35話 武器庫
ステータスに軽くディスられた翌日、俺の目の前には武器があった。
それも部屋にびっしりと並べられている巨大な棚全てに敷き詰められている為、夥しい数の武器で満ち満ちていた。
訪れた場所は保管庫。
現在いるのは見ての通り武器を保管している部屋だ。
ただし一般兵士の武器を保管する武器庫ではなく、エリカーサ王国の所有する国宝級の品々が保管されている保管庫である。
ざっと視界に映ったものだけでも龍の彫刻の掘られた短剣、様々な種類の宝石が繋がったネックレス、黄金で出来た兜に、精巧すぎる白銀に輝くタペストリーなど一目で高級品だと分かる品が目に入ってくる。
ただの一般市民でしかない俺には高価すぎる品々に思わず感嘆の声が洩れそうになるのを必死に耐えた。
今の俺は魔王ブローの姿に擬態している。
魔族の目を欺いて行動するために俺は魔族達にとっての魔王ブローでなければいけない。
俺の後ろにはまだこの保管庫の警備を任された魔族がこちらを見ている。
情けない声なんて出したら間違いなく理想が壊れる。
その意思がなんとか声を洩らすのを抑えた。
「調べるのは俺達だけでやる。お前は引き続き扉の前で警備を続けてくれ」
「了解しました」
俺が声を掛けると魔族は扉を閉じた。
これでようやく俺とエリティアだけになった。
「【擬態】解除」
俺は魔王ブローから元の姿に戻った。
「それじゃあ装備を探していこう」
今日この武器の保管庫に来たのは俺とエリティアの装備の新調のためだ。
現在エリティアの装備は武器が王国製量産槍。防具は奴隷の正装である。
王国製量産槍の性能は蚊もなく不可もなくといったもので攻撃力と耐久力の面では市民の流通している武器よりも高性能ではあるが、魔法や特別な効果が付与されていないただの良い武器止まり程度だ。
防具は……みすぼらしいが露出が多いのでそれはそれでありな見た目ではあるが、戦闘では糞の役にも立たない。
足部に至っては裸足で防御力0。
更に酷いのが俺で武器は無し。
防具は何とか服の役割を果たしている様なボロボロな元の世界の私服。
これから戦いをする者の装備ではない。
「予想以上に多いな。一つ一つ見て行ったら何日も掛かりそうだ」
「何を言っているのよ。ここにあるのは見た目だけは立派だけど実用性の乏しい低能武器よ」
「そうなのか」
どれも高価で立派な武器なように見えるんだけど。
「ここにあるのは勇者の誕生が発表されてから各国が友好の証として贈ってきた贈物よ。見栄え重視の性能度外視の式典などで着飾る用よ。戦闘には使えないわ」
「じゃあ実用性向きの装備は別に分けてあるのか」
「ええ、そう言った武器はこの奥に置いてあるのよ」
ついて来てという様にエリティアは先行して進んでいく。
その後を追っていくとエリティアの言い分が正しいというのがよく分かった。
蒼玉と紅玉を合成して作られた全身鎧、柘榴石をはめ込んだミスリルの杖、金剛石を削って作られたダガー、翠玉の大楯などなど。
奥に進むほどに使われている素材や技法がどんどん高くなっていく。
でもまだこれらも見た目重視だった。
実用性重視は凄いというのは同じだけど外観から与えられる感覚が違う。
煌びやかな宝石や無駄な装飾は減っていきより戦闘で扱いやすい形状に洗礼されていく。
バジリスクの王冠、ゴルゴ―ンの首飾り、死喰い人の羽衣、エルダーリッチの眼が埋め込まれた杖、腕より長い爪で出来た鎌に、トレントキングの弓。
もう良さそうな武器に入ったんじゃないのか?
でもエリティアの歩みは止まらない。
「タスク、早く」
「この辺は見なくていいのか?」
「いいのよ。だってここはまだ人族の作品だもの」
そして進み続けると遂に保管庫の最奥にまで到着した。
(なるほどね。エリティアが歩みを止めない訳だ)
「この先が本当の武器庫。私を含めた勇者パーティーのために用意された武器が保管されている場所よ」
武器の最奥に更に奥へと進むための扉。
エリティアはこの先に目当ての武器があると言った。
勇者パーティー用の保管庫かよ。
でも合点がいった。
勇者パーティーの武器選びの際の映像は確認したけど玉座の間でもこの部屋でもなかった。
たぶんこの先の部屋で行われたのだ。
扉を開けるとそこは先程までとは明らかに部屋の在り方が違っていた。
先程までの部屋はただの倉庫として武器を置いているだけの部屋なのに対して、こちらの部屋は博物館のようにその品が最も映えるように武器を魅せる為の考えられた配置になっている。
部屋に置かれている武器の数は少ないのに、部屋の広さは先程の部屋の倍、天井も武器を振り回しても問題ないように物凄く高く設計されている。
「これが最上級武器か」
「そうよ。全部ドワーフ製の武器になるわ」
先程までも凄みがあった。
だけどこちらの方が素人目にも技術が違う。
「覚えている範囲で説明すると手前から先代勇者の仲間が使用していた長槍"グラナリーン"。性能としては型落ちだけど魔王との戦いで壊れず使用者も生き残ったって事で縁起担ぎの意味も込められて置かれてる。その横にあるミスリルの槍が"キワナカ"。ドワーフ御三家の一人が打った業物で魔法適性が物凄く高いのよ。ただ私は魔法適性が無いから性能の半分も出せないから選ばなかったけど」
エリティアは急に武器の説明を始めた。
一番最初に置かれているのが槍だったから説明したかったのかもしれない。
この世界のドワーフもものづくりは得意で連合軍の実力者が使う武器はドワーフ族に一任されている。
当然勇者パーティーの武器はドワーフに任される。
勇者パーティーに選ばれ魔王討伐に貢献したとなればその武器を作ったドワーフは末代まで称えられるとあって魂の籠った力作が送られてくる。
ここにあるのはそんなドワーフの最高傑作。
(素材だけ見てもミスリルだけじゃない。アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネって伝説級の貴金属まである)
流石に使われているのは少量みたいだけど。
それに性能だけじゃなく付与も施されている。
この付与の生成方法こそ力が強く手先の器用なドワーフ族の武器が優れている理由。
付与魔法の強い武器と弱い武器では性能が大きく変わる。
(でも身体強化系の付与が多い。だいぶ偏りがあるな)
もっと色々な効果が付与されている方が戦略の幅が広がっていいんだけど……まぁ仕方ないか。
「ここに私の愛槍だった"ゴボルク"が置かれていたわ」
「そういえばエリティアの槍は……」
「捕まった時に折られてしまったわ」
もしあの槍がを俺との戦闘で使われていたら勝敗はあんな簡単にはいかなかった。
もっと泥沼化していただろう。
「そんな部屋で尚圧倒的な性能を誇っているのが、最奥に置かれている聖剣『エクスカリバー』」
エリティアの歩みが止まり、視線の先には、煌々と輝く剣……の隣にその見た目とは不相応な立派な台座の上に飾られた普通の剣が置かれていた。
もう一度断っておくが、隣のいかにも伝説の武器って雰囲気を醸し出している剣ではなく、店で纏め売りされていそうな一見地味な普通な剣が、勇者のみしか使用ができない聖剣エクスカリバー。
勇者ユクスが魔王ブローに捕まって装備を取られた後にここに戻されていたのは知っていたが、正直この剣には用はないんだけど。
「さぁ、タスク。この剣を取るのよ」
「えっ、なんで?」
さっきも言ったけどこの剣は勇者にしか使えない。
「大丈夫よ。だってタスクは勇者専用スキル【限界突破】を使えるじゃない」
あぁ、そういえば【限界突破】は勇者専用スキルで、浄化する際に使ってたな。
だから俺が聖剣を使えると思ったのか。
「だから俺は勇者じゃないって」
「いいじゃない物は試しって事で、もしかしたらタスクが否定しているだけで聖剣に選ばれるかもしれないんだし」
いや、そもそもその認識が間違いだから。
聖剣エクスカリバーは使用制限付きの武器で、その条件をクリアしないと剣に秘められた力が開放されない仕掛けになっている。
だから仮に勇者じゃなくても条件がクリアしてれば使用は可能。
勇者はそれをクリアできる条件に最初から設定されているから使えるのだ。
そして俺はその条件をクリアしていない。
だから試すまでもなく聖剣を使うことは出来ない。
結果はもう分かっているんだが……。
エリティアが期待を込めた目で見ているのに本当のことを言うのは無理だった。
仕方なく聖剣を手に取り、柄を持って鞘から抜いた。
当然聖剣に反応は見られない。
「これで満足か?」
「う~ん、タスクだったら行けると思ったのに」
納得いかないようなので聖剣に反応がない事をきちんと確認してもらってから刀身を鞘に入れて台座へと戻す。
使えない武器より使える武器だ。
「それじゃあまずは無難に剣から見て行こうか」
「そうね。タスクはどう言ったのがいいの?」
剣は聖剣の周りにあるのがそうだけど形が色々ある。
「武器についてはさっぱりなんだが……これなんて良さそうじゃないかな?」
武器を触った事も無いのにどれが合っているかなんて分かる訳がない。
なので大きさが木刀に近い武器を指した。
「鉄人ロウジュの"防盾剣"ね。防御力アップ、耐久性向上、武器破壊無効と軽量武器でありながら盾役もこなせる剣よ」
エリティアはそう言って振り出した。
剣を持ったエリティアの表情は子供がおもちゃを持った時のように輝いていた。
(エリティアは武器マニアだったのか)
槍以外の武器も相当振ってきている。
ただの素振りなのにまるで目の前に対戦者がいるかのような洗礼された動きに思わず見とれてしまう。
俺なんかではとてもまねできない動きだ。
それと武器の性質を聞いた限りだと相性が良くなさそうだ。
もっと攻撃的な武器の方がいいな。
これなんてどうだろうか?
似た大きさの武器が視界に入ったので俺も手に取って剣道の打ち込みをイメージして振ってみる事にした。
振り下ろすと地面に当たる寸前でなんとか止める事が出来た。
筋力は相当増しているはずなのに武器は重く感じるな。
こんなんじゃとても戦闘では使えない。
ゲームのように強い装備を持ったらその攻撃分確実にパワーアップすればいいんだけど武器の性能を100%使いこなせる便利機能はこの世界には存在しないからな。
「駄目よタスク。そんな腕だけ振ったら踏み止まれなくて身体にぶつけるわよ」
案の定、エリティア先生から待ったがかかった。
「まず選んだ武器が駄目よ。これドワーフや筋力バカしか使えない重量剣よ。寧ろ良くあんな振り方で止められたわね」
ドワーフの剣って通りで重い訳だ。
重量剣はエリティアに取り上げられる。
「それと上段から振り下ろすのは一撃だけ見れば強いけど、相手がその一撃で倒せる訳ではないから連続で振るえるように考えて振らないと簡単に反撃に転じられるわよ」
エリティアの素振りはまるで舞でも踊っているかのように自然な形で次の動作へと移っている。
俺のイメージが一刀に思いを込めているのに対しエリティアの動きは躍動感のある連撃。
「それで振り方は武器を身体の延長だとイメージして身体全体を動かすように行う。私との戦闘で拳に力を籠めるように打つは出来ていたから感覚さえ掴めばそれだけでずっと振りやすくなるはずよ」
分かる様な、分からない様な説明をされると、先程よりも短い剣を渡される。
(この剣で実際に振ってみなさいってことだよな)
一振りしてみる。
先程よりもかなり軽い。
それに扱いやすくなった。
しかしエリティアは難しい顔だ。
「刃が横を向いているわよ」
「……あぁ」
よく見ると少し斜めになっていた。
でもこれならまだ横じゃなくてしたじゃあ……。
「その僅かな傾きで剣はただの鈍器になってしまうのよ」
竹刀の様などの面でもいい訳ではないとは分かっているけど、上から下だけならともかくあらゆる角度でとなると結構難しい。
「ちょっと教えてあげるから構えた状態で止まって」
「こ、こうか?」
「いい? まず腕はこう……」
――――むにゅん
剣を握って構えた姿勢で止まった瞬間背中にとんでもない圧力が加わった。
「っ!? ちょっとエリティア」
「集中する! 剣の有効な攻撃は刺突。タスクみたいな振り方だと大振りすぎなのよ」
――――むぎゅん
教えてくれるのは嬉しいけど背中に回ってくっつかれると思いっきり柔らかい肉質の感触が、
「ちょっとまっ……」
「剣に集中っ!!」
――――むぎゅうっ!!
だからこのこんな状況で集中できないだろっ!?
…………………
…………
……
背中の感触という雑念と戦いながら剣を振るうこと数分。
ようやくエリティアの納得がされて解放された。
エリティアの身体が離れていく。
「この片手剣は合ってそうね。じゃあ、次は……」
エリティアが何を見てそう思ったのか分からないが、納得して片手剣を取り上げられる。
俺はその間に精神を落ち着かさる為に深呼吸を行った。
結局、俺の素振りが及第点貰えるまで天国のような柔らかさに翻弄され続けた。
特に鍛錬中のエリティアは全く遠慮なしで密着してくるのでその弾力は際限なく……
……そう言えば次って?
「はい、タスク。次は双剣ね」
エリティアの手に持っている白と黒の対局な色合いの短剣二本を渡される。
「ほら早く振ってみて。駄目ならまた教えてあげるから」
ッ!!!?
次の武器が渡されて振ってダメ出しを喰らうと再び密着指導が行われた。
究極の指導はまだ始まったばかりだった。
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「弓の才能は無しね」
もう一度断っておくが、この武器庫訪問の真の目的はエリティアの武器を見繕う事だ。
それがいつの間にか俺の方がエリティアに見繕ってもらっている上に、終始あの爆乳を服の上からとはいえ密着されるなんて状況になっているが、間違っても本意ではない。
出来ればこの流れを止めてエリティアの武器選びを進めたかった。
だが楽しそうに武器を寄越すエリティアの笑顔と至福の感触の魔力に抗ってまで止める言葉は俺には言えなかった。
それに途中からエリティアは楽しくなったのか。指導者モードと一緒に女子力モード? みたいなのが発動して俺は武器の着せ替え人形にされていた。
「まぁ、こんなところね」
「これが俺に合ってた武器……多すぎないか?」
「問題ないわ」
最終的に選ばれた武器は一つではなかった。
保管庫全体から見たらほんの一握りでしかないが、一人が使うにしては明らかに多い武器の小山が出来ている。
「普通なら一人一つの武器の方のがいいわよ。でもタスクの場合条件が色々変わってくるからね」
条件?
「まず元も子もない事を言うようだけど、タスクの武器の扱いは新兵以下。本当にど素人レベルね」
うぐっ!!
分かっていたが、そんなにはっきりと言われると傷つく。
「『千日振って型となり、万日振って武とする』」
誰かの言葉か?
「私の師匠がよく口ずさんでいた言葉よ。本来兵として戦場に出るなら千日の鍛錬が必要で、戦場で生き残りたければ万日の鍛錬を積みなさいって教えよ。でもタスクには万日どころか千日も余裕なんてないから、一つの武器を達人に究めることは諦めた方がいい、というのが私の見立て。それで考えたのが暗殺者の戦い方よ」
暗殺者の戦い方って夜な夜な暗闇に紛れて相手に気づかれずに殺すって事?
いや、でも置いてある武器は明らかに暗器とは考えられない大きいものも含まれているし、こんなもの全部持ち歩ける訳……あぁ、なるほど。
「気づいた?」
「アイテムボックスだな?」
「そうよ。暗殺者の厄介な所は攻める為の手札が多い事。短刀で斬りかかってきたかと思ったら投擲や魔法の遠距離攻撃、果ては毒なんかも使用する。その暗器術をタスクはアイテムボックスで代用できる」
アイテムボックスを戦術への組み込み。
考えなかった訳ではない。
だがそれは敵の頭上に大岩を降らしたり、大量の水を放水したりというものでしかなかった。
それをこういった形で戦闘に組み込む事を考えつくなんてな。
流石だ。
「分かった。じゃあ、これ全部アイテムボックスに入れよう」
「仕舞ったっきりそのままじゃあ駄目よ。達人になる必要はないけど熟練兵に勝てるぐらいには使える様になってもらわないと、ただの器用貧乏になるんだから」
「……善処します」
素手主体で他はそれなりでいいと甘く考えていたけど、もしかしてこの数を全部熟練兵レベルにするのって一つを達人レベルにするより難しいんじゃないか?
「それで俺の方にばかり手伝ってもらってたけどエリティアは自分の武器決まったのか? 俺に渡しながら自分の武器としてもどうかってもちろん考えていたんだろ?」
その瞬間エリティアの瞳が分かりやすく泳いだ。
「うっ……その、も、勿論タスクに合う武器と一緒に選んでいたわよ。でも自分に合ってるのは……」
「決まってないんだな」
「はい」
子供の衣類はたくさん買うのに自分の分は全く決められない母親みたいだ。
俺の武器選びに結構時間を使ってそろそろここから出ないといけない時間になってきた。
武器が無いのは流石に拙い。
取り敢えず決まらないなら今まで通りに槍の中から良さそうなのを選んでもらうか?
でもそれだと今般的な解決にはならないんだよな。
「片手剣だとバランスが取りにくくて、大剣は重すぎて動き回れないし、弓はそこそこできるけど遠くからせこせこ狙うのって性に合わないのよね。ハンマーやランスも大剣と同じ」
「杖は魔法使えないから論外。短剣は火力に難有りか」
「しっくりくるのは両手剣だけどそれなら槍とさほど変わらないのよ」
保管庫内の武器を種類ごとに大雑把に見て回るが、先入観無しにエリティアとピッタリな武器がないな。
少数派の武器で鞭や鎖付きの鉄球とかあるけどこれは流石に……あった。
俺は武器を一本取るとエリティアの方に持って行く。
「なぁ、エリティア。これなんてどうだ?」