36話 幹部集会
五日の準備期間はあっという間に経過した。
武器に引き続き、防具も入手する事が出来たし、問題にしていた魔力切れの解決アイテム魔力回復ポーションもアイテムボックスに×99入っている。
それ以外のアイテムも必要最低限は手に入った。
道具面では問題ない。
武器の扱いの方はあれからエリティアに毎日稽古してもらっている。
毎日保管庫で行ったような事をしている。
……を期待したんだけどそう上手くはいかない。
内容は摸擬戦で身体が武器の扱いに慣れるまで徹底的にしごかれただけだ。
普通に教えたら間に合わないからって相当なあら行事だった。
(回復魔法で身体の傷は治したはずなのに身体が痛い)
どういう訳か筋肉痛には回復魔法が効かないんだよな。
その指導の甲斐もあり『敵を殺せる』レベルには問題ないと評価が貰えた。
取り敢えず身体能力に差がある相手であれば多少の技量差があっても勝てるようになったらしい。
(エリティアにはやられっぱなしで実感が湧かないけど)
覚悟していたけど道のりは長そうだ。
さて準備期間の話はこの位でいいだろう。
これから本題の幹部集会が始まる。
幹部集会というのはその名の通り魔王ブローの最高位の上位魔族達が就く幹部魔族が集まり領土の状況を話し合う会だ。
今回外に出ている幹部魔族は8体の内5体が召集を受けてこの玉座の間を目指して向かってきている。
俺はこれからその全員の目を欺き、魔王ブローとして認識されなければならない。
その上で自分達の意見を通さないといけない。
(餌を用意したとはいえ緊張するな)
玉座の間の扉が高らかに鳴った。
ご到着の合図だ。
高鳴る心臓を落ち着かせるために一度深呼吸をしてから入室を許可する。
玉座の間の4mの巨大な扉がゆっくりと音を発てて開門を始めた。
通常使われる2mの扉では感じられない重量感と共に幹部魔族が入場して姿を現した。
一番先頭を歩くのは、唯一の顔見知りであるグロウリー。
この五日の間も何度か報告のために話をしているので、こいつにはバレる心配を然程しなくなった。
こいつの後ろからが新顔だ。
「相変わらず人間の扉は小さいな」
次に入ってきたのは、4メートルある巨大扉に頭がつくほどの巨体を誇る魔族だった。
デカイが巨人族ではない。
身長4~5メートル、短髪の青い髪と黒人並みの焼けた肌にグロウリーとはまた違う短くも太い一角を生やした外見。着衣は下に布を巻きつけているだけで、武器である棍棒を背中に背負っている。
彼の種族は鬼。鬼人族である。
盛り上がった筋肉と口元から伸びる牙、そして魔族界でもトップクラスの怪力を誇る種族であり、この鬼は生まれながらの異常な巨体と鬼人種が不得手とする下級魔法を使いこなす。
鬼に金棒に魔法まで備えたのが、"蒼炎の肉弾頭"ウォーガル。
一対一であれば幹部でも一、二を争う実力者だ。
だがその反面、戦闘以外の事となると脳筋で、幹部の中で最も指揮官に向いていない。
頭が悪いし、色々と雑だから幹部の中では一番警戒レベルが低い。
でも野生の勘が鋭そうでバレないか不安だ。
「お前がデカすぎるだけだろう」
ウォーガルな巨体の影に隠れて硬質で聞き取りづらい歪んだ声が割って入る。
姿を現した声の主は、グロウリーやウォーガルよりも更に異質な姿をしている。
そこにいたのは、黒い鎧でも被っているような異形の怪物。ウォーガルが隣に居るせいで小さく感じるが、身長は2メートル以上、人間の体格からすれば十分に巨大な体を持つ二足歩行で歩く昆虫で、見た目からはクワガタを連想させる。
全身は甲殻に覆われているが、普通の昆虫と比べて骨格が多く、まるで人間の筋肉一つ一つの合わせているような複雑な形をしている。手足が6本、背中に四枚の羽があるのは昆虫と同じで、あの羽で空中を飛来し、4本の腕にそれぞれ異なる武器を手にして襲い掛かってくる戦法を得意とする。
だがその義を重んじる佇まいと言動に騙されてはいけない。
最も警戒しないといけないのが、普段使わずにいるが、並みの鎧など一撃で粉砕する二本の角と硬質な甲殻の下に隠された即効性の痺れ毒で、特に痺れ毒による不意打ちは数多くの猛者を亡き者にしている。
奴の名は"双角の飛来要塞"ディアドス。
だがまぁ、こいつはまだ容認できる異形だ。
クワガタは昆虫の中では好きな方だし問題ない。
容認できないのはーー。
「後ろが詰まっているのだから早く中に入ってくれ」
ペチンッと触手が床を叩き入って来た幹部魔族。
異形の多い魔族の中でも更に異形と呼ばれる触手種。言いにくいので人間の間では触手魔族と言われている。
全身をニュルニュルした無数の触手で覆い、胴体も顔も確認する事が出来ない。唯一確認できるのは、触手の間に見える光が奴の目である事だけだ。
名をシュリアン・ガーと言い。
分かって貰えると思うが、俺はこいつが苦手である。ニュルニュルのヌメヌメした奴の外見も嫌いだが、それ以上に嫌悪しているのは奴の……触手種の戦い方だ。
シュリアン・ガーは、個人の実力だけ見るとここにいる幹部達と比べて頭一つ以上弱い。
だが戦時中の武功を見ると幹部の中でもトップクラスに敵を亡き者にしている。
どういうことかというと彼らの種族全般が、狭い所や木の上、果ては地中でも移動できるため、奇襲を最も得意とする。それも集団での奇襲。
ここまで言えばある程度想像がつくだろう。
つまりこいつは戦前にその容姿で新兵達の心を折り、戦場では空や地中から不意打ちを狙って敵を大混乱に陥れ、戦後に安心して気が緩んだ敵を襲撃して消していく。
捕まった者達がどうなったかなど想像もしたくなく。
付いた二つ名は"奇襲恐"
戦場の駒としてなら他の幹部以上に危険な存在だ。
この二体は魔王ブローへの忠義は厚い。
少しのミスで気づかれる可能性のあるので警戒レベルはウォーガルより二段は高くしておく。
そうでなくとも近づきたくはないけどな。
「ウォーガル、君はやっぱり最後尾にいるのがいいと思うよ」
「お前のすぐ後ろにいるせいで前が見えん」
ウォーガルが玉座の間に入って横にずれると、先程まで死角で見えなかった二人も姿を現す。
向かって右側に居るのが、一角馬のビュランダ。
ユニコーンが二足歩行になった見た目をしている魔族で、ウォーガルやシュリアン・ガーとは違ってきちんとした身なりをしている。
魔王ブローの軍団の特攻隊長を務め、馬の脚力と速度で戦場を引っ掻き回して武功も数々上げているが、過去の戦いを見ても明らかに底を見せていない。
左側で腕を組んでいるのが、デモンズ・カーハ。
黒に赤が混ざったような肉体に、頭に二本の角、背中には翼、手には鋭く尖った爪、尻には尻尾が生えている。そして顔は蜥蜴のような顔で、人間に近い悪魔の姿をしたグロウリーとはまた違った理想の悪魔の姿をしている。
戦闘方法も搦め手に闇魔法と卑怯や汚いと思えるものが多く、敵に弱点があれば笑いながらそこを狙ってくる。
以上の6体の魔族幹部が玉座の間に座る俺に向かって横一列に整列した。
その場に沈黙が降りたのを見計らってグロウリーは口を開いた。
「では皆、我らが魔王様に忠誠の儀を述べよ」
一斉に幹部各員が膝をつくと、一番端にいるシュリアン・ガーがまず喋り出した。
「『ネイラント』管轄、シュリアン・ガー。魔王様に忠誠を」
頭? を下げると、入れ替わるように隣にいるディアドスが声を上げた。
「『ダグディア』管轄、ディアドス。魔王様に忠誠を」
更に続くようにビュランダ、そしてデモンズ・カーハも口を開く。
「『ジルガートル』管轄、ジュランダ。魔王様に忠誠を」
「『サンムーゴ』管轄、デモンズ・カーハ。魔王様に忠誠を」
美しく洗礼された綺麗な礼を見せる二人の後に巨体であるウォーガルが動く。
「『ウォーナガル』管轄、ウォーガル。魔王様に忠誠を」
こちらは先の二人に比べると大雑把で雑な礼だ。動くたびに音が鳴っているし、人によっては礼節がなっていないと怒りそうな態度だ。だが裏表がなく本能に忠実な魔族なので、こいつは俺が魔王だと思っている限り裏切らないし、もしばれてもすぐに態度や表情に出る。
寧ろこのままの方が色々と楽そうだから注意はしない。
「幹部魔族統括、グロウリー。魔王様に忠誠を捧げます」
そして一周回って再びグロウリーへと戻った。
「国境警備のため来れない者を除く全ての幹部魔族御身の前に参上しました」
向こうの世界で生活している時はリーダーとかキャプテンとか班長とかっていう責任があって面倒そうな役割は避けてきた。
だからこんな風に敬われるような経験がない。
それも異形の怪物達が俺ではない奴だと思って頭を下げているんだからなおさら居心地が悪かった。
(場違い感が半端ないな)
こんな化物達の上で君臨しないという計画に今更ながら動揺した。
それでもどうにか予定通りに計画できたのは次の行動がエリティアに足が痺れようが腹が減ろうが眠気が襲おうが頭にはいる間で入念に叩き込まれた【絶対者のオーラ】の発動だったからだ。
【絶対者のオーラ】をLv5の出力で発動する。
幹部魔族達は微動だにしていないが、グロウリーのこれまでの行動でこれが普通であることは分かっている。
つまり他5体にも通用したという事。
それを見て緊張が解けて冷静になれた。
「我が幹部達よ。よく集まってくれた」
俺が話しかけると幹部魔族達は頭を上げてグロウリーが代表するように返事をした。
「魔王様の御呼びとあれば我々はいつでも駆けつける所存です」
その返事に対して心の中で「5日掛かっているけどな」と思いながら無言で頷いてやる。
参加する幹部魔族に欠席者がいなかっただけマシだとは思うけど。
「まずは支配権を与えた各幹部達に聞こう。お前達に与えた管轄区域の運営で異常はないな?」
俺の申し出にグロウリーはゆっくりと首を捻って各幹部の顔を見据える。視線を受けた幹部達は、心得たというように一度頷いた後、先程の挨拶同様シュリアン・ガーから順に口を開いて行った。
「ネイラントに問題はありません」
「ダグディア、管理は行き届いています」
「ジルガートルに異常はない」
「同じくサンムーゴも歯向かう人間はもういない」
「ウォーナガルは完全に俺の支配下にはいった」
自信たっぷりな表情で幹部達からきた返答は、何の内容もない情報だった。
「小学生の子供に勉強している?」と聞いて「してるよ」と返ってくるのと同じぐらい信用度がない。
一体何を根拠に信じられるのかと思う。
でも魔王ブローはこの報告で納得してしまっていたので俺もここは素直に頷くしか出来なかった。
こっちの改善は早急にする必要はないから少しずつ怪しまれない程度に直していき、情報を引き出していくしかない。
「グロウリー。他の幹部は追って連絡をしておけ」
「畏まりました」
残りの幹部は国境に面した支配区域を与えていて、外敵からの警備を任している為、今回の招集に入っていない。というのが建前で単純に距離が遠く待っていては集まるのに更に何日も経過するから免除されている。
行き来するのにここにいる幹部の支配区域内のいずれかを通過しないといけないので関わらないで済むならそれはそれでいいだろう。
「それでは問題ないな。本題に入ろう。既にグロウリーから聞いているだろうが部屋から出ようと思う」
「「「「「っ!!?」」」」」
……おい、グロウリーなにも伝えていないのかよ。
グロウリーを睨むと視線を逸らされた。
「別に驚く事ではないだろう。勇者を捕まえて1年も経てば失望も薄れる。それよりも俺が任せた領土をお前達がどのように管理しているのか気になってな。見に行こうと思っている」
「……それは巡回という事でしょうか?」
ビュランダが顔を曇らせながら発言する。
まさに巡回すると言っているのだが思った以上に警戒されている。
ここは少し魔王ブローらしくしよう。
「お前は何年俺に仕えている。巡回などという仕事のような事をする気はない。これは俺が気分で行う散歩。例えどんな街に仕上げていようが文句を言う事はない」
「散歩ですか」
「それに急に行くとお前達も準備をするのが面倒だろう。まずは王都の周囲でものんびりと散策しながら……そうだな。最低でも1ヵ月後に最初の訪問を行うとしよう」
「1ヵ月後ですか。ではいつ来られることになってもいいように最低限の準備をしてお待ちしております」
「そうしてくれ」
1ヵ月という期限を聞いてビュランダから焦りが消えた。
そして改めてグロウリーに外出の許可を申請するとあっさりと承諾された。
これで今回呼んだこちらの目的は達成した。
だけどもう一つ今の内にして置きたいことがある。
「次にグロウリー」
「なんでしょう?」
「お前は王都の管理を任せる為に他の幹部達の様に戦勝の褒美を与えなかった。その褒美を与える」
場に再び驚愕が生まれた。
褒美を渡すのが意外か? それとも自分達に渡された領土が褒美だと思っていなかったか?
どちらも正しい。
魔王ブローはグロウリーの働きは当然の事としていたし、幹部達に領土を任せたのはただ単に面倒で引き籠りたかったからだ。
褒美のほの字も頭になかった。
この反応になっても仕方ない。
「グロウリーよ。女体化計画を知っているな?」
「……知っています」
「確か、魔王バルバゾスが進めていた人間の男を女に性転換させる計画だったと記憶しております」
女体化と聞いて歯切れの悪くなったグロウリーに代わってデモンズ・カーハが説明した。
バルバゾスの女体化計画とは、デモンズ・カーハの言う通り性別を男から女に変化させる人体改造の取り組みの事で、ステータスに載っている性別が変化することを最終目標に行われている。
今の所、乳房が多少膨らませる事に成功したという成果ぐらいしか上がっていないというくだらない研究である。
グロウリーがなぜこんなに嫌がっているのかというと、理由の一つとして女体化などそう簡単にできるものではなく、褒美というよりも罰に近い課題だからだ。
「流石はグロウリー。魔王様に信頼されていますね」
「成果が出たら俺にも教えてもらおう」
「俺には分からんが、魔王様の期待に応えろ」
その困難さを知っている者(一人を除く)から慰めの言葉が送られる。
「女性を男性にさせるのでは駄目でしょうか?」
「男を女にして何の意味がある。街を見れば男と女どちらが不足しているか分からないお前ではないだろう」
「くっ」
そしてもう一つの理由が、この幹部魔族総括様は、人間の男が好きなゲイであるという事。
こいつ専用の奴隷は全て男であり、冒険者ギルドの数少ない男性冒険者の購入者の一人でもある。
好みから遠ざける行為を自分から行うのは嫌なのだろう。
「最後まで聞け。勿論、女体化してもらうが、それが褒美になるとは俺も思ってはいない。本当の褒美とは、その実験体として勇者ユクスを貸し与えるという事だ」
「「「っ!!?」」」
また全員の顔が驚愕に染まった。
ただし先程とは違い、今度はほとんどが悔しそうな表情をする中で、グロウリーだけが先程とは打って変わって勝ち誇った顔で他の面子を見ている事だ。
女体化はまだまったく進展の見られない計画だ。
満足いく成果を挙げるには相当な労力と時間が掛かる。
その間全てを女体化に捧げる必要はないし、勇者の扱いは自由にしていい。
今までは魔王ブローの玩具であったため手の出せなかった勇者が手の届くようになったのだ。
グロウリーにとって十二分に満足のいく褒美だろう。
さっきまで渋々承諾する姿勢だったのが、今では忠誠心の塊のような完璧な佇まいに変わっている。
「このグロウリー謹んで魔王様からの贈り物を頂戴します」
「あげた訳ではない。貸すだけだ。研究は街の管理をしっかりとこなした上で行え、もしこれで問題を起こすようならすぐにでも没収するからな。それと殺さなければ何をしてもいいし、他の幹部の助力を求めるのも良しとするが、逃がしたりしたら命はないと思え」
その瞬間、他の魔族達によるグロウリーへの圧が跳ね上がった。
(そんなにあんな屑が欲しいかね)
全員からの殺気の籠った圧を受けてもグロウリーはどこ吹く風といった感じで、もう心は完全に今後の勇者に向いてしまっている。
求めていた反応ではあるが、あんまりにも効果があり過ぎて不安になってくるなぁ。
不安なのでもう一度釘を刺しておく。
「勇者はあくまでも貸し与えるだけ、もし問題を起こしたら没収する事を忘れるなよ」
「……分かっております。このグロウリー頂いている仕事を見事にこなして見せましょう」
自信たっぷりに大層な発言だが、すぐに顔を崩していてはまるで説得力がない。
これを見ると本当にすぐにでも取り上げた方がいいのではと思えてくる。
「では今後も俺のために働け、以上だ」
俺の終了の言葉で幹部達は無言で立ち上がると、そのまま玉座の間を退出していった。
こうして俺は街の外へと出る事が出来るようになった。
幹部魔族に怪しまれた様子もないし大丈夫なはずだ。
しかし後にこの選択が大変な事態を引き起こす。