56話 獣人の弟子
――――この日は朝から大忙しだった。
まず朝一番にウルカが泣き出した。
何かしたという訳ではなく、突然起こった。
「いや……助けて……」
俺が一番に起きたため三人の寝顔を見ていたのだが、眠っているウルカが魘される声を上げた。
何か良くない夢でも見ているのかもしれない。
次の瞬間、
「いやぁあああああああああ!」
耳が痛くなる音量の悲鳴を上げた。
やばい、この音量は魔族を呼び寄せるかもしれない。
そう思い急いでウルカの元に行き、口を塞ぐ。
「んーーーーーーーー!」
それでも指の間から声は漏れてしまい隣で寝ていたエリティアとオルガも何事かと飛び起きた。
奴隷商の奴、こんな問題があるなんて聞いてないぞ。
「落ち着け、ここに怖いやつはいないぞ」
俺は泣き続けるウルカを抱き上げてあやす。
「いやぁ……さん、……さん」
悲鳴は収まったけど、今度は親を呼んでいるのか何かを求めるように手を伸ばす。
その手をエリティアが取るとウルカの頭を撫でた。
「大丈夫、……大丈夫だから」
母親が子供をあやすような優しい声色にようやくウルカの声が小さくなり、
「んっ」
「起きたか?」
「っ!?」
俺に抱きかかえられていたのに驚いてウルカは大きく目を見開く。
「おはよう。その様子ならもう大丈夫だな。一応玉座の間に行っておくからエリティアはウルカを頼む。オルガも心配かけたな」
「私、ウルカがこうなる事、知ってたです。言わなくてごめんなさいです」
「気にしていないよ。……それより落ち着いたら朝食を取ろう。要望通り肉を用意しているからな」
オルガが頷いたので、玉座の間に戻って魔王ブローに擬態した。
やっぱりウルカの悲鳴は相当大きかったので魔族はやってきた。
だが安眠妨害で苦情が来るかと思われたが、「とてもよい目覚めでした」と、逆に感謝された。
今後も似たような事があるかもと伝えると、毎日でも構わないそうだ。
「やっぱり魔族はどこかズレている」
その後、落ち着いて事情を知ったウルカが謝りに来たけど、「何事もなかったんだし気にするな」と、ウルカを許して四人で朝食を取った。
朝食に出した肉は洞窟のアジト内で焼いたものだが、アイテムボックスの保存機能で出来立てホヤホヤを維持している。
オルガとウルカも満足してもらえたようで、ご満悦と言った表情をしていた。
にしても今朝のオルカの奇声はオルガの言い方だとこれまでも起きていたようだし、ただうなされるとは違いそうだな。
子供に睡眠中突然叫びを上げる恐怖様症状があるのも聞いたことがある。
こんな世の中だ。
精神が不安定になる恐怖体験の一つや二つあるだろう。
朝食を終えて、改めて二人に今の状況を説明した。
「それじゃあ私達は強くなって魔族を倒せる様になるです?」
「魔族を倒せる様になるのは最終的な目標。ほかにもっとしてもらいたい事が出来ればそっちをやってもらうことにもなるかもしれない」
元々この二人は計画に入っていなかった。
獣人と言っても子供なのでまだ戦闘能力面では発展途上。
スキルもLvは低い。
どのように手を加えるかは手探りで見つけていくしかない。
「そういう訳で、まず二人を試験します」
俺はそう宣言する。
すると二人とも露骨に嫌そうな顔をした。
うむ、試験とはどこの世界でも嫌われ者って事か。
「試験といってと合格、不合格じゃないからそんな気負わなくていいぞ。今からやるのは一人ずつ俺と模擬戦をしてもらうだけ。ルールは二人が全力で俺を攻撃する。俺からは攻撃しない」
「それだけです?」
「あぁ、武器を使いたければ行ってくれれば出すぞ。場所はここでいいか。二人共何か問題はあるかな?」
要は簡単な模擬戦。
俺から手を出すことはしない。
ただこの子達の力を確認したいだけのテストである。
特に獣人の持つ固有スキルがどれほどのものか。
「さて、どっちから戦う?」
「私から行くです」
最初はオルガが行くようだ。
やる気は十分と言った表情。
「武器はいるか?」
「いらないです。獣人は五体が既に武器なのです」
「分かった。それじゃあ始めようか」
エリティアに審判をしてもらい開始の合図を頼んだ。
それと万が一危なくなったら止めてもらう。
「始め!」
合図が掛かりオルガは真っ先に身体強化を行う。
攻撃を俺はしないのだから準備する余裕はあるもんな。
強化スキルにレアスキルは無い。
固有スキルも使った様子はないが、それで準備完了の様で動き出した。
その小柄な体格からは予想以上に良い動きだ。というか陸上日本代表でも余裕で入れる。
でもまぁ、この世界にしたら普通だな。
俺は迫ってくる爪をしゃがんで避ける。
その後も乱れひっかきでどうにか俺に攻撃を当てようとしているが、見てから回避できるし、ブルータスと違って虚実もないから更に余裕だ。
「どうした。これじゃあいつまでたっても当たらないぞ」
「うぅ……こ、これならどうですっ!」
俺に煽られて隠していたスキルを使う気になったようだ。
その瞬間、オルガは今までより格段に増した速度で突っ込んできた。
明らかに先程までの身体強化とは別物。
初速だけならブルータスにも引けを取らない。
しかし明確に問題があった。
今のオルガはブルータスとの戦闘と同じ。
突っ込んでくるのはいいが、高まり切った身体を制御しきれていない。
このまま俺が避けたらオルガは間違いなく壁に激突する。
そう確信したところで、
「自分で制御できない力は使わない」
あの突っ込みをエリティアが何の事もないように止めていた。
それも片手で首を掴んだペット持ち。
止められたオルガも予想外の状態に困惑を隠せない様子だ。
「タスク、この子は負けって事でいいわよね」
「あぁ」
オルガはまだやれそうだけどエリティアが許してくれそうにない。
首根っこ掴まれてしょんぼりしながら退場するオリガを見送り、次のウルカを見ると今にも泣きそうなほど困った顔になっていた。
「どうかしたか?」
「……私、オルガみたいにできない」
「別に今の強さがどのくらいか見るだけだから。攻撃するのが嫌なら自分の一番得意なスキルを使うだけでもいいぞ」
そういうとなんとか力を使ってくれる気になったウルカがスキルを発動した。
スキル名は聞こえてこない。
身体強化を行ったようには見えないので何かしらの付与スキルだと判断すると、ウルカは先程とは打って変わって速攻を仕掛けてきた。……ように見えたが、近づくウルカには違和感がある。
存在が希薄に感じるこいつは、
「【幻影】だな」
ウルカの拳が当たるが、なんの感触もなく透り抜ける。
これはウルカの形をした幻だ。
本当のウルカは一歩も動いていない。
その場から動かないという事はその間に何か準備をしたのか。
オルガと違い強化中も隙をなくす動きにオルガ以上の期待が湧く。
「……あぅぅ」
「え?」
さあ勝負はこれからだと思っていると、ウルカはその場でパタリと蹲ってしまった。
真っ赤な顔で涙目になっている。
(あれ~っ?)
身体強化をしたんだろ? これから攻撃しないのか?
オルカの様子は明らかに戦意喪失。
そうこうしている内にエリティアが試合終了を告げた。
「えっと、ふざけてる訳じゃないよな」
「ウルカを虐めちゃ駄目なのです」
どう評価したものかと悩んでいると、オルガが俺とウルカの間に割って入ってきた。
「ウルカの種族は身体強化が不得手なのです。それでもここまでオルガを守ってくれた大切な友達なのです」
「その不得手ってどういう事だ?」
「そのままなのです。白狼族は獣人なら持っている固有スキルを持っていない種族なのです。代わりに【幻影】みたいな相手を騙す力は得意なのです」
確かにLv差がかなりあるはずの一瞬とはいえ騙したのだからそういう方面が得意なんだろう。
しかしオルガとは戦術がまるっきり違う。
本当なら二人一緒に育てて切磋琢磨して貰おうと思ったけど別々に育てた方がいいな。
「それじゃあ私がオルガちゃんの方を鍛えるわ。という訳であなたわ、こっち」
「うむっ……は、離すのです。自分で歩けるのですよ」
エリティアも同じ結論のようで自分の教えやすいオルガの首根っこを掴んで運んでいった。
そのされたウルカが心配そうな顔でこちらを見てくる
「それじゃあ俺がウルカの担当だな」
「……」
その前にまずは打ち解けないといけなそうだった。
「いいか。絶対に強くしてやる。だから俺を信じてくれ」
「……はい、師匠」
…………師匠っ!。
いい響きだ。
初めての弟子がこんな可愛い娘なのもいい。
なんかやる気が出てきた。
絶対に他の獣人がうらやむ最強の獣人にしてやろう。