71話 王都行き
調子に乗って一度に全員分の奴隷の首輪の解除を試したところ、三日間も気絶してしまった。
この三日間で当然他の者達は色々と動いているので状況は変化していても可笑しくない。
しかしエリティアの衣装が劇的に改善されていた事には本当に驚いてしまった。
考えられるのは、フィルティアの技術の向上だけど今までの無地の服から数段飛ばしでここまでの物を作れるだろうか?
「助けた女性の中に洋裁師がいたのよ」
あぁ、一番の救出対象の『紅蓮の乙女』ばかりに目が行っていたけどそれ以外の一般人も何人か救出していた。
そうか。その中に洋裁師がいたのか。
技術が向上したこともだけど、今までの衣装は身体を保護するだけだった。
それが身なりを整える見栄えのある衣服になっている。
服の雰囲気にこの世界らしさを感じるのもその洋裁師の御蔭って事か。
(上と下との面積差は……けしからんな)
俺の世界の衣装だとイブニングドレスに分類されるのだろうか? (※バックレスドレスです)
下半身は腰のラインがくっきりと強調されて、足元にはどう作ったのか見当がつかないタイツを履いている。スカートは膝下まで少し長めと露出は控えめ。
逆に上半身は背中や胸元が大きく開いている……なんて生易しい物ではなく、胸元の前方以外は隠していないという非常に露出の高い。(名称はホルターネック)
……というかあれでは少し布が動いただけで大事な部分が見えるんじゃないか? と思うんだけど、エリティアの胸が一切のずれを許さずにいるな。
普通ならただのエロい衣服で終わるのにエリティアが着ると見事に着こなせてしまっている。
エリティアのためにある衣装と言っていいだろう。
この製作者はここまでを計算してこの衣装をエリティアに選んだとするならとても仲良くなれそうだ。
他の人達の分は?
フィルティアとウルカとオルガの分は終わってる?
それは楽しみだ。
もちろんキーナの衣装も似合ってるよ。
集合場所に着くと早速二人の姿を見つけた。
オルガやウルカの衣装は普通のワンピースだった。
色合いは違うけれどお揃いの衣装を着ている。
エリティアのような露出はなく、フリルやリボンで飾り付けた可愛らしい子供服であった。
これも二人にぴったりの衣装だと思う。
「タスク、どうなのです」
「……似合う?」
二人とも俺に褒めてもらいたそうな表情で聞いてくる。
これを似合わないと言える人間は果たしているのだろうか?
「二人とも可愛いぞ」
そういって目一杯撫でてやると二人の尻尾が激しく揺れた。
エリティアはドレスでオルガたちはワンピース、キーナも秘書のようなびしっとした服装と種類も多数作っている様だし洋裁師のセンスの良さもうかがえる。
あとはフィルティアの衣装が気になる所だ。
「タスク様っ!!」
いないと思った所でタイミングよくフィルティアが声を掛けてきた。
ふむ、フィルティアの衣装はっ、
「起きられたんですね」
……まさかフィルティアもイブニングドレスだと!? (※バックレスドレスです)
エリティアと違うのは上下が完全に分かれている仕様であるのと面積が広いから露出が多いとは然程思わないとこか。
似合っているか、似合っていないかで言うとまず間違いなく似合っている。
でも似た感じのドレスだとどうしても胸元の差がはっきりと見えてしまって……。
「あ、ああ。心配かけたな」
心の中の動揺を悟られない様に懸命に返事をした。
フィルティアは特に不快感を示さなかったので大丈夫だと思う。
しかしどうしてエリティアと同じ衣装にしたんだ。
正直子供が大人びた服を選んだ感が否めない。
同じドレスでもフィルティアならもう少し活発な衣装やオルガ達のようなワンピースの方が似合うはずだ。
「それじゃあ準備が整ったから行きましょ」
……準備?
目の前には大量の食事が並べられていた。
それも一人ずつの食堂スタイルではなくバイキングスタイルで大量の料理が並んでいた。
「これってどう言う事?」
話を聞くと倒れてから一日経たずに全員が起床した。
二日目には全員にここがどこでどのような状況下にあるのかを説明をすると、助かったのだと実感して泣いて喜んだ。
三日目すればその喜びをみんなで祝う流れになったらしい。
エリティア達にしても30人もの人を助ける作戦を成功した。
前回とは違い魔物を相手にしての戦果なので純粋に嬉しく祝勝会をするのは可笑しくないという事になった。
その二つの意見が重なって祝杯の宴を開くことが決まり、この状態になったようだ。
全員まだ食事を取らずにいるようだが?
主役が気絶したまま始めるというのは後ろめたいので準備だけして待っていた。
開催の合図をして欲しい?
……挨拶ってそう言う事?
いきなりだが分かった。
食料は?
食料庫の食材と今回取ったオークの肉を使ったので問題なし。
料理はフィルティア?
ああ、洋裁師と同じで料理が出来る人がいたのね。
だから知らない料理ばかりなのか。
こちらの料理だろうけど海外の料理って感じだ。
いい香りがしているから不味いという事はなさそう。
でもやっぱり見慣れた料理の方が落ち着く。
これはフィルティアだろ?
ん?
何、フィルティア。
食料庫が空になった!?
……それは作っている間に気づこうよ。
食材の補充は大変なんだからもう少し余裕を持って使って欲しい。
怒らないよ。
そういうのは今後の議題で上げるとして今は宴なんだろう? だったらかたっ苦しいのは今は無し、嫌な事は忘れて楽しもうじゃないか。
◆
翌日、再び全員に集まってもらった。
宴で一日無駄にした。
お酒は用意していなかったはずなんだが、場の雰囲気というか色々あって気がついたらベッドで寝ていた。
宴の席は成功した? 覚えてないのならいい?
えっ、俺なんかやらかしたの?
……いやそこまで言ってはぐらかすのは、ああはい、分かったよ。楽しんでくれたのならいいよ。
「それじゃあ本当なら昨日話すはずだった事を話していこう。まずは最も大事な事でここでの生活する上でのルールだ」
フィルティア達の時は俺の意思をくみ取ったのか伝えなかったけど全員出来ていた。
でも大人数になると違った考えを持っている奴が出てくるからちゃんと共通の認識としてのルールを定めておかないと後々では拙い事になるかもだからな。
ああそれと"ルールは破るためにある"なんて俺のような戯言いう奴が居たら強制退去な。
みんな頷いたしルールを伝える。
1、魔族や魔物と争っていく
2、洞窟からの外出は禁止。する場合は俺に連絡を入れて許可を取る様に。
3、種族の違いで見下さない。
取り敢えずこの三つは厳守な。
「あの一つ目と二つ目は分かりますが、三つ目は?」
「一つずつ説明すると」
1は今後も魔族に対して行動を起こしていくという事だ。
なぜルールにしたのかというと行動を起こせば負ける危険がある。
負ければまた奴隷堕ちだ。
この洞窟は魔族に知られていない。
多少生活が不便でも問題なく生きていけるので無理をせずこのまま何もしないで欲しいという考えが増えていく可能性が高い。
放置しておけば直談判ならいいが、反乱を起こしてくると大変だ。
ルールとして決めても起こそうとするやつは行動を起こすが、少しでも抑えられるかもしれない。
2は逆にまだ洞窟内でしか生活できない。
引きこもりでもなければずっと閉じこもっているなんて凄いストレスだろう。
魔族がいないからと少しなら外に出ようとする輩の抑制のためだ。
俺の認識していればまだ何とかしてやれるかもしれないからちゃんと申請して欲しい。
で、質問にあった種族差別は、現状だとウルカとオルガを守るためのルール。
それと今後だと他の種族も助けていく。
そうなると人間を恨む種族と人間で組織が二分する事態がある。
それを見越しての事だが、理解できる人がこの中で何人いるか。
「そういう訳で守る様に」
みんな熱心に聞いてくれているので大丈夫だと信用する。
「それじゃあここからが本題だ。これからみんなには役割別にグループになってもらう」
解放からまだ四日。
正直もう少し休養が必要だとは思うが、そんな事を言っていられるほどの余裕はない。
安全な生活の代わりにちゃんと働いてもらわないと。
役割分担は大きく分けて三つ。
『王都へ行き俺の指示の元作戦の最前線で行動するグループ』
『洞窟に残り洞窟の管理と生活環境の向上を行うグループ』
そして『普段は洞窟の警備を行い、必要な時には戦える予備戦力と備えるグループ』である。
王都行きは当然だが最も危険なグループだ。
俺が守るとはいえ魔族のすぐそばで行動しないといけない。
ミスをしたら一瞬で奴隷堕ちになるし、魔族との戦闘も確実にある。
任務をこなせる優秀さと魔族とも戦える戦力となれる人間にしか任せられない。
なのでこのグループの参加は『紅蓮の乙女』のメンバーのみに限定する。
『紅蓮の乙女』だけといった時、反応が二つに別れた。
洞窟の管理の方は洞窟自体が魔族に見つからない限り危険が少ない。
ただ生活は洞窟内に限定される事と何かしら家事スキルを身に付けてもらわないといけない。
間違っても何もしないで食っちゃ寝出来ると思ってもらいたくはない。
今の所は料理、裁縫、掃除が主な仕事かな。
「この洞窟の管理はフィルティアに任命する」
「はい。その任謹んでお受けいたします」
「みんなも俺のいない間は彼女の指示に従うように」
まぁ、後の事は丸投げしておこう。
実際に生活するのは彼女達だし、彼女達で無理な物だけ俺が手伝えば大丈夫だろう。
フィルティアが任命されたことに対して反対する者はいないな。
もう何の意味のない称号とはいえ元王女である彼女に意見できる者はいないようなのでリーダーには最適だろ。
面倒な役目なので断られる可能性もあったけど喜色満面の笑みで引き受けてくれた。
やっぱり上に立つ事が当たり前の人間は度量も違うね。
これなら口を出さなくても上手くやってくれそうな気がする。
それで最後に一番微妙なグループ。
生活は洞窟だけど王都組と同じようにレベルアップの修行はしてもらう。
そして作戦で戦力が必要な時に魔族との戦闘をする可能性もあると言った感じだけど本当の解釈だと、『戦闘は出来るけど魔族との戦闘に休養が必要な人のための逃げのグループ』だ。
「平時は洞窟の警備とスキル上げ。定期的に洞窟の外に連れて行ってレベル上げを行う感じだ」
このグループは途中から王都行きにも待機組にも変わる事が出来ると聞いて何人かがもう決心した顔になっている。
まぁ責めはすまい。
「あ、あの……このグループも紅蓮の乙女の方々しか入れないんですか」
「ん? あぁ、ロイスか。このグループはそういった制限はないな。今のレベルなら頑張り次第で簡単に追いつくだろうし。……ただ戦うのは大丈夫なのか?」
「こ、怖いですがここで逃げてまたあんな思いをするなら少しでも強くなりたいです」
ふむ。
目に覚悟を決めた男の力を感じる。
決意は本気みたいだな。
助けた当初はこんな反応をする男ではなかったが、ここで生活している間に心境の変化でもあったのだろう。
正直女性みたいな見た目で全然戦えるイメージが湧かないから不安はあるけど、非戦闘員から戦えるようになるモデルとしては良い見本になるか。
「分かった。後で道具も用意しておこう」
「ありがとうございますっ!!」
まぁ、頑張ってくれたまえ。
「という訳で以上の三つのグループに分かれてもらう。ロイスのように各々考えてきまてくれ」
そう言うと少しざわめきが起こる。
みんなが隣の人と話しながら思考し出したからだ。
「グループの選択は明日まで時間を与えるから考えるのは後にしてくれ」
まだ話は終わっていない。
「今回の王都行きは基本自主志願者のみを連れていくつもりだ。だが俺の都合で本人の意思に関係なく王都に同行してもらいたい者がいる。申し訳ないが、これから呼ばれた人は強制的に王都行きのグループに入ってもらう事になる」
この時、間違いなく俺に様々な感情の念が飛んできたと思う。