74話 道化
明けましておめでとうございます。
今年も投稿していきますのでよろしくお願いします。
Side:グラマンティア
審判を任されたグラマンティアは摸擬戦の開始を告げてからウルカの動きを注視した。
誰でも見たら分かる事ですがウルカは子供。
獣人は身体能力が高いと言われていますが、それは飽くまでも成人した獣人の話で、子供の獣人の成長スピードは人間と変わらない。
まだ成長期の終わっていないウルカでは身体は出来上がっていない。
見た感じではヒルディの方が身体能力は絶対に高いのは間違いなかった。
にも拘らずタスクは彼女がヒルディと戦えると判断した。
あまつさえ勝てると豪語した。
グラマンティアはその言葉をただヒルディを挑発する為だけに行ったのだとは思っていない。
ヒルディと戦えるだけの強力な何かを持っているのだと考えていた。
開始してすぐにウルカは飛んだ。
初撃対策、まぁ悪くはないでしょう。
スキルが何らかの準備時間が必要なら初撃でやられたら何もありません。
でもヒルディが動くのを見ずに全力で行ったという点はあまり良くない。
あれでは身体能力に大きな差があると自ら言っている様なものでしょう。
良策とはとても言えない。
それと開始の合図がなっているのに未だに身体強化系のスキルは使用しないのも気になりますね。
獣人は身体能力の高さに加えて強力な強化スキルがある事に定評がある種族。
それなのに強化スキルを使わないのは何か理由があるのか?
通じないから使わないのか?
グラマンティアは避ける動きだけでかなり正確にウルカの実力を見極めていた。
一方のヒルディの方は余裕そうですね。
今の動きで自分と同じように身体能力の差を認識したのでしょう。
負ける事はないと確信した内心が僅かに外に出ている。
たぶんヒルディの頭の中ではこの勝負にどうやって勝つかを考えていると戦いの前に話をしていなくても長い付き合い故に見事にヒルディの考えを読むのだった。。
緊急回避から立ち上がったウルカは戦闘態勢を取りながらヒルディの周囲を回り出した。
距離を一定に取って攻撃の仕掛けるタイミングを探っている……ように見えて攻撃するためにしている事のどれもが偽りだった。
どんなに攻撃しますよアピールしてもあの足運びだと攻める気が全く見られないのが分かる。
攻撃を躊躇っているにしては落ち着いているように感じるので隙の無さに攻めあぐねているという訳でもなさそう。
これもタスクの指示と見るのが正解かな?
だとすると準備をしている?
または何かを待っている?
前者はスキルでしょうが、後者だとすると考えられることは……ヒルディが攻めるのを待っている?
だとすると最初に飛び込む必要ないですよね。
流石に時間をかけ過ぎたのか一向に攻めないウルカにヒルディがしびれを切らした。
彼女の十八番である【狂気化】を使用して一気に蹴りを着けに掛かりました。
大人げない。
既に相当な戦力差があるのだから今のままでも力を見せるのには足りているでしょうに更に差を広げる必要はないでしょう。
(これにはいくらなんでも止めるべきだと進言をタスクさんにした方が……笑っている?)
ヒルディの狂気化状態は見掛け倒しではありません。
あのスキルは身体能力を全て数倍に上昇させる。
その実力の上昇値は最上級スキルと同等以上と言われています。
あのスキルを使ったヒルディの実力差を感じて降参する者だって珍しくない。
それを笑う?
ヒルディの実力が予想以上に高くて喜んでいるのかしら?
もう一人、ウルカの反応もタスクと同じで薄い。
例え事前にこうなる事を教えてもらっていたとしても少しは驚いて取り乱しても可笑しくないのにまったく反応しない。
まさか【狂気化】を使われるのを待っていた?
いやいや、それはないでしょう。
使わせないならともかくパワーアップするのを待つなんて。
狂気化状態のヒルディを見るに調子は悪くなさそう。
これならウルカが何をしても対応できる。
周りの団員達ももう勝敗は決まっている物としている中でウルカが動いた。
あり得ない。
今のウルカを相手に無謀な特攻をするなんてっ!?
無策に突撃した結果、ヒルディに簡単に殺された。
……いえ、今突撃したのは本物じゃなかった。
使ったのは【分身】……に見紛うレベルの【幻影】でしょう。
気づくのに遅れてしまうほどに高度な幻影。
本物のウルカはずっと距離を取っている。
しかも同質の【幻影】を8体も同時に作り出すのは凄い。
だけどいくらレベルの高い【幻影】であっても攻撃できないのでただの時間稼ぎにしかならない。
そこが【分身】と違う致命的な弱点だ。
所詮ヒルディには傷一つ付けられない幻影なのでいつかはヒルディも気がつく。
咆哮言っている間に少々遅かったけどヒルディが【幻影】を見破って本体を見つけ出した。
これで勝負あり。
(やっぱりこれは実力を見る為だったのかしら?)
そう思った矢先、再びウルカが動く。
いえ、実際は動いていないのだけど彼女の周りを光が包んだかと思うと、魔族が現れた。
「「「キャアアッ!!」」」
これには楽観してみていた周囲も予想外過ぎてパニックになる者が続出した。
昔なら騎士団たる者相手がどんな異形でも悲鳴など上げるな、と注意するところだけど今は責めることは出来ない。
かくいう私だって身体が僅かに震えてしまっているんだから。
現れた魔族は一体や二体ではない。
ウルカの身体が見えなくなるほど出現していた。
ヒルディは……動揺は見られない。
流石に表情は強張っているが、戦意が喪失するほどではない。
あの魔族に迎え撃つ構えを見せる。
もうウルカの姿は薄れ、意識は魔族達に集中した所でヒルディに向かって攻撃を始めた。
全包囲からの突撃をヒルディは斧一本で薙ぎ払っていく。
その姿は勇ましく魔族を倒す騎士の中の騎士で、周りの団員から黄色い声援が上がった。
(……可笑しい)
出現した魔族は『紅蓮の乙女』がこれまで戦っていた相手よりも大きく、硬く、凶悪で悍ましい。
どう見てもヒルディよりも手ごわい敵に見える、にも拘らずその行動はヒルディに向かっての突撃一辺倒のみ。
魔法やスキルを使う気配はない上にいくらなんでも斧の一撃で簡単に死んでしまうというのは考えづらい。
これではまるでさっきまでのウルカの【幻影】と同じである。
(……っ、これは)
違和感を覚えた途端、景色が一変しました。
先程までいた筈の魔族の姿は霧のように消え失せ、元の洞窟の姿に戻る。
(ヒルディとウルカは)
二人ともいる。
ウルカは先程いた場所から全く動かずただ茫然とヒルディに目をやっているだけであった。
対してヒルディの方は何もない空間に向かって一心不乱、我武者羅に斧を振り回し続けていた。
さっきまでの光景を見ていなければ錯乱していると思われるほどの異様な光景であった。
グラマンティアはこの時ばかりは審判でありながら思わず周囲の状況も確認してしまった。
真っ先に見たのはタスク。
彼はこの光景に対して満足そうな顔で見ている。
次に隣にいるエリティア様はヒルディの事を可哀想な目で見ながら何かタスクに話しかけている。
どちらも私と同じ景色を見ているのは間違いなさそう。
他の者は……フィルティア様は腰を抜かしてしまっている。
これは明らかに幻を見ていますね。
『紅蓮の乙女』だとミラが視線に気づいて説明して欲しそうな顔をしている。
グラマンティア自身も説明してもらいたいのだから首を振って答えた。
それ以外の団員も続々と幻から覚めて驚いた表情で周囲を見ている。
そのほかの非戦闘員の方々はフィルティア様と同じで震えたままのようだ。
どうやら幻であると気づくとこちらに戻ってこれる仕組みの様ですね。
魔族の弱さに違和感を感じる事さえできれば解けるので拘束力は高くない。
あとさっきの【幻影】と同じで攻撃力はないので気づかれたらおしまいの時間稼ぎでしかない。
(なるほど、勝てないまでもウルカの実力を教える為に態々このような事をしたのね。確かに子供のウルカが格上相手に奮闘できるようになっているというのはタスクの手腕が本物であるという事を伝えるには効果的に見える)
あとは破られたらタスクが止めに入ればおしまい。
これだとヒルディには悪いけど勝っても子供相手に翻弄された方のが印象に残ってしまう。
だけどその予想は外れた。
もう大分時間が掛かったというのにどういう訳かヒルディだけが戻ってこれずにいる。
斧を全力で振り続けている姿は幻の中では格好いいものであったが、何もない空虚が相手では滑稽でしかない。
ヒルディが必死に戦えば戦うほどに周囲の目が先程のエリティア様の目と同じになっていった。
この戦いは戦力として弱いとバッサリと言い切られた近衛騎士のプライドを取り戻す戦い。
出来る事ならヒルディには勝って貰いたかったですが……。
「そこまでっ!!」
洞窟内の注目がこちらへと向く声で勝敗を決める掛け声を上げる。
その瞬間、『紅蓮の乙女』のプライドは脆く崩れた。
◆
空虚に向かって一心不乱に斧を振るヒルディの様子をみてエリティアが話しかけてきた。
「これってどういう状況なのよ?」
「やっぱりまだエリティアには全くかからないか。終わったら説明するから今はウルカの勇士を見てて」
「勇士ってただ突っ立っているだけじゃない」
まぁ見えないと本当に何してるのか分からないよね。
ヒルディが斧振っているだけでウルカは一歩も動いてないもん。
自分の立案した作戦とはいえ傍から見るとヒルディが珍行動している風にしか見えない。
周りの者も続々と正気に戻っているから終わった頃を思うとちょっとかわいそうな事をしたかなとさえ思えてしまう。
「そこまで」
遂にグラマンティアが我慢できなくなって摸擬戦を止めた。
親友である彼女をこれ以上見てはいられなかったのだろう。
宣言したのを聞いてウルカは戦いを止めてこちらに戻ってきた。
「……どうだった?」
「良かったぞ。教えた以上に上出来だった」
自分でも上手くいったと思っていて期待しながら聞いてくる。
当然勝利したのだからいつも以上に頭を撫でて褒めてあげた。
勢いがある分いつもよりも少し荒っぽくなってしまいウルカは予想と違う撫で方に逃げる素振りを見せるが、本気で嫌がっている訳ではなく表情は綻んでいた。
「本当よ。近衛騎士団の副団長に勝てるなんて」
「ウルカ凄いのです」
エリティアとオルガもウルカを称賛を送った。
さて、ウルカがスキルを解除したことでみんな正気に戻った事だろう。
ウルカの事はエリティアに任せて俺は蹲っているヒルディの元に向かった。
「……これがお前の実力だ」
俺が声を掛けるとヒルディはビクリと身体を震わせた。
子供相手に負けた。
ルールは事前に了承したもので、敗北宣言を行ったのは団長であるグラマンティアだ。
文句のつけようのない敗北。
それを突き付けられたヒルディは顔を上げる事が出来ない様だ。
返事のないヒルディの代わりにグラマンティアが間に入ってきた。
「今のは一体何をしたんですか」
「それは戦いか? それともヒルディの状況か?」
「どちらもです。この目で見たとはいえ戦闘の説明をしてもらえないと理解できない事が多すぎます。それにヒルディに何をしたんですか」
周囲に視線を送るとグラマンティアの言う通り戦いの内容の話をしているが、みんな首を傾げてしまっている。
特に非戦闘員の人達はヒルディと同じでいきなり魔族が消えて動揺してしまっている。
説明は必要そうだ。
とはいえどこから説明ればいい?
戦いの序盤から一つ一つ説明が必要なのだろうか?
「分かった。説明をしよう。ただ俺は全てを理解してしまっているからどこまで理解しているのかを教えてくれ」
「私が理解しているまでの説明をするって事ですか」
「ああ、分かった所までをグラマンティアが話して分かっていないところを捕捉で説明するよ」
「分かりました」
俺たちの会話は聞こえていたのか周囲も話すのを止めてグラマンティアに注目する。
全員の注目を浴びる中、グラマンティアは戦闘で起こった事の説明を始めた。