51話 花嫁修業
――――不味い。非常に不味い。
これまでにない最大の危機を感じていた。
王都に帰還するまでの間に最低限の生活環境を整えるべく改装作業を始めていたが、自分達の食事を取る事を忘れていたので休憩を取る事にした。
しかし休憩を取ろうにも椅子も机もないし、料理する台所もない。
こういった事で一々足りない物が見えてくる。
「ようやく来たわね」
部屋には既にエリティアが待っていた。
「遅いわよ。どれだけ待たせるの」
「そんなに待ったか?」
「……なるほど。タスクって没頭すると時間を忘れるタイプだったのね」
そんな事はないと思うんだけど。
「それより食料はタスクが全部持っているんだからタスクに忘れられると私達が飢えちゃうのよ」
「悪かった。気を付ける」
【食料生成】で作ったものは全てアイテムボックスの中にある。
忘れてしまうと全員が食えなくなってしまうからな。
調理器具をアイテムボックスから取り出す。
「肉と魚どっちがいい?」
「そうね。魚の方がいいかな」
焼き魚だとサンマがあったはずだ。
それと焼くなら網の方がいいと七輪もどきも取り出して料理スペースを作った。
「フィルティアは俺の隣で手伝ってくれ」
「あの、私料理なんて作った事ないんですが」
「……自分のスキルを知らないのか?」
「知っていますよ。残念ながら【料理】のスキルはありません」
別に【料理】のスキルがないと料理がでいない訳ではない。
でも今まで包丁も握った事のなくても【料理】スキルがあれば多少手伝えることはある。
だから自分には【料理】スキルはありませんよとフィルティアは言っている。
それこそ自分のスキルについて知らないと言っている様な物だ。
「フィルティアは【花嫁修業】ってスキルがあるだろ?」
「っ、何で知っているんですか」
【花嫁修業】。
このスキルは非常に珍しく、可笑しなスキルである。
まず効果だが正確な詳細は不明。
ただ花嫁修業の言葉通り、花嫁にとって必要なスキルがこのスキル一つに集約されている。
そしてスキルの所有者に師事を仰ぐと通常のスキルよりも上達するというものだ。
分かっているだけでも、掃除、洗濯、食事に裁縫は確実にある。
ただしその効果が続くのは花嫁として結婚するまで。
結婚をするとそれまでの修行で培った技術を元に変化するらしい。
次に取得者も女性オンリーな上にレアスキルなので100万人に1人いるかいないかレベル。
スキルチートの俺が取得できなかったスキルの一つだ。
まあ、何が言いたいのかというとフィルティアは【料理】スキルを持っているという事だ。
王女様であったため家事など必要なかった事とスキルの詳細が知られていなかった事で完全な死にスキルになっているけどフィルティアには家事の才能があるのだ。
「ついでにこのスキルはLvの高い人から師事を受けられるほど上昇率が増すからLv10の俺が教えればすぐに上達するはずだ」
「え? Lv10? え?」
一気に説明したけど理解できていないな。
もう一度説明するのも面倒……じゃなくて身体で覚えてもらった方が早いだろうから隣に立たせて料理を開始した。
「……なぁ」
「何?」
「なんでエリティアも来るの?」
「だって一人で待っているのは暇じゃない」
「そうやって見られると気になるんだが」
「フィルティアだって見てるでしょ」
「私は修行だそうですけど」
「じゃあ私も修行って事で」
「今まで何度も作っているけど一度も興味示さなかったのにな」
「それはフィルティアがいるからよ」
適当だな~。
「邪魔しないように少し離れていてよ」
まぁ、どうせスキルでやるから大丈夫だろうけど。
【料理】を使って見て分かった。
このスキルは不味い物を美味しくするようなスキルではない。
料理を開始すると同時に頭の中に料理の完成までの課程が流れ込んできて、身体は課程をこなすだけの技術を手に入れる。
あとは頭に浮かんだ通りに料理を進めれば完成する。
やろうと思えば満漢全席だって作れると思う。
「姉様、タスク様の包丁さばきは見事だと思いませんか?」
「そうね。鮮やかな手際だわ」
「私、あんな均一に切れる気がしないわ」
「良く手を切らないわね」
「次は魚ね」
「あれはサンマというらしい。綺麗に切れている。魔物の肉を一刀両断するのは出来てもああいうのは無理ね」
邪魔されなければ。
「2人とももう少し静かにしてくれ。フィルティアは次やってもらうんだぞ」
「真似できる気がしないんだけど」
「大丈夫だよ」
七輪に火をつけながら、サンマを乗せていく。
「美人の作る料理が不味いって事はないから」
「そうなの!?」
「味云々じゃなくて女性が自分の為に作ってくれた物を不味いっていう訳ないだろ。特に好意にしている女性が作ってくれたら尚更さ」
「そういうことなら頑張ります」
「おう。頑張ってくれ」
よく分からないけどフィルティアがやる気を出してくれたようで良かった。
「……ねぇ、タスク。私も料理覚えようかしら」
「エリティアはいいだろ。俺がいるんだから」
「そうだけど」
エリティアと長期で別れる事は今の所ないからできなくてもいいだろ。
「(私もタスクに美味しいって食べてもらいたいのに)」
「なんか言った?」
「別に。……いい匂いがしてきたわね」
「そろそろかな」
七輪から魚を取って中を確認する。
よく焼けてるな。
「じゃあ次フィルティアね」
そうして食事が出来た。
『焼き魚と野菜炒め』の完成である。
「「美味し~い!!」」
出来上がった食事を口に含んだお姫様二人は、幸せそうな表情になって頬張っていた。
「美味しい。こんな真面な料理何カ月ぶりでしょうか」
「元々素材が最高だったけど、料理されて更に美味しくなったわね。……駄目、手が止まんないわ」
二人とも美味しいのは分かったからもう少しゆっくり食べないと喉に骨が引っかかるぞ。
「……」
……さて
こちらも箸を進めないといけないんだよな。
目の前にある料理を再び見て汗が流れた。
焦げたというにはあまりに焦げすぎのサンマ。
もはや炭と言っても過言ではないレベルのものが置かれていた。
一瞬だけ目を離していた時にはもうこうなっていた。
なにかミスしたのかと思ったが違う。
次に作ってもらった野菜炒めはなぜか紫となった。
毒々しい見た目だ。
(……もはや料理が得意とかってレベルじゃないな。フィルティアは殺人料理の達人だったのか)
正直に言えば食べたくない。
しかしこの料理はフィルティアの手料理だ。
努力して作ってくれていたのも見ている。
そんな状態で下げるなんて真似は出来ない。
あとさっき女性の料理なら不味いと言ってしまったのもある。
(大丈夫だ。俺には毒耐性Lv10がある。仮にこれが毒になっていたとしても効果がない)
意を決して黒焦げとなった魚を口へと含んだ。
(っ~~!!!!!)
声を必死に漏らさぬように口を塞いだ。
「……ど、どう」
フィルティアが不安げに聞いてくる。
「美味しいよ。でも他の人にはまだ出せないから夕食も作ろうな」
「っ! はいっ!!」
フィルティアに感想を言った後、勢いよく残りを口へと掻き込む。
それはもう傍から見たらエリティア達と同じで箸が止まらない状態だ。
「ご馳走様」
「お粗末様」
「……ちょっとトイレに行きたくなったから先に戻っているわ」
「それじゃあ私も」
「いや、フィルティアはゆっくり食べて腹を休めてからでいいよ」
一緒に行こうとするフィルティアを拒否し、重たい身体を持ち上げて頭の痛みに耐えながら部屋へと出た。
これで何とか男としての面目は保てた……。
最後にフィルティアの後ろでご愁傷様と手を合わせているエリティアの姿を思い出して…………ぶっ倒れた。