73話 幻影
ウルカとヒルディの対決が決まった。
しかし今は二人とも私服の丸腰で戦いのできる姿ではない。
お互いに戦いの準備をした方がいいだろう。
「取り敢えずヒルディにも武器を渡さないとな。これで構わないか?」
そう言ってアイテムボックスの中からザダの使っていた筋肉喰いの斧を取り出した。
筋肉喰いの斧は元々彼女の得物でザダが彼女から奪ったものだ。
ザダとの戦闘中にアイテムボックスの中に仕舞いっ放しになっていたのでいい機会だ。
筋肉喰の斧はいい武器ではあるが、代わりになる武器ならたくさんあるし、特性との相性が良くないので使う予定もない。
アイテムボックスから取り出すとヒルディに投げ渡した。
久々に本来の持ち主の手元に戻した筋肉喰いの斧をヒルディはキャッチするとまじまじと見つめた。
変異種オークが使っていたから多少手入れが必要だろうけど問題なく使えるはずだ。
何も仕込んだりもしてないぞ。
ヒルディは何度か斧を振って感触を確かめた後、再び驚いた顔をしてこちらを見た。
そりゃあ何の接点もないはずなのに自分の得物を知っていたら驚くよな。
「これを渡すって弟子を殺す気ですか?」
違ったみたいだ。
この摸擬戦で実戦でも使う武器を使わせる判断に驚いている様だ。
「大丈夫。危なかったら止めるし、俺はこう見えて回復魔法が使えるから怪我をしても治せる」
「でももしもはありますよ」
そうなったら寧ろヒルディの評価を2は上げて修正するつもりだ。
「それとも本身でやるのは怖いか?」
「私は優しさから言ってるのよ。後悔しても知らないからね」
まだ何か言いたそうだったが、武器を変える気はないと諦めたようだ。
話が終わり、ヒルディに武器を渡せたことだしさっさとウルカの元へ向かうとしよう。
後ろではヒルディの元にも『紅蓮の乙女』のメンバーが集まっていく。
まぁ、『紅蓮の乙女』の面々からしたら副団長であるヒルディを応援するのは当然だよな。
頼んだからと言って平等を貫くために中央で両者の準備が整うまで待っているグラマンティアみたいな人もいるけど。
俺としては平等を貫こうとしている姿勢は嫌いじゃない。
やっぱり真面目な性格だなと思ったけど。
ウルカの元に行くとウルカも待っていてくれていたようだ。
「……タスク」
「ああ、悪い。それじゃあ摸擬戦の作戦を伝えるぞ」
「……(コクッ)」
おう、ウルカはやる気だな。
「まずこれを見てくれ」
ウルカ
レベル:75
攻:D 防:D 速:D
ヒルディ
レベル:210
攻:A 防:B 速:C
これが簡易的な今の二人の身体能力をランクにしたものだ。
因みに基準はブルータスの身体能力をCとしての評価だ。
元騎士のブルータスと比べてこの評価は流石近衛騎士と言った所だろう。
「見ての通り二人の身体能力はかなり開いている」
「……攻撃に至ってはA」
「そうだな。普通にぶつかったら間違いなくウルカの方が負ける。運が悪ければあそれこそ一撃で死んでしまう可能性がある」
「……だから普通じゃない方法を教えてくれる?」
流石俺の弟子。
考えをよく分かってくれている。
戦力差の大きさを見てもウルカの戦意が衰えている様子もない。
最初の頃と比べて凄く成長していてとても嬉しく感じた。
「その通りだ。作戦を教えるぞ」
「……(コクッ)」
相手の行動に合わせて可能性のある戦いの流れを何通りか伝える。
ウルカは最初少し驚いていたが、反論や拒否する言葉を一切洩らすことなく作戦を覚えてくれた。
「――――以上だ」
「……分かった」
「最悪危険になったら間に入ってすぐに助けるからこれも訓練だと思って楽しんで来い」
「……いく」
全てを伝え終えたウルカを送り出す。
ヒルディ側の方に目をやるととっくのむかしに話は終わっていたのかウルカが前に来たのに合わせてすぐに向かってきた。
摸擬戦の方式はエリカーサ王国の仕方を採用する。
流儀に則ってお互いに審判の前にいき、ルールの確認と正々堂々戦うことを約束した後、5メートルほどの間隔を空けて立ち止まった。
観客も皆エリカーサ王国の国民なので流儀を理解して開始の合図がなるまで静かな物であった。
グラマンティアも中央から数歩下がって二人の邪魔のならない距離を取っている。
「ウルカは大丈夫なのです?」
「実力は『紅蓮の乙女』の一番弱い人が相手でも多分勝てないのに副団長相手に勝てるとは思えないんだけど」
「大丈夫だってウルカなら無事に戻って来るさ」
そうは言っても心配なのか二人とも戦うウルカよりも不安そうだ。
「これよりヒルディとウルカの摸擬戦を始める」
話している間にお互いに準備が終わりグラマンティアが周囲に聞こえる様に掛け声を上げた。
◆
Side:ヒルディ
助けてもらった事に対して恩義を返すために役に立ちたい。
そう思っていたのに指名されなかっただけでなく、力不足だと言われてしまった彼女は反動で食って掛かってしまった。
選ばれたのが団長だけならまだ納得いった。
しかしもう一人に選ばれたのは自分よりも格下のラスクだった。
同じ仲間ではあるが、とてもじゃないが自分を押しのけて入れるようなものは見当たらなかった。
他の仲間達も似たような感情を抱いているのがすぐに分かる。
だから当然の意見として異議を唱えた。
……その結果が、どういう訳か子供相手に摸擬戦である。
それも力を見せてみろではなく勝てないからと言われたのだ。
これを怒らない武芸者はいない。
とはいえ時間が経てば自然と頭は冷える。
状況をもう一度見つめ直して対戦相手の子どもと自分を見比べれば勝つのは間違いない。
それは誰がどう見ても同じ結論になる。
つまりこれはデモンストレーション。
この摸擬戦はこの後の王都行きメンバーを増やすためにこんな子供でも王都で生活する事が出来ているという事を周囲に教える余興なのだ。
指名は反論するものを出すための餌で私はまんまと乗っかってしまったという訳だ。
その結論に至ったのは私だけでなく周りに集まった団員も一致した回答であった。
勝てると豪語したのも、実験用の斧を返したのも、怒らせて実力を見る為だと考えれば納得がいく。
そうと分かればその思惑に乗って見事な勝利を見せつけてやろうじゃないか、私達はその話で盛り上がった。
「時間制限なしの一本勝負……始めっ!!」
団長の開始の合図が上がると同時に、対戦者であるウルカが横にダイブした。
私は何もしていない。
それなのに必死に飛び込むウルカに周囲からは何をやっているのかという声が聞こえる。
でも私にはこの行動の意味が理解できた。
ウルカの行動はもし仮に私が開始と同時にウルカを戦闘不能にしようとしたらすぐに試合が終わってしまう。
それを避ける為の行動だと。
実際仲間の中で一瞬で勝負を決めて強さを見せるという意見もあったのだから可能性はゼロではなかった。
(でもそれじゃあ私の力を見せつけられずに終わってしまう。だから却下したのよ)
魅せるには一方が圧倒し過ぎるのよくない。
敵にも華を持たせて場を盛り上げた後に圧倒する方のが印象というものは上がる。
ヒルディは攻勢に出るであろうウルカの行動を待った。
しかしいくら待ってもウルカは全く攻めてこようとしない。
開始と同時に飛んでからというもの4~5メートルの感覚を保って距離を詰めてこなかった。
ぐるぐるとヒルディの周りをとにかく回っているだけだ。
(一体何を考えているの? 周囲をいくら回っても何も好転なんてしないのだからさっさと攻めてきなさいよ)
それでもウルカは攻めてこない。
これでは相手の攻撃を捌き切って強さを示す計画は出来ない。
何の動きのない試合に周囲の反応も戸惑いの色が強くなってきたのを察して先にヒルディが折れた。
もしもウルカの攻撃が地味で目立てなかった時のためのBプランに移ることにした。
本当は今のままでも十分な力の差があるので気が引けたのだが、自分の力を魅せつけるにはこれが一番なのだから仕方がない。
「【狂気化】」
ヒルディの持つ身体能力上昇系スキル【狂気化】を発動する。
身体強化系でも最上位である『金剛不壊』や『電光石火』と同等の上昇率を持っていると言われている上に一つのスキルで身体能力全てに反映される。
両手で持っていた筋肉喰の斧を片手に持ち替えて振り下ろすと地面を抉って亀裂を作った。
「【|狂気化】ですってっ!?」
スキルを見て周囲が驚いている。
【狂気化】はレアスキルにも匹敵すると言われている。
(人によっては子供相手に大人げないと言われるでしょうけど魅せるにはこれ以上のスキルはない。この力なら必ずタスクも私を王都に連れていくべきだと考えるはずだ)
ヒルディが【狂気化】を使用してウルカの足が止まった。
じっくりとヒルディを観察していた。
どうやら初めて見る【狂気化】に驚いたみたいだ。
でもその割には反応が薄いし、意外と正常に対峙できている。
戦意を失ったり、取り乱したり、怯える様子がない。
(まさかこのスキルの事を知らされていた?)
このスキルについても織り込み済みというのなら尚の事この摸擬戦はデモンストレーションの可能性が濃厚になった。
さて、このスキルで戦うと打ちどころが悪ければ簡単に死んじゃうし、一気に片を付けて……
「……いく」
攻める前に今まで攻勢に一切出なかったウルカが距離を詰めてきた。
可笑しなタイミングだ。
普通ならこの状態になる前に勝負をつけようと攻めてくるはずなのに使用後に攻めてくるなんて。
それともただ単純にスキルを使われて焦ったのか?
(しかも真正面から突っ込んでくるなんてやっぱり子どもね。まともにいったら殺しちゃうけど……まぁ危なくなったら止めに入るか)
斧を握りしめて振り下ろす。
大型の斧を振り下ろしているとは思えない速度で正面からくるウルカに向かって行く。
ウルカの反応速度では気づいた時にはもう遅い一撃。
実際にウルカは避ける事が出来ずに簡単に引き裂かれた。
(あれっ!? 殺しちゃっ……)
「痛っ!?」
殺してしまった事に動揺していたら後ろから痛みが走る。
振り返るとたった今殺したはずのウルカがいた。
「……次」
それも二人も存在した。
今度は左右に分かれるとすぐさま先程同様に突撃してきた。
「舐めるなっ!」
幾ら左右に分かれて攻めていようとそんな速度では難なく対処が出来る。
今度は横薙ぎに斧を払うとまたも簡単にウルカを引き裂く事が出来た。
「……まだ」
またウルカは復活して今度は三人になって攻撃してくる。
(どういうこと)
殺して数を増やすスキルなんて聞いたことがない。
それよりも最初から増えていた可能性が高かった。
姿を増やすスキルで思いつく物は【分身】。
しかし5体目でそれは違うと気づく。
【分身】は分身を殺しても本体は死なないが、ダメージを何割か食らうと聞いている。
それなのにウルカにダメージを負っている気配はない。
つまり別のスキルであるという事。
「なるほどこれは【幻影】だったのね」
「……気づかれた」
そう言うと突っ込んできていたウルカは立ち止まって消えていき、距離の離れた安全な場所で本物のウルカは佇んでいた。
種が割れればもう勝負ありね。
「……次はこれ」
「これはっ」
【幻影】を破ったと思ったら今度はウルカの周囲が光って――――化け物が現れた。
(あれは召喚魔法!? まさかあの歳でテイムの能力を持っているっていうの)
確かにあれなら使役する者の力は関係ない。
寧ろ納得した。
今まで魔族と戦ってきたが、ここまで異形な姿の魔族は見た事がない。
明らかに今まで戦った魔族よりも強い。
『ガアアアァァァ』
魔族は雄たけびを上げて突っ込んできた。