優位だと考えた。


「ハハ、アハハハッ」


 ユクスもその考えでいる事を察して笑い声をあげた。

 相手の数はざっと数えても30以上。

 逃げるにしてもこの数の魔族との衝突は避ける事が出来ない。


 魔族はユクスが笑うのはようやく牢獄から出れたのに瞬時にまた戻されて狂ったからだと思った。


 されど、場に満ちる空気の圧だけが増していく。

 緩和なのは表面上だけでその内には確かな戦意が感じ取れる。

 しかも隠れている殺気は尋常ではない。


「……なら捕まえてみろよ」


 そう告げた瞬間、ユクスは内に秘めていた殺気を解放した。

 右手に持っている剣が輝きを放つ。


「――――拙いっ!? 全員退避だ!!」


 話していた魔族がユクスの思惑を悟って周りの魔族達に叫んだ。

 ユクスの右腕は振られ輝きが閃光となって魔族の集団に向かって行った。


 叫び声に反応してすぐに逃げた魔族も全てのみ込み消滅させた。

 それだけでは飽き足らずその延長線上の街も破壊しながら進む。


「どうだみたか魔族共。これが新生勇者ユクス様の実力だ」


 壊滅した惨状を見て、これは自分がやったのだと気分良くして宣言する。

 ユクスは魔族の壁がなくなったので歩みを再開した。


 街に出ても先程の攻撃を見て勝てないと悟ったのか仕掛けてこない為ユクスは悠々と街の外へと向かって行った。


「ん? あれは……」


 歩いている先にリンスの姿があった。

 ユクスの攻撃が運悪く冒険者ギルドに当たったらしくギルドが崩壊寸前になっていた。

 リンスはギルド内にいる職員の避難誘導をしている所だった。


 リンスの姿を見たユクス舌なめずりすると彼女の元へと歩みを変更した。


「やあ、そこに居るのはリンスさんじゃないか」


「この忙しい時にいったい誰よ。……ゆ、勇者様っ!? どうしてここにっ!?」


「どうしてって脱走したからだよ」


「牢獄に捕らわれていた筈なのに一体どうやって」


「君も見ただろう。あの天にも届く閃光の柱を。俺が本気になれば牢獄ぐらい訳ないさ」


 自慢げに語るユクスだが、リンスは閃光を打った発言からユクスを見る目が厳しくなっていた。

 そりゃあ打ち上がったのと同じ閃光で冒険者ギルドが半壊しているのだから犯人を見ればそんな目になる。

 しかしユクスはそんなリンスの変化にまるで気がついておらず凄いだろう自慢を続けた。


「それでリンスさん、俺について来てくれないか? 俺と一緒に居ればこんな所にいる必要はないだろう?」


 一体何がそれで、なのかリンスは分からなかったが、自分が誘われているという事は理解できた。

 答えはすぐに出た。 


「お断りします」


「なんだとっ!?」


 ユクスは驚くが、一体どんな思考回路をしていたら絶対について行くなどと思えるのか。

 魔王ブローの敗北だけでなく、その前の魔王に逃走したのに始まり、きちんとした勇者ユクスの評判を知る者であればユクスはもう勇者の肩書を持っているだけの無能者でしかない。

 それにリンスにとってわが家と同じ場所をこんな所呼ばわりされたのもリンスの琴線に触れていた。


「なぜ断るんだ。王都は既に魔族に支配されている。そんなギルドにいても魔族に使い潰されるだけだ。こんな所にいる意味がないだろう」


「こんな所ではありません。ここには大切な仲間も、守るべき友もいます」


「それがどうした? 選ばれなかった仲間や友より俺の為に尽くす方が大事な事だろう。それに受付嬢の君がギルドの行く末を背負う必要もない」


「……生憎ですが、私はもうこのギルドのギルマスです。ギルドを背負う必要は十二分にあります」


 ユクスは無言になった。

 顔には「君がギルマスだってっ!? 嘘だろ?」、と書かれている。


 通常、受付嬢のリンスがギルドマスターになることは出来ない。

 ユクスはタスクとリンスの接点を知らないので信じる事が出来なかった。


 そしてついてこないのは王都を出る事への不安でつい嘘をついたのだと解釈した。


「リンス。安心しろ、魔族の追っ手は俺が統べて何とかする。君を危険な目には合わせない。それに俺についてくれば将来英雄の妻となれるんだぞ?」


「……あの、なぜ私が貴方の妻にならないといけないんでしょうか?」


 ギルマスだからいけないと言っているのにまだ誘ってくる上に勝手に妻にすると言われてリンスはタスクの思考回路が理解できず、拒絶の意味も込めていつもより強めの口調で質問で返した。


「なぜって俺の妻だぞ」


「あなたには婚約者がいらっしゃるでしょう」


「確かに婚約者はいるけど、俺は勇者だから好きな女を何人も侍らせてもいい。二人になっても何ら問題ないだろ?」


「……分かりましたでははっきり言います。タイプじゃありませんので丁重にお断りします。なので逃げるのでしたら勇者様お一人で行ってください」


 ここにはギルドの仲間達やユクスを追ってきた魔族といった周囲の目があるので遠回しな言葉を並べていたが、それでは一向に伝わらないと諦めたリンスは直球で断りを入れた。


 YESしか頭になかったユクスは固まり、事の成り行きを見守っていた仲間達からは苦笑、シャンリーさんは大爆笑している。

 魔族達も事情が呑み込めるとユクスを冷かしていく。


 ユクスはそんな周りの反応でようやく自分が振られたと悟り、


「……俺の善意を断るんだな。俺を見限るような奴は要らんっ!」


「キャッ!」


 場にバチンという音がり響いた。

 リンスは悲鳴を上げて後ろに飛ぶ。


「勇者のくせに逆ギレしてギルマスを殴りやがった」


「あの野郎、俺達のリンスちゃんの顔をっ!」


 その瞬間、ギルド職員と魔族は殴られたリンスを救うべく職員が飛ばされたリンスを回収し、魔族達が壁になる様に移動してユクスに戦いを挑んだ。


「邪魔をするなっ!!」




 ◆



 防壁門を通過して見た街は想像よりも倒壊は少なかった。


 外から見えた被害は一部のみでそれ以外の箇所は外出前と変わらなかった。


(周辺の幹部魔族や他の魔王が攻めてきたにしては被害が少ない。数人規模の乱闘騒ぎってところか。どちらにしても留守中にこれは監督不届きだな)


 前回の冒険者ギルドはまだ小規模だったから大目に見れたが、今回のを見逃したら他の幹部が黙っていない。

 残念だが勇者ユクスをまた手元に戻さないといけないだろう。


「魔王様、あの方角は」


 街の抗争具合を見て余裕の生まれた俺にエリティアは小声で囁いてきた。


(方角? ……っ)


 何のことか分かった瞬間、俺は走り出していた。

 倒壊している方角には冒険者ギルドがある。



 予想が当たり冒険者ギルドは倒壊していた。

 何とか元の建物の面影は残っているが、1階の支えていた柱が無くなって2階に押し潰されている。


(職員たちはどこだ。リンスは?)


 あれでは中で生活は出来ない。

 職員達が何処かにいるはずだ。


 周囲を見回して職員を探す。

 当然ギルドが住めなくなったから他の場所へ行っているはずなので視界の届く範囲にいない可能性が高い。

 そう考えながら見たが、


「ま、魔王様っ!?」


 視界の中にある広場に彼女達はいた。

 声を上げたのはリンス。

 それ以外にもギルド職員の姿もある。


「お帰りなさいませ魔王様」


「挨拶はいい。それより聞かせろ。お前達なぜこんな所にいるんだ。冒険者ギルドには住めないだろう」 


「はい。私達は魔族の方々からここで野宿するようにと言われたのでそのようにしていました」


 野宿って後ろには怪我人の姿もあるのにこんな屋根のない所で生活なんてしたら身体を壊すだろ。

 一体誰だ。その野宿って言った魔族は。


 とにかく怪我人の治療をしないと、この程度の怪我なら治癒魔法で行けるが、魔族は治癒魔法が使えない。

 仕方なくアイテムボックスから治癒のポーションを取り出して怪我人に振りかけた。


「魔王様、それは高級な治癒ポーションですよ」


「俺達魔族にはただの毒だ。別に気にしなくていい」


 まだ在庫を合わせて相当数所持しているし、この場面は使う必要のある場面だと思う。

 全く問題ない。


「仮住まいも用意しておく。……っ、顔に怪我をしているじゃないかっ!?」


 振り返って改めてリンスを見ると顔が腫れて僅かに切れた後があった。


「この程度怪我の内に」


「何を言っているんだ。女性の顔がポーションより劣る訳がないだろう」


 流石に顔にポーションをぶっかける訳にもいかず、ポーションをもう一本取り出すとリンスに渡して飲ませた。

 それで顔の傷は消え、腫れも引いた。


「それで何があったんだ?」




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