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43話 逃亡者

 日が沈み切る前に焚き火を焚く事が出来た。

 火を起こすのは魔法で簡単にできたけど薪を集めないといけなかったことを忘れていた。

 もし間に合わなくても【暗視】を持っているので問題ないのだが、やっぱり光があると安心感がある。


 そして外に出た事でのメリットが存在した。


「このお肉、今まで食べた事がない位美味しいわ」


 エリティアが塩をまぶしただけの松坂牛に頬を緩ませながら齧り付く。


 火を焚けるという事が出来る様になり、堂々と肉を焼く事が出来るようになった。

 今まで玉座の間では調理できずにいた肉類が食卓に並んだのだ。


 鉄板を焚火の上に設置してステーキにした。

 鉄板はマークスが用意したものだ。

 俺は鉄板なんて頼んでなかったのにあの執事が勝手に持って来たのだ。


 あいつこの状況を予測していたのか。


 心配だったのが日の調整が出来ない為上手く焼けるかだが。

 エリティアが美味しそうに食べているのを見ると丁度いい感じに焼けたのだろう。

 俺も焼けた松坂牛を口へと入れる。


(流石松坂牛、俺なんかの適当な焼き加減でも美味しい)


 少し表面が焦げているのに中はレアになっている。

 肉汁タップリで柔らかく香ばしい香り。

 本当に俺がもう少し上手く調理すれ……ああっ!!


(【料理】スキル持ってたの忘れてた……)


 【料理】スキル使えば焦げる事なかったし、スープとかも作れたんじゃないか。


(どうして今気づくんだよ。エリティアは美味しいと言って食べてくれているだけに申し訳なくなるじゃないか)


 そんな初めて料理した夕飯を食べ終わるとエリティアが顔をじっと見ていることに気がついた。


「不思議ね」


「ん?」


「タスクの世界は平和で狩りなんてしなくても食料にありつけるって言っていたのにタスクは野宿に慣れている様だし、刀の扱いも知っていたじゃない」


「それは両親の影響かな。お母さんはキャンプ……こうやって外で食事を取るのが好きな人で休みになるとよく行ってたんだよ。刀の方もお父さんが、『日本人たる者、一度くらい刀に触れておかないとな』って言われて刀の扱いを教えてくれる合宿に参加させられて抜刀と居合を教えてもらったんだ」


 合宿に行ったのはもう随分と前のことだが、いざ刀を持ってみると意外と当時の感覚を身体が覚えていた。

 ……忘れたいぐらい厳しかったからだと思うけど。

 あの時はなんでこんな合宿にと思ったが、人生何が役に立つか分からないものだ。


「タスクはこの世界に来たことを後悔してる?」


「それはない。親に親孝行できなかったことは少し心残りだけど、あのまま向こうの世界で何も変わらない毎日を送っていたら俺はずっと生き地獄の中にいることになっていたと思う。こっちの世界に来たことは絶対に後悔しないよ」


 口直しにリンゴを齧って乾いた喉を潤す。


「親や兄弟たちの事が心配だけど神様がどうにかしてくれるだろうし、他には大した未練もないから心配いらないよ」


 親孝行もせずにこちらの世界に来てしまった事には多少思う所はあるけれど、親は常々自分の好きなように生きろと言ってくれていたので理解してくれると信じたい。


「それよりも今後の事だけど」


「明日もはぐれスライム狩りをするの?」


「明日はそうだね。今日と同じように狩っていくつもりだ」


 明日はエリティアと同じように狩りをしていきたい。


「話したいのはその後の事だ」


「その後?」


 この外出の本命である。

 はぐれスライム狩りはその本命前の準備運動みたいなものだ。


 そしてはぐれスライム狩りは無抵抗なスライムを狩るだけの簡単な作業だったが、本命は命を取り合う相手との実戦だ。


「もしかして仲間集め?」


「まあ、半分正解だ」


 仲間が増える作戦である。

 その候補者の名前を見てエリティアは顔色を変えた。

 エリティアにとって大事な相手がリストの中にあったからだ。


 だがそれ以上に今回の戦いは俺にとって覚悟が必要になる戦いである。




 ◆




 上位階級の者達は腐敗していた。


 勇者敗北の報告が連合軍に駆け巡った当初は未だ勝敗はどちらに傾くのか分からない状態であった。

 もう少し慎重に話し合って対処すれば同じ負けでももう少しましな状態だったはずだ。


 なのに人族が真っ先に戦線を放棄して他の種族を囮にしながら逃げ出した。


 その行動は連合軍創設を他種族に促した人間達と同じ種族なのかと疑うほど当時の事を記憶している種族からは驚かれる。

 数百年と続く戦争は長さ故に平均寿命50歳という短命な人間の種族に開戦当時の気持ちを忘れさせた。

 戦争しているのが当たり前。

 均衡状態である事に戦後に生まれた人間はすっかり慣れてしまった。

 上層部や豪商は戦争があるから私腹を肥やせていると言っても過言ではなく、エリカーサ王国の場合、約半数の貴族の当主が戦争への勝利よりも戦争で得られる利益を優先している。

 それは国のトップである王族も例外ではなく、寧ろ勇者を使って率先してやっていた。


 そんな人間に統治された軍が真面な判断を下す訳もなく、自分の命可愛さに他種族を囮にして逃げ出す動きを見せたのだ。

 全ての人間がやった訳ではない。

 だが逃げ出すという行為をしたのは人族だけで、その行為の所為で他種族は多くの命を失っている。

 人族という種族の枠組みで恨みを買ったとしてもおかしくはなかった。


 だがこの腐敗した王族、貴族の蛮行はそれだけでは終わらない。


 国に逃げ帰り、ほとぼりが冷めるまで殻にこもる事を選んだが、戦線は崩壊して国境まで攻められると、今度は自分の国まで裏切り出した。


 守るべき国民を見捨てて逃げ出したのである。


 それも国民には魔族が攻めてくる危機も告げず、深夜国民が寝静まっている間に夜逃げした。

 これも情報を公開して旗頭にされたり、反乱が起こりするのを防ぐという、全て自身の身の安全のための行動だ。


 この夜逃げはエリカーサ王国の王都襲撃の際、指揮官不在で現場が大混乱になり、魔族に簡単に防御壁の扉を破られる事態にまでさせている。



 そんな王族、貴族の逃亡。

 しかしその逃亡は、多くの犠牲を出したのに反してほとんどが失敗に終わっていた。


 それもどれも似たような理由で。


 まず王族、貴族の大半が自身を守る術を持っていない。

 特に武家の家柄でもない貴族のご令嬢は本当にひ弱な存在で、武器も満足に触れず下級の魔物にすらやられてしまう。

 だから逃亡する際、必ず彼らを守るために多くの兵が同行していた。

 その集団の多さから魔物や魔族に見つかるのが、共通する一つ目の理由だ。


 そして集団で行動をするには連帯感がいる。

 たった一人でも旅に慣れていない人間がいると集団全体の足並みが遅くなり旅の進行の妨げになるし、野宿も満足にできず単なる足手纏いと化す。

 それに食料や備蓄の数も集団行動になったら人数に比例して増えるが、そういった事に考慮しないご婦人、ご令嬢方は必要のない衣類や宝石、装飾品の類を大量に持ち込んでいた。

 これがかなりの荷物になり、運ぶ兵達にとってはかなりの負担になっている。

 つまり旅慣れた兵士達にとって貴族達との行動は苛立ちを増す原因になっていた。


 それに気づかず我儘ばかり言う当主が旅の指揮を執っていたりすると……旅の途中で部下に暗殺されたりするのだ。


 しかしその二つはあくまで次の原因に起因するものでしかない。


 今回の逃亡の失敗理由として最も深刻な問題は、目的地がない事。

 普通逃亡となれば安全を確保できる逃亡先を目指すものだが今回の逃亡は安全地帯がない。

 国内は最も強固な王都以上の安全な場所はなく、他国も自国同様魔族に攻められている。

 そうなると他種族に匿ってもらうのが一番安全なのだが、場所が定かではない上に戦争中に囮にしたことを恨まれているので受け入れてもらえるか怪しく、結果目的地もない逃亡生活を送る貴族がほとんどだった。


 気が休まらず、旅のムードは日に日に悪化し、目的地はない。

 失敗するのは当然と言えた。




 王都から離れて2週間が経過した。

 フィルティアの周りには20人程の騎士が警護している。

 王都を出た当初の人数は200人を超えていた筈が、今ではもう10分の1しかいなかった。

 たった数時間前、魔族が襲ってきて父親は応戦している間にフィルティアは逃がしてもらった。


 父親の安否の不明。

 今後の生活の不安。

 何も良いことなどなく僅かでも遠くに逃げる為に歩くしかない。


 もう足は生まれた小鹿の様にガクガクに震えてしまっている。

 気を抜いたらその場に座り込んでしまいそうだ。

 それでも文句を言わずに歩くのはもう自分一人しかいないという使命感からだろう。


『がああぁぁああ――――っ!!』


 後ろから野獣の雄たけびが響く。

 祈るような気持ちで隣を歩く団長を一瞥した。

 そこには予想通り、苦悶の表情をした団長の姿があった。


 追手か、味方か。

 逃げるのか、戦うのか。

 父親達がどうなったのか。


 質問したいことはたくさん浮かんだ。

 しかしフィルティアは質問をしなかった。

 彼女達も状況を読み込めていないのに質問するのは愚であると理解していたから。


「団長、追手です。魔物の群れです」


 最悪の報告だった。

 団員の一人がすぐにフィルティアの手を取って走り出した。

 フィルティアはその手に引っ張られながら走っているので普段より速度は出ている様だが周りの騎士達と比べるとあまりにも遅い。


「姫様、残念ですが敵は既に私達を捉えています」


「お父様は」


「恐らくですが逃げた我々に気づいた敵が別動隊を出して追ってきたようです」


 走りながら後ろを窺う。

 姿はまだ見えない。

 でも聞こえてくる声がどんどん近づいてくる。

 明らかに追手の方が速度が速い。

 そしてその原因がフィルティアの所為である事を全員が気づいていた。


「姫様、これより私達は敵を食い止めます。あなたはその間に逃げて下さい」


「だ、駄目です。隊を分けて逃げましょう。そうすれば撹乱に」


「無理です。そうなると速度の遅い姫様側に敵がいってしまいます」


「なら私も残って」


「残ってもできることはありません。足手纏いです」


 フィルティアは悔しそうに顔を歪ませる。

 自分の所為で追いつかれているのに彼女達を盾にして逃げるしかないという自分の非力が悔しくてたまらないでいる


「私の所為でごめんなさい」


「頭を上げて下さい。寧ろ謝らなければならないのはこちらです。姫の安全を守る近衛でありながら姫様を一人にしなければならない状況にしてしまい申し訳ありません」


「……ありがとう。ここは任せます。すぐに敵を倒して追いついて来て下さい」


「無論です。さぁ、言って下さい」


 手を繋いでいた団員が背中を押してフィルティアを前へと走らせると騎士達は全員立ち止まって一斉に武器を抜いた。

 フィルティアは彼女達を振り返ることなく森の中を進んでいく。


 それから暫くして後ろの方から戦闘音が響いた。



 日に二度も守られながら逃げることになったフィルティア。

 しかしもう周りには誰もいない。


 両親は魔物の襲撃の場に残った。

 兄も姉も戦場から帰ってこない。

 弟は魔族に連れ去られてしまった。


 王族はもう一人しかいない。


「生き残らないと、生き残らなきゃ」


 フィルティアの足は既に限界を迎えている。

 どこかで一休み入れた方がいいのはフィルティア自身が一番分かっていたが、その足を止めることは出来なかった。

 王族の血を絶やしてはいけない使命感ともう自分を守ってくれる者はいないという危機感からだった。


 今何か来られたら不味い。


『ギャギャギャ』


 そして現実はそういう思いなど関係なく残酷なまでに牙をむいてくる。


「ゴ、ゴブリン」


 襲撃なんて大層な物は必要ない。

 生まれてこの方何不自由なく暮らし。

 傍らには常に侍女が控えている様なお姫様を危機に追い込むのはただの野生の下級魔物一匹でも出てしまうだけでいいのだ。


 ゴブリンを見てフィルティアは顔がどんどん青くなっていった。


(逃げないと)


 だが再び走り出そうとした足は限界を迎えて痙攣し上手く動かないどころか膝から崩れてしまった。

 足音がすぐそばまで来て止まる。

 立つゴブリンの手には錆びついた剣が握られていた。


 フィルティアは恐怖を覚える。


『ギャギャギャ』


 ゴブリンはすぐに殺そうとしない。

 様子を見ていつでも殺せると判断したようでフィルティアの反応を見て楽しんでいるようだった。

 フィルティアは自分が遊ばれていることに気づき勝機を見出す。


 ゴブリンが上段に剣を掲げると、フィルティアは、


「来ないでっ!!」


『ギャギャッ!!?』


 隠し持っていたナイフを取り出してゴブリンに攻撃を仕掛けたのだ。

 そのナイフが見事に首元に突き刺さり、ゴブリンは後ろへと倒れる。

 肉が裂ける感触も、骨が折れる音も、そこから飛び出す返り血で顔を汚すことになってもフィルティアは気にすることなくゴブリンの首に刺さったナイフを深くなるよう力を入れた。


「死んでっ!」


 兎に角生き残る事しか頭にない。

 馬乗りの状態で首を刺されたゴブリンは最初こそ暴れたが、次第に動かなくなっていき息絶えた。

 フィルティアがゴブリンに勝った。

 初めて魔物を殺した。

 フィルティアは血でべっとりになったナイフをゴブリンから引き抜いて死体から離れた。


 嘗めて懸かって適当に剣を振るってくれたお蔭でフィルティアでも攻撃が当てられた事。

 攻撃が運よく首に刺さってくれたこと。

 倒れる際にゴブリンが剣を手放してくれたこと。


 色々な運が重なってだけど何とか自力で危機を脱したのだ。


 ……ではもう一度同じ状況になったらどうなるだろう。


『ギャギャギャ』


『ギャ――!!』


『ギャギ』


 ゴブリンが三匹草むらから出てきた。

 若いゴブリンの狩りの練習だったのか一匹だけしか出てこなかっただけで最初から4匹で行動していたのだ。


 ゴブリン3匹を見てフィルティアは2つの事を理解した。

 一つ目はもう先程に抗うことは出来ないという事。

 二つ目は仲間を殺されたゴブリンが自分を殺しに来るという事。


 なんとか乗り切った絶望に安堵する暇もなく更なる絶望がやってきたことにフィルティアは泣きたくなっている。

 泣いてしまえばこの恐怖も少しは薄れてくれるだろう。


 でもフィルティアは生き残るしか道がない。

 泣いてしまったもう何も出来なくなってしまう。

 生き残る事を諦めるしかなくなる。


 フィルティアは必死に助かるための手段を思案する。

 しかし何も浮かばない。

 どの方法も自分では無理だと告げてくる。


 そんなフィルティアの足掻きを嘲笑うかのように立ち塞がるゴブリン。


 剣が振り下ろされる。


 フィルティアは迫りくる剣から目を離さなかった。

 見据えた瞳で噴き出す血をしっかりとその目で見た。



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