32話 食料生成
三人の中でリーダーは今まで通りマークスが行うことに決まった。
マークスの優秀さは折り紙付き。
上手くやってくれることは間違いない。
他の使用人はもう少しこちらの状態が落ち着いたら増やすけど当分は三人で頑張ってくれ。
それと本題の物資は事前にメモを取っているので紙に書いておいたものを頼みたい。
と、本来ならするつもりだったけどスマホだからそれは出来ないので口頭で伝えた。
期限は……近日中に外出できるようにするのでそれまでには。
「そうなると真っ先に必要なのは……衣類ですね」
今の服は焼け焦げに穴あきで所々裂けている。
どう見てもボロボロだ。
早急に頼む。
他に何か問題は?
「今の物資には食材が一切なかったのですが」
魔族も食事は必要だ。
だけど一度の食事で数日は活動できるほど燃費がいい。
特に魔王ブローの活動時間は長く、月一でしか食事は運ばれない。
運ばれる物だけでは絶対に足りない。
「それは大丈夫だ」
「大丈夫ってまさか私の食事を半分欲しいっていうんじゃないでしょうね」
エリティアは魔王ブローの奴隷で国堕としなどもしている為、1日2食で総量も他の者より量が多い。
だけど二人で食べるには少ないだろう。
「そんなことしないでももっといい方法があるんだよ」
それこそ白い空間で鳥にアドバイスしてもらったスキルが。
◆
生成リスト
肉一覧 ←チェック
魚一覧
野菜一覧
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・
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肉一覧
牛肉 ←チェック
豚肉
鳥肉
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・
――――――
牛肉
松坂牛 ←チェック
黒毛和牛
褐毛和牛
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・
――――――
松坂牛
肩ロース ←チェック
リブロース
ヒレ
バラ
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――――――
肩ロース 上限12kg
◆
長いっ!?
一覧全てを表示すると本当に夥しい数が表示されている。
食材の数が多いのは分かるけど、こんなに確認事項があったら出すのに時間が掛かるだろう。
それにおかしい。
松坂牛や黒毛和牛って、どう見ても一覧に書かれているのはこちらの世界の食材じゃなくて元の世界の食材だ。
予想していたのと全然違う。
もっと簡易というか。
オーク肉をそのまま出す様な物だと思っていた。
(でも知らない魔物の肉よりも勝手知ったる食材の方が安全面では安心かもしれない)
少し考えてあまり悪い事ではないと思い直す。
取り敢えず最初のインパクトが強かった松坂牛を選択する。
すると何の前触れもなく俺の目の前に牛肉が出現した。
目利きのできない俺にはこの肉が本当に松坂牛なのかを判断する事が出来ないが、霜降りが多くて細かいし、全体に艶を感じるし、臭みはなく甘い香りがする。
間違いなく上質な肉だという事だけは分かった。
これを焼いたらさぞ美味しく焼き上がってくれる事だろう。
あと12kgって思ったよりも量があるんだな。
「本当に食材が出た!! でもこれどうやって料理するのよ?」
「生肉ですね。見た事のない種類の肉ですが、このまま生で食べることは出来ないと思います」
……そうですね。
一番に言わないといけないのはそれですよ。
出てきた松坂牛は解体されている物の調理はされていないのでそのままでは食べられない。
そりゃそうだ。
このスキルは【料理生成】ではなく【食料生成】なんだからそのまま生で食べれるもの以外食べられる状態では出てこない。
生憎玉座の間にも寝室にも調理器具はない。
調理場に言って料理する訳にもいかない。
玉座の間の強度なら火を焚いても耐えられそうだが、換気扇内から煙とか不味いだろう。
「今の無し」
松坂牛は食べられないと結論が出て慌ててアイテムボックスにしまって再度メニューを閲覧する。
肉系は生で食べられるのはハムくらいか?
ほとんど全部駄目そうだな。
魚も刺身で食べられるものか。
でも醤油がないし、包丁もないから食べにくいよな。
米……どうやって炊くんだ。
生で食べられる物で切る必要すらない物。
腹が膨れて栄養も欲しいな。
「これならいいだろ」
悩んだ末に俺が出現させたのは、バナナ。
そのまま食える。
栄養もあって腹持ちもする。
悪くない選択だと思うが、反応はどうだ?
「これって……なんて食べ物?」
はい?
バナナを知らない?
「これは本当に食べ物ですか? 少し黒くなっていて腐ってません?」
いや美味しそうだよ。
丁度いい感じに成熟している。
「今度は果実ですか。私の見た事のない果物ですね。マークスさんは知っていますか?」
「いえ、私も初めて見る果物です」
マークスまで知らないのか。
もしかしてこの世界にはバナナってないの?
「これは俺の故郷の果物でバナナって言います。とても美味しいですよ」
「へえ、タスクの故郷の果物か。それじゃあ一口…………不味い」
「皮ごと食べちゃ駄目だよっ!? バナナは皮は食えないから皮を剥いて食べるの! そっちも不味いって言っているのに真似して食べるなっ!!」
王室のテーブルマナーを学んでいるエリティアがまさか皮ごと丸かじりするとは思わず、急いでバナナを取り上げた。
バナナの方は皮が切れて中身が潰れているけど食べられてはいない。
皮だけしか食べていないのでは不味くて当然だ。
「しかし皮を剥く物がありませんよ」
「これはそんな器具を使わなくても剥けます。いいですかよく見ていてください。バナナのヘタをもって、下に引く……ほら簡単に剥けます。はい、エリティアこれなら美味しいはずだよ」
皮を剥いたバナナをエリティアに差し出す。
差し出されたエリティアは一瞬戸惑った。
先程みたいに不味かったらと思っているんだろう。
でも態々差し出されたものを断る事が出来なかったようで意を決してバナナを――――
ペロッ
――――舐めた。
バナナの先端を可愛らしく舌を出して舐めるエリティア。
チロチロと舐める姿は百点満点だ。
でもそれだと味は分からないよね?
「エリティア、咥えてもらわないと」
「う、分かってるわよ。あ、あ~ん」
口を広げてバナナを咥え込む。
今度は詰め込むすぎで喉奥まで言っている気がするけどエリティアはそのままバナナに歯を立てて噛み砕いた。
そして暫くバナナを咀嚼して味わうと、
「美味しいっ!!」
ようやく求めていた反応が返ってきた。
「これ凄く甘くて美味しいわ」
「そうだろ」
「では私もいただきましょう」
エリティアの反応を見てマークスもバナナの皮を剥いて食べ出した。
王族であるエリティアは美味しいと言ってくれたが、マークスは代々王族に仕える執事を多く輩出する家系。
幼少期から味覚を鍛える為に様々の高級食材を食している。
果たして彼の舌を満足できるのか。
「ふむ、これは美味しい」
普通に舌鼓を打たれた。
「これは果実にしても数段甘い。僅かに酸味も感じますが、それが逆に甘さをを引き立てているのかまるで味を作り上げたかのような完璧な調和で出来た味ですね。これほどの果実は滅多に食べられないですよ」
べた褒めだ。
でも品種改良を重ねて味を作っているので普通に生えただけの果物より甘いのは当然かもしれない。
「それでは私もいただきますわね」
「わ、私も」
マークスが舌鼓を打った事で安心したのかナタリーとシャロットもバナナを口にする。
「あら美味しい」
ナタリーが上品に口元に手をやりながら感想を口にした。
「うまぁーーーーいっ!!」
そしてシャロットはエリティア以上の好反応をしてくれた。
手にしていたバナナを瞬く間に平らげるとマークスやナタリーの一歩後ろにいる感じだったのに詰め寄って来た。
「こんなに美味しくて甘い果物初めて食べました」
「気に入ったんならお代わりもいいけど?」
「本当ですか!?」
うん、一向に構わないよ。
だってこの【食料生成】は松坂牛でも12kg出せるのだ。
ただのバナナならそれこそ小山になる程出てきてしまったのでお代わりくらいどうって事はないもの。
「もぐもぐ」
許可を貰ったシャロットはバナナの皮を剥いて口いっぱいに頬張り出した。
「旨いか?」
「……(コクコクコクッ)!」
「そりゃあ良かった。たくさん食べてくれ」
「……(コクコクコクッ)!」
それからシャロットは一心不乱にバナナを飲み込んでいく。
口に含む度に美味しさに吐息を漏らすせいかずっと見ているといけない物の様に思えてくるのでシャロットから視線を外した。
「そういう訳で食事に関しては然程問題はないんだ」
「その様ですな」
「なんならお前達も食うか?」
「本当ですかっ!? バナナが毎日食べられる!?」
余程バナナが気に入ってくれたみたいだ。
ただ毎日バナナは流石にどうかと思うぞ。
「しかしご迷惑では」
「この量を二人で消費する方がきついだろ? 分けても問題はないから」
「ではありがたく頂戴しましょう」
苦しゅうない。
その分存分に働いてくれ。
「タスク様」
「っ!?」
そして毎日バナナが食べられるようになったからかシャロットが感動して駆け寄り、腕に抱き付いてきた。
シャロットはエリティアには及ばないまでもボリュームのある立派な胸をお持ちだ。
それが腕を挟み込んでいる。
今まで経験したことのない事態に意識はもうそちらにしか向けられなかった。
(くそっ、俺はどうしてあんな選択をしてしまったんだ。この温もりと柔らかさ。彼女を作った奴らが勝ち誇った顔をしていたのが今ならハッキリと分かる)
元の世界では高校は男子校、大学は9割が男子生徒という環境だった。
女性との接点が完無と言ってもいい環境に自ら飛び込んでいた過去の自分の愚かな選択に今更ながら後悔した。
それほどまでにこの腕に感じる感触は素晴らしい物なのだ。
「シャロット、何をしているの。嬉しいのは分かりますがそういう行為を淫らにやってはいけないと教わったでしょう」
「でもあの支給のご飯と比べたら嬉しくなってもしょうがないじゃないですか」
「だからと言って抱き付いていい訳ではないでしょう」
ナタリーに引っ張られるシャロット。
それと同時に弾力と柔らかさが腕から失われる。
「では我々は本来の目的である部屋の掃除に取り掛かりましょう。かなり時間を喰ってしまいましたので急ピッチで行いますよ」
ナタリーとシャロットの間に入るとマークスは本来の仕事に戻った。
【食料生成】のお披露目も終わったし、伝える事は伝えたのでそのまま行ってもらう。
「タスク?」
ゾワッ
そして後ろを振り向くと……笑顔のエリティアが立っていた。
笑顔だ。
なのにエリティアの背後に般若が見える。
目の錯覚なのだろう事は間違いないのに身体は鳥肌で一杯になった。
「少し話をしましょう」
「はい」
どうやらシャロットの胸は罠であったようだ。