28話 依頼
エリティアから告げられた欠点はスキルだった。
言われてすぐに何のスキルなのか出てこない俺にエリティアが説明をしてくれる。
「【絶対者のオーラ】は魔王専用スキルで魔族達を従わせるスキルよ。このスキルがないと魔族から魔王とは認められないわ。つまり幾ら姿を真似ても無駄なの」
魔王専用スキルについては知っている。
勇者専用スキル同様、魔王にしか使えない特別なスキルのことだ。
しかしエリティアの言うような効果を持つ重要なスキルが記憶から抜けているのは可笑しい。
なにか嫌な予感がした。
たらり、と暑くも無いのに汗が頬を流れる。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は慌ててアイテムボックスに意識を集中させた。
自分で入れたのは魔王ブローの死体だけだが約束通りならアレも入っているはず。
魔王ブローの死体以外に入っている物を取り出した。
(これかっ!)
そうして出てきたのは、白い空間内に置いていた筈のスマートホンだった。
今更出てきても遅い上に探している物と違う。
今欲しいのは白い空間で書きまくったこの世界の資料の山だ。
あの中には【絶対者のオーラ】についても書いてある。
だけどアイテムボックスをいくら探しても紙の山はなく、魔王ブローの死体しかない。
(まさか球体が約束を破ったのかっ!? ……いや、信頼できない奴だったが、球体は約束事に関しては守るタイプだ)
絶対に資料は届いている。
そう仮定すると怪しいのはこのスマホだ。
電源をつけて中身を確認する。
スマホの中身は予想通り変わっていた。
アプリの殆どが消えてなくなり、代わりに見慣れないアプリが入っている。
やっぱりこれの中に資料をデータとして移したんだな。
しかし、
『フィリアン・テイル大図鑑』
アイコンの下に表示された何の捻りもない子供の読む本のようなネーミングはどうにかならなかったのか?
そう思いつつアプリをタップすると目次の二文字と検索項目が表示される。
スキルの項目を選択して魔王専用スキルを探すとエリティアの言ったスキルが見つかった。
【絶対者のオーラ】
敵対心を失わせる効果を持つ
スキル説明はそれだけだった。
それだけしか書かれていない。
だからこそ思い出した。
このスキルは魔王専用スキルなのに大した効果もなかったスキルだ。
効果だけで言うと相手を怯ませる【威圧】の上位互換なのだが、取得Ptは5桁台の数字が書かれていた事もあり早々に取得の必要性は無しと判断して外したスキルだ。
だが映像でも見たが、エリティアの言う魔族を従わせるようなスキルではなかった。
他のスキルと勘違いしているのではないだろうか。
「この【絶対者のオーラ】がそんなに重要なのか?」
「当然よ。【絶対者のオーラ】は魔王なら必ず持っている必須スキル。このスキルの有無で魔王であるかを判断するのよ。このスキルが無ければすぐに偽物だってバレるわ」
「でももう魔王ブローが【絶対者のオーラ】を持っている事は周知の事実なわけだし隠しておけば問題ないんじゃ」
「いい訳ないでしょ。魔王はまずこのスキルを使って魔族に命令を出すんだから隠し通せるものじゃないのよ」
ぐっ、まさかそんな大事なスキルだったなんて……。
そう考えると取得pt5桁台は妥当だと思える。
きちんと調べられなかった俺のミスだ。
あれだけ入念に調べたのにまさかの見落とし。
しかもその見落としが取り返しのつかないものになるなんて。
魔王ブローになりすまし作戦は自信を持っていただけにショックが大きい。
どうにかしたくとも問題が問題だけに解決策はなさそう。
こうなっては取れる手段は一つしかないだろう。
エリティアには申し訳ないが、一緒に逃亡生活を送ってもらおう。
魔族から逃げながらコツコツとレベル上げを行い少しずつ魔族から捕まっている人達を救出していく。
正攻法に戻っただけだ。
大丈夫まだ取り返しのつかない状況じゃあない。
そこである事に気づいた。
スマホの右上にあるメール。
そこにメールが一件届いているという表示がついていた。
俺は転移する前に、メールチェックをしていたから全て既読にしていた。
この世界では携帯がないからメールなんて来るはずがない。
一体誰が……。
『おっほん、儂じゃ』
「名乗っていないはずなのに誰だか一発で分かるなっ!?」
開口一番に書かれていたある事に挨拶の言葉に思わずツっこんでしまった。
この世界に携帯という文化はなく、知人もエリティアしかいない。そんな俺にメールを送ってくる可能性があるとすれば神ぐらいのものだろう、とは予想していたが、冒頭で名乗ってもいないのに特定できてしまった。
「球体からのメールか」
スマホに送られたタイミングを見計らって送ってきたであろうメールに嫌な予感を感じながらを俺は恐る恐る読み進める。
『まずは転移成功おめでとうなのじゃ。儂が転移させたのじゃから成功して当然じゃがの。
それでこのメールを読んであるという事は、無事に魔王ブローの討伐もできたようじゃのう。……つまらん』
「おいっ! 本音が漏れてるぞっ!!」
『嘘じゃ嘘。転移してすぐに死亡されるのは、準備不足な転移者で嫌という程聞き飽きとるから、これからも七難八苦の生活を送っていく方が面白そうなのでよくやったと褒めてやるぞ。ホホホーーッ』
うぜえぇーーーー!!
んな、話はいいから、とっとと本題に入りやがれ。
お前が態々そんなこと言うためだけにメールを送る訳ないだろ!!
『そろそろキレ出す頃合いじゃろうから本題に入ってやるかの。
お主に伝えるのはスキルの件じゃ。まだ気づいておらんかったら確認せい。お主はスキル選択で重要なミスをやらかしておる。そのミスというのは【絶対者のオーラ】という魔王専用スキルの取り忘れじゃ。このスキルの効果は、お主が作った詳細に書いておる通りなのじゃが、スキルの重要性を調べ忘れたの。【絶対者のオーラ】というスキルは魔王である事を証明する資格のようなスキルじゃ。このスキルを取り忘れておったらいくら姿形を真似る事が出来ても入れ替わる事はできんのじゃよ。……な~ん~で、こんな大事なスキルを取り忘れるんじゃろうな!』
「うるせぇ! まさにそれで悩んでるんだよ!」
こっちは自分のミスで計画全部パーになって、次どうしようか必死に考えているってのに冷やかしか!!
『それでお主の事じゃから計画が狂ったどうしようと頭を抱えて困っとるんじゃろ?』
……イラっ。
『そんなお主に朗報じゃ。お主に儂の加護として【絶対者のオーラ】を付与させておいた。ステータスを開いて確認するがよいぞ』
……な、なんだってっ!?
衝撃の展開に頭の中にあった熱は冷めて、すぐにステータスを開いた。
出現したステータスのスキル欄を開いて確認していくと、確かに魔王専用スキル【絶対者のオーラ】の文字が俺のスキル項目欄内に存在していた。
その文字を見た瞬間に緊張の糸が緩んで脱力した。
よかった、これでなりすまし作戦を続けられる。
……まさか球体に助けられるとは思いもしなかったが一安心だ。
不満というか屈辱だが、この件に関しては素直に感謝しよう。
「なんか書いてあったの?」
「あぁ、取り敢えずさっきの問題が何とかなりそうなんだ」
心配するエリティアを安心させるように笑顔で返すと、問題の続きに目を向けた。
そう、球体のメールの内容はまだ終わっていない。
寧ろここからが本番であると言える。
あの球体がタダでこんな転移者を優遇するような真似をするはずないんだ。
この俺に最大限の恩を売る形でスキルを与えたという事は、絶対に球体の得となる何か面倒な事が書かれているに違いない。
よしっ。
覚悟が決まった。
『確認したな? これで魔王として生活できるじゃろ』
ここで更に恩を感じさせる言葉を書く辺りがあの球体らしい。
『しかしじゃ。いくら儂でも加護に魔王専用スキルを与えるのはどう考えても過剰な報酬じゃと言わざる終えない。分かるか? 分かるじゃろ? というか分かれ』
くそっ、やっぱりか!!
あの野郎、俺に命令する為に、わざとタイミングで打ち明けたんだな!
いや待てっ!
そういえば球体の奴、俺が転移する直前やたらと見落としがないか入念に確認してきたよな。
あの時から知ってやがったなっ!!
そうなれば次の文章も想像がつく。
『なのでお主にはその過剰分働いてもらう。何がいいか儂としても非常に悩んだんじゃが、失敗してもいいように複数個用意する事にした』
悩んだのは頼むの量が多くてで、複数個用意したのは最初から決めていたんだろっ!!
『内容はホーム画面に戻ると『依頼』というタイトルの見慣れぬアプリがあるはずじゃ。それを押せば記載されとるからの。できるだけ達成してから死ぬんじゃぞ。 by神より』
メールの内容が終わり、即座に返信を打とうとするが、返信は送る事が叶わなかった。
……あの球体返信できないのも織り込み済みで、こんな一方的な負担を押し付けてきやがった。
「ねえ。今度は凄く苛立っているようだけど、そろそろ私にも内容を教えてくれないかしら?」
メールを確認している間、エリティアもスマホの画面を見ていたのだが、メールの内容は日本語で書かれているのでエリティアにはなんて書いてあるのかまるで分からなからず、邪魔しない様に俺が読み終えるのを待っていた。
「そうだな。要約すると【絶対者のオーラ】を挙げる代わりにこっちの要望を叶えろ、って事だな」
「……どういう事?」
流石にこれだけでは伝わらないか。
しかし一々すべて説明すると色々面倒だし……実際に体験してもらった方が早いな。
「兎に角、【絶対者のオーラ】を使えるから魔王ブローなりすまし作戦は続行可能になったんだ」
頭が可笑しくなって変なことを言い出したと思われたくはないので早速【絶対者のオーラ】を発動した。
「うぐっ!?」
その瞬間、エリティアが平伏した。
どう考えても【絶対者のオーラ】を発動したのが原因だと思ってスキルを止める。
「大丈夫か!?」
「今のは……」
「信じてもらう為に【絶対者のオーラ】を使ってみたんだ」
「ちょっと待って。タスクは人間でしょ。【絶対者のオーラ】は魔王にしか取れないスキルなのよ。……やっぱり魔王。……いえ、それよりタスクの【絶対者のオーラ】のLvは幾つなの!? 明らかに習得したばかりの強さじゃなかったわよ!」
Lv? ……えっと表示は、
【絶対者のオーラ】Lv10
「球体の奴、太っ腹にLv10でくれてるな」
「Lv10っ!?」
あぁ、そりゃあそうか。
さっきまでどんなスキルかも分かっていなかったのに、いきなり取得したと言われるだけでも驚きなのに、それが既にLv10なんて言ったら驚くよな。
俺が逆の立場なら驚くと同時に嫉妬もするだろう。
だがエリティアの反応は少し違った。
「このスキルを絶対に全開で使っては駄目よ。知らないようだから教えるけど、魔王ブローでも【絶対者のオーラ】のLvは7。私は一度だけそのLv7の絶対者のオーラを受けた事があるけど、あなたの絶対者のオーラは別格だと言っていいほど与えられるプレッシャーが違うわ。全開で放ったら、その瞬間に偽物だってバレる可能性が高い。だからちゃんと使用方法を覚えないと駄目よ」
「……俺には実感ないから分からないが、つまり魔族達に使うときはLv7で抑えて使えばいいんだな?」
「全然駄目よ。普段使うときはLv1が基本。罰や相手を脅す時、幹部達に使う時が4か5。幹部に罰を与える時なんかにようやくLv7で使うのよ」
「わ、分かった」
エリティアの気迫が凄い。
常識知らずな教え子を怒る先生みたいだ。
……エリティアみたいな先生の言うことなら素直に聞いていられるな。これで奴隷服ではなくスーツにメガネを着てくれれば更に良くなる。
やっぱり衣装問題は早急に……。
「本当に分かってる!?」
余所事を考えていたのがバレて、叱られた。