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40話 伸びしろ

 Side:冒険者ギルド前


 冒険者ギルドは魔族の手に堕ちてから冒険者という名の奴隷斡旋所となっている。

 しかし一番の上玉である冒険者ギルドの職員は買う事が出来ない。


 その理由を魔王が説明していない為、多くの魔族はなぜ我慢しなければいけないのかと日々不満が募っていた。

 その不満が今日爆発したのだ。


 軟弱なギルドマスターに力でねじ伏せたら簡単に受付嬢を売ることを承諾し、外に出ると同志が結果を見て称賛と嫉妬を向けた。


 その場で場違いな者が降り立った。


 受付嬢を買った牛の魔族グロスは困惑の眼差しを向ける。

 降りてきたのは奴隷の正装とは違う薄い布を着た人間の女。

 手足には防具を装着、腰には見慣れない武器を携えていて戦闘を行える格好をしていた。


 奴隷に武器を持たせて連れ歩くことをしない。

 魔王ブローの作った奴隷の首輪を嵌めていれば反抗をし無くなるとはいえ不純物で一々着飾らせる必要性を魔族は感じないからだ。

 このように態々戦える格好にしたという事は戦わせるために他ならない。


 一体誰の奴隷か。

 折角の盛り上がりに水を差された。

 周囲の魔族の注目もすっかり女の方に持って行かれてしまった。


 グロスは魔族達の騒ぎを沈めて前へと進む。

 それに合わせる様に女も間へに出た。


「下郎。今すぐその汚い手を離しなさい」


 グロスは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 そのため何も言わないでいると女は言葉を紡いだ。


「今すぐにその手を離して彼女を解放しなさい。でないと斬るわ」


「貴様は何者だ」


「……エリティアよ」


 そう言う事を聞きたいのではない。

 それが分かっていてエリティア自分の名前のみを伝えた。


 エリティアという人名に引っかかりを覚えつつも誰だったのか分からない。

 そして誰の奴隷かは言わないのではなく言えないのだとグロスは判断して質問を止め、代わりに受付嬢の握っていた力を強めて引き寄せると離す気はないという意思を示した。


「それがあなたの答えね。……これから死ぬけど私を恨まず自分の判断を呪って死になさい」


 断言した口調からは絶対の自信が感じ取れた。


 本気でエリティアという女は殺せる気でいる。

 グロスは僅かにいらつきを覚えた。

 下等種が上位種に向かって言う言葉ではない。


「こいつはギルドから買ったものだ俺の物を手放す道理がどこにある」


「……それは違うわ。彼女がギルド職員であるなら買うことは許されていない。買うことは出来ない筈よ」


「ギルドマスターの許可は取ってある。何の問題もない」


「このルールを定めたのは魔王様。それをギルドマスターが覆していいはずがない。つまり無効よ」


 女が言っている方が正しい。

 魔王様が作ったからこそ今まで誰も手を出さなかったのだから。

 だが最初にただの気まぐれ作っただけだ。

 ギルド職員は人間だ。

 魔族が人間を好きにして何が悪い。


 グロスはそのルール事態を壊すべく行動している。

 だから正論はただいらつきを増すだけである。


 沈黙をエリティアはグロスの答えとして受け止めた。


「それでも連れていくのなら」


 エリティアは得物に手をかける。


「おい。女が武器に手をかけたぞ」


「いいぞ! 決闘だ」


「俺はグロスの野郎に300だ」


「なら俺は人間の女に100」


 エリティアの行動に話の成り行きを見守っていた魔族が面白そうだと騒ぎ立てて始めた。

 いい気なもので早速賭け事まで始めている。


「やめろ、てめえら。俺がこの女と戦って何の意味がある。誰が差し向けたか知らないが、挑発には乗らねえ。さっさと下げらせろ」


 グロスは女と話していても埒が明かないと周囲にいるであろう女の主人に向かって余興はこの辺にして女をどけろと催促した。


 これに周囲の魔族はつまらないとブーイングを起こすが、グロスは全く戦う気がない。

 このままだと戦わずにグロスが去ってしまう。


「おい。その女、もしかして奴隷の首輪を着けてないんじゃないか?」


 全員の視線がエリティアへと注がれた。


 ずっと誰かの奴隷だと思っていた。

 だが声を上げた魔族の言う通りエリティアには奴隷の首輪が嵌められていない。


 グロスの眼に欲望の色が生まれる。


 魔族は戦争に勝利した。

 人間に街を占領して多くの人間を奴隷にした。


 だが専用の奴隷となると話が変わる。

 専用の奴隷は上位の魔族か、先の戦争で功績を挙げた者か、もしくは戦時中に自分の奴隷を確保しておいた者だけしか持つ事が出来なかった。


 グロスは下位の魔族。

 魔王ブローの配下では一般兵士程度の強さでしかない。

 戦争中に抜け駆けして奴隷にしない限り専用の奴隷とは縁遠い。


 それが目の前に突然誰も所有していない女が現れたら?


「リンスを預かって置け」


 グロスはリンスを野次馬へと投げ渡した。

 その心は分かりやすいほど単純で専用の奴隷が欲しいだった。


 グロスはそのまま四つ這いになると身体が巨大化した。


 魔族の能力【筋力増殖】

 自身の筋繊維を増殖させる能力では一般的な力だ。


「安心しろ。命までは取らねえからよ」


 奴隷にするので殺さないと態々公言する。

 グロスの身体は本物の牛のようになると風邪を切り裂くように飛び掛かる。

 エリティアの元まで一直線に突進したグロスは角で横薙ぎするように首を振った。


 誰もがエリティアが吹き飛ばされる光景を予想した。


 だがそう予想した者達は目を疑うこととなる。


 グロスは角を振り上げた後、エリティアの姿を見失った。

 角から伝わってくる感触がエリティアを吹き飛ばしていないと言っている。


 グロスは振り返って周りを見回そうとして視界がどんどん広がっていった。


「何……ガハッ」


 状況が呑み込む前に吐血して何が起きたのか理解できぬまま絶命した。


 周囲の魔族達は当然一部始終を見ていた。

 グロスが振り被った瞬間、腰の得物を抜いてグロスを真っ二つに一刀両断したのだ。


 エリティアは得物を腰に差している鞘へと戻した。


 エリティアの武器は"刀"

 保管庫でタスクに勧められた武器だ。


 この世界では刀は流通されていない武器である。

 剣と比べて長くて細く、片方にしか刃がついていないような武器でまともに戦えるのか?

 そんな風に思われている。


 エリティアも受け取ったのは他にいい武器がなかったのとタスクが凄い勢いで勧めるものだから物は試しという想いのが強かった。


 制作者不明、刀の銘も不明。

 使いにくければ槍に戻そう。


 そんな第一印象だったのが、


「これよ。これを求めてたのよっ!」


 今では一日に300回は振らないと落ち着かない程のめり込んでいる。


 左右に分かれたグロスの死体。

 鉄の香りが漂う。


(弱い……魔族ってこんなに弱かったかしら?)


 エリティアとグロスのレベル差はエリティアの方が20程上ではあるが、元々の身体能力は魔族の方が上なので大した差はない。

 なのにこんな簡単に殺せたのは武器が変わったから意外にはない。


 突くのではなく斬る事に特化した武器。

 重心や筋力は必要ない。

 速度さえあれば殺せる。


 エリティアは完全に刀に魅了されていた。


「勝負はついたわ。すぐに女性を解放しなさい」


 リンスを捕まえている魔族に向かって再び同じ命令をした。

 これでリンスが開放されてギルドへと戻る事が出来れば終わり。

 しかしそうはならない。


 魔族はリンスを離さず、エリティアに気味の悪い笑みを浮かべた。


「何を言ってやがる。てめえ状況が分かってるか? こんな所に奴隷でもねえ女がのこのこ出てきて無事に帰す訳がねえだろ」


 周囲の魔族も同意するように頷きながらエリティアの周りを囲んだ。

 みんな決闘が終わってからぶら下げられた餌を取ろうと目をギラギラさせていた。


 周囲を囲んで戦闘態勢になった魔族だけでも20体を越える。

 グロスと同格だとしてもこの数を全て相手にするのはエリティアは厳しいはず。


 絶体絶命と思われる状況でエリティアは……笑った。


 その心は『まだ斬れる』と刀の試し斬りをする為の肉塊にしか見えていなかった。


 集団の中から我慢できずに抜け駆けするように2体の魔族が飛び出した。

 左右からの同時攻撃。

 エリティアはそれを縫うように避けると1体は大袈裟で、2体目は喉を突いて殺した。


 切り結ぶまでの動作が槍よりも早い。

 2体でもまだ余裕が見られる。


 それなのにまだ全然武器の性能を使いこなせていないことにエリティアは歓喜した。


(もっと来なさい)


 もっともっともっと斬りたい。

 もっとこの刀に血を吸わせなさい。


 そんなエリティアの思いとは裏腹に魔族達の動きを急に止めた。


(今の攻防を見て躊躇している? ……違うわ。こいつらが躊躇した理由は私じゃない)


 周囲に異様な気配をエリティアは感じた。


 取り囲んでいた魔族の一部が左右に分かれて風格の違う魔族が現れた。


「ここだな。カス共さっさと道を開けろ」


「随分の派手に暴れているじゃねえか」


「雑魚は下がっていろ。この嬢ちゃんは俺達が相手をする」


 出てきたのは3体。

 見た目は犬、鳥、猿のような姿だ。

 3体全員が上位魔族であった。


 上位魔族は下位魔族とは比べものにならない実力者だ。


 エリティアの表情に余裕が消えた。

 掴まった時の事が甦っているのだろう。

 あの時も一体ですら勝てない存在に囲まれて逃げる事すら許されずに弄ばれたのだ。


 そして残念ながら実力差は相手の方が上。

 武器や防具の力を満足に扱えたとしても勝率は2割を下回る。

 3体が相手では勝ち目は限りなくゼロに等しい。


「人間の女。お前がどこに隠れていたのか洗いざらいはいてもらうぞ」


「はぁ、上玉って話だったのに実際に来てみたらただのデブじゃないか」


「いや顔は十分上玉だろう。お前が体格を重視し過ぎなだけだ」


「ならお前はあれがデブじゃないと?」


「……デブだな」


 エリティアの怯えが消えた。

 その代わりに怒りのオーラが漂っている。


「気の強そうな女じゃないか。屈服させたらいい声で鳴くだろ。お前らがいらないなら俺が貰うぞ」


「おい。それとこれとは話が別だ」


「そうだ。ただでもらえる訳がないだろう」


「分かった。誰の物にするかは後で決めればいいだろ。それよりさっさとこの騒ぎを鎮めようか」


 三体それぞれに戦闘態勢に入る。

 構えに入った途端に身体に掛かるプレッシャーが跳ね上がった。


 四足歩行体勢になった犬公が正面から、鳥公と猿公が左右に展開して時間差で攻めてくる。

 先程の下位魔族とは比べるまでもなく速い。三体の動きに私はやっぱり今の実力では三体の攻撃を防ぐのは無理だと再認識する。


 私の役目はここまでの様ね。


「【絶対者のオーラ】Lv1」


 傍観している魔族達だけでなく、攻撃を仕掛けた上位魔族三体も含めて全員の動きが制止した。


 前へと飛び込もうとして急に動きを止めなくてはならなかった犬公は、勢いを押し殺せずに顔面が壮大に地面にダイブしながら倒れ込んだ。

 鳥公と猿公ももう私になんて目もくれず、額から大量の汗が滴り落ちていた。


 他も全員が私の後ろへと視点を集中させている。


 そして視線はシンクロしたように動き、誰が合図をした訳でもないのに平伏し出した。


「面を上げよ」


 私の後ろで魔王ブローに擬態したタスクの声が響き渡った。



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