52話 価値観
洞窟内の生活環境は順調に改善されていった。
改善したものは、
換気設備。
男性の部屋は勿論の事、女性部屋や用途のない部屋などの不摂生な部屋は全て洗浄魔法で汚れを落とし、浄化魔法で空気を綺麗にしたので今は問題ない。
しかしこの洞窟には外へ御通気口が入り口と隠し扉の二つしかない。
放置していると何もしていなくても空気が淀んで息が詰まる。
もっと進んで粉塵爆発なんてことになったら最悪だ。
そこで地表に近い部屋や通路に通気口を作り、大部屋などには扇風機を設置した。
何故持っているのかと驚かれたが、王都出発前からこの洞窟を拠点にするつもりでいたからな。
マークスに急いで用意してもらっていたのだよ。
次にベッド。
流石にいつまでも地べたで雑魚寝のままでいる訳にもいかないと作ることにした。
材料は森に生えていた木と藁だ。
造りは簡単で組木をした木で外枠を作り、その中に藁を敷き詰めただけだ。
そうは言っても普通に作ったら上手く型が作れない。
【工作】というスキルで【料理】と同じように補助した御蔭だ。
それから入り口。
今のままだと洞窟があるという事が丸わかりだ。
これでは魔族が見つけてもし中に入ったらアウトだ。
そうでなくても魔物が洞窟を住処にする可能性もある。
盗賊が見張りをしていたのも魔族の襲撃よりも魔物が住処にしない様にするためだったし。
そこで洞窟の入り口に【隠蔽】を施した。
【隠蔽】により外からだと壁が続いているように見えるようになった。
エルフの隠蔽と比べると些細な物だが見張りを立てるよりはマシだろう。
ついでに入り口に周りにいくつかの罠も仕掛けられた。
他にも外部に空気が漏れないように扉を補強した部屋を氷結して冷蔵庫にし、薬品室にベッドと机を設置して治療室に、あとは使わない部屋を素材室にしたりした。
短期間での作業としてはよくやったというほかないと思う。
「タスク様。出来ました!」
「凄いな。Lvでは俺のが勝っているはずなのに裁縫ではもうフィルティアに勝てる気がしないよ」
出来上がった品を受け取って負けを認めた。
今行っているのはフィルティアの【花嫁修業】の中に含まれるであろう【裁縫】のLv上げだ。
【裁縫】は【料理】の次に対処の必要な案件だからだ。
「どうだ?」
「似合っていますよ」
長さや丈は問題なさそうだな。
着心地はやっぱりまだまだだが。
【裁縫】で作ったのは服だ。
今まで一切触れてこなかったが、未だに転移した時のまま流行遅れのTシャツ、ボロボロのジーンズ、汚れた肌着、汚いパンツを着ている。
上に防具を着ていなければ変態と見られても可笑しくない格好だ。
それは他の奴にも言える。
エリティアの私服は奴隷の正装だし、フィルティアは一年間同じ服なので汚れが酷い。
マークス達も新しい服は新調できずにいるようだし、他の捕まっていた女性の中には全裸の者もいる。
衣類を作れる人材をすぐに仲間にできない以上自分達の誰かが作れるようになってもらった方が手っ取り早い。
…………決して料理の実験台の休みのために教えている訳ではない。
「こっちもズボンのサンプルが出来た見てくれ」
「分かりました」
フィルティアは【料理】よりも【裁縫】の方が上達が早かった、というのもあるだろうけど【料理】と違って補正が掛からないのか上手く作れなくてあっという間に追い抜かれた。
今は形だけ教えてあとはフィルティアに任せてしまっている。
「フィルティア、少し近くないか」
「この角度からの方が見やすいんです。……邪魔ですか?」
「いやそういう訳じゃあないが」
身体を触れるのはいくらなんでも……胸当っているし。
淑女はみだりに身体を触れさせない物ではなかったのか?
しかもこのやり取りはもう何度もしている。
なのに直す気がない。
……男として嬉しくないという事はない。
しかし……しかしだ。
どうしても嬉しさよりも憐みの方が強くなってしまう。
あの最強破壊兵器である姉エリティアとの絶望的なまでの戦力差を比べてしまうのだ。
フィルティアの感触を一言で表すなら……壁。
まさに断崖絶壁の平らであった。
神はなぜ同じ姉妹でここまで無慈悲な行いをしてしまったのだと思わず終えない。
(しかしどうすればいい)
何より耐えられないのはフィルティアがこの断崖絶壁を誇示してくる事だ。
誇らしげに自分の良さとしてアピールしている。
その行為はこの世界ではおかしくないのだ。
寧ろこの世界の男性にとっては至高の行為だとされる。
……なぜなら、この世界の男は巨乳よりも貧乳の方が好きなのだ。
この世界の人間や魔族はエリティアの事をデブだという事が多かった。
だが元の世界の基準で言ったらエリティアは決してデブではない。
筋力はあるけど上腕二頭筋やハムストリングスが肥大している訳でもないし、無駄な脂肪もついていない。
腹部に至ってはくびれていて割れている。
体脂肪率は測れないけどたぶん5パーセントを切っているんじゃないだろうか。
ではなぜエリティアがデブと言われるか。
それはこの世界では腹部だけでなく胸部も対象になっているからだ。
エリティアの胸部は大きい。
巨乳どころか爆乳と言ってもいい。
……この世界の基準だとエリティアは200kgのおデブと同等に見られるのだ。
胸部は増える事があっても減る事はない。
増えてしまったら一生評価が変わらないというのはかなり残酷だろうと思った。
逆にフィルティアのようなスレンダーな体型は理想的なスタイルとされ、顔もエリティアと似ていて美人だ。
世界一の王女様などと言われ『美姫』という二つ名さえある。
だからフィルティアは恥ずべきことはやっていないのだ。
普通の男であれば鼻の下を伸ばして喜ぶ状況なのだから。
(……俺には只々虚しさだけしか感じないんだよな)
しかしこの世界でもこういった行為は家族や婚約者などの特定の者しか行わない筈なんだが。
フィルティアに恥じらいのようなものは感じられない。
……男として見られていないのかもな。
「タスク様、採寸をお願いします」
まぁ、嫌われている訳ではない様だからいいか。
◆
同日、タスクが眠りについた後。
エリティアは指定された部屋に足を運んでいた。
「待たせたわね」
部屋の扉を開けると既にフィルティアの姿があった。
「よく来てくれました。エリー姉様」
入ってきたエリティアをフィルティアは一礼を持って出迎えた。
その様子からは最初にあった殺意は見られない。
今回の密談はフィルティアからのもので「タスク様が寝た後、ここへ来てください」としか言われていない為、エリティアはどのような話をされるのか分からなかった。
「この部屋も盗賊団の一班が使っていたのですよね。もう汚れだけでなく臭いもなくなっています」
「前置きは要らないからさっさと本題を話しなさいよ」
どう考えても本題とは関係ないと判断してバッサリと切り捨てた。
「……エリー姉様は相変わらず話の流れを考えないのですね」
「考えているわよ。何気ない会話をして緊張をほぐした後に本題を話すのは貴族としては当たり前。でもずっとそれって必要なのかしらって疑問だったのよ。だってそうでしょ。会話の時間だけ無駄な時間を過ごすのよ」
「……そういう考えだから貴族からは素養なしなんて言われるんですよ」
フィルティアは肩を竦めた。
言っても直さない姉と国が潰れても習わしにこだわっている自分にも。
「タスク様って面白い方ですよね」
「……食えない奴ではあるわ」
今度は本題を切り出したと思えたが、切り出し方に嫌な予感をエリティアは感じた。
「食えない人であるのは違いありませんが、心中には猛々しい獅子が宿っているように感じました」
「……そう」
「それに同じくらい温和で春風のような安心感を与えてくれる方でもあると感じます」
「よく見ているわね。……もしかして惚れたの?」
「ほ、惚れ……はい、好ましい殿方だとお見受け致しました」
いやな予感は当たった。
まさかあのフィルティアが男を好きになるなんて。
「……まさかフィルがね」
「可笑しいですか?」
「予想外というだけで可笑しくはないわ。でも貴女は勇者ユクスと婚約者関係を結んでいる。勇者ユクスは囚われの身で国はこんな状態だとしても、公式に公開した婚約は皆が知る事、事が終われば蒸し返されて実行される。懸想しても婚約の方を優先されて実る事はありませんよ?」
「それは今のままではですよね? もしタスク様が功績を挙げられ見染めて下されば婚約を破棄される事もあります」
「そこまで気に入ったのね」
「はい。もっと彼の事を知りたいと思っております」
(はぁ~……決意は固いみたいだし説得は無理そうね。タスクは一体どんな手でこの堅物を誑したのかしら)
フィルティアは男性が嫌いではないか?
貴族の間でも囁かれるその噂は何の根拠もなく囁かれるものではない。
フィルティアは幼少からモテた。
それはもう自国の公爵、伯爵の御子息から他国の王族までより取り見取りで婚約が殺到した。
全てフィルティアは断った。
それだけでなく、お出かけの誘いやダンスの誘いも全て誤解のない用にしっかりと断りを入れた。
それでもなお婚約を迫っている者には断罪を持って接する。
その男性に容赦のない姿と親しい男性がいない事から男性嫌いと噂になった。
勇者ユクスとの婚約にも猛反対していたし、婚約後にユクスを平手打ちにしたのも記憶に新しい事だ。
それが今、タスクを好いているという。
フィルティアの事を知っている人間からしたら目を疑う出来事であった。
「それで私が聞きたいのはタスク様とエリー姉様との関係です」
フィルティアの眼に鋭さが増した。
「見ていれば分かります。今あの人が見ているのは私ではないという事を」
「……」
「なので最初は既に私の入り込む余地はないと思ったのですが、ここ数日間の様子を見るとそうでもないみたいですね」
「どういう意味よ」
「どのような過程で一緒になったのかは聞きましたが、話を聞く限り日は短い。もしかしたらまだ告白もされていないのかと」
「……こ、告白はされたわよ」
告白された時の事を思い出して赤くなるエリティア。
その様子にフィルティアは告白は本当だと判断した。
「では恋人同士にはなっているって事ですね」
「そうよ」
フィルティアは暫く考えた後、確信を突く質問をした。
「初夜の方はもうなされたのですか?」
「しょ、初夜って、それは早いわよ」
「早いってもうお姉さまも18でしょう。貴族なら結婚している年齢なんですから遅いって事はないです。……寧ろ遅い? 兎に角可笑しくはありません。まさか姉様が恥ずかしくて断ってる、なんて事無いですよね?」
「ち、違うわよ。タスクの方からのお誘いが無いってだけで私が断っている訳じゃない」
実際にタスクがへたれである。
ただ単純に奴に勇気がなかっただけだ。
「タスク様も健全な男性です。一つ屋根の下に居ればケダモノになることはあったでしょう?」
「た、確かに男性はそう言う生き物だって教師の人も言っていたけど……」
この世界は戦争で子どもの死亡率が高い。
出産率が低下してしまうと兵力の低下に繋がってしまう為、子作りを国全体で積極的に行っていた。
だから肉食系男子が多く、夜の行為に対しての抵抗がなかった。
その為、フィルティアの中にタスクが何度もあったチャンスを悉く断念するへたれだという考えを思い浮かんでいない。
それはエリティアも同様であった。
(フィルの言う通り本当に恋人同士だったのなら襲われても可笑しくない状況よね。……やっぱり私が太っているから)
フィルティアの話を聞いて、タスクが手を出さないのは自分に魅力がないからと考えていた。
……実際はその豊満な胸部が魅力的過ぎて手が出せないとは思いもしない。
タスクの事を異世界人であると知っているエリティアの方が価値観がこちらの世界と違うという事を早く気づけそうではあるが、現時点でタスクの事を理解していないという意味では二人とも互角であった。
「とにかく肉体関係でないのならまだ間に合いますね。これからは全力でタスク様を落としにかかるのでそのつもりでいて下さい」
「……の、望むところよ」
完全に敗北の雰囲気の姉と勝つ自信満々の妹の姉妹による三角関係が出来上がった。
想い人のタスクを知っている者からすればどちらが優勢かは言うまでもない。