34話 圧迫
「……ん」
目が覚めた。
二度目の柔らかなベッドの感触。
今回は夢を見なかったからか寝ぼけるような事はなく自分の置かれている状況を思い出す事が出来た。
(また魔力切れで寝てしまったのか)
魔力の方は全快している様だな。
そうなると前回が6時間かかっているから今回も同じくらい寝ていたことになる。
こうして魔力が回復するとエリティアに寝るよう言われた理由がよく分かる。
寝る前と今では身体の軽さがまるで違う。
今が休み明けの月曜日だとすると、寝る前は徹夜続きの木曜日ぐらい身体の重さが違っている。
ただ今の例えは身体の重い事を自覚しているけど寝る前の俺は全く気付いていなかった。
もしかしたら判断能力も低下していたのかもしれない。
あんな状態でよくグロウリーとの交渉に成功できたなと思った。
まぁ過ぎた事はしょうがない。
それよりもこれで二度も魔力の使い過ぎで寝てしまった。
この寝ないと魔力が回復しないというのは非常に厄介だ。
これではおちおち魔力を使えない。
起きていても回復できる手段が必要だ。
今取れる手段としては取得しているスキルの中に自動回復系のスキルがある。
でもこのスキルは飽くまで戦闘をしている際に使用するスキル。
常時発動は出来ないし、使用回数にも制限がある。
出来れば必要な場面以外では使いたくない。
そうなると他に取れる回復手段は二つ。
他の術者に魔力回復をしてもらうか、それともアイテムを使って回復するか、だ。
前者は今の所簡単に仲間にできそうな人間に心当たりがないので難しい。
だが後者のアイテムには心当たりがある。
この世界の回復アイテムといえば……ポーションだ。
街の薬剤師は全員強制労働送りになっている。
当然店は閉店しているので購入という形はとれない。
だけど城内には戦争用に保管してある備蓄が今も保管庫の中に残っている。
そのポーションさえ手に入れば魔力切れの問題で悩まされるような事は当分の間はなくなる。
(しかしすっかり忘れていた)
マークスに伝えた注文の中にポーションは入っていなかった。
(早速明日にでもマークスに頼むか。……いや、マークスは注文するときにポーションが抜けていることに気づかなかったのか? 俺はポーションの備蓄場所が何処か分かっている。魔王ブローでも取りに行けるから敢えて触れなかったのではないか?)
保管庫には他にも用がある。
取りに行けるな。
でもいくら保管庫にあるポーションが手に入っても備蓄は限りがある。
今は二人だけだから使い切る事はないだろうけど世の中何が起こるか分からない。
回復の行える術者か、ポーションを作れる薬剤師を速めに仲間にしておきたい。
誰かいい人材がいないかを調べておこうと思った。
さてと、やるべきことは決まったしそろそろ起きよう。
瞬きを数度繰り返し、体を起こそうとして……はたと気づく。
身体にはシーツが駆けられているけど、それとは別に何かが俺の上に乗っていた。
とても軽い。
大きさは結構ある様なのに身体能力が上がったからか全く気にならなかった。
一体何が乗っているのだろうか?
その疑問はすぐに解消された。
乗っているものから暖かな一肌の感触が感じられた。
つまりエリティアだ。
エリティアが俺の上で顔を埋める様にして眠りこけている。
そこまで理解した瞬間、頭が真っ白になった。
(い、一体どうしてエリティアが俺の上に!? ……いや、6時間近く寝ていたんだ。エリティアが眠くなってベッドで寝ることはあるだろう。そして寝ぼけて俺の上に来てしまった。そうとしか考えられない)
何とも都合のいい判断だとは思うけど自らの意思で俺の上に乗ったというよりは可能性が高い。
そして困った。
エリティアが俺の上に乗っていては身体が起こせられない。
更に言えば凄く温かくて抱き心地のいい彼女と偶然にもこのような状況になったのだ。
これを自らの意思で壊したいとは思えない。
(抱き締めてもいいだろうか?)
無防備な寝顔の彼女を抱きしめたい。
彼女とは恋人通しなんだからここで手を回しても何も不思議じゃない筈。
「んっ」
いざ手を動かそうとすると俺が動いた為かエリティアから声が洩れて身体が身じろいだ。
その少しで更にエリティアの表情がこちらから確認する事が出来る様になり、いい香りを漂わせて安心した顔で幸せそうに寝ている姿に顔が緩んだ。
(あぁもうなんでこの娘は男の上でこんな無防備でいられるんだよ。可愛すぎるだろ)
しかし今ので変わったものはもう一つあった。
――――むぎゅっ
と、エリティアの圧倒的な質量を持つ双丘が俺の上で大きく形を変えた。
もはやその感触に飾った言葉はいらない。
素晴らしい。
その一言だけで十分だ。
もう駄目だ。
エリティア最高過ぎ――――、
(あれ?)
そこで視界はブラックアウトした。
ただし何が起こったのかは分かった。
身悶えしていた俺の視界に先程よりも大きくエリティアが動いて俺の顔に腕を回されると身体を滑らせるように上昇してきたのだ。
それでなぜ視界が塞がれたのかは分かるだろう。
エリティアの胸が俺の顔の上に来たからだ。
アニメや小説で夢見た胸に顔を埋めるシーンが今まさに体験している。
(あぁ、俺なんかがこのシチュエーションに遭遇できるなんて)
しかしそんな優越感はすぐに消えてしまう。
顔が埋まっているかのように包み込んでくるエリティアの胸の大きさを見くびっていた。
(こ、呼吸が出来ない!?)
逃げようと顔を動かすが、エリティアが顔をホールドしている為、少ししか動かす事が出来ず、その少しでは酸素を確保できない。
もう四の五の言っていられないと起き上がろうとしたが、こちらも両腕が足に捕まっていた。
(やばい。このままじゃ殺されるっ!?)
命の危機を感じて何とか抜け出そうともがいてみるもののまるで柔道の寝技がバッチリ決まっているかのように動けない。
死因、胸による窒息死。
まさかこんな形で死ぬのか……。
本当に呼吸が限界寸前で意識が朦朧としてきた。
「んん? ……タスク?」
(まさか魔王ブローの戦闘以上に死を覚悟する事になるとは思ってもみなかった)
意識を失いかけた寸前でエリティアが目を覚まして僅かに体を起こしてくれたお蔭で空気を得る事が出来た。
「だがあれは完全に不可抗力で起こったいわば不慮の事故。俺はエリティアを一向に責める気はない」
「ですが無意識とはいえ胸に埋もれさせて殺し掛けたというのはよろしくない。エリティア様が気にされるのも当然の反応でしょう」
そうなのか?
こっちの世界では死んで悔いなしとさえ思うやつがいるし、それこそ問答無用で俺が悪いになる可能性だってあるんだが。
「とにかく俺としてはこのままの状況は好ましくない。なんとか励まして立ち直ってもらいたいんだ」
「そのお気持ちは分かりました。ですが既にナタリーとシャロットの二人が相手をしている我々はあまり近づかない方がいいかと。それとこれは経験則ですが、タスク様があまり許し過ぎるのも良くないかと思います」
「そういうものか?」
「そういうものです。ですからエリティア様が謝れに来たら余計な事は何も言わずただ迎え入れるだけでいいのです」
「……迎え入れる」
脳内にエリティアを抱きしめそのままベッドに迎え入れる光景が浮かんで慌てて振り払った。
そういう意味の受け入れるじゃない。
ただマークスの意見は正しいように感じる。
ここは素直に意見を聞き入れてみよう。
「分かった。それでまだ一日しか経っていないけど報告することはあるか?」
「では頼まれた素材についてから。調達の目処はつきそうなので近日中にこちらに持ち込むことは可能です」
「流石、仕事が早いな」
「ですが魔族の目を掻い潜ってとなりますと一度には少量ずつしか持ち込めません」
それは仕方のない事だ。
「大量に運ぶのはいいが、魔族に見つかっては元も子もない。少量ずつでも一向に構わないさ。だが絶対に見つかるなよ」
「承知しております」
まさか昨日の今日で既に輸送ルートを構築してくるとは。
予想通りの予想以上な働きにマークスの評価を一段上げた。
「次に昨日のグロウリーとの面会後の魔族達の反応ですが」
「っ!? なんでそれを」
「状況を見れば気になるのは予想できましたので」
「俺が偽物だという噂はあったか?」
「ないですな。今はあの引き籠りの魔王様が遂に部屋から出られる事ばかりです」
「そうか。それは良かった」
まだ油断はできないが、取り敢えず幹部魔族一人を欺く事はできたとみていい。
「今日言えるのはこの程度が限界です」
「いや十分過ぎる働きだ。物資の方は幹部の集会が五日後に開かれるので外出はその翌日からになると予想される。それまでに外出に必要そうな物から運んでくれ」
「畏まりました。では次の指示があるまでは本業の執事としての仕事に専念しましょう。手始めに昨日疎かにしてしまったこの部屋の清掃から。ナタリー、シャロットそろそろ仕事を始めましょう」
マークスはナサリーとシャロットを呼びよせるとお互いに指示を出し合って掃除を開始した。
魔族の奴隷となったとはいえ彼らは使用人、自分の仕事をさぼるような真似はしないか。
でも何となく魔王ブローの奴隷の首輪をつけられていた時よりも生き生きとやれているように感じるのは俺の気のせいじゃないよな?
「あの、タスク」
(っ!?)
ナタリーとシャロットがどんな話をしてくれたのか知らないけどエリティアがようやく話しかけてくれた。
嬉しい。
だけどここで過剰な反応はいけないとマークスに忠告されたばかりだ。
「なにかな?」
「今朝は本当にごめんなさい」
予想通りエリティアは謝罪してきた。
「もう大丈夫だから気にしないでいいよ」
「でも苦しかったでしょう?」
息が出来ないのは確かに苦しかった。
しかし行為そのものは役得。
苦しむだけの価値はある体験だった。
「俺としてはその後の話をしてくれなかった方のが苦しかったかな。エリティアに嫌われたのかもって思ったよ」
「そんなこと考えていないわ」
「うん。だから朝の件をこれ以上引きずるのはよそう」
本当にもう気にしていないのが伝わったようで不安そうな表情がやっと和らいだ。
「それじゃあここからは今後の為の話をしよう」
今後とはつまり魔族をどう倒すかの話だ。
俺は気持ちを切り替える為にそう言うと自然と気が引き締まった。
「とは言っても行動するのは明日から今日は自分達の現状確認をする」
「何を確認するの?」
「お互いのステータスの共有かな」
残念ながら保管庫への訪問は後日になってしまったので今日は部屋から出る予定がない。
そこでこの休みの時間を使ってステータスの確認を行っておこうと思った。
エリティアのステータスも確認しておきたいしいい時間の有効活用だろう。
「それってステータスを見せ合うのよね?」
「そうだけど」
「反対よ。ステータスというのはその人の情報その物。おいそれと見せて良い物じゃない」
やっぱりダメか。
そうだよね。
相手のスキル構成を知られるという事はそのまま戦闘方法や切り札なんかが知られてしまうという事。
それ以外にも年齢、レベル、所持金と見られたくない物は多い。
ステータスは本当に心の許せる親しい関係にならないと見せない物だ。
俺に見せたくないのも分かる。
「私なんかに見せたらいつ漏洩するか分からないのよ。そんな危険なことできないわ」
「ん? 俺に見せたくないじゃなくて俺のを見るのが危険って事?」
「そうよ」
なんだそういうことね。
「なら大丈夫。俺はエリティアの子と信じてるから」
「でももしもがあるでしょ」
「俺はエリティアが裏切るなんて思っていないから」
「でも私は一度」
「それは首輪の所為だろ。もう二度とそうならない様に俺が守るから絶対にありえないよ」
それにもし仮に、百億%ないだろうけどエリティアが俺の情報を外部に漏らしたとしても他の人の様にはならない。
だから見せても問題がない。
「わ、分かったわよ。そこまで言うならお互いに見せ合いましょう」
エリティアが折れたので早速ステータスの確認をしよう。
なんたって自分のステータスなのに見るのは初めてだからな。
まずは自分で確認しないと。
(ステータスオープン)
====
名前:佐久間 佑 (サクマ タスク)
性別:男
年齢:16
種族:人間?
職業:独裁者(笑)
レベル:351
状態:異常なし
〈装備〉:流行遅れのTシャツ、ボロボロのジーンズ、汚れた肌着、汚いパンツ
〈魔法〉:複数所持(詳細)
〈スキル〉:複数所持(詳細)
〈所持金〉:0
====
…………。
これは球体の嫌がらせか?
まず初めに衝撃の事実だが、どうやら俺は若返っているらしい。
元の年齢が23歳だったので実質7歳も若返ったという事だ。
もしかして俺が白い空間で全盛期の身体の時に転移させて欲しかった、という願望が反映されたのだろうか?
そして一体いつどうやって若返ったんだ?
正直訳が分からない。
分からないが、何か問題があるかと言われるとメリットだけでデメリットはない。
驚きだけ胸に秘めてスルーしていいだろう。
それより次だ。
なんで俺の職業に『?』マークがついているのかな?
それは人間だぞ。
正真正銘、人間の男児だ。
更に職業。
独裁者(笑)って完全に喧嘩売ってるよね? そうだよね?
俺を頂点とした独裁組織を作る予定だけどだからって(笑)をつけるんなら異世界人とか反乱者とか他にも幾らでも表示の仕方があっただろ。
装備も装備で間違っていないが書き方に悪意を感じる。
『ボロボロ』はまだ服の状態だからいいけど『流行遅れ』は服の状態関係ないし。
どれだけ突っ込ませるんだ俺のステータス!
……というかこれからコレをエリティアに見せないといけないのか!?
新手の苛めでしょ!!
「私の方は準備できたけど」
「ちょっと待って」
ステータスにはステルス機能が常時ついていて、それを解除しない限り人に見られる事はない。逆にその機能を解除すればエリティアも俺のステータスを閲覧できる。
俺もステルス機能を解除してお互いにステータスを交換した。
エリティアのステータスは、
====
名前:エリティア・L・エリカーサ
性別:女
種族:人間
職業:聖騎士
レベル:322
状態:異常なし
〈装備〉:奴隷の正装
〈魔法〉:回復魔法(中位・下位)
〈スキル〉:複数所持(詳細)
〈所持金〉:0
====
突っ込みどころのないステータスだった。
装備ですら書かれ方ひとつで貧相な装備が真面な衣装を着ている印象を与える。
あとレベルが322と俺より低い。
戦った印象からエリティアの方が強いと感じたからレベルも上だと思っていたのにこちらの方が30も上だったなんてな。
魔法は適性が回復魔法しか適性がないので伸びしろはなかったな。
でもスキルの方はかなりの数取得している。
その中には【電光石火】や【剛腕】以外にも使えるスキルがいくつもあった。
だけど残念なことにそのほとんどがLv1のまま何の育成もされていない。
逆に言えばエリティアにはそれだけ伸びしろがあるという事だ。
「……なんで種族に? がついているのかしら」
ぐっ!?
「職業にも(笑)って初めて見るし」
がはっ!?
「装備は……仕方ないわね」
可哀想な顔でステータスを見ないでくれ。
心の中の本音が漏れていた。
面と向かっていないし悪意は感じられない。
もしかして本人は声に出して言っていないのかもしれない。
だとすると余計にショックがデカい。
見事なクリーンヒットに思わず膝を抑えた。
「……エリティア、意見を言い合っても構わないか?」
「意見って言っても……この夥しい数も驚きだけどそのほとんどが10か、伝説と言われている極。これじゃあ意見の出しようがないわ他人からしたら非常識極まりないステータスよ」
「……ごめんなさい」
なんか俺のステータスが申し訳ない。
「それで私の方はどうだったのよ」
「そうだな。有用なスキルはいくつもあったけどLv1だから勿体ないって感じかな。そう言ったスキルを育てれば色々と改善すると思う。強くなるのは間違いないよ」
「本当っ!?」
「うん。特に【直感】、【先読み】、【並列演算】の三つが揃ているのは大きい」
「……それって強いの?」
あぁ、今言った三つは世間じゃゴミスキルだもんな。
「レベルが上がれば使い方と組み合わせで十分化ける。【認識阻害】と同じだよ」
「ん~」
「取り敢えずこの三つだけでも育ててみるのがいいと思うよ」
「そうね。分かったわ」
お互いのステータスは確認した。
後の余った時間はスキルの確認をしようと思う。
三桁にも及ぶスキルの検証実験作業を始めた。
いつもご覧下さりありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想など、いつも励みになっております。
今回の話で一つ補足説明をしておきたいと思います。
それはタスクのレベルが低すぎる件について。
魔王を倒して一気にレベルアップすることで勇者は中級、上級の魔王に戦えるようになる。鳥は確かにそう言っていたのに上級の魔王であるブローを倒したタスクのレベルはエリティアのレベルより少し高いだけ。その事に疑問に思われたのではないでしょうか?
きちんとした理由があります。
それは特殊攻撃による討伐での経験値は通常の10分の1以下になってしまうというものです。
しかしこれは数値の見えないタスクには分からない物なのでここに載せました。