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44話 人殺し

 初日の反省を生かして魔物の反応がある場所を片っ端から狩っていく方法に変えた所、予想通り討伐数は伸びた。

 二日間で俺の討伐数は400弱、エリティアは500強。

 エリティアにレベルで追い越されてしまった。


 感覚的にはベラルーガの滝周辺にいたはぐれスライムを全部狩り尽くした感じだったが、【探索】で調べるとまだまだそこら中にはぐれスライムの反応があった。


 そんな訳で取り敢えず予定していた目標は達成した。

 はぐれスライム狩りは終了である。



 俺達はベラルーガの滝から北に少し進んだ見晴らしのいい場所にいた。

 そこからなら次のターゲットの姿が見る事が出来る。


 視線の先には洞窟とその前で見張りをしている"人間"がいた。


「見張りは三人か」


「前以て聞いていたけど本当に人間が今回の相手なのね」


 エリティアは明らかに落胆していた。

 魔族に国まで奪われているこの状況で人間同士で戦わないといけないのだから仕方がない。

 

 あの洞窟内部には魔族に捕まっていない人間が何人も生存している。


「安心しろ。今回の相手は全員悪党だ」


「悪党って言っても貴重な人間の生き残りと殺し合いたくはないわよ」


 今回の敵は盗賊団『カエサル』

 終戦前からここベラルーガの森に存在していた盗賊団で人数は20人足らず、団員は戦場を逃げ出した腰抜けや家を追い出された農家の三男坊などと国の兵士よりも弱い。

 主な活動も街道を通る商人を襲って積み荷を強奪するだけのちっぽけな組織。

 そのため終戦前の盗賊団『カエサル』は被害はあるものの魔族に比べれば可愛い物と放置されるぐらいの評価であった。


「エリティアは盗賊をどう思っている?」


「弱者の集まりね。態々殺す必要性のないぐらいの」


 こんな感じだね。


「残念だが今の奴らは弱者の集まりとはいえない」


 終戦後に逃げ出したのはなにも王族貴族ばかりではない。

 一般兵を始め、隊長、騎士、将軍に至るまで挙げればきりがない程逃げている。

 その大半は王族貴族と同じように魔族や魔物にやられているが、運よく盗賊団の根城に辿り着く者も少なくはない。


 盗賊団『カエサル』も多くの兵士が訪れた。

 人数は2~3倍に増加、質の方も国軍と遜色がない。


 何より気を付けないといけないのが、


「カエサルの現在の頭は元騎士団の副隊長を務めていたブルータス」


「ブルータスって、あのブルータスっ!?」


 盗賊団の頭の名前にエリティアは強い反応を示した。


「知り合いか?」


「直接的な付き合いはないわ。でも勲章式で姿を見た事があるのよ。とても誠実そうで紳士的な殿方って印象だったのに盗賊に堕ちてたのね」


「誠実か」


 ブルータスはレベル150代の人間内では強者に部類される猛将。

 奴は終戦後すぐに戦場から逃げ出してこの根城を見つけ出すと当時の頭だったカエサルを殺して盗賊団を乗っ取った。

 その後、部下の練度を底上げして組織としての強化を行った。

 かなりのやり手だと評価している。


「よし、終わった」


 話しながら操作していた指が止まった。

 手に持っていたのはスマホ。

 操作していたのは敵の情報収集。


 王都に出てすぐに話した情報収集系スキルを俺も当然持っている。


 【千里眼】

 遠くの景色を見る事が出来る。大抵の距離なら問題ない。



 【地獄耳】

 聞こえない音を聞き取る事が出来る。大抵の距離なら問題ない。



 【白紙の模写師】

 視界に映った映像を紙に模写できる。



 【水晶の投影】

 視界に映っている物を映し出す。ただし録画は出来ない。



 ストーカーに持たせてはいけない完全犯罪可能なストーキングセットである。

 このスキルを使えば女湯……いや相手のスリーサイズ……じゃなくて実力や戦術を事前に調べる事が出来る。


「これが敵の情報、こっちが根城にしている洞窟内部の見取り図な」


「全員100レベルも下の隠したでしょう。ここまで調べる必要はなかったんじゃない?」


「それじゃあ作戦がたてられないじゃないか」


「どうせ勝てる相手なんだから正面から堂々と攻め込めばいいじゃない」


 ……彼女が勇者パーティーの一員であったことを凄く実感してしまった。


 見取り図を見るとこの洞窟はかなり広い。

 正面から馬鹿正直に突っ込めば待ち伏せや挟撃と地の利のある相手勝率を無駄にあげてしまうじゃないか。

 それに人質を取られる可能性だってあり得る。

 正面突破は流石に駄目だと分かるだろう。


「なら暗殺よ。私の【電光石火】なら相手に気づかれる前に殺せるわ」


「一本道の多い洞窟内は暗殺は向かない」


 一人二人ならともかく50人に気づかれずに暗殺って相手はどんだけ鈍いんだって話だ。

 当然これも却下。

 他は……出ないのか。


「仕方ない。今回は俺の作戦で行こう」


「何よ。最初から作戦を決めてたのなら私が考える必要なかったじゃない」


「俺がいない状況ではエリティアに指揮を頼もうと思っているんだけど」


「私、指揮官は向いていないのよ。指揮官にはこれから仲間になる人に任せて私はタスクの剣に徹するわ」


 まぁ、今は仕方がないか。

 これ作戦を機に少しは認識が改善される事を期待しよう。




 眼前には先程姿を確認した見張り三人。


 見張り三人は突然【威圧】を発動して現れた俺を見て動揺したのだろう。

武器を抜くのも忘れてただ視線を送って来るだけであった。


 断っておくが、ここから会話をしたり、不意打ちでエリティアが飛び出してきたりといった事はない。何の捻りもなく、このまま戦闘を始める事になる。


 そして俺にとってここが一つの分岐点となる。


 殺しとは全くの無縁な世界で生きてきた。


 そんな俺が生き抜く為とはいえ人殺しとしての一線を越えなければいけない。

 球体かみの言葉を借りるなら悲劇を背負う覚悟を持てるかどうか。

 その分岐点が今だった。


 無言のままアイテムボックスから長剣を取り出す。

 こちらが戦闘の意思がある事を相手が認識した所で【威圧】を解除した。


 盗賊達は慌てて己の得物を抜いて戦闘態勢に入る。


 武器を持っている相手と対峙しているのにまったく恐怖心が生まれない。

 魔王ブローやエリティアと比べたらただの武器を持っているだけの相手だからというのもあるが、それと同時に負ける気が全くしなかった。


 あるのは『躊躇い』という元の世界では超えてはいけなかった壁を超えるかどうかのみ。

 そしてその後の後悔を耐えうる覚悟が決まるかだった。


 先に仕掛けてきたのは敵の方からだ。

 盗賊と言われるとどうしても短剣やカトラスなどを想像していたが、この三人は槍、剣、弓の前衛、中衛、後衛とバランスの取れた構成で、盗賊というよりも冒険者と言われた方がピンとくる。

 その前衛役の槍使いが長剣よりもリーチの長い事を生かして攻めてきた。


 まさに教科書通りの攻撃。

 それが最悪の選択だとも知らずに……。


 この世界に来てから外に出るまでの間、暇な時間ひたすらエリティアに戦い方を学んでいた。

 そしてそのほとんどが摸擬戦。

 つまりエリティアの槍裁きの相手をさせられていたのだ。


 数ある武器の中で唯一槍だけは王国軍の編入試験にも合格できるレベルだとエリティアからお墨付きまでいただいている。


 だからただリーチが不利なだけの槍なんて怖くなく、放たれた突きに合わせる様に一歩前へと踏み出して懐に入ると長剣でがら空きの腹部を斬った。


 敵の絶叫が響く。


 だが人を斬ったと考えている暇もなく、中衛の剣士が斬りかかってきた。

 前衛が一撃でやられたのは予想外だったらしく重心がブレブレで難なく避けると、相手の体勢が整う前に剣を投げた。


 剣士はまさか得物を自ら手放すとは夢にも思っていなかったようで驚愕の表情を浮かべたまま剣が突き刺さる。


 ヒューン。


 首を半歩下げると俺の頭にあった場所に矢が通過した。

 残っているのは後衛の弓使いのみ。

 弓使いは前の壁が無くなったことに焦りながらも俺が武器を手放したことを好機ととらえて、とにかく俺を近づけさせない様に矢を連射してくる。


 だがこれも甘い考えだ。


「"電撃"」


 射られた矢諸共中級魔法を無詠唱で唱えて焼き焦がす。

 弓使いは焼けた肉の香りを放ちながら地面へと崩れていった。


 これで全員を……殺した。


 三人分の鉄の香り。

 自分が何をしたのか否応にも感じさせられる。


 これで本当に良かったのか?


 戦って改めて感じる相手との実力差。

 彼らは弱い。レベルにして60~70。

 どれだけ状況が悪くとも負ける相手ではない。


 そんな相手を態々殺す必要があったのか。

 圧倒的な力を見せつけて服従させればよかったのではないか。

 そんな考えが頭を過る。


 答えは当然『ある』だ。


 彼らは信用できない。

 この場の偽善で命を助けた結果計画を狂わされる可能性は高い。

 だから最善の手は殺して後顧の憂いを絶っておく事だ。


 だけどそれも俺の我儘なのではないか。

 その言葉が頭の中にこびりついていた。


「タスクッ!!」


 そんな思考が永遠に自問自答を繰り返してしまっていた所を大きな声が響いた。


「はい、水」


「あぁ、ありがとう」


 問答無用で水の入ったカップを渡されると口に入れる。

 気がつかなかったが、口の中はパサパサに乾燥していたようで水によって潤いが戻った。

 それと一緒にずっと巡回していた考えが洗い流された。


(覚悟は決まっていた筈だったんだけどな)


 この世界に行くと決めた時からいつかこうなる事は予想して覚悟を決めた気になっていた。

 でもいざ終わってみると身体は震えてしまっていた。


「大丈夫よ」


「えっ?」


「タスクが今感じている感情は正常な物よ。誰だって好き好んで殺しなんてしたくない。だから命を奪うのに覚悟なんて決めない方がいい。……何も感じずに淡々と目的のために人を殺すのは殺人者の所業だから」


 エリティアの言葉に悩みが解消されたわけではない。

 だけど俯いたからといって、悩んだからといって現実が好転する訳ではない。


 やるべきことを成し遂げられなかった時、自分の存在の方が消えてしまう。

 消えてしまうなんて真っ平御免だ。

 ならどうする? どうすればいい?


 そんなのもう自分の為に戦うしかないだろう。

 エリティアやシャロットといった俺についてくれる人達の為にも悩みが解消されないまま目の前の現実を受け止めもがいていくしかないんだ。


「……助かったよ」


 俺は投げた剣をアイテムボックスに回収して前を向いた。


 自分の為に、望む未来の為に、俺は鬼にもなる。

 そして仲間であるエリティア達を守る為に全力を尽くすのが今の俺の役目だ。


 怖さと圧し掛かってくる責任の重さを感じながら、俺は歩みを次の行動に移した。






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