37話 勇者の罪状
玉座の間の扉が閉まる。
幹部魔族達の姿が見えなくなったのを確認すると俺は力が抜けて背もたれへと勢いよくもたれ掛かった。
天井に設置されている照明用魔道具を見つめながらため息が漏れる。
覚悟はしていたが、幹部魔族ともなるとどいつもこいつも見事に異形の化け物のオンパレードだ。
そんな化け物たちを相手にこれから指示を出さないといけない立場になった。
考えただけで嫌になって溜息が出るぐらい出てしまうのは仕方がない事だろう。
それに白い空間の調べでは全員が魔王ブローに忠誠を誓っている訳ではない。
腹の中に野心を隠している者もいれば、欲求が満たされるから部下に収まっている者もいる。
そいつらは弱みを見せたら何かしてくる可能性が高いのだ。
一瞬も気が抜けない。
更に幹部魔族は全員ではない。
まだ3体先程の幹部魔族と遜色のない化け物がいる。
これからの生活を考えただけで頭が痛くなってきた。
このまま逃げだしたいという気持ちも……、
「タスクお疲れ様」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。すぐに戻る」
そんな俺にエリティアは労いの言葉をかけながら近づいてきた。
それだけで少しだけ頑張ろうという気持ちが強くなる。
魔王ブローの姿のままだと不便なので【擬態】を解除して元の姿に戻る。
「もう、心配したわよ」
「信じてなかったのか?」
「信じていたのに幹部魔族を見て動揺したのはタスクの方じゃない」
うぐっ
ほんの僅かに動揺しただけだ。
幹部魔族も気にした風ではなかった。
それなのにエリティアには気づかれていた。
「慌てて【絶対者のオーラ】の出力を間違えるんじゃないかってひやひやしたのよ」
「あれだけ指導されたんだから間違えないよ」
それ以外だったら失敗していた可能性が高かったことは否定できないけどそんな事は言わない。
「気を付けなさいよ。バレたら逃亡生活なんだから」
そうだよな。
俺の失敗で正体がバレたら当然一緒にいるエリティアは疑われて逃げるしかなくなる。
逃亡生活にしても魔族側に俺達の事が知られての生活になるから相当過酷な生活を強いられるだろう。
何より捕まった後どんなことをされる事か。
自分の行動にもっと責任を持たないと。
「その様子ですと無事に事が運んだようですな」
「あぁ、無事に外出するのを認可された。これで次の行動が起こせる」
エリティアに心配させてしまったことを反省しているとマークスが会話に入ってきた。
その後ろにはナタリーとシャロットもいる。
今は朝ではない。
本来なら来る時間ではないが、現在玉座の間はウォーガルの異臭とシュリアン・ガーの粘液で汚れてしまっている。
掃除しない訳にはいかないから呼ばれたのだ。
「勇者の方はどうなりましたか?」
「予定通りだ」
「本当に魔族に売ったのですね」
ナタリーの言葉に頷いて返す。
仲間をこれから増やしていくと魔族にバレるリスクが大きくなる。
それを回避するために仲間に加えるのは厳選していく。
だが魔族にバレるのと同じくらいやってほしくない事がある。
魔族を倒す為に勇者ユクスを解放する事だ。
勇者ユクスの解放なんてされたら魔族に隠れて行動できないし、勝手に行動されるだろうし、仲間に何をするか分からない。
計画が全部パーになってしまう。
勇者ユクスは今の俺の一番の爆弾なのだ。
そんなものいつまでもただ牢屋に監禁しておくだけでは不安だろう。
迅速に対策を講じないといけないと思った。
ただそのことを既に仲間になっている面々にはしておいた方がいい。
そう思いエリティアだけでなくマークス達にも勇者ユクスの処遇について話をした。
勇者は魔族に対抗する切り札の様な存在。
反対されることを覚悟していた。
だが三人の反応は、
「そのまま牢屋にぶち込んでおけばよろしいかと」
「解放するのは止めた方がいい」
「私達には彼は必要ありません、絶対に出すべきではないでしょう」
全員がユクスを解放する気がなかった。
それも誰もがユクスの処遇を聞いても冷めた態度。
これにはエリティアが衝撃を覚えたような顔をしていた。
俺も気になって理由を聞くと返ってきた答えは俺と同じものだった。
勇者ユクスは清く勇敢で仲間からの信頼も厚く善良な好青年である。
それが一般に流れている勇者ユクスという人物像だ。
だが俺から言わせれば勇者ユクスという男は大量の罪を重ねた犯罪者である。
奴の初犯は13歳で罪状は強姦だ。
8歳から教会に勇者認定が認められて王都に引き取られてから5年間でユクスは自分がどういう存在なのか理解した。
勇者がいたから連合軍は魔族に対抗できた。
つまり自分は魔族の天敵であり、戦争に勝つためには絶対に必要な唯一無二の存在、勝利が約束された男だと。
そう理解してしまった。
魔族に勝利できる勇者であるのだから何をしても許される。
完全に勇者という認識を間違った形で覚えていた。
そして13歳の思春期に入ったユクスは勇者であるという立場を最悪な形で使った。
王城で鍛錬を行っていた下級騎士になりたての女性を人気のない所へと連れ込んで行為に及んだのだ。
それはもう見事な屑男であった。
被害になった者には同情しかない。
行いはすぐに第三者に知られる事となり、本来なら牢屋にぶち込まれている。
しかしユクスの思惑通り非道な行為は事件にされる事なく内々に処理されて何の罪にもならなかった。
罪を犯しても罰せられない。
それが余計にユクスの考えを歪ませた。
ユクスは味を占めて暴行や強姦を繰り返すようになり、行為自体もエスカレート。
多くの恋人や婚約者がいる者達が涙を流す事となった。
その都度勇者の行いを外部に漏れないように紛争していたマークス。
被害者女性のアフターケアを担当していたナタリー。
同期に被害者がいたシャロット。
どの事件かは分からないが、三人はユクスの起こした事件に何かしら関わっていたらしい。
話は続き。
王都で散々悪事を働きながら注意もされずすべて隠蔽されたが、旅に出ればそうはいかない。
勇者である為牢屋には入れておけないまでも甘ったれた精神を叩き直そうと厳しく当たる者が出てきた。
だがもうこの頃には強姦程度出来て当然という認識になってしまっていた。
注意してくる者は口うるさい奴だとしか思わず、どんどんと鬱陶しく感じる様になって終いには依頼中や魔物との戦闘中に偶然を装って亡き者にする殺人にまで手を染め出した。
勇者のくせに守らなければならない仲間を笑いながら殺しているのだ。
たった5年で暴行23件(相手を重症にしたもののみ)、強姦(未遂除く)54件、窃盗7件、殺人31件。
それ以外に間接的な殺人が69件、小さな犯罪は数えるのが馬鹿らしくなるぐらいやっている。
だからユクスという男は勇者という肩書に威を借りて己の欲求を満たす屑中の屑な犯罪者だと評価した。
(あぁ、魔族に負けて期待も裏切っているから詐欺師の肩書も追加しておこう)
ユクスを解放したりなんかしたら絶対に自分勝手に己の欲求だけで行動して内部崩壊を引き起こすだけだ。
俺もまったくその通りだと思う。
三人も共通見解の様で嬉しいよ。
とはいえ三人が俺と同じなのは偶々ユクスの本性を知っていたから。
これから仲間になる人間もそうだとは限らない。
そこで勇者を解放しにくい状況にしておいた方がいいと提案した。
有効活用が出来れば尚いい。
三人は賛成してくれて多くの案が出た。
その結果が"幹部魔族の餌"。
今回の案で得られたメリットは多い。
まずグロウリーは一番近くにいる幹部魔族、
奴の行動が俺の行動に直結する。
それが勇者ユクスを貸し与えられた事で意見に反対して褒美を取り上げられたくないという心理から制御できた。
次に他の魔族達の目も俺からグロウリーに向ける事が成功。
最後に牢屋にいる間の警備が強化される。
一石三鳥という訳だ。
これで益々ユクスが表舞台に出てくることはないだろう。
「それで外出は早ければ明日にでも出発したい。エリティアの準備を頼む」
「任せて下さい」
「はい、エリティア様行きますよ」
そういう訳でユクスなんて屑の話はこれで終わり。
外出する準備は俺は出来ているけどまだエリティアが終わっていない。
本人は別にいい、というけど女性の準備は男性では分からない事ばかりだ。
きちんと同性に見て貰った方がいい。
なのでシャロットとナタリーに任せていた。
呼ばれた二人は返事をした後、いらないわよと抵抗するエリティアを引っ張りながら部屋へと連れていかれていった。
部屋……国王の部屋……なんか嫌だな。
寝室……だとなんか照れ臭くなる。
なんかいい呼び方を考えとこう。
そして残った二人で……汚れた玉座の間の清掃だ。
(軍手が欲しい。マジで気持ち悪い!)
シュリアン・ガーの粘液に触れた瞬間、手にはヘドロに手を突っ込んだような気持ち悪い感覚が襲ってきて全身に鳥肌が立った。
素手で触りたい物じゃない。
それでも止める訳にもいかず、気持ち悪さに耐えながら処理していると、仕事をしている間は仕事の事以外一切私語をしないマークスが珍しく話しかけてきた。
「前々から気になっていたのですが、エリティア様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
「関係って……恋人同士かな」
運命共同体とか、主従関係とか他にも言い方があるが、マークスが言いたいのがそんな訳でないのは分かる。
恥ずかしい気持ちを抱きながらもはっきりと俺とエリティアの関係を言ってやった。
「ではもう初夜はお済で?」
はいっ? 初夜? 初夜っ!?
「な、な、な、何を言ってるんだマークス。し、してる訳ないだろ。エリティアと会ってまだ一週間も経ってないんだぞ」
「タスク様こそ何を言っておられるのです。初夜など出会ったその日に行っても珍しくもありません。寧ろ同じ部屋で寝ているというのに手を出さない方のが可笑しいのではないでしょう?」
それは結婚だろ。
一応まだ恋人だから初夜を行うのは……。
「失礼ですがどのような経緯で恋人同士になったのでしょうか?」
本当に失礼な質問だな。
人の告白を聞くなよ。
「場合によっては大変重要になっていきますので」
なんだよ。なんでそんな真剣な表情で聞いてくるんだ。
そんな表情をされると不安になってくるだろ。
そんな不安になるような事は何もないぞ。
だが話を聞いたマークスは深刻そうな顔に変わった。
「単刀直入に言いますと非常に拙い状況かも知れません」
「な、何がだ」
「話を聞くとエリティア様が恋人だと認識していない可能性があります。告白の際に仰った『エリティアを俺のパートナーにしたかったからだ』、『俺の隣にいて欲しい』確かに告白の様に思えます」
それの何が問題なんだ。
「パートナーという言い回しと前後の文脈の所為で作戦の共犯者としてのパートナーではないか。私にはそのように思えてしまうのではないか。そうおもうのですが」
…………。
「隣にいて欲しいも戦力として必要だ、と受け取れてしまいます。これでは恋人としての告白だと認識されていない可能性があるのではないでしょうか」
改めて問われると……やばいぞ。否定が全くできない。
そもそもあんな会ったばかりの信頼を勝ち取れるかどうかの場面で告白したからと言って恋人に結び付けろという方が難しい。
俺が逆の立場ならマークスと同じように解釈する自信がある。
「王族であれば子孫を残す重要性も教育されています。それなのにこの五日間同じベッドで寝ていたのにも拘らず何もなかったことを踏まえますと……」
一緒のベッドで寝たのはマークス達を助けて魔力切れになった時だけで後はソファーで寝る様にしているので同じベッドという訳ではないが、同じ部屋ではある事には変わりがない訳で……待ってくれっ!?
それじゃあ俺の一世一代の告白は勘違いされたまま伝わっているっ!?
(いやいやいや、待とう。落ち着いて考えろ。そう言っているのはマークスだけでエリティア本人が言った訳ではない。し、しかしもしもマークスが言っている事が正しかったら……)
「もし誤解していたら不味いです。早めに真意を確かめた方がいいと老婆心ながら助言いたします」
マークスの言い分の方が正しく思える。
俺の頭の中はもうグチャグチャで「そうだな」としか答えられなかった。
その後エリティア達が準備を終えて帰ってきて変わらない笑顔を向けてくれるのに、俺はこの笑顔は恋人としてか、それとも共犯者としてかで頭を悩ませた。
余談
(あの奥手で恋愛に臆病なエリティア様があれだけアプローチをしておられるのですからどう思っているのかは一目瞭然でしょう。初夜を実行されていないのはタスク様から切り出して欲しいからと何故気づかれないのか。鈍感でへたれなのでしょうがこのままでいるのは二人のためにもよろしくない。これを機に行動を起こしてくれれば問題なく済みそうですが…………はてさてどうなることやら)
「何か言いましたか?」
「いえ、ただの独り言です」
少々言葉が洩れていたのかシャロットに聞かれてしまった。
ただ内容までは分かっていない様ですぐにナタリーとの会話に戻る。
「残念ながら今日もタスク様とエリティア様は初夜を行っていませんでしたね」
「エリティア様の反応からするとタスク様がいつ誘ってくれるのかを待っていると言った感じでしたね」
「早くタスク様も誘ってあげればいいのに」
……どうやら女性の方でも似たような話があったようですな。
エリティア様はタスク様のアクション待ちですか。
「タスク様の性格を考えると行きたいと思っているのに怖じ気づいているんじゃないかしら?」
「へたれてるって事ですか? ……なんかあってそうですっ!!」
二人にもへたれ認定されるとは……。
取り合えずもう少し様子を見てサポートしていきましょうか。
二人の関係は全て使用人達に見透かされていることを二人はまだ知らない。
これで1章は終了です。
次回から支配領地編に入ります。
ここまででまだブクマをされていない方は切りがいいのでできればお願いします。
時間がある方は評価や感想を頂けると色々と嬉しいです。