5話 保留異世界オルドロード
前回に続いて読んでも読まなくても構わない回です。
一つ目の候補、ロズワルドはエルフがいないという大きいようで小さな問題によって保留にした。
しかしそれ以外本当に文句なしなので現在の第一候補として挙がっている。
だがぶっちぎりという訳ではない。
ロズワルドと同等の興味を引いた世界がもう一つあった。
その世界はロズワルドとは対照的に危険はあるが、とても興味の引かれた世界だった。
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オルドロード
種族:人族、エルフ族、ドワーフ族、亜人族、魔物
安全度:2
スキルポイント:500000pt
転移場所:アルドリンドの召喚の祭壇
定員:1名
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オルドロードのプロフィールには、詳細を見て貰えるようにという几帳面に書かれていたロズワルドとは対照的に必要最低限の事しか書かれていなかった。
アピールポイントも無し。転移ポイントは一か所に固定。スキルポイントは一番高い。
これではプロフィールだけでどうやって判断しろって話だ。そのくせ必要最低限の条件は見事にクリアしているから必然的に詳細を見て判断するしかなかった。
映し出されたのは、ヨーロッパよりもアジアに近い景色で、時代背景はまだ金銭よりも作物そのものの方が重宝されるような発展途上な世界だった。
その世界は一度一つの国が世界を統一し、それから数百年という長きに渡って安寧を築いてきた。
統治国家アルドガンド。
初代皇帝アルガン一世の作った法律の元、皇帝を頂点に中央集権体制を取っている国家である。
しかしいつまでも腐らない果実が無いように、当時完璧だった体制は、時代の変化と共に徐々に腐敗が進んでいた。
食糧難や仕事不足といった問題の対応の遅れにより生活できない民が増え、スラム街が出来上がったのを皮切りに、法律に該当しない環境が増えていき体制に穴が生じた。その穴にいち早く気づいたのは、中央のお偉い様ではなく、私腹を肥やしたいと考えている領主達で、彼らは法に触れないグレーゾーンをついて悪政な領地管理を行い、時が流れれば流れるほどに民衆の生活を窮迫させていった。
年々、中央の政治と国民の生活との間にできた溝は深まる一方となっているのにまるで対策がなされなかったこの国はもはや必然のように大事件が起きる事となった。
悪政により生活できなくなった民衆が現体制に対しての不満を改善させる為に一致団結して大反乱を引き起こしたのである。
戦い慣れてない烏合の衆の起こした大反乱は同年の内に鎮圧された。
それでも反乱した民衆の数の多さから、現体制に問題があるのは誰の目にも明らかで、政府は早急に何かしらの革命を起こすと思われた。しかし鎮圧後、無能なお偉方達の取った行動は、血縁で高い役職に就いた馬鹿達は自分達にはまだ力があるから大丈夫だと思い上がり、事態を重く受け止めている一部の国の中核のになう中央政府も国民の声を理解しながらも変化による更なる生活の悪化、それに伴う第二、第三の反乱を恐れて、その場凌ぎの政策しか行わず、根本的な体制の改善は一切行わなかった。
これにより民衆の不満が解消されないだけでなく、今まで良政を維持していた領主達にも不満を拡大させる事となる。
更に数年後、予感は的中した。
首都周辺の領主達が王に反逆の狼煙を上げると瞬く間に謀反に成功。
現皇帝とその一家、親族を皆殺しにし、若干12歳の子供を王に祭り上げて、自分達が政治を行うようになる。
しかし、反逆を起こした高々一領土の管理を任されているだけの領主達に膨大な国の運営など出来るはずもなく、各人自分の利になる政策ばかりを押し通そうとして話は一向に進まず、勿論政治は回復しなかった。
これが現在のオルドロードの状況。
更に待ったところで政治の回復を見込めないと判断した反逆に不参加だった領主達が、国の乗っ取りの犯罪者だという大義名分を掲げて連合軍を作る動きを見せている。
その数はおよそ4倍近く。
それは連合軍に参加する領主の数が多いという事もあるが、中央政府の招集に否を唱える領主が多い事が大きく、最早中央政府の威光は地に落ちているのは誰の目にも明らかだった。
そして少し聡明であればこの戦いを機に国の支配者を決める覇権争いが再び起こる事を予感させるには十分なものであった。
まさに戦乱の時代の幕開けである。
そんな戦乱の時代の幕開け、覇権争いが始まる前に一つの領土が既に時代の犠牲になっていた。
領土の名をアルドリンド。
領主はウルドガンド建国当初から支えている由緒正しき家系の善良な男であった。家族にも家臣にも住民にも愛されていたこの領主はこの環境の悪化の一途を辿る世界で、唯一スラムが形成される事なく領土を維持し、住民が皆生活できる環境を維持するために他領主の政策まで改善して徹底した善政を引いて行った。その手腕とこの時代には珍しく民を想っての領土管理を行っている姿から"奇跡の領主"と呼ばれていた。
しかし反乱による王の交代にこれからは戦いの時代が来ると読んだ周辺領主達は少しでも本格的な戦いになる前に自分達の力を強めようと領土拡大の為に彼の領土を狙うようになった。そしてこの奇跡の領主には戦いの才能はまるでなかったようで計略に嵌り、町や村は簡単に略奪され、気がついた時にはもう孤立無援で多方向から攻められ、最早後は王都が廃墟と化すのを待つのみのような状態にまでなっていた。
そこから本当に奇跡の大逆転! ……なんて事には当然ならず、寧ろこれまで以上に一方的に攻められて戦いの最中、領主とその妻は戦死した。
だが話はこれで終わりではない。
この戦いの最中生き残ったのが、家に代々伝わる召喚の祭壇で祈りを捧げている少女、領主夫妻の唯一のご息女である。
戦いを選んだ父と母に無理矢理抜け道から脱出させられて生き残った彼女は、周辺領主に裏切られ、故郷はなくなり、残ったのは一緒に逃げてきた忠臣の配下のみとなってしまったが、それでも憎しみに囚われず、この国を元の平和で安全な国に戻したいという思いで戦いを決意した。
……と、詳細の前半はどのような経緯で今回召喚されるのを説明する内容であった。
転移場所が固定されていたのは亡国ならぬ亡領の姫と共に理想を語り合いながら覇権争いへと身を投じていくからだろう。
既に負けている? 別にいいじゃないか。底辺からの下克上の方が燃えてくる。戦国時代に憧れを持ったことは一度や二度ではない。やっぱり男としてこういった世界で活躍したいと思うのは当然だ。
環境を見た感じ、戦闘面では基礎体力面で不安があるが、スキルポイント50万もあればある程度、役には立てるようにはなるだろう。それと農民の暮らしぶりを見る限り、技術面の方は江戸時代よりも劣っているので知識チートで無双なんかもできそうだ。
あとポイントが高いのはロズワルドと違ってエルフやドワーフが既に人間社会に溶け込んでいる。他の種族との壁がなく会えるのはかなり魅力的だ。
問題点を上げるとするとやっぱりリスクが高過ぎる事か。
転移の祭壇にいるお嬢様の兵力は一緒に逃げてきた部下がたった数十人ばかり。路銀の方も心許ないようだし、ここから各勢力の脅威を避けつつ成長するには、それこそ死に物狂いの行動と何十年単位の時間、そして運に賭けなくてはならない。
下手をすると死ぬまでに戦争が終わらない可能性だってある。
この世界を選ぶ場合は、リスクが高くて報酬は無しを覚悟していく必要があった。
面白い世界ではある、と思うんだけど即決できないんだよな〜。どこか悪いではなく自分が厳しさに耐えられるかどうかの問題で。
もしロズワルドを見ていなければ決断は違っていたかもしれない。
そんな訳でロズワルド同様、この世界も却下するにはもったいないので保留とした。
……詳細の後半は見なくていいのかだって?
後半は各勢力の勢力図や情勢の説明になっていくので転移するかどうか決めかねている今の状態で見てもあまり意味がないと中断した。
最初の説明が召喚者である亡領の姫様だったのでそこまで見てもいいのではとも思ったが、ここから先は何となく共に歩む覚悟無しに観るのは悪い気がしてしまったのだ。
おいっ、球体声殺して笑うんじゃねえ!!
似合わない? 分かってるわそんな事っ!!
そんな訳で条件を絞って半分以上見てきた世界の中で際立って良かった世界がこの二つだ。
簡単に紹介したけど、この二つ見つけるのかなり苦労したんだ。
依頼された世界の中にはかなりブラックな内容の依頼が普通に入っている。
例えばプロフィールはまともそうに書かれているが、実は異世界人差別のある国だったり、一見平和な世界かと思いきや裏で魔王復活を目論む狂った信者達が暗躍しているような世界だったり、女性の為に作られた貴族令嬢に転生して逆ハーレムを目指せなんてのもあった。その中でも最も精神的にきたのは、プロフィールは真面で、詳細が腐女子歓喜のボーイズラブだった世界だ。
皆まで言う気はないが詳細を見て本当に後悔したよ。
そんなブラック世界を除外して更に自分の好みに合った世界を厳選していったのが、保留されている世界だ。
二つには劣るものの保留に入れた世界はほかに、精霊とパートナーになって精霊を育成していく世界や冒険者になって数多のロストアイテムを探していく世界、ダンジョンマスターになってダンジョンを管理する世界などなど転移したら面白いだろうと思うやつを入れている。
あと面白かったが没にしたので、ロリコンの楽園ロリコヤンとか、学園の教師になって問題児と愛を育もうとか、ご令嬢の側近になって悪の限りを尽くすなど突っ込みどころしかない世界も存在した。あれらの世界は見ているだけなら面白そうな内容だったんだが。
そんな感じで悩みながらもひと段落ついた俺に、久しぶりに球体が話しかけてきた。
「まだ見つからんのか?」
「悪いか?」
「良さそうな世界はいくつか見つけたのじゃろ? それではいかんのか」
ぐっ、痛いところついてくるな。
確かに保留に入れている世界ならどの世界も十分人生を謳歌できると自負できると思っている。
しかしいざ決断しようとすると後悔するぞ、と言う感情の壁が心の内から湧き出てきて、決心が揺らいでしまうんだからしょうがないだろ。
「慎重なのは良いが、このままだとどの世界も選べなくなるぞ。ある程度の妥協も必要じゃ」
そんなことは分かっている。
このまま本気で行きたいと思うような世界が見つからなければ素直にこの保留の中から選ぶつもりだ。
「なら良いが、既にここに来て1日と3時間経過してあるからの」
「1日と3時間!?」
いつの間にそんなに時間が経っていたの!?
いや、条件を絞ったとはいえ、スクリーンに表示された星を半分も見たんだから普通にそれぐらいの時間が経っていても不思議ではないのか?
今まで見てきた世界の数を考えると球体の言っている事もあながち嘘には思えない。
「でも腹は空かないし、眠気も来ないぞ」
「お主の身体はここに転移させる直前の状態で止まっておるからの。食欲や睡眠もここに来た時のまま維持されとるから、ここにいる間は空腹や眠気に苛まれることは無いのじゃ」
物理法則とか無視した説明が入りました。
信じられないことだが、現実として少なくとも半日以上は確実に経過しているのに身体は全く変化が見られないのはおかしい。デタラメといったら既にこの状況そのものがデタラメなので素直に信じるしかなかった。
寧ろ欲求がないお蔭で作業が捗っているのだからラッキーだと思っておけばいいか。
「普通はそこに気付く前にさっさと異世界を選んで転移していくんじゃがな」
そんなに早く行かせたいのだったら、球体も俺に合った世界を探してくれてもいいんだぞ。これだって世界が見つかればすぐにその世界に行くからさ。
「さて小僧の行きたい世界が決まるまでやり残してことがあったからそっちを終わらせていくかの」
そもそも世界探しを手伝うのも仕事だろ。無視するのは良くないぞ!
……まぁ、食事時間も睡眠時間も気にせずに、作業に没頭できるって分かったんだし別にいいか。
俺は反応しなくなった球体からスクリーンへと視線を戻して自分に合った世界探しに再び没頭するのだった。