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68話 才能の無駄遣い

 谷間を目指す変異種オークのザダの配下総勢100体を相手取ったエリティアはジェネラルオークセイバーのダダを斬った刀を鞘へと戻すと自分の戦闘後の景色を改めて眺めた。

 当然この場一帯には斬った魔物100体の死体が山のように転がっている。


 間違いなくこの惨状はエリティアが行ったものである。

 それに戦闘内容を精査するに然程苦にならなかったように映った。


 この結果は第三者から見ると非常に意外な結果として見られる。


 魔物の強さは決して弱い相手ではない。

 レベル差が倍以上あったが、種族として身体能力が倍以上優れたオークを複数体同時に相手をする事は至難であった。

 前回の盗賊戦でも数は半分しかおらず、実力差も同等以上あったにも関わらず針による不意打ちで危ない場面を作られていた。

 あの時のままレベルを上げただけであれば勝率は7割程しかなかっただろう。

 仮に勝利できても戦闘終了後は疲労困憊になって身体中に小さな傷が出来るぐらいはしたはずだ。

 間違いなくタスクと一緒に戦う様になってエリティアは強くなっている。

 特にジェネラルオーク7体を相手に見せた無駄のない回避能力はエリティアの身体能力以上の動きであった。


 何が大きく変わったのか?


 確かにレベルは上昇した。

 スキルLvも上がった。


 討伐数も、経験値の量も短期間では考えられない程得ている。

 だが今回の回避はただの身体能力の上昇で出来るようになる動きではなかった。


 そもそもエリティアはどれだけの実力差がある相手でも見えてしまう己の戦い方の限界に悩んでいた。

 危うさや未熟さというのがあり、本人もそのことを自覚しての悩みだったが、どのようにして直せばいいのか分からないと言った感じだ。

 それが今回は動きに洗練さが生まれて克服されていたのだ。


 まだエリティアは自身の変化の大きさに気づいていないようであまり嬉しそうではないが。



「……あ、危なかった。最後の最後でやられるとこだったわ」


 エリティアの言っているのは力の乗る前の刀を拳で受け止められたあの場面の事だ。


 "拳で刀を止めに来る"


 そんな発想をエリティアは予想していなかったし、既に一番硬いジェネラルオークを斬れているという自信から刀の攻撃は避けるという先入観にとらわれていた。

 その所為で攻撃も安易な上段から一撃で倒す物を選んでしまった。

 あの危険はエリティアの完全な過信から生まれたものである。


 拳で受け止められた瞬間、咄嗟にジェネラルオークを宙に浮かせなければ、筋力差が上回っていなければ、ダダの拳から刀が離れていなければ、結果は変わっていたかもしれなかった。


(慢心、過信。問題なのは私の心の甘さなのよね)


 戦いを反芻した所でエリティアはこの魔物の死骸をもう一度見た。


「魔物の死体はタスクに後で回収してもらう予定だったんだけど……タスクまだ来てないわよね? 放置したままでいいのかしら?」


 事前の予定ではエリティアの戦闘が終わる頃にはタスクが変異種オークを倒してこちらに来ている手筈だったが、周りを見回してもタスクが来ている気配はない。

 エリティアの戦闘が思った以上に早く終わってしまったからまだ戦っているのだろう。


 エリティアは少し考えた後、顔を上げて谷間に向かって歩を進めた。

 ただ待っているのも嫌なのでタスクの事を迎えに行くことを選択したようだ。

 こうして総勢100体の配下だった魔物の死体を残してエリティアはタスクの元へ迎えにいった。




 ◆




 予想外というか予想以上だったというべきか。

 変異種なんて御大層な名前が付けられる特別なオークのはずだったが、【催眠】を破っただけでザダはただ斧を振り回すだけの多少強いオークに成り下がった。


 狼狽え様は凄いし、戦闘をする姿勢は素人同然でどことなく楽勝ムードになっていたのは否めないが。

 ここまで弱いのは予想外だ。


(そしてそんな変異種オークを倒せないでいる俺も相当予想外だよな)


 大変受け入れがたい事だが戦闘は苦戦を強いられていた。


 その理由は、ザダが実力を隠していて戦闘能力が予想以上に高かった訳でも、斧の性能に苦しめられている訳でもない。

 もっとどうしようもない理由で苦戦していた。


(魔王ブローの身体、戦いにくい!!)


 見張りの盗賊を三人倒した時は瞬殺過ぎて気がつくことなく戦闘が終了したが、楽勝ムードとはいえ変異種であるザダを瞬殺する事は流石に無理なので本来の姿と魔王ブローの姿での体格差を再確認することになったのだ。


 体格が大きくなるという事は一見いい事のように思える。


 人間社会でも、自然界でも、体格が大きいというのはそれだけでアドバンテージだ。

 体格が大きくなったら更に強くなると思うのは普通の事だろう。


 ……どうやらその認識はいささか間違っていたようだ。


 いつもと違う射程距離にいきなり認識を修正するなんて難しい。

 軽自動車しか運転したことが無いのにいきなり大型トラックを運転させられるようなもので視点や距離感が元の身体の感覚に引っ張られて上手く対応できないのだ。

 そんななので普段の感覚で接近を許すと既に対処が大変な懐に入られている様になっていた。


 防御にしても的がデカくなっているから着弾する量が増えて、避けたり払ったりの労力が倍増してかなりのストレスを感じる。

 更に相手との体格差があると関節技や投げ技も出来なくて、専ら打撃主体になる。


 巨大化は能力上がらなきゃただの的ってどこかで聞いた事があるけど、その言葉の信憑性を今まさに体験していた。


「……ふぅ」


「……ゼェ……ゼェ……ぐぞぉ」


 魔王ブローの肉体での戦闘に苦戦を愚痴りながらザダの攻撃を避けて一息つく。

 ザダの方は既に息絶え絶えで身体全体から汗を垂れ流して体臭を更にきつくしていた。


 苦戦しているからといって負けている訳ではない……というか勝敗に関してだけなら割と余裕?


 切り札である【催眠】を失ったとは言ってもザダの戦闘力は数値で見れば然程差はない。

 ただ運動不足、戦闘不慣れ、持久力皆無で明らかに身体を上手く扱えていなく実践面で劣っていた。

 どんどん鼻息が荒くなって動きが鈍くなるし、魔法を打ってきてもせいぜいが中級魔法だから対処は簡単に行える。


 危険なのは所持している武器。

 襲った人間が持っていた物を奪った斧で、ザダは《ゴウンアックス》と呼んでいるけど、正式名称は《筋肉喰いの斧》。

 この斧はザダの認識している筋力増加の効果が付与されているが、それは武器本来の能力ではない。

 この武器の真価は使用者の筋量に応じて巨大化する事だ。

 使用者が武器を振るのに力を溜めるほどに武器は膨張していき、振った後の衝撃が倍増していく。

 身体能力の中でも筋力が特に高いオークとは相性が良い。


 まぁ、それもザダが武器を十分に使えたらの話で、ザダ本人は自分の武器の事をまるで理解できていない。

 魔王ブローの身体なのでうっかり当たらないように気を付けないといけないけど、今のままでは命中率も高くない。

 脅威となる程ではなかった。


「やはりな。確かにオークで【催眠】を持つ者は見た事がない。だがそれはオークと精神操作系スキルの相性が悪いからだ。相性の悪いスキルを取得するという事は才能がいる。それこそ他の道を閉ざさないといけないほどにな。だからお前は他の変異種と比べて圧倒的に弱い」


「黙れえっ!! まだ俺は負げでねえぞ!!」


「怒鳴っても結果は変わらない。それともまだ俺に見せていないスキルでもあるのか?」


 俺は挑発するが、そんな力を持っていたらザダならとっくに使用している。

 怒った所で攻撃してきても今までと全く変わらない。


「ぶおおおっ!! まだ避げやがるぅ。当だればお前なんで木っ端微塵なのにっ!!」


 ずっと攻撃が当たらない事に大分イラついているな。

 一撃一撃全力で振るから大振りで余計に避けやすい。

 もうこの攻防はこれ以上発展しそうになかった。


「『火の球(ファイアーボール)』+【巨大化】、疑似魔法『炎帝』」


「ぶびぎぃぃっ!!」


 斧を振り終えて無防備な所に攻撃をするとザダは避ける事が出来ずに吹き飛んだ。

 身体に炎が移って転がり回り、なんとか炎を消すと身体中に火傷を作った。


 仄かに焼けた豚肉の香りが立ち込めた。


「ほら立て魔物の王よ。俺に盾突いた罪がこの程度で済むとは思わない事だ」


「ぐぶぅ、舐めるなぁーーーー!!」


「ダメージで更に速度が落ちたな」


 この速度ならギリギリでも避けられる。

 身体の横を斧が通過していく瞬間、ザダが無理矢理方向転換をして突っ込んできた。

 ここに来て斧での攻撃を囮にしてきた。

 大振りはわざとか。


 避ける……のは間に合いそうにない。

 仕方がないな、と【金剛不壊】を使った。


 ザダのタックルが直撃した。

 だが直撃したにも拘らずザダの攻撃は弾かれた。

 身体全体を使ったザダのタックルは防御力を超えることが出来ずに終わったのだ。


 弾かれて驚きの表情を浮かべているところ悪いが完全に無防備だ。

 足の間を縫うように蹴り上げると、着ている布越しに二つの玉を潰した。


「----っ!! ~~//っ#@%$)”っ!!!?」


 もはや言葉では言い表せない悲鳴が木霊す。


 魔物だろうと金的が急所である事には変わりない。

 敵前で壮絶な痛みに転げ回る、という醜態を晒していても仕方ない事だ。

 蹴るついでに付与魔法『氷結』を付けておいたから潰れた傷が瞬間冷凍されて傷口を更に抉っている。


 これで治癒魔法でもあれば瞬時に治せたんだろうが、ザダは治癒魔法が使えない様だ。

 とにかく暴れて少しでも痛みを紛らわせるしかできずにいる。

 

 ――――1分は転がり続けた。


 ようやく痛みは耐えながら立ち上がったザダはもう満身創痍になっている。

 着ている布が先程までよりも少し赤く染まっていた。


 立ち上がった変異種オークも流石にもう戦意喪失しても可笑しくないと思ったが、


「ぎ、ぎぎぎ……ぎざまーーーーっ!!」


「どうせもう使う事もないんだ。潰れた所で問題あるまい」


「許ざんっ!!」


 今までにない程に怒り狂っているな。


 さっきも言ったが、他の変異種と比べて弱いといった。

 それは切り札である【催眠】が簡単に破られたからではない。


 変異種は種族を越えた力を持つが、その才能には当然限界がある。

 相性のいいスキルであれば少ない才能で、相性の悪いスキルなら膨大な才能が必要になってくる。

 何度も言うがオークは精神操作系とは相性が悪い。

 だからたくさんの才能が必要で、一つのスキルだけに才能を使い果たした。


 他の変異種であれば強力なスキルを二つ以上普通に使える。


 一つしか強力なスキルが無ければ多様性な戦闘は行えない。

 そういう意味でもこの変異種は弱い。


 とはいえ戦いがここまで弱いとは思わなかったが。

 正直、肉弾戦での収穫はブルータスのが多い。


(このまま終わらせるのもなんだし、もう少し俺の力になってもらおうか)


 痛みからも回復してきただろう。


「お前の御蔭で随分とこの身体での戦闘にも慣れる事が出来た」


「何を言っている」


「だから本当の姿で相手をしてやる」

 

 


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