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39話 外出前の小競り合い

 幹部魔族達は翌日の朝には全員自分の支配区域へと帰っていった。

 マークスの話では怪しむ素振りはなかったというのでひとまず上手く成りすませたと見ていいだろう。


 それで俺達の方も王城から外へ出ようとしていた。


「エリティア、準備はいいな」


 魔王ブローの姿に擬態している俺の斜め後ろからエリティアがついてくる。


 今までの奴隷の正装姿ではなく、首元から足元まで覆えるマントを羽織っている。


 エリティアは声を出さず俺に分かる様に頷いた。


 目の前の城門が音を立てて開く。


(……外か)


 可笑しな話だ。

 もうこの世界に来て一週間経ったというのに俺は初めて外に出る。


 ようやくフィリアン・テイルの景色を見られるのだ。


 その第一声は、


「……眩しい」


 太陽の光が目に沁みる。

 一週間も室内にいたからいきなりの太陽光に目がやられた。


 周りの目がなかったら「目がぁ~目がぁ~」と叫んでいただろう。


 門が全開になる前には慣れたので怪しまれる事もなく門番に見送られながら王城敷地内から出ていった。


「エリティアは帰って来てから城下には?」


「王城に捕らわれていたから襲撃依頼ね」


「なら城壁門までの間だが見物しながら行こうか」


 今の城下の状態を知っておいた方がいいだろうからな。


 そう言って歩き始めて一分もしないうちに顔を顰めそうになった。


 首輪を嵌められた女にリード代わりに鎖をつけて散歩をする魔族。

 四つ這いにして背中に乗って移動する魔族。

 痣だらけの人間をたくさん連れている魔族。


 人間の姿は視界に捉えるが、誰一人として真面な状態ではない。


 それに肉が焦げる臭いと酒の匂い、魔族共の異臭で空気が淀んでいる。

 酒場の店内からは酒を飲んで騒いでいる魔族の声。

 戦争で勝利して一年が経つので戦勝を祝っている事もないだろうし、最近宴を上げる様な物は無かった。

 つまりこの馬鹿騒ぎは日常風景という事だ。


「魔王様、下がって下さい」


 そして一番問題なのは騒動の多さだ。

 他にも続々と出てくると目の前で大乱戦が繰り広げられる。

 秩序も何もあったもんじゃない。


 大乱戦を迂回していくと今度は魔族はいなくなったが、代わりに瓦礫と化した建物が姿を現す。

 魔王ブローが攻め入り支配者となって以降ずっと当時のままで放置されている。

 圧勝だったとはいえ王都に住む民衆が全くの無抵抗で降伏した訳ではない。

 防壁を閉じて侵入を拒み、押し寄せて来る魔族に反撃した。

 だから街には相当な戦火が残っている。


 それが全く修繕されていなかった。


「魔王様が命令しなかったから放置されたのね」


「でも命令しなかったからと言って人間ならそのままにしていけなくて片づけをしたはずだ。なのに魔族は全く意に介していない」


「……まるで廃都ね」


 食事にも衣類にも住居にも興味を示さない。

 なのに喧騒はそこかしこで起こっている。

 本当に魔族という種族は戦いや殺戮、不幸を見るのが好きな迷惑な生活をしている。

 出来る事なら直したい所だが大工は採掘場送りになっている。


 シャロットの弟同様おいそれと出す訳には行けないもんな。


 街で奴隷になっている人達にしたってそうだ。

 今の俺にはどうこうできない。


 この光景を忘れずにこれから行動して酬いるしかないのだ。

 そうして歩みを進めていくと王都を出入りする門が見えてきた。


 エリカーサ王国の名所の一つと化していた豪華な門。

 今は片方が吹き飛んでいて門としての役目を果たせていない。


 あれを出ればいよいよ本当の外だ。


「……なんだ?」


 周囲の様子が妙に慌ただしい。

 みんな何かを目指して同じ方向に向かっている。

 この先にあるのは……冒険者ギルドだったか。


「どうかしましたか?」


「魔族の動きが気になってな。少し見て行こうと思う」


 魔族がこれだけ動くような事件が何なのか見ておきたい。

 俺は門から方向を変えて冒険者ギルドで起こっていた。


 タイミングも丁度良かったようで冒険者ギルドの中からこの騒ぎの中心が出てきた。

 魔族が一体に人間の女性が一人だ。


「いやだ! 離して! 離してよ!」


「往生際が悪いぞ。てめえはギルドに売られたんだよ」


 魔族は牛型の魔族でどうやらギルドで女を買ったらしい。


 でも女の売り買いは今の冒険者ギルドでは普通の事だ。

 態々こんなに魔族が集まってくるような事ではない。


(……あの女は)


 連れて行こうとしている人間の女性の方は見た記憶がある。

 ギルドの職員や冒険者の情報収集のため一度は目にしているので見た事があっても不思議ではないのだが……何となくそれとは違う引っ掛かりのようなものを感じる。

 そんな事を思っていると牛の魔族は周囲に向かって叫び出した。


「お前ら、見ろ。俺は今日、受付嬢(・・・)を買ったぞ」


『うおおぉ』


 ……ありがとう、牛。

 御蔭で思い出す事が出来たよ。


 なるほど、確かに見た事があるはずだ。

 だって今の状況は一番最初に見た場面の続きなんだから。


(未来を映した世界は他にもあったが、まさかこの場面もそうだとは)


 しかしこの魔族の数は事が起こってから集まったからにしては集まり過ぎている。

 それにさっきのセリフ、事前に計画を立てていたのか。


「たじゅ、たじゅけて! だれか! やだ、いぎたくないっ!」


 泣き叫ぶ受付嬢の姿に場内は沸いている。


 とても見ていて良い気がしなかった。


「魔王様、どうしますか?」


「どうするもこうするもないだろう。このまま外に出る」


 魔王ブローになって魔族に命令する地位を得た。

 幹部魔族すら命令できる非常に強力なものだ。


 だがそれによってできなくなった事もある。


 その一つが戦闘だ。

 魔族の前でタスクの姿で戦う事が出来ないのは当然の事、魔王ブローの姿でも戦う事が出来ないのだ。

 魔王ブローの姿で戦う場合、魔王ブローとして戦わないといけない。

 だけど自分の戦い方すら確立できていない俺に魔王ブローの戦い方を真似できる訳ないだろう。

 それに戦い方が上手くいっても身体能力面で劣っているので弱すぎて偽物だとばれてしまう可能性だってあるのだ。


 同情はするがここで動くわけにはいかない。


 切り捨てるというとエリティアの目が俺の目を捉えた。

 エリティアは無言だ。

 でも圧が増した気がした。


 エリティアは気づいている。

 彼女を救う術はある。

 それをしない理由も多分分かっている。


 だからこそこの目で見られている。


 そんな目で見ないでくれ。

 ここで危険を冒す必要はないんだ。


 今も続く女性の懇願するような叫び声。

 仲間に裏切られ、集団の中にいる姿が嘗てのエリティアの姿に重なった。


 ……はぁ。

 仕方がない。

 どちらにしろ俺達と敵の戦闘力の差を確認したかった。

 あの牛なら丁度いいだろう。


「エリティア、あの受付嬢を助ける」


「了解したわ」


「だが俺は戦う事が出来ない。俺が出る前にあの牛を殺しておいてくれ。……危なくなったら必ず助ける」


「最後のは余計よ。絶対に勝って来るから安心してみてなさい」


 そう言うとエリティアはマントを脱ぎ捨てて屋上から飛んだ。


 全身を覆っていたマントの下に着ていた装備が姿を現す。


 エリティアの装備を簡潔に言ってしまうと"ビキニアーマー"だ。

 肩と手甲に黄金色の装飾の成されたガントレットと同じく膝から足先まで覆ったソルレットで完全に装備しているのに対して、体幹部には薄い布としか思えないビキニしか着ていない。

 肌を見せている面積の方が明らかに多い見た目だ。


 先に断って置こう。

 このエリティア装備をエリティアに勧めたのは俺である。

 だが決して俺の趣味で選んだ訳ではない。


 そりゃあどれだけ目を逸らそうと思っても目がいってしまうほどダイナミックな谷間に腰回りに腰布が付けられているものの真正面からでは見えてしまうような衣装はドストライクだがそれで選んだ訳じゃあないんだ。


 ガントレットとソルレットはドワーフの作った一級品の防具。

 使われている素材は金ではなくオリハルコン。

 更にガントレットには筋肉増強、ソルレットには速度強化と疲労軽減が付与されている。


 保管庫に置いてあった装備の中でも上位の性能……ではあるが、ビキニアーマーは数段上の性能を誇る。


 ただの布の様に思える生地の正体は歴代最強の初代勇者が倒した魔王ガグシャダルマの皮だ。

 魔王ガグシャダルマは魔王ブローと同格とされる上位魔王に位置し、防御力に特化していた魔王であった。

 魔王ガグシャダルマの皮はそれその物がオリハルコン級の強度を持っている上、【共鳴】という他の装備の効果を得られるという特殊なスキルが宿っていた。

 それに弱点に見える無防備な個所が多いのも、強度を周囲に広げる【防御拡大】がある。


 この装備は勇者の装備の余りで作られたものだが、同じ素材で作られた皮鎧は2代目~5代目勇者まで破損するまで使用されている。


 だからあの装備は最も防御力に優れた装備なのだ。


「下郎。今すぐにその汚い手を離しなさい」


 しかし真に恐ろしいのはエリティアの豊満な胸部とビキニアーマーの相性の良さだ。

 あの面積で全くズレない。

 ここから飛び降りているというのに全く脱げる気配がない。

 まるでエリティアの為に作られたようなフィット感である。


 俺は心の底からビキニアーマーの製作者を心の中で褒めたたえた。


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