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24話 俺の名は

(……夢か)


 目を閉じたまま自分の意識が眠りの淵から回復した。

 身体は温湯に入っている様な纏わりつく感覚。

 頭の方もいまいち上手く回っていない。


 でも今まで夢を見ていたという事だけは自覚した。


(なんか……いい匂いだな)


 なにかの花の香水?

 とても落ち着く。

 このまま二度寝したいくらいだ。


(でも俺のベッドがこんないい香りを漂わせる訳ないよな)


 匂いだけじゃない。

 ベッド自体から伝わってくる感触もいつもと違う気がする。


 普段より身体が沈んでいるように感じるし、布団も綿がいっぱい詰まっていて柔らかい。

 どちらも俺の使っていた折り畳み式の簡易ベッドでは味わえない感触だ。


 何より枕がいつもより少し高くて柔らかすぎず硬すぎずの絶妙な抵抗感を与えてくれて気持ちがいい。


(……あれ? ここ、どこだろ)


 徐々に頭が覚醒してきた。

 身体の方も意識が行き渡っていくのが分かる。


 ああ、ようやくしっかり目が覚めてきた。


「……っ!!」


「おはよう。目が覚めたみたいね」


 重かった瞼を開くと自分の頭上に女性の顔が映り込んだ。

 とても艶やかな長い金髪と透き通った澄んだ瞳で俺の顔を覗き込んでいた。


「え? ……はいっ!?」


「意識の方はそれだけ喋れれば大丈夫そうね」


 彼女はエリティアだ。

 先程まで俺の事を殺そうと槍を刺しに来ていた。


 もう敵意は感じられない。

 ひとまず……安心だよな?


 それよりも予期せぬ状態になっているんだけど。

 気持ちいいと思っていた枕が彼女の動きに合わせて振動した。


(なんで膝枕をしてもらっているんだ)


 気絶したのでベッドに寝かせられるのは分かる。

 でも膝枕は意味が分からない。


 いや、嬉しいんだけど状況が読めない。


「それで聞きたいのだけど、どうやって奴隷の首輪を外したの? これは普通の解除方法では解除できないのよ」


 だが質問する前に逆に質問されてしまった。


「魔王ブローを殺した技だってそう。魔王を一撃で倒せるスキルがあるなんて聞いた事ないわ。知っているスキルだってあんな使い方があるなんて知らなかったし」


 顔近い。

 ただでさえ近いのに迫ってきたらぶつかる。


「そもそもここに入ってきた事から言って可笑しいのよ。気配も感じさせずに突然現れたあれはスキル? それとも魔法?」


「ええと……」


「私との戦闘でも使ったけどあの時のと最初のはなんか感覚が違ったのよね。戦闘の時に使ったのはなんか人為的な感じだったけど最初のは強力な力で守られていたような」


 それは合ってる。

 球体(かみ)の転移だからね。


「それと思ったより貧相な体つきね。あれだけの戦いをした訳には……でも足腰はいい感じだったかも……どうしたの? ずっと黙っていても何も分からないんだけど」


「いや、あの……」


 何故膝枕をしているのでしょうか?

 その一言を言う暇を与えずにしゃべられれば黙るしかないと思う。

 とにかくこのままの格好は話づらいし木っ端塚しい。


 身体を転がして滑り落ちると体を起こして彼女と正面から対峙した。


「エリティア……だよな?」


「ええ、あなたは誰?」


「ん? ……そう言えば」


 俺は彼女の事を知っているから名前を呼んでいたけど自己紹介をした訳じゃない。

 エリティアは俺の名前を知らないからなんて言えばいいのか分からないよな。


 なんか今更のようだが自己紹介をしよう。


「俺の名は佐久間(サクマ) (タスク)。姓は佐久間で名前は佑だ。よろしく」


「サクマ タスク? 聴き慣れない語感の名前ね。あなたって他国出身?」


「まぁそんなものだな」


 他国どころか他世界の出身だから馴染みのないのは仕方ないと思う。


「気軽に佑と呼んでくれ」


「タスクね。じゃあ私の事もそのままエリティアでいいわ」


「分かったよエリティア」


 お互いに名前を呼び合うと不思議と距離が近づいた気がする。

 そう言えば女子と名前で呼び合うなんて初めてかも。


 なんか照れ臭くなって視線を外す。


(……って、アレ? 見た事がない間取りだ。こんな部屋あったか?)


 部屋の造りは洋式風で変ではない。

 けど天井のシャンデリアとか、ソファーとか凄く高価そうだし、載っているベッドは四方に柱がついている天蓋ベッド。

 間違いなく上流階級の物が使う部屋だ。


 なのに見た事がない。


「……あのさ、先に俺の質問に答えてくれない?」


「ん? ……まぁいいわよ」


「ありがとう」


 少し間があったけど了承してくれたので質問する。


「えーっと……ここはまずどこなんだ? それと俺が寝ていた時間とその間に何があったのかを聞かせて欲しい」


「当然の質問ね。それじゃあまずここがどこなのかだけど、ここは王城の中の一室で私のお父様の部屋よ」


 お父様というとこの国の国王……あいつの部屋か。


 でも彼奴の部屋なら何度も見ているがこんな風ではなかったと記憶している。

 確かもっと金、銀、宝石を部屋中に置いて中央に自分の肖像画をでかでかと飾る様な悪徳貴族顔負けの悪趣味な部屋だったはずだ。


「よく知ってるわね。そうこの部屋はお父様の部屋だけど普段は使わない別室よ」


 もっと詳しく聞くとこの部屋は先程まで戦っていた玉座に隣接している部屋で本来は玉座の間で行うパーティーや面会で国王が疲れた時などに使う部屋だそうだ。

 見覚えがなかったのは国王が質素なこの部屋の間取りを気に入らず全く使わなかったから。

 現在は誰も使っていないので当面は安全だそうだ。


 そうはいってもあの糞国王の私物であることは間違いはないので若干の抵抗がある。


「遠慮する事はないわ。どうせ使わないんだし物は一級品だから好きなだけ使って」


 エリティアはそんな俺の心情を置かれている物に委縮したと見えたようだ。


「それで時間の方は大体6時間くらいね。部屋には誰も訪れていないからまだ魔王の死亡はバレていないわ」


「6時間ね。……ちなみになんで膝枕を?」


膝枕(コレ)? 傷ついた男性にはこうするのがいいって聞いたから。……嫌だった?」


「いや、そんなことはない……うん、分かった」


 深い意味が無いんならそれでいいです。

 兎に角魔族にバレていないというのは有り難い。


 まだ計画通りに事が運べそうだ。


「それじゃあ今度は私の番よ。聞きたいことは山ほどあるけどまずは最後のあれよ。あれってどういう意味?」


「最後のあれ?」


「気絶する前に行った『後は任せた』よ」 


 ……言ったかも。


 でもそんな剣幕な表情になる事か?


 あれにはきちんと理由がある。


 まず俺は【荷重】での失敗で勝つ事を諦めた。

 あのまま戦って勝つことは出来たかもしれない。

 でも負ける可能性もあったし、どちらかが死んでしまう可能性もあった。

 そうでなくとも二人とも重傷になっていたはずだ。


 そこで勝つのを諦めて戦闘中に奴隷の首輪を外す方法に切り替えた。

 エリティアとの戦いは魔王ブローの呪縛から解放されればいいからな。


 それでなぜあんな遺言めいた事を言ったのかというと二つの理由からだ。


 一つは最後に発動した奴隷の首輪の解除魔法はかなりの魔力を消費する。

 本来は気絶させて自身の安全を確保した後に魔力量をスキルで底上げしてから使用するつもりだったが、戦闘中にそんな隙は与えてくれない。

 だから発動後、魔力切れを起こして気絶。もしくは急激な体の怠さに襲われた可能性が高い。


 そしてもう一つが嵌められている魔王ブローの特性の奴隷の首輪だ。

 その効果の全貌は白い空間でも解析しきれず未だなぞの部分がある。

 その一つが解除後の装着者の反応。


 もし首輪が外されて解放された場合、三つの可能性が起こり得た。

 

 1つ、首輪が外れても精神支配の呪縛から解放されない。

 戦闘は続行し、気絶もしくは著しい体のだるさを感じて戦わないといけなくなった俺に勝ち目はなく殺されて終わりだ。


 2つ、精神の呪縛からは解放されるが、装着中の記憶は失われている状態。

 俺への敵対心はなくなり戦闘は止まる。だがもし俺が気絶していた場合、彼女は周囲の人間に助けを求めるだろう。だがこの城はすでに魔族に支配されているので助けてくれる人間は存在しない。魔族にエリティアの解放がバレて死ぬか、それ以上の苦しい拷問を受ける未来が待っている。


 3つ目、精神の呪縛から解放され、装着中の記憶も残っている。可能性としては最も高く、唯一気絶したとしても助かる道だ。


 つまり気絶した俺が助かるには三つ目の状況になっていないと死んでいた。

 だから死ぬ覚悟で言ったわけだ。


「だから俺が生き残っているのは呪縛が解けてエリティアが適切な行動を取ってくれたからだな」


「なるほどね。つまり最初から私を殺す気はなかったって訳ね」


 納得がいったようで腕を組んでうんうん頷くエリティア。


 その姿はとても可愛らしいのに組まれた腕に乗っかっているのは凶悪だ。


「しかしよかった」


「何がよ」


「思ったより普通そうだから安心したんだよ」


 ついでにエリティアが呪縛から解放されて記憶があっても見捨てられるという可能性もあったからな。

 行われたことを考えれば人間不信になっていても可笑しくない訳だし。


 でも今のエリティアの様子からはそう言った不信感は感じられない。


「……まぁいいわ。それと今の内に言っておくわね」


 急にエリティアは真剣な声音になって姿勢を正した。

 俺もつられて背筋が伸びる。


「此度は魔王ブローに堕とされ、攻撃を加えた私を奴隷の首輪から解放して下さり幾ら感謝してもし足りません。本当にありがとうございました」


「その言葉ありがたく頂戴します」


 ここで日本人特有の『そんな事ない』という謙遜の言葉が出そうになるのをぐっと喉の奥に仕舞い込んで素直に礼を受け取った。

 魔王を倒すという偉業をやってのけたのに謙遜なんてしたら逆に嫌味というものだ。


 万全の準備をしても尚死にかけて何とか倒した。

 そんな誰も成し得なかったことをやったのだから堂々と感謝の言葉を受け取る意義選択肢はないだろう。


 礼を受け取って貰えてエリティアもホッと一息ついた。


「それでこの後の事なんだけど……」


「その前に」


 話を戻そうとするエリティアに俺は待ったをかける。

 ここで話すのがいいタイミングだろう。


「いつまでもベッドの上で話すのもなんだしソファーに移動しないか?」


「そ、そうね」


 敬服している間もベッドが揺れてバランスが取りずらそうだったし、隣にちゃんとしたソファーがあるんだから使わない手はないだろう。

 その提案にエリティアはなんで気づかなかったのかと慌てた表情で頷いてお互いにベッドから下りた。

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