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23話 堕ちた聖騎士

 "奴隷の首輪"

 魔王ブローがエリティアに着けた首輪の事だ。

 この奴隷の首輪には嵌めた者を魔族、魔物に服従させる効果がある。

 しかし嵌めたらすぐに魔族至上主義の奴隷に変わる訳ではない。

 最初は首輪を嵌められても精神に大した影響はなく、嵌められる前と変わらぬ人間の精神を保てている。


 四畳ほどの広さしかない部屋。

 あるのは簡易なベッドが一つだけ。

 他には家具どころか窓一つない。


 奴隷の首輪を嵌められた後、エリティアはこの部屋の中で生活をしていた。

 部屋から出なければ特に制限はなく、一日二回の食事も貰える。

 拷問をされる事もなければ肉体労働もない。

 本当に何もしないで過ごしていい。

 捕虜としては好待遇の扱いであっただろう。


 武器や装備は取られて衣服は丸腰同然の奴隷服ではあるが、手錠や鎖で拘束されている訳でもない。

 魔族相手に部屋から出るなという約束を律義に守る必要もない。

 普段のエリティアであれば脱走を考えていただろう。


 しかし部屋へ入れられてからエリティアはずっとベッドの上でもがき苦しんでいた。


 魔王ブローが嵌めた首輪は奴隷の首輪という名称で呼ばれているが、従来使われているただの奴隷の首輪とは全くの別物だ。

 通常の奴隷の首輪には精神に作用するなんて効果は存在しない。

 精神ではなく行動を制限するものだ。


 主人に危害を加えない。

 逃げ出さない。

 命令に逆らわない。


 そういった奴隷の反抗的な面を押さえつける。

 エリティアの着けられた奴隷の首輪とは似ても似つかない。

 魔王ブローの力によって幾つもの効果をもった首輪だ。

 エリティアが苦しんでいるのもその内の一つに過ぎない。


 その一つとは"魔族の怨念"。

 奴隷の首輪が嵌められると装着者の頭の中に魔族の憎悪、嫌悪、怒り、恨み、殺意など死んだ魔族達の負の感情が流れ込んでくる。

 その内容もただ『恨め』、『憎め』などといった単語や強制的な命令口調が頭に浮かぶという訳ではなく、魔族に対する考え方を一変させる洗脳が行われる。

 敵である魔族の行動を正当化して、逆に人間やエルフの魔族に対する行動を非難する。


 怨念というように囁くのは魔族の死んだ者で受けた痛みや苦しみは実際に起こっている事であるため否定はしにくい。

 それが休みなく続けられる。


 どれだけ自分の考えが間違いでないと思っていても常に否定されて違う考えを囁かれ続けると次第に精神がやつれていき自分の考えが本当に正しいのか疑心を生む。

 そうなると怨霊達は更に勢いを増して洗脳を強めていき、弱った心に魔族こそが正義という常識を叩き込む。

 次第に装着者の心を蝕み、浸透していき、偽りの認識を正常と判断するようになる。


 常人であれば数日で耐えられなくなり魔族の傀儡奴隷に生まれ変わる。


 なのでベッドでもがき苦しんでいるエリティアは装着当初のまだ自分の考えを否定され続けるのを何とか抗っている状態だ。


「やめてっ! 人間は間違っていない。あなた達魔族が殺しを楽しむからいけないんでしょ」


 洗脳は考えなければ怨念からの囁きは気にならなくなる。


 だが食事以外何もない。

 することが何もないこの環境では逃れる術がない。

 これなら拷問や肉体労働の方がましだと思わせる程であった。


 彼女は耐えた。

 仲間がもうすぐやってくる。

 もう少し待てば父が、師が、ユクスがきっと私を助けに来てくれると待ち続けた。

 精神の限界を迎えても最後の一斉だけは超えない様に踏み止まっていたのだ。


 ……しかしすでに結果が分かっている様に彼女は堕ちた。


 奴隷の首輪装着から一ヵ月経ち、魔王ブローの前に再び対峙する際にされたある事が原因だった。


 初日同様、魔王ブローは玉座に太々しく座っていて、周りには魔族が囲んでいる。

 エリティアはまだ精神的な疲労はあったが、耐えている。

 だから屈しない自分を堕とすべく何かを仕掛けてくると警戒していた。


「よもやここまで首輪に抗い続けるとは予想だにしなかった。流石は連合軍最大戦力勇者パーティーの一員だと褒めてやろう」


 警戒するエリティアに対して魔王ブローはエリティアを褒めた。

 しかしその表情は余裕綽々で口調も悔しさが感じられない。

 寧ろエリティアが予想外に粘っているのを楽しんでいる。


「要件はそれだけ? だったらまた部屋に戻るわ」


 エリティアもそれを感じ取ったのかすぐに退席をしようと言い出している。


「まぁ待て。ここへ呼んだのは俺の疑問を答えてもらう為だ。その奴隷の首輪は俺のお手製で相当な力がある。俺は5日で堕ちると思っていた。なのにお前はこうしてまだ耐えている。何故だ?」


「……何も分かっていないのね。いいえ、魔族なんかに分かる訳がない。自分の欲しか考えないあなた達魔族には信じられる者は自分だけだものね。でも人間は信じる家族や仲間がいるのよ精々覚悟するといいわ。もうすぐ私の場所を特定して仲間が……仲間達が助けに来てくれる。そうすればあなた達全員皆殺しよ」


 虚勢ではなく本気でそう言っている。

 勇者であるユクスであれば魔王ブローも倒せると。


「なるほど仲間か。それはいい。詰まる所お前はまだ仲間が自分を助けてくれると希望を抱いているから屈しなかったという事か。……ハハハ、そうか仲間か」


「何がそんなに可笑しいのよっ!」


「本当に人間という生き物が面白く醜いと思っただけさ」


 そういいつつまた笑う魔王ブローにエリティアは気に入らず目を細めた。


「よし、ここまで頑張った礼だ。お前にもいい物を見せてやる」


 そう言うとエリティアの返答も待たずに玉座の魔の横に置かれていたデカい鏡を手元に持ってきて何か操作を始めた。


 そして操作が終わると鏡を反転させてエリティアに見せた。

 鏡に映し出されたのはエリティアの顔ではなく……王都にいるはずの父親の姿だった。


 エリティアが王女という事はこの小太りのおっさんが国王か。


「お父様っ!?」


 エリティアは声を上げる。

 しかし鏡に映る国王は全く反応しない。


 エリティアには見えていても向こうには感じられないのか。


 それでも疲れ切っているエリティアには見知った顔を見る事が出来て嬉しいようで表情が緩んでいるように見える。


 だがその表情は再び険しいものに戻った。


『ようやくエリティア様の居所が分かりましたが』


『そうだな。まさか魔王に捕まっているとは』


 丁度話の内容は捕まったエリティアについてだ。

 だが様子がおかしい。


『愚かな娘だとは思っていたが、ここまで足を引っ張るとはな』


『魔王が相手では精鋭部隊を送り込んでも返り討ちに合うのが落ちでしょう』


『あんな娘の為に我が精鋭部隊を無駄死にさせる事はない。どうせあいつの娘だ。失った所で大した損失ではない。それどころか奴の血が王族から絶たれるのだから好都合だろう』


『国王様、流石にそれは言い過ぎでは』


 国王と大臣? はエリティアを助けるどころか見捨てる方向で話を進めている。

 それも実の娘を要らない子だと言いやがった。


『とはいえ一応勇者パーティーの一員にして実の娘を見捨てたとあっては対外的に良くない。連合軍に救援隊を組んでくれるように進言はしよう』


『それがいいですな。今の連合軍にそんな余裕はないでしょうから国王様の望む結果になるでしょう』


 助けに行かない前提でどんどん話を進めていく。


 そして映像が切り替わる。


 次に移ったのは勇者だ。

 既にエリティアが捕まって1ヵ月が経っている。

 勇者の元にはエリティアの行方不明の報告が言っているはずだ。


 しかし映っているのは酒場だった。

 それも店を貸し切りにして宴会騒ぎを行っていた。


 女5人も囲んで会釈してもらい、腕を絡まれてヘラヘラしている勇者の姿が映っている。


 あれ絶対尻とか触っているだろっ!!


 この姿はとてもではないが勇者には見えない。

 どちらかというと盗賊の宴か。


『それで勇者様よ。エリティアの事はいいのかよ』


『ん? あぁ、いんじゃね。どうせ王様が探してんだろ?』


『淡白だな。普段はあれだけ優しくしているくせに』


『前にも言っただろう。あいつに優しくするのは彼奴が俺の婚約者の姉だからって。次に魔王を倒したら結婚できる手筈だ。そのときに姉妹丼をして食べ比べすんだよ。じゃなきゃあんなデブに仲良くするわけないだろ』


『確かに顔はいいがあんだけデブじゃ相手したくねえよな』


『そうそう、女は君達みたいにスリムじゃなきゃ』


 そう言って隣にいる女を抱き寄せる勇者。

 女性の方は引き攣っているがお構いなしだ。


 そんな事よりデブ?

 エリティアだってスリムだろ。


『そもそもあいつは真面目過ぎてうざいだろ?』


『金銭は全て旅の資金にされてこうやって遊べないもんな』


『それに戦闘でもやたらと命令口調だろ。あと何でもないのに行動が勇者パーティーらしくないとか説教してきたり』


 話がどんどんエリティアの悪口に変わっていく。


 囲んでいる女と比較して口説いたりしている。

 とても仲間に対する話ではない。


「これは現在行われている会話だ。こいつらはお前が捕まってから毎回この話をしている。これでもまだ仲間が助けてくれると思えるのかな?」


 魔王ブローの言葉にエリティアは膝から崩れ落ちた。

 肉親と仲間の本心を聞かされて精神が揺らいでいる。


 肉親からは見捨てられ、幼馴染である勇者からは貶され、パーティーメンバーはそれを肯定する。

 仲間だと思っていたのは自分だけだったのだと真実を突き付けられて、彼女の中で信じていたものが音を立てて崩れていくのが分かった。


「嘘よ……嘘、嘘、嘘、嘘!!」


 信じたくないエリティアは必死に首を振って今見たものを否定しようとする。

 その姿にもう強さは感じられない。

 いるのは歳相応のか弱い女性だった。


「さて褒美は終わりだ。それともう首輪の力で落ちる事を待つのも止めるので、これからは"普通の捕虜"として扱う。お前が要望していた事だ、嬉しいだろう?」


 更に魔王ブローは追い打ちを掛ける。

 もう放っておいても時間の問題のように見えるエリティアに拷問に掛けると言っているのだ。


 エリティアの表情は青ざめる。


「いやだ。いやっ、助けてっ!!」


 もがくエリティアを魔族達が嬉々した様子で連れていく。



 それから僅か二日。

 三度目の魔王ブローの前へと呼ばれたが、そこにはもう彼女の姿をした別人が座っていた。

 心は完膚なきまでに壊され、瞳は光がなく濁っていた。


「さぁ、新たなる下僕よ。忠誠を示せ」


「はい。魔王様に忠誠を誓います」


 うっすらと歪な笑みを浮かべて魔王ブローの足元までいくと足の甲へ口づけをする。

 こうしてエリティアは忠実な魔族の奴隷に堕ちた。





 それから一月後、勇者パーティーは他にも三つのパーティーを従えて魔王ブローの城に到着したが、絶対服従の忠実な奴隷聖騎士へと変貌が完了したエリティアに返り討ちに合い、勇者ユクスは魔王ブローに捕まった。

 更に母国エリカーサ王国への進軍の指揮官を務めて、国を蹂躙しつくした。


 その姿は国民も目撃したため戦争が終わった時には、


「この裏切り者がっ」


「お前なんて人間じゃねえよ」


「この人で無し。息子を返して」


「薄汚れた聖騎士め、死んで償え」


 王都の広場で捕まった国民から罵倒を浴びせられている。

 魔族に同族を売った"悪魔の王女"、敗戦を招いた"元凶の聖騎士"と呼ばれて全世界に名前が広まる。

 それに対してエリティアはゴミでも見る様な目で民衆を見ると、不吉な笑みを浮かべてその場を去って行った。


 守る対象であった国民までもを蔑むエリティア。

 罵倒されてその場を去る姿は――――。




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