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26話 私は誇れる人間ではない

エリティア回です。

 タスクが倒れてすぐに奴隷の首輪が外れた。


 首輪が外れると私の中に混ざっていた異物が悲鳴を上げて消えていく感覚と共に今まで心の奥底に封じ込まれていた感情が浮上してきた。

 捕まってから今までの記憶はある。


 自分が何をされたのか。

 何をしてきたのか。

 この手で勇者ユクスを倒した感触も、泣き叫ぶ民に刃を突き付け笑った事も全てが昨日の事のように蘇ってくる。


 何分、何時間、それとも何秒だったかもしれない。


 とにかく本来の私に戻った。


 そしてすぐ目の前で気絶している彼をどうするかで悩んだ。


 彼は最後に『後は任せた』と言って気絶した。

 だから私が正気に戻ることを想定していたのだと思う。


 だから彼の意思を汲んで行動しないといけない。


(……とはいえ一体何を、取り敢えずまず怪我を治さないと)


 彼の傷は深い。

 腹部からもだけど肩からの出血も酷い。

 このままだと彼は死んでしまう。


「回復魔法『ハイヒール』」


 回復魔法をかけて傷口を塞ぐ。


 ……自分でつけた傷なのに感知できなかった。

 腹部に傷跡が残ってしまう。

 それでも命は繋ぎ止めらえたのでひとまず安心……よね?


 問題は次。

 このまま彼が起きるまでここで待っているのは不味いというのは分かる。

 安全な場所へ移動するべきだと思う。

 でも移動をすれば魔族に見つかってしまう。


 周りには魔族が徘徊している。

 彼を運びながらでは城内からの脱出は難しい。


(いいえ、よく考えなさい。本当に彼は城内から出る事を望んでいるの? 彼がここへ来た理由がまだあるとすれば一番可能性の高いのは……ユクスね)


 そうなると城内から出る必要はない。

 安全な部屋に運べばいいって事ね。


 それだと丁度いい所にお父様の部屋がある。

 あそこであればベッドもあるから横にもできるしいい。


(ん? 細いと思っていたけど意外と重たい。筋肉はついてるのね)


 ベッドに運び終えると彼が起きるのを待つ。


 そういえば傷つけてしまった男性には膝枕をしてあげると喜ぶって聞いたような。


 ……聞いていた話だと顔が見えるはずなんだけど胸が邪魔して見えない。

 縦向きにすれば何とか、でもこれだと逆向きだけど大丈夫かしら?



 そんなこんなして6時間ほど経過してタスクは目を覚ました。


 怪我の後遺症なんかはなさそうだし意識もしっかりしている。

 私の膝から慌てたように離れられたのは少しショックだったけど、まぁ仕方ないわよね。


 それで状況説明をして城内にいる事を知ると安堵していたからやっぱりユクスの救出もするつもり……え? 違うの?


 レジスタンスじゃない?

 ユクスの嘘?

 そもそもこの世界の住人じゃない!?


 ちょっと待って頭が追い付かない。


 異世界人だって証明できるものは?

 ないのね。


 でも話を聞いて腑に落ちない点がいくつか解決した。


 例えばタスクの戦い方。

 戦いといえば魔族や魔物を想定して訓練を積んでいくのが普通なのにタスクの場合は異形との戦いよりも対人戦の方が慣れていた。

 それも無意識になのでしょうけど殺さないように攻撃にブレーキがかかっている。

 こんな事生死を賭けた戦いが常の私達には決してできない癖よね。


 それに雰囲気も私達とは根本的に何かが違うように感じていた。

 なんか落ち着くというか……緊張感が感じられない。


 それが彼の言う通り別の世界から来たと言うのなら説明がつく。


 それからもう一つ。

 この話を聞いて私の中である本を思い出した。

 それはまだ私が小さかった頃、ユクスと一緒に勇者について書かれている書物を漁っていた時に発見した一冊の本。

 著者不明、いつ書かれたのかも不明、ただ厳重な保管をされていたその本に出てくる話は、ユクスの様なこの世界の人間が勇者となるのではなく、勇者召喚という方法で異世界から勇者を召喚するという内容だった。


 タスクの話はまさにその勇者召喚ではないかしら?


 そもそもの話、ユクスを救出するのを否定するのに態々こんな嘘にしか思えない話をする必要はないわよね。


 ん?

 彼の話が本当だとしてそれじゃあなんで彼はここに来たの?


 魔王なら誰でもいいっていうし。

 ユクスの救出がないならここに来る必要は……。


 ……その理由を聞いたら信用するって事にすればいいんじゃ。


「エリティアを俺のパートナーにしたかったからだ」


 あれ?


「俺の隣に来て欲しい」


 え、ええええええええええ―――――っ!?


 なんで!? え? これって告白?

 冗談……ではないのね。


 でも私は魔族との戦争を敗北に導いて、自分の母国を自ら魔族を率いて攻め滅ぼした女よ。


 そんな私をパートナーに?

 ……あり得ない。

 そんなことあるはずがない。


 どうしよう。

 どうすれば……。


「返事を聞かせてくれないか」


 ちょっともうちょっと考える時間を頂戴よ。


「ちょ、ちょっと待って。答えを出す前に質問に答えて」


 兎に角彼の真意を聞きながら答えを出さないと。


「また質問か」


「そう。……どうして私のために何かをしようとするの?」


「…………」


「私は今誰も信じられないんです。ちゃんと答えて」


「……映像を見て助けたいと思ったから」


「もっと具体的に」


「ぐ、具体的……いやそれは」


「答えて」


 自分がムキになって言いたくない事を聞いているのは分かっている。

 けどちゃんと聞かないと彼の本心が知れない。


「……俺は今までずっと生きながら死んだように生きてきた。何もする気が起きないで只々時間だけが経過していくのを感じるだけの無駄な人生」


 生きながら死んだように生きる?

 牢屋の中で生活していたって事?


「そんな俺にとってエリティアの生き方は眩しかった。全力で生きていた。すべてを捧げてた。……そしてそれが報われなかった」


 あぁ、そう言う事か。


「……肉親に見捨てられ、幼馴染に馬鹿にされ、仲間から裏切られる。誰も君を仲間だとは思っていなかったと魔王の奴隷になった」


「そうよ。私は魔族の手に堕ちた。魔王に簡単に捕まってユクスを釣るために餌として使われただけでなく心まで折られて服従した。ユクスを捕まえたのも私、連合軍の情報を売ったのも私、母国を魔王ブローに捧げると言って王都を攻め落としたのも私だわ。例え周りから裏切られたからといって同情はして欲しくない。私は裏切り者で売国王女よ」


 私はタスクの言いたいことを否定した。

 結局私が不幸だったから同情して助けようとしてくれただけ。

 なら私に助けられる価値も無ければ隣に立つ資格もない。


「違うな。俺が見たのは一人でも絶望的な状況を打破しようと耐え抜いて仲間を信じた姿だった」


(――――っ!!?)


「魔族に捕まって2カ月の内1カ月もの間、魔王ブローの奴隷の首輪に耐え抜いたにも拘らず、その事実を誰も知られる事はない。なぜあれが評価されない? どうして連合軍の敗北を導いた女になる? 違うだろう。エリティアは連合軍の為に身を削る思いまでした英雄だ。だから俺は損得関係なく君を助けようと決めた」


 あれはそんな大したことじゃない。

 無駄に終わる悪あがきをしていただけで評価されるような事ではないし、ましてや敬われる事でもない。


「後は……たぶん俺の目に入ったのは何か因縁だと思うんだ。実際魔王ブローにも勝ててるしね」


「それは運が良かっただけ」


「そうかもな」


 私は彼の事をまだ信じられない。


 だけどタスクの言う因縁というか繋がりのような物を私も感じていた。


「だから俺はエリティアを助けたいと思うし、傍にいてもらいたいとも思っている。……エリティア自身が断るなら諦めるけど」


 そう言いつつタスクの表情からは諦める気など感じさせない。

 本当に私のため?


「もう一度言うよ。俺のパートナーになってください」


 再び告げられる。


 時間的猶予は貰った後は答えを出すだけ。


(でもなんでここで泣き声が?)


 先ほどから私の耳に甲高い泣き声が聞こえる。

 それが考えるのを邪魔して非常に鬱陶しかった。


 この人は本気で魔族の奴隷となって連合軍を敗北に導いて母国を自らの手で攻め滅ぼした私を必要としてくれている。

 ならその気持ちに応えたい。


 でもまた同じ状態になったら?

 また私のミスで今度は彼が不幸になったら?


 耐えられない。

 そんなの嫌。

 だったら私と一緒にいない方がいい。


「私は」


 口を開き答えを聴こうとした私の声は震えていて言葉が上手く喋れなかった。


 ここに来てようやく私は気づいた。

 自分が泣いていることに。


 先程から聞こえていた泣き声は自分の泣き声だった。


「エリティア」


 泣く私をタスクは力強く抱きしめた。

 久し振りに感じた人の温もり。

 もう何も考えられずにタスクを抱き返して、力が強く厚い胸板に私は顔を埋めて泣いた。


 自分の中で支えていた堤防が決壊したように感情が溢れてくる。


 辛かった。怖かった。味方は誰もいない。頭の中では常に怨念が私を引き込もうとしてきて、いつまでも終わらない地獄のような日々だった。

 それでも耐えればなんとかなる。生きていればきっと助けてくれると信じた。

 ……でも誰も私を必要としていない。

 そう思ってしまった瞬間、私は抗えなくなってしまった。


 そこからはまるで私が私でないように勇者も、仲間も、国民も裏切って魔王ブローの手先に堕ちた。

 子供を庇う親を、走れなくなった老人を、小さなナイフを手に必死に後ろにいる妹を守ろうとした勇敢な子どもさえ、私は笑いながら槍を振るって命を刈り取っていった。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


「あの状況、誰であっても耐えることはできなかった。運が悪かっただけだから」


「それでも私は……助かるべきじゃなかった」


「そんなことはない。俺がこの世界を選択しようと思ったのは君がいたからなんだから」


「うぅ……あぁああん」

いつもご覧下さりありがとうございます。

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