69話 運用試験
本当の姿になると言ったらザダの奴は俺の言葉を理解できずに固まってしまった。
どうも勘違いをしていそうだけど根本的には間違っていないしそのまま【擬態】を解除した。
もう慣れた身体の変化をしていく内に見下していたザダの姿がどんどんと高くなっていく。
(やっぱりこの感じの方がしっくりきて落ち着くな)
そもそもなぜ魔王ブローの姿で戦っていたのかというと、王都で起こった冒険者ギルドの職員拉致の現場で自分が戦える事が出来ずエリティアに戦いを任せるという情けない思いを抱いた。あんな思いをもう一度味わわないようにするために魔王の姿でもある程度戦えないと思ったからだ。
エリティアは気にしていないというけれど、好きな女性に戦いを任せるというのは男として非常に情けないと言わざる負えない。
(身体の扱いはもう少し強敵との戦いも経験しないといけないな。怖いけどこれが終わったらエリティアに相手をしてもらうか。それ以外は持っていないスキルは類似しているスキルで代用すればどうにか再現可能だという事が分かった)
問題なのは魔王ブローの使っていた能力を使った技である『豪呪・呪葬砲』などはどれだけスキルを使っても再現不可能という事だが、幸いにも魔王ブローは本気の戦闘を部下にも見せない秘密主義だったお蔭で誰も知らない。
適当にそれっぽい必殺技を考えておけば魔王ブローとして戦うことは出来るし、最悪誤魔化すだけなら奥の手もある。
まぁ、半端な相手と戦ったら魔王ブローでない事がバレてしまうので戦えるようになったから極力無理をせずに過ごせるに越した事はないけどね。
「に、人間が?」
「そうだ。お前達が弱者だと決めつけていた人間だよ」
魔王ブローがいきなり人間になったことに対しての驚きか、それとも自分が追い詰められた相手がまさか人間だと認めたくないからでの質問か。
俺は後者だと解釈をして返事をする。
ザダは戦闘態勢を解いて何度も姿を確認した。
豚面にそんなまじまじと上から下まで眺められても気持ち悪いだで隙だらけなぜい肉を今すぐ殴り飛ばしたい気持ちになってくる。
でもここで隙だらけだからと殴ったら折角【擬態】を解除した意味がなくなるのでザダが認識をしてくれるのを待った。
ようやく動き出したと思うと態度が急変した。
「……なるほど【変身】が。どうやっであの化物のゴピーを取れだか知らねえが、意味深な事言っでズギルのダイムリミッドが来だだげじゃねえが!」
……そっちに解釈したか。
この世界では【擬態】はゴミスキルだから早々好んで使う者など早々いない。
姿が変わるスキルと言えば代表的なのはザダの言った【変身】の方である。
【変身】は【擬態】と違って対象者の身体能力、スキル、魔法を全て使えるようになる。
その代わりに変身できる時間は限られているというスキルだ。
ザダは俺の姿が人間になったのを魔王ブローの姿に変わっていられるタイムリミットが来たために強制的に変身が解けてしまったものだと解釈したようだ。
心成しかザダの態度に余裕が戻ったように見える。
俺が人間に戻った事で弱体化し、自分の方が優位になっているとでも思っているんだろう。
……ちょっとムカつくな。
確かに人間は負けたよ。魔族の奴隷になっていつ死ぬかも分からない生活を送っている。
しかしだ。
(それが俺がお前よりも弱いっていう定義にはならないんだよ)
ザダは余裕が取り戻した表情で斧を握った拳を握り直すと真正面から突撃してきた。
さっきまでの切羽詰まったような攻撃が嘘の様な単純で単調で舐め切っているフェイントなしの上段から斧を振り下ろしてくる。
「【剛力無双】」
さっきまでなら避けていた一撃だったが、今は避ける必要もない。
弱体化?
馬鹿を言え、身体の扱いがしやすい分だけ力の解放もしやすいんだよ。
ザダの振り下ろした斧が頭上で止まった。
「ばがな、あり得んっ!?」
一撃で俺の身体を真っ二つにしようと思っていた攻撃を真正面から止められた事がザダは信じられず狼狽した。
斧を持っていた手を片手から両手へと持ち直して力で押してくる。
多少は圧が上がったようだがこの位ならまだまだ片手で十分だ。
その後、押して駄目なら引いてみろという様に力を込めて斧を動かそうとしてくる。
しかしどんなにザダが押しても引いても斧は俺の手から微動だに動かなかった。
「ぐううぅぅぅ」
「おい、どうした? オークは人間よりも怪力が自慢なんだろ」
「ぐおおぉぉぉ」
「そう言えばお前さっき当たれば殺せるとか何とか言っていたな。これはどう言う事だ?」
そんなもの当然俺の方が力が上だからだ。
ザダは否定したいだろうが、この状況は誰がどう見ようと筋力が高いのはどちらか一目瞭然だろ。
十分に時間を置いた所でザダが武器を戻そうと全力で引っ張ったタイミングで手を離した。
突然離されてザダは体勢が後方へと崩れて胴体が開いた。
先程まではこの程度の隙で行えた追撃は拳や魔法一発撃つのが精々だった。
でも元の身体だと顎、鳩尾、そして潰れた股間の三連撃を行える。
急所への追い打ちにザダは絶叫して痛みに耐えきれずに武器を手放して股間を抑えながら再び転がり回った。
大事な武器を手放すなんて戦闘では厳禁だろ。
落ちた《筋肉喰いの斧》を拾ってアイテムボックスの中へと回収した。
「お、俺の斧がっ!? ぐぞぉ、【催眠】」
「本来の持ち主はお前じゃないだろ。それに人間の姿になっても【催眠】なんて効かないから」
「ぶべぐっ!!」
倒れたままの姿勢でいたのでちょうどいい高さにあった豚顔を蹴ってやるとボールのようにバウンドして飛んでいく。
頼みのスキルは早々に敗れ、人間に筋力勝負で敗北し、武器も失った。
まだ戦意を失わずにいるのが不思議なぐらいだ。
吹き飛んだザダは身体の方も度重なるダメージが蓄積している様で立つだけにも時間が掛かっている。
仕方ないとこちらから近づくと顔を上げたザダの表情に怯えが見えたのに気がついた。
ようやく低能な豚の脳みそでも今相手にしている人間は人間だが勝てない相手だという事をしっかりと理解する事が出来たようだな。
(さて、どう倒そうか)
「ま、待で。ぢょっど待づだ。お前が人間っで事はお前の目的は反逆罪じゃなく、俺が所持しでる人間が欲じいんだろ」
ほう、この状況で俺の目的が違うことに気づいたか。
元々は魔王ブローが傘下に入らないことに対しての報復だと思っていたが、魔王どころか魔族ですらないのならその動機では可笑しいもんな。
で、何が目的化を考えて同族の救出だと思い至ったと。
(生き残りたいが実力勝負では分が悪いと何とか生き残る術を探している様だな)
こちらが反応を示したのを見て俺の目的が予想通りだと確信したようでザダの口元がつり上がった。
「お前が俺を倒ぜば助げられるど踏んでいるんだろうが、そうはいかないぞ。俺が死んだと分がれば俺の部下達が捕えでいる人間を殺ずように言っである」
……はい?
「だが俺を生ぎで連れでいけば部下共は殺ず事せずに俺の命令で無傷で解放する。それだけじゃない、俺をこの場で助げでぐれればお前の部下どなっでもいい。数は減っだどはいえオークはずぐに繁殖ずる。魔族ど戦う戦力が欲じいだろ? 俺ど組むごどは理があるど思うぞ」
ああふむ、人間の無傷の生還と強力な手駒の確保ね。
了解了解。
その代わりに命を助けろって事か。
意外と人間の事をよく理解している様だな。
人質がいると言った場合、魔族は『捕まった奴が悪いんだ』と一瞬の迷いもなく人質を見捨てて自分の戦闘を続ける。逆に人間は『人質を解放しろ』と卑怯者と罵倒しながらも攻撃の手を緩めてしまう。
そこで隙が出来れば殺せばいいし、そうじゃなくても無傷での生還方法も提示して相手に選択肢を増やせば考えている間はすぐに殺されることはない。
まぁ、その豚の脳みそにしては考えた方か?
「一つ、お前の軍勢は俺の行った襲撃した後、お前の判断で全員がここへ向かっていた。従って今お前のいう人質の周りには部下も誰もいない事は確認し終えている。
二つ、お前の部下達は俺の仲間が全員殺しているからもういない。
三つ、そもそもお前程度の魔物を配下にすることに全く魅力を感じない」
同じ人間でも仲間に加えるかどうか気を付けているのに裏切る可能性大のこんなのを配下に加えようなんて選択取る訳ないだろ。
どうせ配下になると言って隙を見て俺を殺すか、逃げ出すかするに決まってる。
交渉は決裂した。
それを察した途端、ザダはすぐに俺の前から逃げ出した。
鈍足のオークが逃亡するとは生への執着が本当に強い。
ここまで醜くしがみつかれるとなんだが俺の方が悪役になっている気分になってくるんだが、このまま逃がす事は絶対にする気はない。
それじゃあ最後のスキル試しをするとしようか。
「【電光石火】」
逃げるオークに向かって走りだす。
鈍足なオークの足ならすぐに追いつけると直接後ろに追いかけるのではなく、少し迂回してザダの横から狙える位置を走る。
そして丁度いい岩を足場にして跳躍した。
「"グラースクロー"」
俺とザダが一瞬だけ接触してそのまま反対の岩へと着地した。
確かな手ごたえを感じる手の平に感じて顔を顰めて右手を見る。
「……うえっ、脂汗凄くてぐにゅって触り心地最悪じゃん」
手にはザダの頭部が握られていた。
豚の面を思いっきり握ってしまったので気持ちの悪い感触に鳥肌が立ってくる。
後ろの方では遅れたように胴体が血を噴き出して見事な赤い噴水を作って地面に倒れていった。
豚にしては中々綺麗な死に方ではないだろうか。
ザダの死亡を確認すると感触最悪な上に血が噴き出てくる頭部を胴体に向かって無造作に捨てた。
「あぁっ!? ちょっとタスク、変異種の素材をそんな乱暴に扱わないでっ!!」
その瞬間、いつからいたのか岩の影からエリティアが声を上げながら飛び出してきた。
「エリティアっ!? もう終わったのか」
「ふふん、そうよ。あなたのご指摘の御蔭で随分と早く倒せたわ。……ってそれより早く変異種をアイテムボックスに回収する」
「わ、分かった」
どうも変異種は滅多に出現しないだけでなく、その部位全てが希少な素材となるそうで鬼の形相で仕舞う様に促すエリティアの言われるがままにザダの死体をアイテムボックスの中に仕舞った。
「それで何でこんなに早かったんだ? 俺の指摘ってもしかしてオーク達が逃げ出したとか?」
「なんでそうなるのよ。ちゃんと変異種オークを追う為に向かって来たわよ。戦ってこのタイミングに間に合ったの。素直に凄いって褒めなさいよ」
「ああ、凄い凄い。一体どうやったのか詳しく教えて欲しいよ。あと指摘が何かも」
「育てればって言ったスキルがあったでしょ」
……そういえば初めてエリティアのステータスの確認をした時にいくつかLv1のスキルを育てればとか言ったかもしれない。
確か【直感】、【先読み】、【並列演算】の三つだったか?
【直感】と【先読み】はLvが上がると相手の動きや攻撃、狙い所が読めるようになり、対応力が上がると同時に初動が早くなる。
特に【直感】は視覚外の所からの攻撃にも反応する為、不意打ちに強くなれるはずだ。
【並列演算】はその効果通り思考を分割して考えられるようになるから情報処理が速くなる。
そういった効果があるのを見越して、育てればと勧めたんだったな。
しかし言ってからまだそんな時間が掛かっていない。
育てているって言ってもLvは4~5ぐらい。それだとまだ誤認や計算ミスなどの危険が拭いきれないLvだ。
それで上手くいったというとかなり上手く機能したって事かな?
「今ならタスクにも勝てる気がするわ」
ただスキルがどの程度成長しているかは分からなくてもエリティアの凄みが増したのは感じられる。
(前回も俺の負けだったけどね。でももしももう一度戦わないといけない状況になったら……果たして勝つ事が出来るだろうか?)
エリティアと勝負を挑んでも勝つ光景は全く浮かんでこず、負ける光景の方はそれはもうはっきりと想像できてしまった。
「それでタスクの方はどうなってたの? 予定では魔王ブローの身体での戦いをできる様に試運転するって言ってたのに、私が来た時にはもう元の姿に戻っていたんだけど」
「そっちは上々だった。これなら冒険者ギルドの騒動レベルなら十分戦える。元に戻ったのは変異種オークがあまりに弱かったからもう一つの不安要素も解決しようと思ってな」
「そう。私は魔王ブローの身体で戦えなくても一向に構わなかったんだけどね」
「それじゃあエリティアを守れないだろ」
好きな女の後ろで何もできずに突っ立っている経験は二度もしたくはない。
「そ、そうよね。もう一つの不安要素は……確か身体強化系スキルよね。上手く扱えるようになってたわよ」
「稽古に付き合ってもらったのにいつまでも暴走じゃあね」
それに同じ問題点があったオルガはコントロールが早々にできるようになっていたのに俺がいつまでもできずにいる訳にもいかないというのもある。
「あと最後のオークの首を刈った技。あんな風に素手で綺麗に取るなんてどうやったのよ」
「スキルの組み合わせが上手くいっただけだよ」
"グラースクロー"のことだね。
安易な名前だけどなかなかいい出来だと思う。
名前の通り、刈るのではなく掌握して掴み取る感じだ。
こちらも技のヒントはオルガの戦い方で猫のひっかき攻撃をするときの動きにあったスキルを組み合わせて作った。
獣人の動きは武術とは全然違う野生の獣の動きをするからか見ているとインスピレーションを貰えるんだよな。
「それじゃあ、向かおうか」
「えぇ、一緒に行きましょう」
いつまでもこの場に留まっている必要はないとエリティアへと手を差し伸べた。
するとエリティアは真っ赤な顔になりながら速足で近づいてくると、腕にギュッと抱き付いてきた。
(っ!!!?)
「も、もう敵もいないし構わないでしょ」
(いや構わないどころか手を繋ぐだけでも勇気を出したのに腕組み、しかも胸が、柔らかいおっぱいが腕に当た……包んでる)
まさかのエリティアからの大胆行動に思考が全く働かない。
ここからどうすればいいか、心臓の音が聞こえてないかといらない考えで頭の中が一杯になっていた。
だからエリティアも緊張から腕を握る手に力が入っていたり、自分の行動にこの後どうしようと動揺していたのにも気づかなかった。
それでも時間を掛けて歩んでいくうちにスッと緊張しっぱなしでいる訳にもいかないと手からは力が抜けていき、自然と普通になっていく。
ようやく周りが見える様になって隣のエリティアの顔を覗くと、彼女は満面の笑みを浮かべている所であった。
その表情は魔王ブローの奴隷であるうちに消えて行ってしまった表情であり、絶対に甦らせようと決意したものの一つ。
それが今自分の隣にあるのだと思うと嬉しかった。
その後、腕に当たるおっぱいの感触を堪能しながら移動していくのだった。