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57話 招待


「みんな、大丈夫? 変な所はない?」


「大丈夫よ。とても綺麗だから自信を持ちなさい」


 着替えてからもう何度目になる質問にシャンリーは呆れ混じりに答える。

 ギルドでも看板の受付嬢であるリンスが貴族のパーティーなどに御呼ばれする時にしか使うことのない高級ドレスを着ているのだ。

 容姿にそれほど自信のないシャンリーとしては変なところなどないとしか言いようがない。


「でも魔王……様の招待ですよ。もしもがあったら」


「前回の不祥事のお詫びに食事に誘われたけど招待状にはいつも通りの気軽な格好で構わないって書かれていたんでしょ?」


「そ、そうですよね」


「それが油断をさせて奴隷にする罠だったり」


「……」


 リンスが折角前向きになったのに空気の読めない同僚のせいでまた表情が青褪めてしまった。


 助けられたとはいえ相手は魔王。

 狡猾で汚い事を平気でやる魔族達の親玉だ。

 城へ誘い込み食事を食べさせてもらうのでじゃなく食べられてしまうシーンの方がはっきりと思い描けてしまう。

 そんな中にたった一人で行かなければならないリンスの心のパラメーターは行く前で既にイエローラインに突入していた。


「――――お待たせしました」


 そんなリンスをみんなで励ます中で突然輪の外から声を掛けられた。


 声の先にいたのは片腕の老執事マークスであった。

 受付嬢達は迎えが人間であった事と扉が開いた気配がなかったのに現れた事の二つの意味で驚いている。

 マークスは構わずにリンスに向かって一礼した。


「魔王ブロー様よりリンス様のお迎えに参りました。魔王様の奴隷執事でマークスと申します。見た所既に準備が終わられておられるとお見受けしますが、出発してもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 リンスも迎えが人間だった事に驚いていたが、マークスの言葉に我に返って返事をする。

 ギルドの外には送迎用の馬車が待機しており、マークスに促されながら乗り込むと王城に向かって進みだした。


 馬車に乗って一人になったリンスは緊張から一切言葉を発する事が出来なかった。

 頭の中ではマークスの言った魔王様の奴隷という言葉が突き刺さっている。


 そうしている間に馬車は王城に到着した。

 馬車から下車すると今度は知っている顔が出迎えた。


「……エリティア様、お久しぶりです。あの時は助けていただきありがとうございました」


「構わないわよ。私はただ魔王様の命令に従っただけだから」


「それでも助けていただいたのは確かですので……それで後ろのは」


 視線を動かしたリンスは信じられない物を見た。


「ああ、あれはここであなたを待っている間に襲ってきたから返り討ちにしたのよ。もう助からないけど息絶えていないから近づかないでね」


 後ろには魔族の身体が三枚におろされていた。

 胴体が斜めに斬られた魔族はもう呻き声を上げる力もないほど弱っているが、手が僅かに動いている。

 リンスはそもそも近づく気などなかったが、無言で頷いた。


「それじゃあ玉座の間に案内するからついて来て。……離れてもいいけどその時は自分の身の安全は保障できないからそのつもりでいてね」


 王城はエリティアでも襲って来る魔族がいるような場所だ。リンスが一人になったら運が良くない限り魔族に捕まる、とエリティアは注意で言ったが、リンスにはついてこれなかったら魔族の餌食になるからそのつもりでと言われたような気がした。

 そのお蔭で自分には縁遠い世界だった王城内に入っても周りをキョロキョロと見渡す事はせずにエリティアの後をついて行った。


「この先が玉座の間で魔王様がお待ちしております」


 エリティアが立ち止まった扉は冒険者ギルドの魔物を運び出す用の一番大きな扉よりも更に倍近い大きさで作られていた。

 扉はリンスが触れることなく開いていき、リンスはその先へと恐る恐る入っていった。

 扉の先には部屋というにはあまりにも広い空間が広がっていた。


 大理石の床に複数の豪華な絵画、天井には高価な照明魔道具が空間の隅々まで明るく照らすように取り付けてある。


 しかしリンスにとって予想していなかったのは中央にまるでその場に似つかわしくないテーブルが置かれている事だ。

 ナイフやフォークも置かれている。


「よく来てくれた」


「こちらこそご招待いただき感謝します。魔王ブロー様」


 リンスは魔族の礼節の取り方など知らない。なのでエリカーサ王国の礼節で頭を下げた。


「そうかしこまなくても結構だ。今回は俺がお前に謝罪をする為の招待なんだ。多少の無礼も気にしない気楽にしてくれ」


 気楽にしていいと言われてもリンスはすぐに礼節を解く事はしなかった。

 種族は違えど王様が気楽にしていいと言ったからと言って一平民が本当に気楽にしていいはずがない。

 それこそ不敬だと言われて奴隷にされるかもしれないと思っている。


「……頭を上げよ。席に着き一緒に食事を取ろうではないか」


 顔を上げる事を許すと言われてようやく顔を上げて立ち上がるといそいそと席に座った。


「さて、では主役が来たのだ。食事にしようか」


 タスクも玉座から立ち上がり席へと座ると見計らっていたかのようにメイドが食事を運んできた。


(この方達も人間。……もしかして本当にお詫びのつもりで気を使わせてる?)




 ◆



 運ばれてきた食事は贅の限りを尽くした高級料理……などではなく、素朴で家庭的な料理であった。

 リンスは最初こそはテーブルマナーを気をつけていたが、魔王ブローが手羽先を手づかみで口に運んで食べるのを見て割と自然体で食事を取る様になっていった。


 食事は素朴で今まで食べた事のない味だとリンスは頬を綻ばせる。

 魔王ブローの前という状況であるにも拘らず、リンスは王都が陥落して以来初めて心落ち着いた時間を過ごしている気がしていた。


 でもそれも最後のメニューであるフルーツの盛り合わせを食べ終わるまで。

 食事を終えたタイミングで声を掛けられた。


「所でリンスよ」


「っ(ビクッ)!」


「お前は今の冒険者ギルド……いや、王都をどう見る?」


 突然話を振られたリンスはまた緊張した面持ちに戻って質問に対して答えた。


「す、素晴らしい街ではないかと思います」


「世辞は言い。あのような事件に巻き込まれたお前がそう言っても嫌味にしか聞こえん」


「申し訳ありませんっ!」


 少し凄んだだけで土下座しそうな勢いで頭を下げるリンスに溜息を吐く。


「冒険者ギルドは下級魔族にも女を与える為に俺の指示で今の状態にした。それは間違いない。だが理由もなく欲求を満たすために作った訳ではない。例えば食事。お前達人間は食事を取らないと生きていけないが、魔族は殆んどの者が飲食不要だ。食べれない訳ではないが、酒などを飲んで楽しむものが多い。それに住居も権威を示すという意味で住むことはあっても楽に生活するために住む者はいない。魔族にとって野宿となんら変わらないからな。なら何を生きがいに生きていると思う?」


「……戦いでしょうか?」


「そう、それだ。終戦して魔族達は戦いという欲求は発散の場を失った。楽しむ敵がいないからな。放っておけばいつか暴走するのは目に見えていた。そこで冒険者ギルドを使って魔族の不満を少しでも解決するためにああいった感じにさせてもらったのだ。報告では好評であると聞いていた。だが前回街を見て報告は誤報で上手く機能していないのだと気づかされた。何がいけなかったのかお前は分かるか?」


「それは……」


「別に答えを求めている訳ではない。思った事を言ってくれ」


 魔王ブローの話はある意味ではリンスにとっても話したい事であった。

 今回の紹介状が届いてからシャンリーに話すタイミングがあったらと色々と仕込まれていた内容に関係があったのだ。


「それじゃあ言います。今更なんですが、冒険者の依頼内容にルールを設けるべきだと思います」


「ほう、それはなぜだ?」


「げ、現在の一日の冒険者の依頼達成は5件しかありません」


「ん? 可笑しなことを言う。冒険者の数は50名以上いた筈だ。そしてお前が埒られたのは冒険者が全てで払っていたからだろう?」


「はい。しかし現在の冒険者の依頼の条件は無い為、最短で1週間、長いと半年間という長期契約が横行していたり、冒険者の許可なく複数で廻していて依頼に出した者が一向に帰ってこないのです」


「つまり少数の者が冒険者を独占していると」


「その通りです。それだけではなく依頼中に過度な暴力を加えられた冒険者が数日間再起不能の怪我で帰ってきたり、依頼主以外の物にも働かされて精神が崩れた者が出たり、期限が過ぎても返ってこなかったりと依頼者のせいで支障が出る事も少なくありません」


「それでどうして欲しい」


「依頼を受けるにあたり冒険者を守る規約と使用期限の制限、冒険者の休日を求めます」


 リンスは言い切った後にしまったと後悔した。

 シャンリーさんから教えてもらった事を間違えない様に言おうとして魔王の前で強い口調で言ってしまった。

 魔王ブローの顔が心成しか眉を顰めているように見える。


(ど、ど、ど、どうしよう。不敬だよね。不味いよね。……ああ、私終わった)


「一理ある」


「え?」


「お前の言う事は正しいと言ったのだ。そうと決まれば早速基準を決めるとしよう」


 絶対に奴隷決定だ~、と絶望しかけていたのに怒られないどころか予想に反してあっさりと意見が採用されてリンスは戸惑った。

 余りにスムーズに話が進んで逆に気持ちが悪い。


(なぜ休日を拒否しないの? これは冒険者のための政策なのに。もしかして頭が悪い?)


 そんなはずない。

 この魔王はその知力で勇者を罠に掛けて終戦にさせた怪物。

 自分なんか到底かなわない知恵を持っている。


 そうなると考えられるのはこの意見を既に予想していて私達の見落としがあるのでは。


「何かまだあるのか?」


「いえ、まさかこんな簡単に採用されるとは思わなくて」


「いい案だと思ったら採用するのは当たり前だ。……そうだ。丁度いい。お前ギルドマスターになる気はあるか?」


「え? え? えええええーーーっ!?」




 ◆




 あの後、魔王ブローとの話は終わった。

 帰りもエリティア様とマークスさんに連れられて馬車で冒険者ギルドまで送られることになり、満身創痍で帰宅した。

 ギルドのみんなが私の努力を労ってくれると思って入ると冒険者ギルドでは騒動が起こっていた。


 騒動の原因は『ギルドマスターの解任と連行』。

 まるで罪人の様に魔族に連れていかれるギルマスをギルド職員は呆然としながら見めていた。


 ギルマスは抵抗しようとしたが、先日のトラウマから少し凄まれただけで縮こまってしまった。

 入れ替わる様に馬車に載せられて、そのまま鉱山まで運ばれて行った。

 そしてギルマスを連れていく魔族は最後に張り紙を張る。


『今日よりギルドマスターをリンスに任命する。 by魔王ブロー』


 この日からリンスはただの受付嬢ではなくなった。

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