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27話 擬態

 涙が止まって暫くして俺はエリティアから離れた。

 そして目尻に留まっている涙を拭って挙げる。


「ありがとう」


「構わないさ。この程度で心休まるならいくらでも貸すよ」


 寧ろほぼダイレクトに伝わってくる胸圧を感じられるので幾ら貸してもいいくらいだ。

 まぁこのことは口が裂けても言わないけどね。


 兎に角エリティアの涙は止まったから良しとしよう。


 まだ完全に吹っ切れた訳では当然ないだろうけど、これから少しずつ時間をかけて自分の罪を解消していくしか解決策はない。


「それで……俺と一緒に来てくれないか」


 三度目の告白。

 エリティアは差し出された手に自分の手を重ねた。


「こちらこそ私みたいな女でいいのならタスクのパートナーにしてください」


 こうして俺に異世界最初の仲間、兼初彼女が出来たのだった。


 正直今にも万歳三唱したいぐらい興奮している。

 魔王ブローを倒した以上の達成感だ。


「で、話を戻すわよ。ユクスは救出しないのね?」


「あっ、うん。あいつは今後も牢屋の中で大人しくしていてもらう」


 余韻に浸っていたのに、エリティアは気持ちを切り替えて冷静に話を始めたので、舞い上がっていた心が一気に冷めた。


 これって俺が可笑しい?

 なんか一人で舞い上がっていたのが凄く恥ずかしくなったんだけど。


「それじゃあこの後はどう行動するの?」


 勇者ユクスの救出をしない事は受け入れられた。

 まぁ、当たり前だろあんな屑。


 で、次の行動ね。


 エリティアは自分が情報を何も持っていないので俺の計画に全面的に乗るような形になる。

 そりゃあ気になるだろう。


「まず俺が目指す最終目標から伝えておく」


 目標が明白になれば行動もその目標に沿ったものになるので理解もしやすくなるだろうと最初に伝える。


「『安息の地を造る』これが目標だ」


 もっと略さずに言うと『命のやり取りのない安全な土地でエリティアとスローライフを送れる環境を造りたい』だ。


「『魔族の全滅』では駄目なの?」


 俺の目標設定にエリティアは異議を唱えた。


 『魔族の全滅』は連合軍が掲げていた目標だったな。


 魔族は滅びる種族である。


 それがこの世界の常識で、今までの勇者も王族もこの目標に賛同して根絶やしにしていたっけ。


 今のも安息の地=魔族のいない世界だと思われたのかな?


「駄目だ。魔族を全滅させる、ではなく、魔族の脅威に怯える必要のない安全に住める環境を作るんだ。でないと俺達に未来はない」


 これから行うのは戦争ではない。

 領土もなく、物資もなく、人員も二人だけしかない。

 相手にはまるで益がない。

 そしてこちらは全て相手から奪っていく。


「既に人族は敗北した。エリカーサ王国だけじゃない。大国も小国も全て魔王が支配している。現状人間が安全に生活できる場所はない。もう相手を倒す事だけ考えていい状況じゃないんだ」


「今の私達には守る物がない。名誉の戦死は無いって事ね」


「その通りだ」


 理解が早くて助かる。


「次に人族以外の状況を説明する」


「エルフやドワーフ達ね」


「その二つの種族は魔族に見つからない様に樹海や大地の奥で隠れている今はまだ魔族に見つからずにいる」


「二つの種族に協力を取り付ける事は?」


 俺は首を横に振る。

 戦争で何度も共に戦ってきた戦友という認識での発言だろうが、それは無理だ。


「今回の敗戦の際、人族は他種族を囮にして逃げ延びる行動が多く、無視できない数の命が失われた。その所為で今の人族は他種族から信頼が地に落ちている奴隷の首輪の解除方法などの手見上げを持って行ってもきついだろうな」


「そんなに恨みを買ったの」


「それに協力を取り付けても然程状況は良くならない。まだ見つかっていないというだけで本拠地が実在している以上完璧に隠すのは無理だ。今はまだ奪った人族領土を統治するのに時間を取られているが、捜索が始まれば見つかるのは時間の問題だろうな」


 幾ら上手く隠そうが人海戦術でこられれば隠し通すことは出来ない。

 既にエルフやドワーフの捜索を始めようと動いている魔王もいるくらいだ。


「他の種族は精霊と獣人だがどちらも数が少なく魔族に対抗するほどの力は持っていない」


「周囲は魔族。周辺諸国も魔王が支配していてエルフやドワーフは協力が仰げず、他に当てになる者はない。……なんか今後の行動が絶望的に思えてくるわね」


「そういう訳で本題だ」


 近隣の情報を理解した所で今後についての話を切り出す。

 エリティアも改めて背筋を伸ばして俺がどんな案を出すのかを待った。


「俺達は魔王ブローの軍勢に寄生する」


「きせい?」


「ああ、坊ちゃん貴族がレベルを上げるために戦士階級に同行する時などに使われる寄生だ」


「……どうやって?」


 言っていることが分かっても内容は見当がつかないようで聞き返すエリティア。

 まぁ当然の反応だな。

 今からその説明をする。


 だがここは口で説明するより実際に見て理解してもらった方が早いな。


「それじゃあ今からその方法を見せるよ。【擬態】」


 スキルを発動した瞬間、身体が変化しだした。

 痛みはないが、身体の制御が出来なくなり、あちこちから鳴ってはいけない音や割けるような感覚があって気持ち悪かった。

 ボキッって明らかに骨が折れているような音がなっていても本当に痛みはないのだ。


 全てが収まると視界は大分高くなっていた。


 目の前に照明魔道具があるし、頭は天井にもう少しで当たりそうだ。


(思った以上に窮屈だ)


 これが魔王ブローの視点か。


 そう、俺は魔王ブローの姿になっていた。


 スキル名【擬態】は【認識阻害】同様に世間では使い道のない外れスキルだ。


 Lv1では体の一部が変化するはずなのだが、どこが変化したのか探し当てる方のが難しいレベルである。 Lv4になってようやく全身に変化が現れてカメレオンの様になれる。だが隠れる技術は【潜伏】や【気配遮断】のLv1にも劣っている。

 Lv5からは無機物への変化ができるようになっていく。武器に変化できるが、ステータスは変わらないのでやっぱり使い道がほとんどない。

 Lv8になってようやく生物への変化も可能になる。だがこれも姿を変えるだけなら【変身】であればLv5で出来てしまう。更に【変身】は相手の能力を真似られるが、【擬態】は姿形は真似できても能力は変化しない。

 使い道がないと育てるだけ無駄なスキルと認識されている。


 だがそんな【擬態】にも一つだけ秀でている点がある。

 それは持続時間。

 【変身】は使用に制限時間が掛かっているが、【擬態】は自分で解除しない限り、長時間使用しても、ダメージを受けても、寝ていても解けることがないのだ。


 つまり他人に成りすますのにこれ以上うってつけなスキルはない。


 媒介となる魔王ブローの死体の損傷が激しかったので無事に擬態できるのか不安だったが、それも問題なさそうだ。


 そういう訳でひとまず姿も変え終わったのでエリティアの方を向く。


「……タスク……よね?」


 エリティアは……生まれたての小鹿のように足が震えて今にも倒れてしまいそうになっていた。


「ちょ、落ち着け俺であってるから」


「ひっ」


 やばい。

 声もそっくりにマネするから余計に怖がらせている。


 ちゃんと説明してから変化するべきだった。

 彼女の受けた傷の大きさを考えれば魔王ブローはトラウマになっていても可笑しくないだろう。

 完全に俺の配慮不足だ。


 俺は急いで擬態を解いて魔王ブローから元の姿に戻る。

 魔王ブローのままじゃあ精神的にもだが肉体的にも大きすぎて扱いが上手くいかないからだ。


 そして元に戻ると放心状態のエリティアを揺さぶって正気に戻す。


「ハッ、今のは【変身】?」


「【変身】ではなく【擬態】ってスキルだ」


 そう言ってエリティアに【擬態】について説明をする。


「つまりタスクが魔王ブローに化けられるスキルって事ね」


「そうだよ」


「ちょっとまだ信じられないわ。あの【擬態】でしょ?」


 聞いての通り、これが【擬態】の評価だ。

 あの(・・)がつくほど使えないという認識である。


「ならエリティアに化けてみせるよ」


「えっ!? 私にちょっ……」


 早速エリティアに触って【擬態】を使った。


 大きさの問題か先程のように大きな音が鳴る事はなく瞬く間に姿が変わった。


 視線が同じになってエリティアの驚いた視線と重なる。


「……本当に私になってる」


「だろ?」


 エリティアは変化した俺をじろじろと観察する。

 鏡がないので顔の変化が見ることは出来ないが、エリティアから指摘される事はなかった。


 それだけ完璧という事だ。


(……それにしても)


 エリティアの身体に擬態して一番変化を感じるのは……前方にある二つの重み。

 ほんの少し下を向くだけで普段では見ることのできない角度から大迫力の谷間が覗くことが出来る。


(これは……眼福っ!!)


「いつまで見ているのよっ!!」


「ゲバブっ!?」


 エリティアの平手が飛んできて顔面にクリーンヒットした。


 鏡を見る必要すらなく、俺の顔には真っ赤なもみじが出来上がった事を確信するほど見事な一撃をもらった。

 ……まだ顔はエリティアのままだけど。


「すぐに解除しなさい」


「了解であります」


 ダメージに倒れている暇もなくエリティアが般若を背後に出現させて近づく。

 角でも生えそうな険悪な顔で詰め寄るエリティアに、これ以上この身体でいるのはまずいと悟った俺は急いで擬態を解除して元の体へと戻った。

 身体を元に戻すと、エリティアの背後に見える般若が消えた。


 た、助かったぁ〜。


 とにかく半生を示す為にとにかくぞ土下座をして謝った。


 しかしこれはもしかして【擬態】は素晴らしいスキルなのではないだろうか?

 今はエリティアの前だから駄目だが一人であれば。


「謝罪するなら今後一切の女性の姿へのスキル使用は禁止よ」


「そ……うですね。約束するよ」


 そんな、と言いそうになって慌てて言い直した。


 エリティアの笑顔が怖い。

 般若怖い。

 これが威圧か?(※違います)


「で、そのスキルで魔王ブローのフリをして魔族の中で生活する。それが貴方の案なのね?」


「その通り。今見て貰って分かる様にダメージを加えられようが、睡眠をとろうが解除されない。十分に可能だろ?」


 だがエリティアの表情は優れなかった。


「……残念だけど無理よ」


「どうして!?」


「この案には致命的な欠点があるからよ」


「け、欠点?」


 そんなのある訳がない。


 姿だけでなく声までマネすることのできる【擬態】に隙は無い。

 戦闘面は課題は多いけど戦闘をする機会がないと言っていい今の状況なら大した問題にはならない。

 最悪数多のスキルを駆使すれば再現は可能だと考えている。

 となると演技か?

 俺には魔王ブローの演技が出来ないという事だろうか。

 いや、そんな曖昧な事でここまで強く断言するとは思えない。


 もっと根本的な欠点が?


 それもこんな作戦を伝えてすぐに否定できる程のものが……分からない。エリティアの言う欠点とは何だっ!


「この作戦は絶対に成功しない。その欠点は【絶対者のオーラ】よ」

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