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47話 盗賊の頭

 話し合いが終わり各班長が戻って準備を始め出したのだが、一部の者は準備が終わるとブルータスの部屋に訪れていた。


 ブルータスは彼らが来ても驚く事なく招き入れる。


「魔族が攻めてきたらしい。このアジトは捨てる」


 ブルータスは先程まで言っていた事とは真逆の発言をした。


 驚く事はない。

 ブルータスは最初からここに来た二人以外を自分達が逃げるまでの時間稼ぎの駒として使っただけだ。


 この洞窟には出口が二つ存在する。

 一つがブルータスの口車に乗って魔族の元に向かって行った場所。

 もう一つはブルータスの部屋の隣にある薬草部屋の棚の裏に隠すように存在した。


 この抜け道は幅が狭く大人一人通るのがやっとである。

 体格の大きいものの多い魔族ではこの狭い通路を通っておってこれない場合が高い。


 二つ目の出口の事を知っているのは4人。

 ブルータスとここへと来た二人。

 そして先代盗賊団頭カエサルだけだ。


「ブルータスさん。女達はどうするんだ? 魔族達は女を置いていけって言ってきたんだろ?」


「魔族が女の人数を知っている訳ないだろ。持って行ったって問題はねえよ。欲しい女でもいれば連れて来い。ただそれで魔族に見つかってもいいならな」


 配った女達は全員男達の性欲処理に耐えきれずに精神を病んでしまっている。

 生きてはいるが、目は死んだようになり、声を掛けても、叩いても、犯されても何の反応もしない人形のようになってしまっている。

 なので連れていくには背負っていく事になる。

 ここからの脱出に成功しても安全ではない。

 お荷物を抱えながらの旅をする気は男達にはなかった。


「それでここから出てどこに向かう?」


「取り敢えずこの国にはもう安全そうな場所はねえし、他の国の有名どころの盗賊団のアジトを探すのが妥当だろ」


「ならさッさと行こうぜ」


 捨て駒達が足止めしてくれるとは言っても魔族相手ではどれだけ役に立つか分からない。この抜け穴だってすぐに魔族に見つかり追手が放たれる可能性が高いからさっさと逃げよう、を一言にまとめて一人が我先にと隣の部屋に向かう。


「先に言っていろ」


「ブルータスさん?」


「言っただろう。女を連れていくのは構わないと。俺は連れていきたい女がいるんでな。あいつを回収してから行く」


「あ~、了解だ。先に行っている」


 もう一人も納得して部屋へと出ていった。


 それを見送ってブルータスは隣の薬草部屋とは逆方向にある向かって行った。

 ブルータスの部屋にはベッドがない。


 出口である薬草部屋に一番近い部屋がベッドを置けないほど狭かった。

 野宿に慣れているのでベッドなどなくても寝る事が出来た。


 最初はそんな理由だった。


 しかし一人の女を専用の奴隷にしてからその部屋で寝る様になっていた。


「なんだ」


 洞窟内を進んでいくとブルータスの耳に音が聞こえた。

 最初は入り口に向かった足止め連中が近くに来たのかと思ったが、その声はブルータスの目指す場所から聞こえているようだった。


「この状況で自分の事意外に頭の回る奴がいるとは思わなかったな。部下共は締め上げていたんだが手を出す馬鹿がまだいやがったか」


 頭の中で憤怒が煮えたぎって歩幅が僅かに広がった。


「まぁ、いい。どうせ魔族の足止めも真面にしないだろう。役に立たない奴は俺の手で殺してしまおう」


 そのまま音のした部屋につけられた扉を開いた。




「どなたですか?」


「俺はタスクだ」


「……新しく盗賊になった方ですか? 私に手を出せばブルータスが貴方を殺してしまいます。ここへ来たことは黙っておきますから今すぐこの部屋から出られてください」


 盗賊団の目を盗んで部屋へとやってきた。


 部屋の中にはベッドが一つだけ。


 フィルティアには首に奴隷の首輪が装着され、足首には逃げられない様に鎖が繋がれている。


 身体の方は……随分と体を洗う事もできていないのだろう。

 肌は土埃で汚れているし、張り感もなくなってしまっている様に見えた。

 髪の毛も荒れてしまっている。

 顔はエリティアを少し幼くした感じの綺麗な顔立ちなのに瞳はどんよりと濁っていて生気が感じられない。


 返答する声はとても弱々しいものだったのもあり、全てに絶望して諦めているのだとすぐに察することのできる印象であった。

 入ってきた者は全員自分を傷つけるのだと信じて疑っていない。


 まるで死刑囚のようだ。


「単刀直入に用件を言おう。俺は君の事を助けに来た」


「申し訳ありません。私はこの通り鎖で繋がれてしまっているせいで部屋から出ることは出来ません。それに出れたとしても奴隷の首輪を嵌められた私はブルータスからは逃れられないのです」


 助けに来たと言ってもフィルティアはやんわりと申し出を断ってきた。


「ブルータスが怖いのか?」


 フィルティアの表情に恐怖が浮かんだ。

 それから怯えたように首を振った。

 一瞬で脂汗が滲み出ている。


「彼は自分に敵対する人に容赦がありません」


 自分に何かする恐怖もない訳じゃないが、それ以上に他者に対する容赦のない拷問の方が恐怖しているようだった。


「ブルータスの強さは知っている。でも安心していい。俺はブルータスよりも強い。彼が何をしてこようともあなたを必ず守ります」


「……」


「もう一度言います。俺は君を助けに来た。もし今の状況から逃げ出したいと思うのなら手を取ってくれ」


「……」


 フィルティアは差し出した手を見て迷っていた。

 それでも迷いながら俺の手を握った。


 もう一言ぐらい安心させる言葉を言おうと詰め寄ろうとした。


「――――なるほど、お前は俺を裏切るんだな」


 しかし他者の声がそれを阻んだ。


 後ろを振り返ると鋭い眼光でフィルティアを睨むブルータスの姿があった。


 探索でこちらに向かっていた事は確認していた。

 扉に来てすぐに入ってきたのでどんな話をしていたのかを聞いてはいない筈だがフィルティアが俺の手を取っているのを見て状況を察したようだ。


「お前は誰だ。どうやって入ってきた? 俺の女に手を出してただで済むと思っているのか」


「誰だ、とは酷いな。ついさっきも話したじゃないですか」


「なにっ?」


 【擬態】を発動して先程と同じ見張り役の一人に化けた。


「お前は!? じゃああの伝言は」


「俺が言いに来たんですよ」


「じゃあ魔族が攻めてきたのも、入り口の刺客も嘘か!」


「魔族が攻めてきたっていうのは間違ってはない。入り口に向かった奴らなら相棒がしっかりと相手してくれている」


 殺した門番は魔王ブローに擬態した状態で襲った。

 魔族として攻めてきたと言っても間違っていないので嘘は言っていない。


「それより酷いですね。俺は言いましたよね? 女を置いていけって」


「俺を前にして随分と余裕じゃないかガキ」


 ガキとは酷いな。

 こっちの世界だと15で成人だろ。

 年齢が下がったって言っても成人にはなってるんだぞ。


 そう言っている間にブルータスは武器を抜いた。


 ブルータスの武器は事前調査の通り全長30cmのダガー。

 装備は軽装備の皮鎧。

 見張りとは対照的に騎士上がりとは思えない見事なまでの盗賊スタイルだ。


 相手が戦闘態勢に入ったのでこちらもアイテムボックスから武器を取り出した。


「まさかお前もダガー使いだとはな」


「お前と一緒にしないで欲しいな」


「そうだな。同じダガー使いなら負ける気がしねえよ」


「そういう意味じゃあないんだが。まぁいいか。それより無駄話も終わりにしてそろそろ死合うとしようか」


 ダガー片手に姿勢を低くして――――戦闘姿勢に入った。


「元エリカーサ王国第十二遊撃中隊ブルータス・ロッシーニ。いくぞ」


 口上の叫び声と共にブルータスは踏み込んできた。


 距離を一瞬で詰めてきて上段からダガーが振り下ろされる。

 ダガーであっても上段から力を込めた一撃であれば剣と変わらぬ威力を持つ。

 同じダガーで受け止めればこちらの方が折れてしまう可能性があった。


 とは言っても持っているダガーは保管庫にあった超一流の武器。

 ブルータスの持っているダガーよりも何段階も上の武器だ。

 この位なら簡単に受け止めてくれる。


 そしたら空いている腹部に蹴りを打ち込めば初撃を完璧に受けきったことになる。


「はぁぁあ!」


 ダガーで受ける瞬間、ブルータスのダガーは動きを止め、の初撃よりもスピードの増した突きが喉元に迫ってきた。


「フェイントっ!?」


 慌てて身体をバク転させてダガーを避けた。

 体勢が僅かに崩れたところを間髪入れずにブルータスが迫る。


「"大蛇斬撃"」


 ダガーの先端が不規則な動きをしながらの頭部を狙う。

 本来ならこのまま頭部を突かれて絶命。

 反応できても不規則な動きに防御が間に合わず重症。


 だが肉体的な差が間に合わないと思った斬撃に反応しただけでなく不規則な動きまで視認して軌道上にダガーを割り込ませた。


「これを受け止めるか」


 ブルータスは評価を上昇させると当たるか分からない一撃での大ダメージではなく連続性のある攻撃で少しでもダメージを与えられるように変えてきた。

 だが初撃程の衝撃はない。


 ダガーの扱う練度はエリティアよりも上でも速度がそれ以上に低い。

 だから避ける事は容易だ。


 しかしこちらの攻撃もなかなか当たらない。

 身体能力の差を武器の技量の未熟さが完全に消してしまっていてブルータスに先読みされてしまうのだ。


 つまり二人とも決め手に欠けた。


「ちっ、ダガーの扱いは新兵レベルのくせになんて身体能力してやがる。このままじゃあ埒が明かねえ」


 先にこの状況に焦れたのはブルータスだった。


「身体能力差があるのならそれを埋めさせてもらうぞ。【疾風】」


 ブルータスの使ってきたスキルは速度強化系のスキルでエリティアの使った電光石火と同じスキルだ。


「舐めるな。補助魔法『速度低下』」


「武技"疾風一閃"」


「"城壁"」


 ブルータスは速度強化してすぐに速度のある風の纏った武技を使用したが、その前に速度が弱体化した事で動きは強化前と大して変わらない。


 それを防御系の武技で受け止めた。


(よし成功)


 スキルや魔法と違って、技は熟練度によって発動の有無が決まる。

 熟練度がないと発動しないし、仮に転移前に取った技でもまるで機械のように綺麗な動きをするだけだ。

 だからきちんとした形での技の発動に内心で喜んだ。


「っ!?」


「今度はこっちの番だ」


「【硬化】っ」


 弱体化に驚き一瞬のスキが出来たブルータスに一撃を食らわせようと蹴りを放ったが、今度は防御系強化スキルを使ってダメージを軽減された。  

 その後のダガーでの追撃は相変わらず簡単に防がれてしまい連続攻撃には移れなかった。


(攻防が止まった時はし切りなおした方がいいって言ってたな)


 攻撃の芽が潰されたのを悟って魔法とスキルを使った攻防は終わったと判断して一旦後ろに下がって距離を取った。

 ブルータスも距離を取りたかったのか追撃してこない。


「お前何をした」


「なにって強化スキルを使おうとしていたから弱体化の魔法でプラス分を失くしただけだ。こちらのマイナスの方がちょっと効果が強かったようだけど」


 スキルを使えば状況が好転すると確信していたブルータスは逆にやられたことに苛立ちとを覚えていた。


「【上位筋力強化】、『能力上昇』!!」


「『筋力低下』、『重力の枷』」


 他のスキルだけでなく魔法も使って強化を試みたので両方とも相殺した。


 ブルータスのスキルにこれ以上の能力向上スキルや魔法はない。


「なんなんだ。お前はっ!! こっちの強化を悉く邪魔しやがって」


「いや、強化すると分かっていてそれを許す方が理解できないだろ」


 やられると嫌である事は分かるが、だからと言ってこっちに怒鳴るのは筋違いだろう。


「スキルを出し切ったのなら第二ラウンドと行こうか」




 ブルータスは焦っていた。

 能力差を広げなかったというだけで技量差は相変わらない。

 最初と状況だけなら同じだと言える。


 だがブルータスは手の内を全て見せた。

 そんな状況で勝てるかどうか分からない戦いに出る事にブルータスは躊躇った。


 こんなはずではなかった。

 ダガーを手にして戦闘態勢に入った姿勢を見ると新兵と大して差がない。

 だから余裕で勝てる相手だと見誤った。


 ただ実力差で当たらないのなら納得がいく。

 

(だがこいつは違う)


 身体能力が高く単発での攻撃では効果が薄いと分かってから虚実を織り交ぜた連続攻撃に攻め方を変えた。

 仕掛けるフェイントに悉く反応している。

 完全な戦闘の素人の動きだ。

 ダガーという武器を使いこなせていない。

 実戦経験も感じられない。

 戦い方からは負ける要素なんて微塵もない。


(なのになぜ今俺の方が追い詰められているっ!?)


 分析と結果がかみ合わない。

 自分が追い詰められている理由が分からなかった。


 ただこのまま戦闘を再開したら不味いということは分かる。

 生き残る為ならとブルータスはここにきてフィルティアを連れていくのを諦めた。


 そしてどうやったら逃げられるのかを思考する。


 逃げ場は薬品室にある隠し通路。

 走れば1分も掛からずにつく。

 だが普通に逃げたら身体能力が上回っている相手に後ろから刺される。

 それに体格の大きい魔族なら隠し通路まで逃げれば済むが、相手が同じ人間では振り切らない限り追われる。


 生き残るには隠し通路に行くまでの時間終われない状況を作った上で隠し通路の道を崩して後を追わせないようにする必要があった。

 どう考えても現実的ではない。

 そもそもブルータスにそれが出来るだけの手札はなかった。


 ブルータスの残されている手札は――――。


「待ってくれ!」


 今にも戦闘を再開しようとするのを大声で止めに入った。

 声を出したお蔭で今にも突撃してきそうだった姿勢が元に戻り、視線を向けて話を聞く姿勢に変わった。

 それがブルータスには向こうも交渉をしたかったのだと思わせる。


「取引をしないか?」


「取り引きね。お前に俺の望む物が払えるとは思わないが」


 状況が優勢であることを理解しているからか相手は強気だ。

 実際その通りなのだからブルータスも一々苛立ったりはしない。


「まずこちらの要望だが……俺の命を保証しろ」


「まぁ、当然の要求だな。しかしいいのか? 俺はてっきりここから逃がしてくれというと思ったが?」


「……もちろんそれが出来ればそうしたいが、まずは命の保証だ」


 生かしてもらえれば今後の活路が開けるかもしれない。

 無駄に大きな要求をして交渉が決裂するよりも最小限の成果をブルータスは選んだ。


「こちらからは……そこの女の奴隷の首輪の解除だ」


「なるほど」


 こちらの交渉の手札を聞いて何か考え込む姿勢になった。

 戦闘態勢が解除されて無防備だ。


 だがブルータスは攻めない。

 ここで攻撃して殺せなければ交渉は無かった事になり、自分の生き残れる可能性が低くなる。

 それよりも自分の手札がいかにいいかを話した方が賢い。


「その女に嵌められている奴隷の首輪は上位の解除魔法でないと外れないほど強力な契約がかけられている。外すには主人になっている俺が必要だ」


「続けろ」


「その女はエリカーサ王国のお姫様だ。美姫フィルティア。名前ぐらい聞いた事があるだろ?」


 返事はないがフィルティアの美しさは他国にも知られている。

 この国の物であったのなら平民でも知っていると話を続けた。


「お前も男だ。こんないい女を自分の物にしたいと思うだろ? なんならお前専用に奴隷の首輪をかけてやってもいいぞ」


 まだ反応がない。

 これでもまだ押しが足りないのか。


「何か不満があるのか? こんな世界だ。まだ正気でいる女なんてそうはいない。それに凄く気持ちいいぞ。いい声で鳴くし、締まりもいい。お前も絶対気に入ると思うぞ」


「くはははは!」


 今まで反応がなかったのに夜の方もいいと教えると高らかに笑い出した。

 そのタイミングに好感触を掴んだかに見えた。


「胸も小さくて手のひらに収まって感度も良好なんだ。それに最初の頃は嫌がっていたが、今では簡単に濡れ――――」


「黙れ」


 ブルータスの言葉が強制的に止められた。

 それだけでなく身体も言う事を聞いてくれない。


 これは【言霊】による強制力に【威圧】の押さえつける力を組み合わせた『言語の重圧』というオリジナルであるため、ブルータスは自分が気圧されていると思い込んだ。


「最初から交渉などする気はなかったとはいえ聞くに堪えない要求だ。……お前は生きる価値がない」


 ブルータスは怒っているという事は理解できたが、一体何に対してこんなにも怒られるのか分からなかった。

 男が女を支配して何が悪いのか。

 性欲のはけ口にしたって普通だと思っていた。


「そうか。既に何が間違っているのかすら認識できていないのか。……なら仕方ないのかもな」


 一体何を言っているのかブルータスは分からない。

 ただ自分の事を哀れな目で見出した事に無償に腹が立った。


 だが言葉を出す事ができない。


「本当は勉強させてもらった礼としてお前には慈悲ある戦士としての戦いの末に殺してやろうと思ったが、気が変わった。圧倒的な力の差を感じさせながら絶望の末に殺そう」


 喋り終わったと同時に身体が動くようになった。

 『言語の重圧』の効果が切れた。


 しかしブルータスは嫌な予感から効果が切れた後も動けなかった。

 キレてから醸し出す雰囲気が変化した事を瞬時に感じ取り、その雰囲気が魔族を相手に敵対した時の危険を報告するものだったからだ。


「いいのか。俺を殺せば奴隷の首輪は」


「そんなものどうとでもなる」


「フィルティアを自分の物にしたいと思わないのか?」


「ああ、思わないね。彼女は誰の物でもない自由になるべきだ」


「理解できないな。女を自由にする意味がどこにある。女なんて男を奉仕するための存在だろう?」


 一部のイレギュラーを除き女という存在は戦えない弱者。

 弱者が強者の為に働く事は当然の摂理。


「もういい。話し合いは終わりだ」


 話しても無駄だと判断して持っていたダガーをアイテムボックスに戻した。


「どういうつもりだっ!?」


「言っただろう。慈悲の時間を終わりにしたんだよ」


 するや否や【後ろの正面】を発動してブルータスの背後を取った。

 ブルータスは歴戦の戦士だがエリティアほどの勘はなかった。

 無防備になった背中にいつの間にか手に持った双剣が牙をむく。


「"双剣乱舞"」


「――――がはっ!?」


 背中の痛みにようやく転移に気づいたブルータスは痛みに呻き声を上げたが、そこは流石歴戦の戦士。

 痛みに耐えながら反転して追撃を受け止める。

 武器は変わったがやはり素人。

 受けきられた事で後方に下がり防ぎきれたと思った。


 しかし次に見たときには双剣が消え、代わりに8本のナイフに変わっていた。


 ナイフと言っても使う用途は接近戦用ではなく、投擲。

 8本をブルータスに向かって投げつけた。


 離れたとはいえそれは近接武器としての間合いであって遠距離武器で見ると至近距離だ。

 その上、完全に虚を突かれたブルータスでは満足な対応もできず腹部にナイフが刺さった。


 ブルータスは状況の変化に追いつけず、とにかく距離を取ろうとして顔面を分銅で叩かれた。


「ゲバぼっ!?」


 ブルータスの顔は赤く腫れあがり整った顔が台無しになる。

 当てた分銅を引き戻して手元に戻すと"鎖鎌"をアイテムボックスに戻した。


 ブルータスは地面に倒れた所で攻撃が止んだ。


「やはりアイテムボックスはチートだな。でもこの戦い方だと武器の扱い方が素人でも通用するってのが分かったか」


 不味い。

 腹部の傷も、張れた顔もかなりの痛みを訴えてくるが、ブルータスはその痛みを押し殺して立ち上がった。

 このままでは殺される。

 何としても生き残るための方法を探さないといけない状態で寝てはいられなかった。


「ぐぞっ、てめえ一体いくつの武器を仕込んでやがるんだ」


「さあな」


 なにか。

 何か生き残る方法はないか。


 ブルータスは戦い方に文句を言って時間稼ぎをしながらとにかく考える。

 そしてこれしかないと思い至った。


「何余裕でいやがる。俺はまだ戦えるぞ」


 ブルータスはそう言って突撃した。

 ……と見せかけていきなり角度を変えた。


 狙ったのは――――フィルティアだ。

 ブルータスはフィルティアを人質に逃亡しようと考えたのだ。


 いきなり向かってきたブルータスにフィルティアは逃げようとしたが、鎖で繋がれた足がそれを許さない。


「戦うふりをして女を人質にする。屑の考えそうな事だな」


 だがブルータスがフィルティアに近づく前に進路をふさがれた。

 反応してからでは間に合わないタイミングで切り返したのに追いつかれたのは考えを読まれていたからだ。


 生き残ろうとする者が考える一番安直な行動だ。

 読まれて当然だろう。


 ブルータスの表情に恐怖が浮かんだ。


「さてこれが最後だ。宣言通り最後に圧倒的な差を見せてやる」


 人質を取る事を止められた瞬間から更に危険信号が警報を鳴らした。


 鳥肌が立つ。

 逃げるのは無理だ。

 ならせめてとブルータスはもう一度戦おうとダガーを握り直し――――。


 そこでブルータスの意識は永久に闇へと消えた。

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