53話 切り捨て
洞窟内の生活基盤の向上は上手くいった。
トイレから始まり、調理場、食卓、裁縫部屋等々、最低限度の生活環境にはなったと思っている。
フィルティアの【花嫁修行】もかなり上達した。
難題だった食事はかなりの犠牲(俺の腹)を払ったお陰で家庭レベルにまで成長し、裁縫の方は何倍も見た目のいい衣装を作れるようになった。
現在の衣装は全てフィルティア製で装備欄の名称は『王女製の衣服』に変わった。
(まぁ見た目は無地のTシャツだけどね)
フィルティアは着替えてもらったけどこのレベルではエリティアはまだ戦闘用メイド服の方が見た目がいいのでそのままだ。
これで王都に戻る前にやっておくべきことはあと一つだけとなった。
「……。私達に何の相談もなく決めて良い物ではないでしょ」
「別に構わないだろう。きちんと状況を整理した上でそうするのが最善だという答えになるんだから」
「その答えに行きつく理屈が分からないわ」
問題となっているのは盗賊団に捕まえられていたフィルティア以外の奴隷にされていた人達についてだ。
今日までの間に病んでいた精神が回復した者は三人いた。
オリビア。本名オリビア・D・タルソーサ。
伯爵家の次女で現在17歳。
15歳で王都の文官として務めていたが、戦争の敗戦で実家から強制帰郷を受けて実家の領土へと帰っている途中に盗賊団に襲われて捕まった。
文官としてはまだまだだけど性格は真面目で器量もよく、目立った悪行もなし。
キーナ・A・トリクーサ
テラクーサ家に仕えているトリクーサ家の娘で、テラクーサ家ご令嬢ブサーナの秘書兼メイド長として働いていた。
テラクーサ家は敗戦した途中逃げ出した貴族家の一つで逃亡中に魔物に襲われてお嬢様と一緒に安全な場所へ逃避しているところを盗賊に拉致られた。
テラクーサ家は我が身可愛さに市民を捨てたという事で仲間として不適格になっている。
しかしキーナには特に何も書かれていないのでギリギリ及第点の適格にしているようだ。
最後にロイス・イルティス。
特技、料理に裁縫、好きな事は馬に乗って走る事。
家が商人で将来は甘味の店を開くことが夢だった。
……この辺はどうでもいいな。
素行に問題はなし。
ただし男である。
最初に謁見した時は説明を読み終えた後にもう一度ロイスの姿を見て思わず確認してしまった。
「一応再確認しておくが、ロイスは男であっているよな?」
「男ですよっ!? ちゃんとチンポも付いてますからっ!」
質問が地雷発言だったらしく声を荒げて反論された。
(う~ん、信じられない。姿はミスコンに出ても充分優勝を狙えそうな容姿なんだぞ。向こうの世界なら世の女性が嫉妬するレベルだぞ)
ロイスはウォーガルへの物資の運搬中に襲われて、その容姿から女と間違われて拉致された。
アジトへと連れてこられた後、男と判明して殺されそうになるのを下っ端としてなんでもしますと頼み込んでなんとか命だけは助かった。
しかしその女性顔負けな容姿と女性のような声音、更に特技も行動も女性と遜色ない。
その結果、女性に飢えた盗賊達に襲われて他の女性と同じ目にあったそうだ。
……話を戻すが、この三人が精神を持ち直して別室にて休んでもらっている。
問題は残りの精神が持ち直さなかった女性達だ。
彼女達は未だにベッドの上で眠っていて起きても死んだ目をしたまま動かない。
食事もエリティアに食べさせてもらっているような状態だ。
はっきり言おう。
足手纏いだ。
「回復した三人もまだ満足に生活するほどには回復していないだろう? フィルティア一人にこの数の人数を看病できるはずもない。なら人数を減らすのは当然で、だから残りを斬り捨てる」
「……っ、だからって魔族の奴隷にする必要はないでしょ」
「私もエリー姉様の言う通りだと思います。一言相談して欲しかったです」
「ふむぅ……ならフィルティアに聞くけどあの人数を一人で看病できるか?」
「出来ません。でも4、5人は見れます。態々精神崩壊している全員を魔族に売り渡す必要はないんじゃないですか」
「フィル、そう言う事を言っているんじゃないわ。折角助かった彼女達をまた魔族の奴隷に叩き落とすようなこと自体が間違っているって言っているのよ」
詰め寄ってくるエリティアは胸倉を掴んできそうな剣幕だ。
エリティアの言っている事は正しい。
盗賊の奴隷になってボロ雑巾の様にされた彼女達に今度は魔族の奴隷になれというのは鬼畜と言われても反論できない所業だ。
だがこの判断は看病をするのがフィルティアだけという理由だけではない。
先程の三人は全員が合格であったが、療養している中に盗賊同様仲間にしたくない者達が混ざっているのだ。
例えばキーナの主人であるブサーナ。
赤髪に膨よかなお腹をしている女性で性格は残虐非道。
好きな事が出来ないと癇癪を起こす我儘娘。
幼い頃から使用人への暴力行為や同級生の虐め、自分より可愛い貴族をパシリに扱うなど素行が目立つ。
貴族間でも噂になる程で普通なら家で矯正されるだろう。
しかし娘が娘なら親も親。
親の方も娘と負けず劣らずな性格で娘の行動に対して寧ろ好意的。
更に親馬鹿もあり相当に甘やかされて育ったようだ。
その上テラクーサ家は爵位こそ子爵であるが、貴族としての発言力は侯爵並みにあり、かなり後ろめたい行いをたくさんしているのも調べがついている。
こういった人間は精神が回復しても文句ばかりで碌な事をしない。
このような精神が正常でも排除するような人間を正当な理由で排除できる。
もう一つが――――。
「エリティア落ち着け。俺は何も彼女達の事を見捨ててこんなことを言っている訳ではないんだ」
「じゃあなんだっていうのよ」
「彼女達の精神を治す為だ」
そもそもなぜ彼女達の精神崩壊は治せないのか。
それは回復に関する魔法もスキルも肉体面には効果があっても精神面には効果がないからだ。
再生魔法も精神の再構築は叶わない。
なぜなら精神の修復といえば聞こえはいいが、精神を強制的に変える様な物。
そんな行為を回復とは呼ばない。
逆に言えば精神の治療は精神に無理矢理干渉して書き換えられる物が必要になる。
だが精神系のスキルは一時的な物はあっても正常時にまで干渉するほどのものはほとんどない。
……というか調べた限り一つだけだ。
「魔王ブローの作り出した奴隷の首輪の精神支配。あの首輪の効力は精神が壊れた者でも魔族に従順な奴隷にする。それは精神を無理矢理正常状態に一旦戻している」
「それが今何の関係があるっていうのよ」
「重要なのは解除された時の効力の消失具合だ」
これまでの奴隷の首輪の解除で解除した時の状態の事が分かってきた。
エリティアの場合、奴隷にされている間の記憶を鮮明に覚えている状態で精神が正常になっていた。
それを記憶を持ったまま嵌められる前の精神状態に戻った、と考えていた。
しかし使用人のシャロットは首輪を嵌められる前に恐怖から発狂していた。
もし嵌められる前に戻ったというのなら発狂状態になっていないと可笑しい。
だが解除した後シャロットは何の精神障害もない状態に治っていた。
つまり奴隷の首輪を嵌めさせることによって精神崩壊を回復させる事が出来るかもしれなのだ。
「でも治らないかもしれないわ」
「それはここでも同じだろ。ここにいても出来る事は安静にすることだけ、なら治療として奴隷の首輪を掛ける方のが治る可能性は高い」
「治らなかったら彼女達はただ魔族の玩具として扱われるだけなのよ。失敗するかもしれない賭けに出てもし彼女達に何かあったらタスクは責任とれるのっ!」
……治らなかったらか。
エリティアも奴隷の首輪でもしかしたら治るかもしれないという事は理解できても魔族の奴隷として送り出すことを容認できないから不確定要素を言って反対しているだけだ。
もうエリティアは損得抜きで魔族の奴隷にする事を認められないんだろう。
なら取る手段は、
「フィルティア、今回の判断は全て俺の独断であり、全責任を俺が負う証人になってくれ」
「……請け負います」
独断で決めた事にしてエリティアの責任を無くし、承認を取る必要を失くした。
これでもう反論をしても意味はない。
「これでこの件は俺の判断になった。今後一切の口出しは禁止する。いいな?」
「……」
エリティアは何も言わないのでこの話はこれで終わり。
「明日には王都に帰る。出発の準備を整えておいてくれ。フィルティアはここの洞窟の管理と置いていく三人の面倒を頼むな」
「任せて下さい。タスク様がいつ戻られてもいいようにしておきます」
こうして初めての外出での予定が全課程修了した。