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7話 支配された異世界

 一つ目の映像だけでも十分に悲惨な内容だったが、詳細はまだ終わっていなかった。


 次に映し出された場所は、先程とは印象の全く違う街のとある円形状の巨大建造物。

 その姿形は俺のよく知る建築物と非常に似た建物だった。


 中からは地響きの如く歓声が外まで響き渡ってきて、大盛り上がりを見せているのがすぐにわかった。


 この場所は、コロシアム。

 元はこの国の王が戦士育成を強化していくために造られた施設で、基本的に戦争に行く兵士の修練や学生の対魔物戦の実技授業を行う場として使用されていて、年に一度、称号を持つ騎士や戦場で名を挙げている傭兵、上位ランクの冒険者などの猛者達を集めて、純粋な力比べを観客達に見せる"武闘大会"の会場であった。

 娯楽の少ないこの世界では、一大イベントとして絶大な人気を博していたらしい。


 魔族が街を支配するようになってからもコロシアムは壊される事なく、今も魔族運営で使用されている。

 兵士の修練や学生の実技では使われることはなくなり、代わりに猿轡に拘束具をつけて四つん這いにさせて走らせる人馬レースや格上の魔物を解き放って時間内まで襲わせる人間狩りゲームなどの人権の失った奴隷達を使った魔族の遊びが行われているようだ。


 その中で唯一武闘大会だけは魔王支配領土となってからも続いていた。


『さぁ、野郎ども! 準備はいいか! 次のイベントは、かつて"魔法貴公子"と二つ名が付くほどの魔法使いだったオルディ選手とAランク冒険者"赤亀"のアブレーター選手の好カードだ!!!』


 変わった点は観客が魔族になった事。


『オルディ選手は魔族間では全くの無名ではありましたが、一回戦であの"老戦士"ガゼルの首を見事に斬り飛ばし観客を大いに沸かせてくれた期待の選手です。対するアブレーター選手は、盾術とスキル【硬化】による固い防御に面倒な相手だと我々の中でも知っている者がいる実力者だ!!』


 そして試合が本当に生死を奪い合う戦いになった事だ。


 人間が運営していた時でも選手達が、血を流し、肉を斬られる姿は人々を興奮させた。だから試合につける防具に対して重量規制が決められていたが、本気で命まで取ろうとして戦ってはいなかった。それが魔族に変わってから人の生死になど関係ない。ただ面白ければそれでいいと、どちらかが再起不能の重体、または死亡するまで戦わせるようになった。


 年に一度であった武闘大会の回数も毎月何度も開催する様になり、単体戦や団体戦、チーム戦と試合形式も増えた。


 戦争に敗北し奴隷に落ちた選手達に試合を拒む権利はなく、試合の対戦カードの中には、平然と戦闘能力の持たない者や親しい関係の者同士を戦わせる試合も含まれている。


 その地獄のコロシアムの中からの唯一の脱出手段は、人間を100人殺す事。

 それができた場合、魔王の宣言に従い、奴隷は自由の身になれることが約束されている。


 しかし、100勝ではなく100人殺し。

 一勝しても相手を殺していなければカウントされず、逆に集団戦やチーム戦などで敗北しても途中で対戦者を殺していた場合、数はカウントされる。

 この条件は、簡単なものではなかった。


 どれだけ腕が立とうと相手を殺さなければ意味がない。自由か良心か。最初の一人を殺すことがまずできない人間では話にならない。より非道で残忍に、そして同族の恨みを買った者だけが自由に近づく。

 だがそれも50人前後まで、そこまで殺すと周りが危険視し出して、集団戦で集団リンチを受けるか、自分より格上の実力者に殺される。

 この一年で最も殺した者でも60人が最高である。


『……!!! 終始劣勢だったオルディ選手、ギブアップを勧める空気を読めない男アブレーターに不意打ちの一撃!! 貴公子とは名ばかりの卑劣な攻撃に場内ははち切れんばかりの歓声が上がる!!!』


 映し出される映像の試合も決着がついた。


 勝鬨を上げる"魔法貴公子"オルディ。

 良心を持った実力者と相手を殺してでも生き残りたい弱者の戦いは、弱者が勝利したようだ。


 8割方アブレーターが圧倒し、決定打を寸止めで止めては降参を促していた。それを全て無視して実況の説明通りに、完全に斬られるはずの攻撃を寸止めで止めてくれたところをオルディが隠し持っていたナイフで背中を刺しのだ。その後、容赦ない魔法での追い討ち。


 本来ならば、オルディに対して大ブーイングが起こってもおかしくない決着の仕方だったが、魔族はオルディを拍手で迎えた。

 魔族にとってアブレーターの正義感と良心による寸止めよりもオルディの醜くも卑劣で勝利に必死な姿の方が望んでいる姿だからだ。


 これが本来なら良心が傷つくはずの心を黒く染めていく。


 オルディは魔族からの拍手を笑顔で返す。

 この男はもう卑怯、汚いで勝つことに何も感じなくなってしまっているようだ。


 アブレーターは戦闘不能にはなったが、どうやらまだ息はあったようでセコンド達が駆け寄り、担架に乗せて退場していく。


 その間に実況は大会進行を次のステップに進めるアナウンスを始める。


『それではオルディの勝利に賭けた皆さんのチケット換金をこれより開始します。1日以内に換金しなければ無効となりますので早めに交換して下さい。

 そして次の対戦カードは、この国の処刑人"首斬り"ディラハム対裏ギルドに所属していた"腹切り"デブルの対決だ!! どちらも人殺しを生業にしてきた者同士の対決。残虐非道が約束されたような戦いだ!! ぜひチケットをお買い求め下さい!』


 そのアナウンスに従って幾人もの魔族がチケット売り場に向かって集まっていく。


 殺し合いはまだまだ続くようだが、映像の方はここで終わりのようだ。




 今、紹介された冒険者ギルドの職員やコロシアムの剣闘士達のような境遇な者は、少数派のまだマシな部類であるらしい。

 なぜかと言うとギルド職員はまだ魔族に対して拒否する権利が残っているし、剣闘士には無理難題であっても自由になることができる希望が残されているからだ。


 そもそも街で生活できる人間は、例外を除いて2パターンしかない。魔族の奴隷として働くか、魔族のために働くかだ。


 一見同じに聞こえるが、前者は魔族の専用奴隷となり、その魔族の命令に絶対服従での生活を送る生活で、主人の魔族によっては、最も地獄な環境になる境遇である。後者は、魔族の雑用として魔族のやりたがらない食料を作ったり、冒険者ギルドを運営したりする仕事を任された連中の事だ。魔族に捕まって最も境遇がいいのが、後者には入れた者達だろう。


 しかしどちらも必要な人数は限られている。特に男性の奴隷の需要は低く、必要数は本当に僅かだ。


 では大多数の者は一体どんな環境に置かれているのか?


 そんな前置きから映像はまた切り替わった。




 今度の景色は建物が碌にない自然の多い開けた場所だった。


 そう、大多数の者は街の外で生活している。

 ただしスラム街や野宿とかではなく、街の外にある鉱山での強制労働をされているようだ。

 それも魔族が鉱山の採掘物が欲しいからやらせている訳ではなく、檻として使っているだけだという。


 元々人間社会のシステムの一つに犯罪者奴隷は、鉱山での強制労働をすると言う罰が存在していて、現地には生活できる最低限の設備が揃っている上に、少人数でも囚人を逃さないための柵や堀などの設備環境が既に出来上がっている。

 邪魔な存在を入れておく箱庭としてはピッタリだったのだ。


 その結論に行き着いた魔王は一体や二体ではなく、ほぼ全ての魔王が示し合わせたように余った人間を強制労働の地へ送っている。


 こういった離れているにも関わらず、偶然の一致が起こる現象をなんといったか……そう、シンクロニシティ!

 つまり共闘はしなくても魔王達の根幹にある深層心理は、同一なものなのだと思えた。


 それにしてもこの労働条件って……。


 鉱山地帯を映すようになってから現れたスクリーンには、鉱山で働く者達の作業工程が表示されている。

 食事は1日2食、休日は存在せず、仕事内容は、当然重労働で、魔族からのパワハラ以上のことが日常茶飯事である事が書かれている。

 ただ労働時間だけが、約8時間とかなり普通。もっと20時間ぶっ続けとか、寝る間も惜しんで働けとかを想像していたのに、正社員の定時時間並みとか優しくないか?


 えっ!? これでも多い!? 12時間とか休みの日まで仕事する方が異常!?

 企業努力という名の民衆の当たり前の認識の所為で基準が上がった弊害だと……た、確かに。

 どうやら俺のいた国は、世界規模のブラック社会であったらしい。


 自由が許されないし、仕事は辛いものばかりで、魔族からは虐待されるのだから総合的に見ればこっちの方がブラックだよな?


『ぎゃあああーー!!』


 甲高い悲鳴が響き、火だるまと化した男が作業場から出てきた。


「休むなと言ったのが聞こえなかったようだな」


 次いで魔族が一体、もがき苦しむ男に近づくと更に火の球体を放って男に追撃を浴びせた。

 更なる攻撃に男は叫びを上げる前に絶命する。


「いいか、お前らに与えられているのは、働くことだけだ! 休むなんて大層なことできると思うなよ!」


 怒鳴りつける魔族に対して周囲の反応は全くの無反応。

 いや、魔族に対してだけではない。その前の火だるまの男が悲鳴を上げて出てきた時から、誰も話をしなければ、助けに入るそぶりも見せなかった。

 本当にロボットのように作業を続けていただけ。


 人一人、死のうが、焼かれようが、自分には関係ないと反応をする事が普通になっている環境か。吐き気がするほど胸糞悪かった。


 もう先程までの労働時間の事など頭にはなく、ただただこの世界の人類は魔族に完全敗北したのだと実感させられるだけであった。


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