72話 異議申し立て
王都行きのメンバーの指名と聞いて場内が再びどよめいた。
王都行きとなれば魔族の真っただ中での生活が余儀なくされる。
魔族からは物として見られて苦行も予想しやすい事だろう。
出来る事なら行きたくはない。
そう思う者がいるのは至極当然であった。
特に指名される可能性が高い『紅蓮の乙女』の面々の反応は強かった。
今の『紅蓮の乙女』のグループは四つに分かれている。
オークの奴隷になっても心が折れることがなく実力に自信があり使命をされるのを期待している者。
心は折れていないが、実力がないからと指名はないなと思っている者。
心が折れてしまい魔族の中で生活する事に怯え指名されたくない事を願う者。
同じく折れてはいるものの指名されないと思っている者。
あんなことがあれば仕方がない事だ。
(指名するのは……ふむ)
長々と待たせる気もないのですぐに静かにしてもらって連れていきたい人の名前を発表する。
「一人目は『紅蓮の乙女』団長グラマンティア・K・オルムーゴ」
「はい」
返事をしたのは女社長のようなオーラを放つ(エリティアほどではないけど)見事なおっぱいを持つ女性であった。
何となく『紅蓮の乙女』の団長だと納得するものを持っている。
選んだ理由だが彼女はただの騎士団の団長ではない。
『紅蓮の乙女』の初代団長。
すなわちこの団の創設者であり、たった数年で近衛にまで昇格させるまでに成長させる手腕。
戦闘面でも鬼神と例えられるほど戦闘力と獰猛さで名が通っているだけでなく、戦果として魔物の一掃作戦の頭の討伐、魔族との戦闘経験あり、勲章を複数授与とエリカーサ王国内でも上位の成績の実績もある。
事実その戦果が認められて逃走時に王女であるフィルティアの護衛を任されているんだから実力者であることは疑う余地はないだろう。
見た感じの判断ではあるが間違いなく先程のくくりでは心が折れていない実力に自信がある者のカテゴリーに入るだろう。
だから名前を呼ばれても揺らぎは見られない。
周囲にいる者も皆グラマンティアの実力なら当然のように自然に拍手を送っている。
いい雰囲気で続けて二人目の発表だ。
「二人目はラクス・B・ファンタマーデ」
その瞬間、場内の拍手は止んで静寂となった。
全員が聞き間違いでもしたのだろうか、という顔になりながら名前に主の方に視線を向けている。
先程までのグラマンティアとは反応がえらい違っていた。
当の本人と言えば信じられないという表情で固まってしまっている。
(あれ目が現実逃避初めてないか?)
仕方ない。
これはもう一度名前を呼んだ方がいいだろう。
「もう一度言うぞ。二人目の同行者はラクス・B・ファンタマーデだ」
「ふぇえっ!?」
二度目の呼びかけに現実に戻ってきたのはいいが、本当に自分が選ばれてしまった事を理解して素っ頓狂な声が聞こえた。
周囲も聞き間違いではなかったと知って様々な反応に変わっていった。
(ラクスは心は折れていないが、自分の実力は低いから呼ばれないと思っていた感じか? ……いや、あれはそもそも行きたくなかったんだな)
ようやく放心状態から戻ったと思ったら今度は絶望したような表情になってその場にへたれ込んでしまっている。
まぁ、彼女の戦歴を見ると自信はないのも無理はない事だが。
ラクスは出身がまず平民出であることからグラマンティアのように教養はない。
騎士団への入団テストを二度も失敗している経験もしており、実力も団員の中では中よりやや下といった物で特別強い訳でもない。
入隊も遅く魔物一掃作戦には参加していないので魔族との戦闘経験も無し。
周囲の者から見ればなんであの娘が選ばれたんだとなる。
本人も自覚しているからあの様子なのだろう。
「む、無理です。魔族が支配する王都の中で生活するなんて私には……。本当に私なんですか? 誰かと間違えているとか」
「間違いなく君を連れていくつもりだ」
「り、理由は」
「それはおいおい説明しよう。とにかく洞窟に残るつもりであったのなら申し訳ないが、君は強制的に王都に連れていくので諦めてくれ」
「……」
無理っ!! って言うのをこらえている様な感じでどうにかこうにか頷いてくれた。
「強制同行は以上の二人だ。他の者は明日また集まるので、それまでに決めてくれ」
予想以上にラスクが選ばれたことに対して反応が強かったが、取り敢えず終わったので次に進もう。
……とはうまく進まなかった。
「納得がいかない」
「おい、ヒルディ」
声を上げた方を見るとグラマンティアの制止を振り切ってこちらに来るものがいた。
彼女は『紅蓮の乙女』副団長ヒルディ・C・カルラット
団長グラマンティアの右腕として設立当初から所属していただけでなく、魔物の討伐数は団員一、勲章も貰っている。
ラクスは言うに及ばずグラマンティアにも引けを取らない経歴。
それに家柄も貴族家として歴史があった。
紅蓮の乙女のメンバー達の中でも呼ばれる可能性がグラマンティアに次いで高かっただろう。
本人もそれを自覚しているからグラマンティアが選ばれて自分はなぜ選ばれないのか。なんでラスクなんかが選ばれるのか。の二重の意味で納得がいかない様子だ。
まぁ、この反応は仕方がない。
しかし副団長が話を盛り返したおかげで選ばれてしまったラクスは顔面蒼白になってしまったのはどうしてくれるんだ。
「なぜ私は選ばれなかったのか。理由を教えなさい」
「別に王都行きを断念しろと言っている訳じゃない。明日志願してくれれば連れていくぞ」
「あなたに選ばれるのと自分で志願するのでは同じ王都行きでも周りの評価は違うのよ。あなたは私よりもラクスの事を重要視しているって事でしょ」
「その通りだ」
ここで嘘を吐く意味はないのではっきりと言ってやる。
ヒルディよりもラクスの方が王都に来てもらいたいと思っているから指名したんだ。
しかし目の前まで詰め寄ってくるヒルディの顔は納得してくれそうにない。
貴族としてのプライド?
いや、後ろにも視線を向けると大半の者がヒルディ同様説明を聞きたがっているように見える。
「冷静に考えても私がラクスに劣っている所は一つもないわよ。摸擬戦では負けた事がないですし、際立った実績も挙げた事もない。平民出の彼女より教養も積んでいる。一体何が私より彼女が選ばれる決め手になったのか理由を教えてくれないと納得いかない」
そこまで言い切るのか。
ラクスが更に身を小さくしちゃってるんだけど君達仲間だよね?
視界の端でエリティアがヒルディの事を黙らせようかという視線を送ってくるが、ここで力尽くで引き下げても余計に不満が募るだけだと止めさせた。
さてどう納得してもらおうか。
普通に説明した所でこんなじゃあ納得してくれそうにない。
きちんと理解してもらうには――――。
「君を選ばれなかったのは選ばれるだけの力がなかったからだ」
「それは実力不足だってこと」
「それもある。……とはいえ実力不足は全員に言える事だ。実力面だけで王都に連れて行こうと思えるレベルのものはいない」
実力不足だと言われて『紅蓮の乙女』の面々は睨んできている。
近衛にまでなった戦闘集団に実力不足だと言えば当然いい気はしないよな。
それでも俺は発言を撤回するような事はなく更に話を続けた。
「それじゃあ実力があると? 実績なんて高々魔族数体を討伐した事があるだけ。それも個人ではなく集団での討伐だろう」
「じゅ、十分な実績でしょ」
魔族を討ち取ったことのあるという功績の重さを知る者からしたらたったそれだけと言ってのけた俺の発言は信じられないと言った感じか。
だがやっぱり現状を見ればその程度だ。
「これからは魔族全部を相手に戦っていくんだ。たった1体倒せても何の意味もない。本当の功績っていうのは一人で魔族3体を相手に圧勝したり、魔物100体に傷一つなく生還したり、奴隷の首輪に1カ月も抵抗し続けたような人間に贈られるものだ」
功績の礼を出すとみんなそんなの無理だって顔になっている。
けどこれって全部エリティアは行っている事だよ。
「それじゃあ二人はなんで」
「愚問二人には指名する価値があるものを持っていたからだ」
断言していったが、ヒルディは納得してくれていない様だ。
明日自分で志願すればいいだけなのにそんなに指名された方がいいのだろうか?
周りの者も俺の求めるレベルが高すぎるだけだと実力不足をきちんと受け止められていないな。
「では勝負をしよう」
「勝負?」
「ああ、それで勝利したら俺も間違いを認めて君を指名し、何か一つ要求を呑もう」
「勝負の内容は」
「ただの摸擬戦だ。勝負は一回だけ、勝敗は審判による判定か、ギブアップさせたら勝ちでどうだ?」
「相手は誰です? 指名した団長かラスクですか。それともエリティア様でしょうか」
エリティアはやる気十分って感じだけど違う。
エリティアが相手では負けても実力不足を分からせることは出来ないからな。
今夏の勝負であればもっと適任者がここには居る。
「対戦相手は俺の弟子であるウルカだ」
対戦相手の名にヒルディは首を傾げる。
だが俺に呼ばれて近づいてきたウルカを見て獣人の子どもであることを知り絶句していた。
他の者も俺の正気を疑っている様だ。
「頼めるか」
「タスク、ウルカは最近ようやくコボルト相手に実戦経験を積んだばかりよ。流石にまだ近衛騎士を相手に戦うのは無理よ」
エリティアからも反対される。
コボルトは下級の魔物。近衛騎士なら当然相手をした事がある。
そしてコボルトを倒せるようになった程度の者がヒルディの相手をできる訳がないという事も分かる。
「危険だと思えば俺とエリティアで止めればいいだろ。ウルカ、この摸擬戦を頼めるか?」
「……やる」
ウルカ本人はやる気だ。
本人が了承したとなるとエリティアはこれ以上何も言えず口を噤んだ。
「そういう訳だ。勿論、俺やエリティアが乱入してもお前の勝ちだ」
「……本気でその子と私を戦わせるっていうの」
「まさか子どもとは摸擬戦が出来ないか?」
「どうなっても知らないわよ」
ヒルディも摸擬戦に承諾した。
ここにウルカVSヒルディの戦いが決定した。