45話 襲撃
盗賊団『カエサル』の頭ブルータスはエリカーサ王国の男爵家の次男として生を受けた。
ただし貴族の家庭とは言っても領土も無ければ金もないような没落貴族。
街の商人よりも貧乏な生活に、物心ついた段階で10歳以上歳の離れた兄が家督を継いだため予備としての役割も終わっていた。
ただの穀潰しのブルータスを養う気はさらさらなく7歳で国軍養成機関にぶち込まれた。
幼かった当時、勇者や英雄に憧れて騎士を目指して日々鍛錬をしていたブルータスは国軍養成機関だと聞かされて父が夢を後押ししてくれたのだと嬉々して入学した。
だが国軍養成機関は地獄のような場所であった。
魔族の戦争が始まって数百年。
国は常に兵士を募集しており、特に幼少期から国のために死ねる人間を欲していた。
その為、国軍の養成機関は志願した者には多額の資金が支払われる。
つまりブルータスは夢を後押しされたのではなく、食い扶持を減らせるだけでなくお金も貰える上に良心が痛まない方法で売り飛ばされただけだった。
それから5年は地獄だった。
親から見放されたも同然の子供達を国が優しく丁寧に指導してくれるはずもなく、来る日も来る日も長官に鞭を打たれながら死と隣り合わせの鍛錬に励み、時には魔物と戦わされ仲間が死んでいく。
逃げ出そうにも家に帰れない子供に帰る場所などない。
そんな生活が12歳で大きく変わった。
急に全員が家に帰されたのだ。
それだけでなく普通の学園に通う入学手続きをしてもらい学園生活を行えるようになった。
一体何が起こっているのかという疑問はすぐに分かった。
国中がこの話題で持ちきりだったのだから気づかない方が難しい。
その理由は『この国で勇者が誕生した』。
先代勇者が無くなってから20年の月日が経過しての勇者誕生。
連合軍全土が待ちわびていた勇者誕生によってエリカーサ王国は連合軍内での立場を急激に上昇した。
それにより無理な兵士を作って国の成果を挙げる必要がなくなり、養成機関は廃止となったのだ。
それからの学園生活はブルータスにとってまさに天国。
鞭を打つ長官に怯える必要もなければ周りで死人が出る事もない。
5年間の地獄のような生活で唯一身についた強さは学生の域を超えていたお蔭で周りの学生よりも頭二つは抜き出ていた。
自然と生徒達のリーダーのような立ち位置となり、学園生活を存分に楽しんでいた。
そんな学園生活の中で親友を得る事が出来た。
生まれは裕福な伯爵家で頭は回ったけど実力はそこそことブルータスとは真逆のような男であったが、二人は何でも言い合える生涯の友であった。
卒業後も学年トップクラスの実力者として多くの騎士団から入団の推薦を貰うことになったブルータスは入団直後から軍の小隊長に抜擢されると魔族を討ち取りどんどん名を上げていく。
貴族爵位、騎士の称号、部隊長就任。
国王から直接称号を貰える式典にも参列した。
幼い地獄の日々を糧に順風満帆に成り上がっていった。
しかしそんな成功の日々は脆く崩れた。
それも一度は地獄から解放してくれた存在、勇者の手によって。
それは親友の領土での魔族討伐任務に勇者とそのパーティーが参加することになったことがきっかけだった。
最初の勇者の発言は、
「お前達と俺とは生まれ持っての格が違うんだよ。いいから俺の勝利の糧になりやがれ」
成人を迎えた勇者は手に負えない糞餓鬼に成長していた。
勇者ユクスの評判を聞くと表向きは非の打ちどころのない好評であったが、裏では兎に角悪い噂ばかり聞く問題児。
どちらが正しいのかなど今のを聴けば言う必要もないだろう。
「ふざけるな。俺の部下をそんな犬死させるような作戦に使わせる訳がないだろ」
勇者の発言に対してこの戦場での部隊の指揮を任されていたブルータスの親友は勇者の提案に真っ向から否定した。
勇者の言っている事は兵士達を只効率よく勝つための駒としか見ていない。
部下の命を預かる者としては容認できるものではないので当然の反論であった。
だが否定された勇者は反論して恥をかかされたと親友を魔族と同じ敵と判断した。
そして魔族討伐任務の最中に故意に魔物をけしかけて本部に大打撃を与えただけでなく、最後には魔物を殺すふりをして親友を手に掛けたのだ。
そのやり口の全てをブルータスは見ていた。
勇者の武器が親友の胸を貫くその瞬間まで。
親友を殺した勇者の行いをブルータスは国に報告した。
だが国の取ったのは無罪放免。
まるで勇者の罪を償わせる気がなかった。
それどころか親友の事を勇者の戦いを邪魔して死んだ愚か者として罵倒した上で二階級降格という不名誉で人生を穢され、勇者の殺人で抗議したブルータスも騎士団の墓場と呼ばれる部隊の隊長に任命される事になり、事実上の左遷となった。
勇者の為に国は今まで尽くしてきたブルータスを裏切ったのである。
それからのブルータスは何もやる気が起きず戦場に出ても最低限しか戦わない。
重要な任務を放棄するし、少しでも劣勢になれば我先に逃げだす腰抜け兵士に変わってしまった。
国の行く末も、戦争の勝敗も、もはやどうでもいいと言った感じで、精神の方もどんどん腐っていった。
連合軍の運命を決めたとも言われる勇者敗北の報告が国中に知れ渡った時には、ざまあみろと歓喜して、もう戦争なんてやっていられるかと戦場から逃げだした。
ベラルーガの森を拠点とする盗賊団に目星をつけ、魔族の占拠前に根城を見つけ出し、当時の頭であるカエサルを殺して盗賊団を自分の物にした。
当時の盗賊の活動は街道を通る商人を襲って積み荷を奪うだったが、魔族に支配されれば商人を襲うことは出来ないので、商人が居なくても生活できるようにベラルーガの森にある食料を調べさせた。
代わりに今後逃走してくるであろう貴族達に目をつけて若い女性を掻っ攫う様になった。
それも慎重に慎重を重ねて魔族や魔物に襲われ、女、子供を逃がすために守りが手薄になった瞬間を狙って行ってきたため、味方の被害もなく成功していった。
更にブルータス同様逃げてきた兵士達を受け入れると小隊長を作りグループに分け組織化し、女達を評価によって分け隔てなく与えた事によってその地位を盤石にした。
「ほう、まさかあなたが連れてこられるとはな」
そんな時だった。
ブルータスの元に勇者ユクスの婚約者であるフィルティアが連れてこられたのは。
「あなたは私が誰のなのか知っているの?」
「俺は元王国軍の騎士団に所属していたからな。自分の守る王族様の顔は確認していたさ」
「でしたら今すぐにこの拘束を解いてください」
ブルータスは恐怖しながら命令するフィルティアを見て勇者への憎悪が膨れていった。
フィルティアは自他ともに認める麗しの姫君。
男なら誰もが惚れこむ。
それは勇者も例外ではなく、婚約者にべた惚れだという噂はブルータスの耳にも入っていた。
「何も状況が分かっていないようだな」
「な、何がですか」
「もう王族である事なんて何の意味も無いんですよ」
フィルティアは言っている意味が分からないという顔をした。
本当に状況が理解できていなかったようだ。
「王国はもう魔族の手に堕ちたと言っているんです」
「そんな事ありません。何を根拠に行っているんですか」
「根拠も何も既に魔族がこの国に攻めてきている。それなのに王族がこんな辺境まで来ているとなれば王都の守りは放棄したという事でしょう」
「それは王都では防戦に向かないからというだけで」
「あの豪勢な防壁以上に強固な防壁のある街は他にない。戦うのに態々離れる訳ないだろう」
ブルータスはどこまで魔族が占拠しているのかを知らない。
だが新規加入の部下の情報と姫であるフィルティアがこんな所に一人でいる事からおおよその予想を立てて話しているだけだが大きく外れてはいなかった。
「お前の前にある選択は二つだけだ」
「二つ?」
「そうだ。一つ目はお前を連れてきた連中に受け渡す。どうなるかは分かっているだろう?」
ここへ来るまでに他の女共を見ていたフィルティアの表情がどんどん真っ青になっていった。
「も、もう一つはなんですか?」
「もう一つは俺の専用の奴隷になる事だ」
「どっちも変わらないじゃないですか!?」
どちらにしろ男の慰み者になる提案をフィルティアは容認できなかった。
「変わるさ。相手は俺一人だけで俺はここのリーダーだからな。食事とか睡眠時間とか色々と優遇してやれるからな。決められないならそれでも構わない。その場合は部下に引き渡すだけだ」
ブルータスの申し出はもはや脅迫だった。
最悪の事態になりたくなければ俺の物となれという申し出に選択肢などないも等しい。
どう見てもブルータスはフィルティアを自分の専用にして何かをやる気だった。
「さて、どうしますかお姫様」
「…………なります。あなたの――――」
「ブルータス様だ」
「ブルータス様の奴隷になります」
数分間の格闘の末、フィルティアはブルータスの誘導通りの提案を受ける。
だがフィルティアはブルータスが王族や勇者に恨みがある事を知らなかった。
フィルティアの答えにブルータスはほくそ笑むと奴隷の首輪を嵌めた。
魔王ブローの特性の物ではない。
通常の奴隷の首輪だ。
首輪はフィルティアの奴隷になる選択を承認と判断して装着が完了してしまった。
「な、何をするの!」
「お前は正式に俺の奴隷になったんだ。だったら奴隷の首輪を着けるのが当たり前だろう」
「だ、騙したのねっ!?」
「騙してないさ。約束通り食事や睡眠時間の優遇はしてやるさ」
奴隷の首輪を着けられたらもうフィルティアはブルータスから逃れる術がない。
そしてブルータスは勇者から受けた怒りを婚約者のフィルティアへとぶつけていくのであった。
◆
そんな盗賊団『カエサル』の終戦当初を思い出しながらブルータスは溜息を吐いた。
上手く行っていた人攫いだったが、そう長くは続かなかった。
当然といえば当然。
攫っている人は魔族の襲撃から逃げている者達で魔族が全ての街を襲撃して国民を支配下に置いたら逃亡する者はいなくなる。
攫うべき対象がいなくなるのだから人攫いは自然に終わるだろう。
現在、盗賊団『カエサル』の行っている事と言えば、『魔族にバレない様ベラルーガの森に出て食料を集める』、『当番の者が入り口を見張る』。
これだけだ。
あとは全員暇な一日を洞窟の中で引き籠っている。
何もする事はなく、只々いつか来る魔族の襲撃に怯えながら過ごすような毎日になっていた。
いくら国軍並みに盗賊が強くなったとしても魔族にとっては団栗の背比べ。
連合軍が敗北すれば人間は敗者となり肩身が狭くなるのだからこの生活もまた当然の物である。
しかし頭で理解していても我慢できない者達は多く日々不満が増加していた。
「で、それを俺がどうしろって言うんだ?」
「ですから新しい女を手に入れる目途を立てて欲しいと」
「ふざけるなっ! 前回も話したように女はもう手に入らねえんだよ。いい加減に理解させて黙らせろ。だから俺はあれほど女共は優しく使えと言っただろうが」
そしてそういった不満は必ず頭であるブルータスの元に来るのだった。
「そんなこと言ったってルールを守らねえ奴や頭の悪い馬鹿も含めた複数人の相手をさせてたらどんなに頑張ったっていつかはこうなってたぜ」
「それを管理するのがお前ら班長の勤めだろうが」
「だがこうなったらいつまでも俺達を責めてないで解決策を練るのがあんたの勤めだろう」
話をしているのは女性不足。
終戦当初に行った拉致行為で捕獲した女性達はアジトに連れてかれた後、(通常の)奴隷の首輪を嵌められると団員の奉仕作業をさせていた。
しかし奉仕作業の主な内容は性欲処理だ。
元々奉仕される側だった令嬢が男達に奉仕し続けられる訳もなく過酷な労働環境に耐えられず精神崩壊を起こした。
更に減った人数分は残った者に負担されて日に日に人数は減少。
現在、通常の精神状態でいる者は一人だけであった。
「じゃあ聞くが、どこでどう女を手に入れる? 近くの村々か? それとも大きな街か? ここら一帯はもうウォーガルの手に収まっているんだぞ」
「だが警備が完璧な訳じゃねえ。バレずに女一人攫うぐらい……」
「もし仮に上手く女を攫えたとしても、女が一人消えたっていう事実は残るだろう。そうなったら奴らこの森を探すぞ。最悪ここら一帯を全て燃やす可能性だってある。そこまで考えていってるのか?」
「……すいやせん」
「その心配がなく上手く攫えたとしてもその女が例の首輪付きだった場合はどうする? もっと恐ろしい事になるぞ」
一度だけ首輪付きの女を捕らえた事があるが、敵意剥き出しで襲ってきて魔族に俺達の存在を知らせようとまでした。
捕まえた所で要望に応えられるとは思えない。
ブルータスは他に意見はあるかと集まった者達に一瞥した。
誰もそれ以上意見はなくこの話は終了。
いつもと変わらない話し合いを繰り広げ、いつものように何も変わらずにお開きとなった。
このままいつも通りの無駄な日が経過すると思われた時、突然部屋の扉が開かれた。
誰もが驚き、入ってきた者に視線を向けた。
今は班長達の話し合いの場だという事は全員が知っている。
話の内容は兎も角として用があってもその時間帯は外すように徹底しているのだ。
それを破る場合は緊急時のみだけ、だからこそ誰もが驚いた。
入って来た男は班長達には目もくれず頭であるブルータスへと視線を送った。
「何事だ」
「ま、魔族です。魔族が現れました」
周囲の人間達に緊張が走る。
だがブルータスはその答えに不服そうな顔をした。
「お前は今日の見張り当番だろう。それが血相変えて入ってきたら敵襲の可能性が高いのは分かっていた。聞きたいのは人数だ。どんな魔族だった?」
「はい! 敵は2人。1体は巨大な角を持った中型の魔族、もう1体は人と同じ背格好ですがそれ以外は分かりません」
「2人か」
魔族に背格好による強さの予想は立てられない。
人間と違い二倍近くの体格差があっても基礎の肉体能力が小さい方が上というのはざらにある。
とはいえ体格のデカい種族ほど身体能力が高い場合が高いので大きい方が前衛、小さい方が後衛のツーマンセルでの捜索中に見つかった可能性が高いものと取り敢えず位置づけた。
問題は報告しに来た男がなぜ生きているのかだ。
2体もいたのなら3人ぐらい逃がさずに殺せるはずなのに。
「俺は伝令役として見逃されたんです」
「バカ野郎。さっさと伝言を言え」
「魔族は『入り口は塞いだ。命が惜しくば女とアジトを明け渡せ。そうすれば命は助けてやろう。だがもし断るというのなら我が部下がお前達の命を狩りに行く。猶予は20分。慎重に考えろ』そう言ってました」
伝言を聞き、周囲が騒がしくなった。
戦うか、戦わないかの二択。
ブルータスの意見として戦わないだ。
魔族を相手にするには盗賊団の実力は弱すぎる。
勝ち目はほとんどないと言っていい。
かといって全てを失ってまで魔族の奴隷になりたいとも思わない。
ブルータスは伝言の内容と盗賊団の実力、そして相手の戦力を計算に入れて自分にとって一番得な方法を考えた。
「お前ら話を聞け。頭としての判断を言うならここは戦うべきだ」
「理由は何です」
「投降したとして本当に命を取らない保証がないからだ」
魔族は平気で約束を破る。
幾ら伝言で命は助けると言ってもそれは嘘で約束を破られて絶望に歪む顔を楽しみたいだけかもしれない。
「しかし勝てるのか?」
「勝てるさ。相手はたったの二人だぞ」
質問に対して答えたのはブルータスではなく戦闘を主張していた男だ。
しかし周りの者はそう主張した者を冷めた目で見た。
「厳しいだろうな。二人でも勝てるからこれだけ上から目線の提案を出せるんだ」
「じゃあどうするっていうんだ」
「なぜ敵がこんな伝言などというまどろっこしい方法を取ったのかという事だ。普通なら攻め込んできて蹂躙すればいいだろ?」
全員がブルータスの言葉に耳を傾けた。
「俺が思うに今回の魔族は運悪く見つかっただけで本当に2体しかいない。もし人数が居れば数で押し掛けてくれば嫌でも降伏するしかないからな」
「あり得るな」
「ただその2体がさほど強くない。襲撃したとしても全員を捉えることは出来そうにないから降伏させようと伝言を態々送ってきたんだ」
「じゃあ勝てる」
「話を最後まで聞け。捕まえられないのは二人でこの洞窟に攻め込んで俺達が散り散りになって逃げたら捕まえきれないからで、一人が攻めてきてもう一人が入り口を塞ぐ作戦の場合、俺達全員を相手にしたら負けるからだ。つまりまともにぶつかったら勝てない」
「つまり一体ずつなら勝てるって事か」
「たぶんな」
つまりブルータスの言いたい作戦はこうだ。
まず全員完全武装で魔族の元に向かう。
相手が1体であったなら応戦し各個撃破する。
そうでなく2体同時にきたら恨みっこなしで全員で逃走する。
もしも予想が外れて魔族が3体以上いた場合すぐに武装解除をして降伏する。
「これが最も俺達にとって最善な案だと思うがどうだ?」
ブルータスの意見に対してその場に居る全員がこの案に賛同した。
作戦が決まった所で早速班長達が行動を開始る為に部屋を出ていった。