33話 幹部魔族
「失礼します」
「入れ」
玉座の間に再び来訪者がやってきた。
ただし今度の来訪者は魔族。
一目で只者ではないと分かる異形だ。
種族は人族に近い悪魔族というらしいが、背中には折りたたまれた翼、腰からは尻尾が見え隠れしている。
更に額には牛のような角が生えているし、肌は真っ黒。
あと魔王ブローの姿だから見下ろしているけど身長は優に2mを越えている。
人間に近いのは顔の造りだけの様に思える。
悪魔としてはイメージ通りの外観だが。
この魔族の名はグロウリー。
現在、この王都にいる唯一の幹部魔族であり、魔王ブローから王都の管理を丸投げされた魔族でもある。
幹部魔族というのは上級魔族の中でも実力が飛び抜けて高い者が魔王ブローに認められて与えられる地位の事だ。
グロウリーはその中でも幹部を統括する役割をこなしている猛者中の猛者。
今、最も警戒しないといけない魔族だ。
少なくとも現在の俺では戦うことになったらまず勝てないだろう。
初めての魔族との接触がこの魔王ブローの軍勢のトップ。
緊張が表に出ていないか不安になってきた。
入ってきたグロウリーは俺の事を見たが、特に疑った様子もなく跪いた。
俺はこのタイミングで【絶対者のオーラ】を使用した。
出力はレベル5で発動する。
発動と出力はエリティアから指導してもらったので間違いないはず……なのだが如何せんこの【絶対者のオーラ】は使用者には発動した感覚しかない。
だから相手にどのように伝わっているかが分からないという弱点があった。
本当にこれで大丈夫なのか。
グロウリーの次の行動が気が気ではなかった。
不安から心臓の鼓動がどんどん早くなる。
「それで何の御用でしょうか?」
第一声は【絶対者のオーラ】に全くの無反応で呼んだ理由を聞いてきた。
【絶対者のオーラ】などまるでなかったかのように本当に反応していない。
(なるほど、これじゃあスキルを使っているなんて思わないな)
そして普段通りということは疑われていない。
第一関門突破、と見ていいだろう。
だがこれは飽くまでスキル。
今からは俺自身の力で勝負だ。
決意を固める。
恐らくここから危険な寄生生活の火ぶたが切られるのだろう事を感じて。
その覚悟がグロウリーを直視する力に代わって視線をぶつけられた。
「グロウリーよ。まず確認したい。勇者を捕まえてからどれほど経った?」
俺は質問から入った。
グロウリーが息を吐き出す。
「正確には覚えておりませんが、およそ一年は経過しました」
「そうだな。もう一年だ」
正確には一年と一ヵ月。
更に言えば王都を落としてから十一カ月だ。
「ようやくできた楽しみが実に骨のない容易に達成できてしまったあの絶望から一年」
「仕方ありません。勇者は魔王様ですら倒す可能性を秘めた存在で過去倒す者はいても生け捕りできた者はいない……とされていたので相当な難題だと思ったのですが、まさか上級魔族よりも弱いとは予想外もいい所でしょう」
「そうだな。俺もようやくこの件は期待した俺が馬鹿だったんだと区切りをつけた」
グロウリーの言葉に同意した上でこの件は終わったと告げて会話を続ける。
「それで現在国がどのようになっているのが気になって俺が関与せずに育った国がどのように成長しているか。お前の目からはどう見える?」
「順調ではないかと」
「……そうか。では各幹部達はどうだ? ……当然王都のが上だと思うが、奴らが領地を運営するのは初めてだからな」
「……そうですね。皆報告では順調と言っていますが、本当に運営が出来ているのかは分かりかねます」
不安な奴がいるせいか今度は答えが曖昧になった。
「そう思うだろう? それで思ったのだ。暇だし見学にでも行こうと」
「外に出られるというんですか!?」
隣街に行くと言っているんだから外に出るだろ。
いや、分かっている。
魔王ブローの引き籠りは並みじゃない。
絶望したからと言って十一カ月も玉座の間から一度も出ない程引き籠っていたんだ。
それがいきなり外に出る宣言をしたらおりゃあ驚いて当然だ。
でも引き籠っていたのは飽くまでも魔王ブロー。
俺は一日も引き籠っていないのでこうしてはっきりと反応されると部下にも異常に見られていたのだと思い知らされる。
「そうだ。そしてこの事を他の幹部にも伝える為に次の幹部集会には出席しようと思う」
「っ、幹部集会にですか?」
「ああ、ずっと欠席にしていたがいい機会だろ?」
「……では五日後に国境の警備で来れない幹部を除いた者達に今回は魔王様も参加する事を伝えておきます」
きちんとした対応に思えるが、この五日後。
この期間は丁度一番遠い街を往復するのにかかる日数だ。
今言った幹部集会は魔王ブローが立案した物の本人が3回目から欠席するようになり、幹部達も魔王が出ないのに一々王都にまで来るのは面倒だと5回目から欠席者が続出して現在は毎回中止になっている。
だから開催の知らせをする為に時間が必要なのだ。
「五日後だな。……あぁ、それとエリティアだが」
「……エリティア? ……あの胸のでかい女ですか」
「そうだ。そのエリティアなのだが、今後俺の護衛として傍に置く」
「勇者ではなく?」
「あいつは反応をよくするために敢えて奴隷の首輪を嵌めなかったのは知っているだろう。敵対心をそのままにしている奴を傍に置く気はない。それにもう奴には飽きたのだ」
勇者には飽きたという言葉にグロウリーの瞳は僅かに揺れ動いた様に感じた。
俺はその様子を見て指を頬に当ててグロウリーを眺め返す。
「エリティアは現在俺の部屋にいる時以外は地下牢で生活させいているが、今後部屋以外でも行動するのには不便だ。なので隣接している部屋に移動させる」
「分かりました」
「ないとは思うが、エリティアの部屋に勝手に入る事は禁止する。もし無断で入った物がいた場合、死を持って償わせると通達しておけ」
これで不届きな魔族が俺のいない所でエリティアを襲う事はないだろう。
「取り敢えず話しておくべきことは以上だ。幹部達に連絡を取って集会を行う様に進めておいてくれ」
「はい、早急に行いましょう」
そう言うとグロウリーは一度頭を上げた後、玉座の間から退出していった。
「……ふう」
退出してから数分してもう戻ってこないと確信した所で姿を元に戻した。
取り敢えず初めての演技にしては上手くいったのではないだろうか?
グロウリーは一切疑っていなかった。
【絶対者のオーラ】も上手く発動した。
部屋から出る事は伝えても問題なかった。
幹部集会を開かせることに成功した。
エリティアを隣接した部屋に移動させた。
こちらの要望は全部通ったと言える。
「お疲れ様」
玉座にもたれ掛かった所で隣の部屋で待機してもらっていたエリティアが戻ってきた。
「たぶん上手くいったよ」
「たぶんなんていらないわよ。十分上手くやったわ」
「相手の心までは読めないからな。もしかしたらばれていて今にも魔族がここに押し寄せて来るかもとか思ってる」
「それこそ大丈夫よ。グロウリーは腹芸は得意じゃない。そういう考えはすぐに顔に出るから表に出なかったのなら問題ないわ」
俺もグロウリーはそういう奴だと思っている。
だからあいつはいつも面倒ごとを任されているのだ。
「それよりもタスクはこっち」
「えっ!? ちょ……」
来て早々エリティアに腕を掴まれると強引に引っ張られた。
腕にはシャロット以上の柔らかな感触がするがそれを堪能する暇もない程引っ張る力が強い。
そして俺は寝室のベッドへと放り込まれた。
「エリティア、どうして」
「どうしてじゃない! マークスの腕を再生した時から魔力が枯渇していて辛いでしょ」
「あぁ、気づいてたのか?」
「当然よ。かなり無理してたのに私が気づかないと思ったの?」
うん、上手く隠せていたと思っていた。
「本当はマークス達の話が終わったらすぐにでも休んでもらおうと思ったのよ。でもグロウリーと話し合うのは早い方がいいっていうのは理解できたから今まで待ってて上げたの。もう急ぐ物は無いんでしょ? だったらこのまま素直に寝なさい」
「でも……」
「でもじゃない! 魔力は休ませないと一向に回復しないんだからつべこべ言わないで休める時にしっかり休むのよ」
確か時間だけなら結構経っているのに魔力が回復した感じがしない。
寝ないと魔力は回復しないというのは本当の様な気がする。
グロウリーの話では幹部達が集まるのは5日後とのことだ。
それまでにやらないといけない事はあるが、エリティアの言う通り無理するほどの事ではない。
ここで休む方のが正しい気がする。
「ほら目を閉じて」
エリティアに促されてしぶしぶ目を閉じると、やっぱり限界だったのだろう。
数分も掛からずに俺の意識は落ちていった。