46話 兆し
準備の終わった男達は完全武装した格好で洞窟の入り口を目指した。
一本道の通路を隊列を組みながら進んでいく。
いつどのように攻撃されても対応出来る様にお互いの視覚を補いながら油断なく歩を進める。
進んでいる通路は洞窟内でも広く高い。
巨人族とは言わないまでも中型の魔物ぐらいなら難なく歩けるほどだ。
通路は洞窟とは思えないほど奥まで見る事が出来る。
洞窟の壁には発光石が含まれている。
そのため夜の街灯程度の明るさはあるため松明は必要ない。
取り敢えず敵の姿はないと判断した戦闘の男が手を挙げると全体が停止した。
全体的に静まり返ると奥の方から音がなった。
「全員1体ならすぐにでも抜刀できる準備をしておけ」
足音は数歩歩いたところで止まった。
この先の通路を進むとこの通路よりもさらに開いた空間に出る。
敵はその場所に陣取ったものと予想できた。
「進むぞ」
聞こえた足音は一つだけだったが、もう一人が飛行しながら移動している可能性もある。
先程までと同じく警戒を解くことなく足音が聞こえた方向へと進んでいった。
空間が開いていくと空間の中央に敵の姿が確認できた。
その姿を見た『カエサル』の面々は驚きを浮かべた。
目の前にいたのは狐の型をした仮面を着けたメイドであった。
貴族が侍らせるメイドの格好に不釣り合いな見慣れない武器を携えている。
「返答を聞くわ。大人しく女性とアジトを明け渡すのなら見逃す、拒否するならここで殺す。あなた達の選択を答えなさい」
全員が揃ったのを確認するとメイドは淡々と質問を飛ばしてきた。
だが答える者は誰もいない。
それよりも衝撃な事で思考が奪われていた。
「お、女?」
「まじで女だ。おい、あれはどう見ても魔族には見えねえぞ」
「仮面で顔は隠しているが、人間なのは間違いねえな」
「となると魔族に堕ちた女か?」
「この感じ。太っているが、顔は美人と見た」
口々に盗賊達は感想を述べる。
さっきまでの緊張感が和らいでいた。
「魔族が来たっていうからどんな化物が来るんだと冷や冷やしたが、来たのは人間の女一人だけ。それも使用人の衣裳って俺達と別の相手をしようってか」
盗賊達は違いねえ、と頷きあいながら不快に嗤う。
視線も先程までは覚悟を決めたいい目をしていたというのに、今は卑猥な視線で見つめるばかり。
「しかしメイドって。戦闘には似合わなすぎるだろ。センスを疑うわ」
「……ええ、そうよね。私もそう思うわ。面積少なめの肌の露出度が激しかったビキニアーマーもどうかしていたけど今度はメイドアーマーって。ビキニアーマーに比べれば着心地はいいし、肌の露出は少なくて全体的な恥ずかしさは減ったけど、その分胸元とかロングスカートの裂け目から見える生足とかが強調されているのよね。これも一応保管庫の中にしまわれていた装備だから一級品の素材で編みこまれているんでしょうけどビキニアーマーといい一体どこの誰がこんな装備を作ったのよ」
盗賊の感想に同意するようにエリティアは自分の装備に文句を垂れた。
性能重視でタスクが選んだ装備は本当に性能面だけは見事の一言なのだが、どうしてこうも真面な外観から離れた物ばかりなのだとエリティアは若干ストレスを溜めていたようだ。
「答えはまだ返って来ていないけどその様子からして交渉は決裂なのでしょう。こちらの準備は終わっているからさっさと始めるとしましょう」
エリティアは足幅を若干開いて戦闘態勢に入った。
「こんな人達だとは思わなかった。本当はあなた達を殺す事を渋っていたのよ。なんなら見逃してあげてもいいかなって。でも止めたは全員この場で殺してあげる。だから死ぬ気で掛かって来なさい」
まだ武器を抜いてすらいないエリティアからの上から目線の言葉に盗賊達の反応は二分した。
その大半はメイド服を着た女が一体何を言っているんだという失笑。
しかし少数のある程度の実力のある者達はエリティアから放たれる重圧に震えていた。
この女は本当に俺達全員を相手にしないと勝てない。
そうまだ女の実力を理解できない味方に注意しようとするが遅かった。
「先手頂きっ!!」
先頭にいた二人が飛び出してエリティアを捕らえようと襲った。
「「ぎゃあああぁぁっっ!!」」
そんな二人の手をまるで汚い触手が近づいてきたかのように避けてすれ違いざまに腹を斬り裂いた。
一人はざっくりと斬られて絶命。
もう一人は命を失わないが助からないギリギリに留められている。
そいつはエリティアに対して太っている発言をした盗賊であった。
しかし斬られた箇所は盗賊達からは見えない為、斬られた本人達以外は彼らの状態に気付いていない。
「おいおい女相手に二人掛かりでなんて体たらくだよ」
そのお蔭で木偶の坊一人がまた何の捻りもなくエリティアに近づいて攻撃してくる。
「遅すぎ。本当にこれで攻撃してるの? そう言えばこの男は図体ばかりでレベルは全然だったっけ」
男は棍棒を振り下ろすと同時に身体も地面に倒れ込んだ。
しかし今度はエリティアが攻撃していたことを全員が理解できた。
そしてここでようやく一人が声を張り上げた。
「ぜ、全員構えろ! こいつは人間じゃねえ人の姿によく似た魔族が人間のフリをしているだけだ」
「失礼ね。誰が魔族よ」
エリティアの事を魔族だと見当違いな事を言っているが盗賊側に緊張感が戻った。
まだ半信半疑の者も含めて全員がエリティアの動きに集中している。
「もうこないの? ……」
「うぎゃああぁぁっ!?」
「全員が警戒しているからと一瞬気を緩めたわね。細心の注意を払って僅かな隙も作らない様にしなければ私を止めるなんてまず無理よ」
警戒態勢の中で盗賊が一人斬られた。
しかも手首を斬られただけで命は絶っていない盗賊に対してエリティアは注意をして余裕を見せている。
そんなエリティアに長槍持ちが突きを出すが、
「重心バラバラで速度も遅い。その上相手の体のどこかに当たればいいやという人事の尽くしていない最悪の突きね」
文句を言われながら槍を細切れにされた。
タスクからの情報で遠距離攻撃できる相手を知っている。
この盗賊団に所属している団員の中で魔法を使えるのは12人。
その中で攻撃魔法が使えるのは3人だけ。
それ以外の遠距離武器は弓使いが5人。
エリティアはこの計8人を警戒しつつ後は近づいた敵を片っ端から斬っていく為迷いがない。
「よっと」
「あがぁぁっ!?」
焦って魔法を放ったはエリティアの避けた先にいた仲間に攻撃が当たった。
「単独で攻撃しても意味はない。前衛が盾で動きを止めて、その間に長物で足を攻撃するんだ。いくら強くても動きを封じてしまえばやりようはいくらでもある。遠距離攻撃は包囲から逃げる瞬間を狙うんだ」
このまま終わってしまうかと思われた所で先程エリティアの事を魔族呼ばわりした男が洞窟中に響く声で指示を飛ばした。
すると先程まで統率なのかった盗賊達の動きに連動性が生まれた。
男性は女性よりも力の伸びが高く、筋力系スキルのを取得しやすいというのは多くの国で立証されている。
敵を圧倒的な格上だと認識を改めて自分達の優位な土俵に持ち込めるように作戦を伝えて攻撃に連携を産もうとしたようだ。
盗賊の何人がその事を察しているのかは分からないけど指示に全員が従って動き出した。
しかし残念だ。
「【下位筋力強化】Lv6」
「【下位防御強化】Lv8、【上位筋力強化】Lv3」
「【硬化】Lv3、【上位速度強化】Lv7」
前衛が身体能力を向上させていく。
『ぎゃああぁぁぁっ!!?』
360°全方位囲まれた瞬間に回転し、余裕の生まれた盗賊団の希望を奪う様に囲っている男達を盾ごと切り裂いていった。
前衛が崩れて陣形は瞬く間に崩壊し、空いた隙間から包囲を脱出。
狙っていた弓使いの一人の顔を踏み台にして跳躍すると壁を走って敵の包囲から完全に抜けきった。
そして今まで前衛の後ろで隠れていた後衛三人を斬り捨てる。
先程の戦術ではエリティアを止める事が出来ない。
「馬鹿なっ、壁を走るなんて本当に化物かっ!?」
正確には壁を走っているんじゃなくて跳ぶ。
壁にある凹凸に足をかけて次の足場までジャンプしているのが走っているように見えるだけで重力に背いて走った訳じゃない。
「くそっ、兎に角奴に攻撃を当てて動きを鈍らせるんだ」
「【下位筋力強化】Lv8、『一角鹿の一撃』」
「【下位部分強化】Lv5、『双蛇流剣・亜種』」
「【上位筋力強化】Lv5、『剛腕無双・豪拳』」
盾で止められないのならと技を使用する。
「大層な名前を使っているけどどれも本家本元から追い出された技じゃない。こんなの避ける必要もないわ」
下段から掬い上げる様に迫ってくる『一角鹿の一撃』を片足で踏みつけて粉砕、双剣による不規則な動き無視して刀で一掃、最後にきた『剛腕無双・豪拳』の拳は手の平で正面から受け止めた。
「【上位筋力強化】を使っている割には重みのない攻撃ね」
「ば、化け物」
受け止めた拳への衝撃の少なさに落胆しつつお返しとばかりに顎へのアッパーを叩き込むと体重差が倍もある男が宙を浮いて飛んでいった。
(いまだっ!!)
技を三つ受けたエリティアはその場に留まっている。
それこそ盗賊達の狙い通りだった。
仲間を盾にしてエリティアの死角を取った一人が攻撃する。
その攻撃を見た全員が決まったと確信した。
盗賊の攻撃の直前エリティアは悪寒が走った。
近距離も遠距離も攻撃する者はいないにも拘わらず襲ってくる悪寒にエリティアは従った。
無理矢理体を捻ってその場から離れるとエリティアの視界には驚愕の表情を浮かべる盗賊の姿が映った。
「あ、あり得ん。無音の完全に死角からの攻撃だぞ。なんでそれが避けられる」
発言から言って何らかの攻撃をしたのだということは分かるが、一体何を避けたのかエリティアは分からずにいた。
ただエリティアが避けた直後に攻撃した覚えのない男が一人倒れていた。
その男をよく観察すると小さい針が額に刺さっている。
(あれは毒針!? タスク、聞いてないわよ)
盗賊団が行ったのは死角からの吹き矢による攻撃。
この吹き矢は致死性の毒針ではなく即効性の痺れ針。
その用途は戦闘ではなく食料調達などの生け捕り捕獲で使われる。
そもそもこの毒針では魔族の厚い皮膚を貫く事が出来ずに終わってしまうので武器としては需要がない。
だからタスクも武器として記載漏れが起こってしまった。
「流石にこの数を相手にするのはちょっと面倒ね」
エリティアには吹き矢に関しての情報がない。
どれだけの量があるのか。
何人が所持しているのか。
射程距離は?
他にも隠し武器があるかもしれない。
そういった事を警戒しながら戦うと先程までのような戦い方は出来ない。
「隙ありだぜ」
動かずにいるエリティアに対して横から巨大なハンマーを振り被ってくる攻撃を受けると洞窟内に金属音が響く。
叩きつけてきた相手はそのまま後退して集団の中へと混じる。
「ありえねぇ。今の音を聞いたか。俺のハンマーとあのメイド服の硬度が同じっておかしいだろっ!?」
攻撃を受けたエリティアは無傷だ。
盗賊は同じと言ったが、実際はエリティアの装備の方が格段に硬質である。
メイドアーマーという見た目に騙されがちだがあの装備の素材は特殊なカイコから獲れる『金剛絹』で編みこんでいる。
金剛絹の真骨頂は魔力に対抗する抵抗力である。
とはいえ物理防御力もそこらの鎧よりも格段に上。
本来、盗賊団の持っている武器ではメイドアーマーを傷つけることなど出来ないのである。
ではなぜエリティアは態々避けたり武器で防いだりしたのか?
それは二つの理由からエリティアが今回の戦闘に制限を掛けたため。
一つ目は刀での戦闘スタイルに慣れる練習。
刀での戦闘では攻撃を受けるのではなく避けるを基本にする。
盗賊の攻撃は容易でも魔族の攻撃はいくら高性能な装備で守ろうと完全に無力化することは出来ない。
変に高性能な防具に頼ってしまう癖が出来たらいけないのだ。
二つ目が【直感】、【先読み】、【並列演算】以外のスキルの使用を禁止。
エリティアはステータスを見せた際に育てる様に言われた三つのスキルを素直に育ててLvが上がっていた。
しかし納得をしたわけではない。
飽くまで認識阻害】で一杯食わされた経験から従ってみようと思っただけ。
本当に使えるスキルなのか確証を欲していた。
王都での魔族との一戦では使う余裕が無かった。
はぐれスライムは戦いというよりも一方的な狩りだったため特に使う場面がなかった。
だから盗賊は手ごろな相手だったのだ。
圧倒的な格下。
多少の誤算なら簡単に覆せる相手。
そして死に物狂いで向かって来る実践の場。
エリティアはこの戦いで三つのスキルを見極めようとして、結果あの回避に繋がった。
あの時に発動したのは三つの内【直感】のみであったがエリティアにとってそれだけで十分な成果だった。
「さて、少々遊びが過ぎたわね。盗賊相手に勝てる望みを与えるのも許せないし、終わりにしましょうか」
エリティアは考えた末に刀を鞘へと仕舞った。
「何の真似だ」
武器をしまった事に盗賊達は困惑する。
毒針に恐れをなして降参するという雰囲気ではないし、状況の流れ的に押されていたのは盗賊達の方だ。
「言ったでしょう」
エリティアはその問いかけに返答した。
「全力で抵抗しなさい。そうしないと一瞬で終わるわよ」
エリティアの雰囲気が変わった。
先程までのまだ何とかなるかもしれないという雰囲気から圧倒的な強者の雰囲気に――――。
「【電光石火】」
その瞬間、前列にいた盗賊達の時間は驚くほどゆっくりになったという。
風が巻き起こったと思ったら自分の目の前にはエリティアがいて倒れる頃には周りにいる仲間も全員斬られた姿になっていた。
中列以降の者達は突然の土埃に視界が塞がれ前列がどうなったのか確認できない。
しかし唯一仲間の生存を確認できる音は、盗賊達がまるで合唱でも歌っているかのように悲鳴を響かせてまだ声を上げていない盗賊を震え上がらせた。
「何が――――」
そして次の瞬間には中列も斬られる。
手足、首果ては鎧まで斬って斬って斬りまくっていく。
逃げる暇さえ与えずに事態に気づいた後列が途中で助けを懇願したが、切り結ばれた。
大量に飛んだ血が舞っている砂埃に付着して世にも珍しい赤い霧を作り出す。
そして走り始めてから数秒で盗賊達による悲鳴の合唱は聞こえなくなり、砂埃が重力に従って落ちていくと通路にはエリティア以外誰も立っていなかった。
「あっけないものね。誰一人私に反応できないなんて」
再び同じ場所に立ったエリティアは周囲を眺めて溜息を吐いた。
その後、返り血の付いた顔で斬った盗賊の中に生き残りがいないか確認しながら数を数えていく。
「人数が足りない。……それにブルータスの姿もないわね」