31話 失われた魔法
最初から仲間になるつもりなのは分かっていた。
寧ろマークスはナタリーやシャロットよりも余程俺の立場を重く置いている。
だからこそ早い段階で交渉して報酬を確約させて起きたかったのだろう。
生憎、その報酬は俺にとって都合の良く無い物だろうから先手を打ちこれ以上の報酬を望めなくしたが。
流石に腕を治してまだ足りないなんて言う事はないもんね。
「これから頼むぞ」
「畏まりました」
マークスはこれで終わり。
さて次は、
「タスク、いい加減さっきの魔法が何なのか教えなさいよ」
「エリティア、それは後で説明するから今は」
「今、話しなさい。マークスの腕は回復魔法でも復活させることのできない状態だったのよ。それを治したのがどれだけの偉業か分かっているの? あなた達だって聴きたいわよね?」
エリティアが三人にも賛同するように呼び掛ける。
シャロットは頷づき、ナタリーとマークスは頷かないまでも否定しない時点で聞きたいのだなという事が分かる。
これは話した方が良さそうか。
「今使ったのは回復魔法ではなく再生魔法という魔法だ」
「再生魔法……聞いた事のない魔法ね」
他の三人も再生魔法について知っている者は誰もいなかった。
「知らないのも無理はない。ただしそれはこの魔法は新しい魔法だからという訳ではなく200年も前に失われた魔法だからだ」
世界の大多数が認識しているのは、攻撃魔法、回復魔法、補助魔法の三つ。
だけどそれは歴史の中で作られた魔法の使われ続けたもののカテゴリーに過ぎない。
この三つ以外でも魔法は存在する。
例えば生活魔法に解除魔法、浄化魔法などだ。
再生魔法もそんな主流ではない魔法の一つであった。
効果は基本的に回復魔法と同じ治癒に関する魔法だ。
違う点は……多いな。
まず使用する魔力量。
回復魔法は発動の際、決められた魔力量を込めて、魔力に見合った怪我を治癒する魔法だ。
それに対して再生魔法は一度発動すると対象にした傷が完治するまで魔力を消費し続ける。もし治らなければ魔力切れを起こしてそのまま気絶する。更に回復魔法と違って似たような傷でも魔力量が変わってしまう為、どの程度の魔力を消費するのかは治癒してみなければ分からない。
これは魔力量を管理しながらの戦闘中では致命的な欠点だ。
次に回復量だが、回復魔法の超位『エターナルヒーリング』は四肢の欠損まで完治できる上に消費量は固定で再生魔法の四分の一以下の魔力で治せてしまう。
使いやすくて効果も勝っているのだから回復魔法の方が広まるのは至極当然だ。
だがそんな再生魔法にも唯一回復魔法に勝っている点がある。
それは魔法の有効期限の長さだ。
これは状況判断の仮説だが、回復魔法というのは人体の治癒能力を促進させる魔法。言い換えると、未来の状態に進める魔法だ。
かすり傷ならかすり傷が治る未来の状態に、骨折なら骨折が治った繋がり治った状態へと進まして治癒していると考えられる。
だがマークスのように怪我をしてから日数が経っていて傷口が塞がり身体がその状態を正常だと判断してしまうと、そこで完治したとなってしまう。だから回復魔法をかけても完治している物には効かずに反応せずに終わってしまう。
そんな回復魔法に対して再生魔法は細胞を戻していく魔法。回復魔法と同じように言うと、過去の状態に戻す魔法だ。
かすり傷ならかすり傷を負う前の状態に、骨折なら骨折する前の状態へと戻しているのだ。
だから完治している怪我であっても過去の状態に向かって再生させることが可能なのだ。
まぁだからこそあんなに魔力量を消費するのだが、時間の流れに逆らう治療法と時間の流れに沿った治療法。
どちらが困難かなんて言うまでもない。
このメリットも日数が経てば経つ程時間を遡らないといけないから消費魔力量が跳ね上がっていくので、並みの術者では到底扱えない。
そして回復魔法の方が有用であると判断されたことで再生魔法は衰退の一途をたどり現在では知る者がいない程忘れられた魔法となった。
「そんな魔法が存在していたなんて知らなかった」
「もう随分とカビの生えた魔法だからな」
幾ら期間が長いと言ったって魔力量の多いものしか使えず、戦闘中に使えない魔法なんて必要とされないからな。
だが今は事情が変わった。
敗戦時にマークスのように身体の一部を失ったまま治療されずにいる者は多い。今回のような回復魔法では治せない場面は何度もやってくるだろう。
そうなればまた再生魔法の知名度は上がるはずだ。
(回復魔法のが有用だと判断されて虐げられた再生魔法の創設者もそうなれば少しは報われるかな?)
マークスの腕を治した理由は分かってくれたみたいだし話を戻そう。
「さて話を戻すが、二人はどうする?」
「あの、なにがですか?」
「報酬の話だ。マークスだけ与えるのでは平等じゃあないからな。二人にも何か報酬をと思っている。何か欲しいものはあるか?」
二人に問いかけるが、すぐには返答が来る事はなく二人とも考え込んだ。
なんかすごい願いが来そう。
マークスのを見てとんでもない願いが来ないか少し不安を覚えた。
そして年長者であるナタリーから口を開いた。
「……欲しい者が思いつきません」
ズルッ
「な、何かないのか?」
「私達の身の安全は保障してくれるのですよね?」
「俺の出来得る限りの保証を約束しよう」
「でしたら私の報酬はいりません」
この展開は予想していなかった。
「……それではあとのシャロットが困るだろう。何か思いついたら与えるという事にしておこう」
「ありがとうございます」
気を取り直してシャロット。
「お願いがあります」
うん、普通は何かあるよね。
「言ってみろ」
「私にはディフルトという弟がいるのですが、たぶん私と同じように魔族に捕まって奴隷になっているはずなんです。どうか弟も救っていただけないでしょうか」
シャロットの弟と聞いてすぐさま懐に入れていたスマホを取り出して該当者を探した。
ディフルトという名前まで分かっていれば探すのは容易だ。
すぐに該当者がヒットしてそこに生存者の二文字がある。
「その願いは聞き届けよう。まず俺の知っている情報だがお前の弟は生きている」
「本当ですかっ!?」
「だが今すぐに解放するのは難しい。お前の弟は現在採掘場にて強制労働を受けている。お前の弟一人を解放するとなると相当のリスクがいる」
「私にできる事なら」
「いや駄目だ。もし弟を助けられる状況が出来上がり、それまで弟が生きていたら必ず助けよう。それ以上の条件は今の俺には無理だ」
「……分かりました」
強制労働はただでさえ重労働な上に監督している魔族の気分次第で殺される事もある場所。
生きているという情報だってどんどん過去の物になっていくので正直助けるまでに生きているかは五分五分と言った所だろう。
それでもここで名前を覚えたので機会があれば早めに解放することを約束した。
これで三人が仲間になった。
「それともう一つ進言したいことが」
「なんだ?」
「いきなりマークスさんの腕が生えたって魔族に知られたら怪しまれませんか?」
あっ!?
シャロットの何気ない当たり前な質問に固まってしまった。
……そうだった。
できない事をやったという事はそれだけ目立つって事だ。
浮かれるのはいいけど、このままマークスを戻したら確実に怪しまれるじゃん。
どうしよう。考えていなかった。
流石にもう一度腕を斬って下さいとはいえないし。
「大丈夫ですよ、シャロット。その点については問題ありません」
だがマークスは平然としていた。
「私には腕を生やすことは出来ませんが、腕を隠すことは出来ます。ほら、この通り」
そう言っている間にマークスの腕は本当に消えていた。
このスキルには覚えがあるぞ。
「【遮蔽】だな」
「はい、やはり知っておりましたね」
このスキルは擬態と同じで自分で解除しないと解除されない。
隠すには適したスキルだ。
「私を配下にするのに後先考えずに腕を生やす訳がないでしょう。タスク様は私がこのスキルを持っていることを織り込み済みで腕を生やしたのですよ」
「流石タスク様!!」
えぇっ!?
マークスはさも当たり前な事のようにシャロットに注意し、シャロットは尊敬の眼差しも向ける。
俺は冷や汗が止まらなかった。
しかしここで考えていなかったという訳にもいかない。
「と、当然だ。しかし【遮蔽】を腕一本丸々隠すには高いLvが必要なのだが、よくそこまでLvを上げていたな」
「えぇ、執事という仕事上、色々と主人の為に隠さないといけない状況というのが出てくるのですよ」
「そうか。執事も大変な仕事だな」
マークスに共感する素振りをしながら心を落ち着かせるのだった。
【遮蔽】Lv7
対象の中心に見えない膜が張られた様になり、外部から視認できなくなる。Lv上昇により膜を張れる面積が増える。