59話 訓練
獣人族。
人間の身体に獣の一部が備わっている種族を総称して呼ばれる。
その為、獣人と言っても多種類存在している。
その中でも人間が行なっている最も大雑把な分け方があり、その部類分けによって三つのカテゴリーに分けることが出来る。
まず鳥類系獣人。
簡単に言ってしまえば飛行能力を持つ獣人がこのカテゴリーだ。
そして草食系獣人と肉食系獣人。
獣人は人間と同じで雑食だが、食の好みの傾向が備わっている動物と同じ場合が多く、また趣味嗜好も大きく異なる為、草食系と肉食系で群れが分かれている。
このカテゴリーで言うとオルガとウルカは二人とも肉食系の獣人に該当する。
ただしこの二人の種族、『黒豹族』と『白狼族』は肉食系獣人の中で対局の立ち位置にいた。
まずオルガの種族である黒豹族は、獣人の中でも身体能力に特化した種族で固有スキルを複数所持している者も少なくない優秀な種族である。
対してウルカの白狼族は獣人の落ちこぼれと言われる種族で獣人でありながら身体強化系のスキルが不得手あった。その上、固有スキルも碌に発現しない者が現れる稀有な種族である。
その為、当然両者の待遇は全く違い。
片や肉食系獣人の代表する種族。片や種族の使いっぱしりである。
そしてオルガとウルカの関係は一見ただの仲良しに見えるが、ウルカはオルガの傍付きという関係であった。
そんな対極の立ち位置にいる二人は現在。
オルガはエリティアが、ウルカは俺が指導をして鍛錬の成果を試そうとしていた。
その相手を探しにアジトのあるべラルーガの森ではなくカルバーナと呼ばれる森にいた。
ベラルーガの森と比べて高低差が少なくほぼ平坦な地面が続いている感じで、ジャングルといった方がしっくりくる。
そしてこの森に来た一番の理由は生息している魔物のレベルがベラルーガよりも弱いこと。
その平均レベルは25以下。
彼女らは指導開始からおよそ2週間が経っているが、その間全くレベル上げを行っていない。
専ら技術上げに専念した。
それは魔物を狩りに行けなかったのもあるが、そもそも二人が戦い慣れていなかったからだ。
そこで二人には戦い方を覚えてもらい弱い魔物で戦い方を身に付けてからレベルを上げようという事になった。
そんな二人のレベルは、
オルガ レベル32
ウルカ レベル27
これから戦う相手よりは一応上だが若干の不安が残るレベルだ。
「オルガ、ウルカ準備はいいな? これから魔物と戦ってもらうぞ」
「ハイです」
「……頑張ります」
「それじゃあ魔物の元に行くぞ」
探索のスキルもあれから結構練習をして、今では魔物の種類だけでなくある程度の強さも分かるようになった。
見つけ出した魔物の中からオルガとウルカの実力に見合った敵を探すのは造作もない。
目標を直ぐに見つけた。
ここから先に進むと魔物に気づかれるという所まで来て一旦止まる。
「オルガ、まだ貴方は壁を超えていない。だから無闇に突進しないように」
「ハイです」
「ウルカ、スキルは使い方だ。教えた通りでなくてもいい自分の戦いやすい方法を見つけろ」
「……(コクッ)」
お互い教え子にアドバイスを言って送り出した。
さて、問題の魔物だが、
『コボルト』
性別:雄
種族:魔物
レベル:23
装備は装着していない。
魔法は使えず、スキルも危険性の高いものは見られない。
戦闘力も何かに特化している訳でもない。
強いて言えばスピードが速いが、それだって二人には十分に反応できると判断した。
「行ってこい」
「行くです」
「……やる」
物陰から飛び出した二人にコボルトも気がつき雄叫びを上げた。
コボルトは俺とエリティアには気がついていない。
さぁ、存分にやりあってくれ。
「ねぇ、タスク。ウルカはどの程度戦えるようになったの」
「まぁ、本人はかなり迷っているようだったけど格下なら大丈夫だよ」
「なんか不安になる言い方ね。本当に大丈夫なの」
「まぁ見ていればわかるよ」
コボルトの前に出た二人はすぐにコボルトを挟んで左右に分かれた。
2人とも装備をつけている。
オルガは獣人のよく使用している皮鎧の軽装備を着用し、ウルカはエリティアのメイド装備と同じ服装型の装備を着ていた。
子供の装備は王城の保管庫にも備蓄は少なく、最上位の装備ではないのが残念だ。
武器は二人とも持っていない。
獣人は並みの武器なら己の肉体の方が強い。
まだ二人とも武器を決めかねている様なので無理に決めたりせずに戦っていく内に欲しいと思う武器が決まったら持たせようという方針だ。
オルガは両手をだらりと下げて腰を低くして自然体の構えを取り、一方のウルカは四つん這いになって獣の型を取った。
二人は自分達から攻めるような事はしない。
初の実戦でまず相手の動きを見る様にと教えたためだ。
2人が攻めてこないのが分かったコボルトは左右を見定めて標的を決めると動き出した。
狙われたのは――――オルガだ。
コボルトは雄たけびを上げながら一直線にオルガへと突っ込んでいく。
動きは単調。
これならオルガは避けて反撃する事が出来る。
コボルトはオルガの肩を噛みつこうとしてオルガの姿が消えた。
コボルトの身体はオルガの立っていた位置を素通りしていく。
そこで隣から「あちゃ~」という声が聞こえた。
コボルトの攻撃を見事に避けたと思ったが、よく見るとオルガはコボルトの攻撃を見切って避けたのではなかった。
コボルトの迫力に思わず蹲って、結果としてコボルトの攻撃を避けられただけであった。
「これはどう言う事だ」
オルガの様子に堪らずエリティアに問いかける。
エリティアも少し困った表情をしていた。
「それがオルガは実力も才能もあるんだけど、今までかなり甘い環境で育ったみたいで、敵の気迫を浴びると簡単に恐怖しちゃうのよ」
「甘い環境って、連合軍敗北から相当辛い目に遭ってるだろう。奴隷商人にも捕まっていた訳だし」
「それもウルカの支えがあって絶望するほどじゃないのよ。だからオルガにはまず殺し合いに慣れてもらわないといけないのよね」
話している間にコボルトも自分の攻撃がどうやって避けられたのかを理解して再び噛みつこうとオルガに突撃していた。
オルガはまだ反撃できそうにない。
危険だと判断した俺は助けに入る為に飛び出そうとしてエリティアに止められた。
俺達よりも先に動いていたウルカがオルガに噛みつこうとするコボルトの顔面を蹴り飛ばして止めたのだ。
「……オルガを苛めるな」
ウルカは着地して四つん這いになると、コボルトを威嚇した。
顔面を蹴られたコボルトは多少痛がっているが、所詮はただの蹴りなのでそこまでダメージは無い。
「……オルガ、立つ」
「ウルカ」
「……オルガは強い。獣人の本能に従えばあんな奴には負けない」
そう言うとウルカの姿が三体に増えた。
――――ようやくスキルを使ったか。
三体のウルカは三位一体となって攻撃を仕掛けた。
コボルトは突然敵が増えたことに戸惑いを見せている。
「あれって分身?」
「いや、俺との摸擬戦で見せた【幻影】だよ」
「あれが【幻影】っ!? あんなに自然に動く幻影始めて見たわ」
ウルカの幻影は摸擬戦では簡単に見破るレベルだった。
だがウルカの幻影を未だにコボルトに見破られた様子はない。
「ウルカは獣人にしては身体能力が劣っている種族らしい。でも代わりに幻影の様に相手を惑わせる力に秀でている種族だった。獣人では弱者の技だと言われてきたみたいだけど」
「……なるほどね。やっぱりウルカはタスクに任せて正解だったわ。私じゃあ常識が邪魔していたもの」
戦闘の方はウルカの方が明らかに押していた。
だが決定打に欠けている。
それは分身と幻影の差が関係していた。
分身は全て実体である為、攻撃が当たるが、幻影は全てが虚である為、幻影で作り出したウルカの攻撃はコボルトに攻撃を当ててもダメージがない。
このままではコボルトも次第にウルカの攻撃に慣れて本体のウルカを捉えるだろう。
だがウルカに焦りは感じられない。
「【斬撃爪】なのです」
幻影のウルカに隠れていたオルガがコボルトの胴体を引き裂いたのだ。
明らかに致命傷な攻撃にコボルトは断末魔の叫びを上げて絶命した。
「今のは?」
「【斬撃爪】。爪を硬質化して刃にするスキルで、元々鋭い獣人の爪と掛け合わせると鉄も切り裂く凶器になるわ。獣人が好んで使うスキルの一つよ」
オルガは獣人本来の戦い方をそのまま鍛えられているのか。
今のオルガとウルカで優劣をつけるのは難しいが、種族としてみるとオルガの種族の方が注目されるのは分かる気がする。
「とにかく勝負ありだな。二人の元へ行こうか」
「そうね」