22話 勝敗の行方
男の挑発に乗って攻撃しに行くことは決めた。
でもただ罠に突っ込む気はない。
私のさっきまで使っていたスキルは【剛腕】、【重力操作】、【重心固定】の三つ。
だけど私が使える全力はもう一つある。
それも切り札と言えるスキルをまだ使ってなかった。
私の切り札のスキルは【電光石火】
身体強化系速度強化の最上位のスキルよ。
このスキルを使った私の速度は先程までとは比較にならないほど速くなる。
ただあまりの速度に細かな動作をするのには合わず今までは使えなかった。
このスキルを使えば速度だけでなく突きの威力も上がる。
壁に円状の風穴を開ける程の突きの名は『雷轟』と呼んでいる。
(男はさっきまでの私を基準に罠を張っているはず、これなら確実に男の予想を上回れる)
私は槍を握りしめると男に向かって突っ込んだ。
男は仕掛けたのに微動だに動いていなかった。
(まだどのスキルを使うのかは分からないわね)
防御系か、回避系か、もしくは攻撃で打ち勝つ気か。
防御系なら効果が切れるまで攻撃すればいい。回避系ならさっきまでと同じで連続で攻めるのに切り替えればいいだけ。
もしも力勝負に持ち込むのなら受けて立つ。
そして正面から打ち破ってやるわ。
集中力が極限まで増している。
今ならどんなことが起こっても身体が反応してくれそうなほど軽い。
負ける気がしなかった。
(もうすぐやり理の射程圏内に入る。何をしてくるの?)
男の行動を見る。見る。見る――――が、何もしてこない。
身体どころか指先一つ動かさない。
このままだと本当にただ刺されるだけで終わる。
――――ゾアッ
攻撃をしているのは私の方で男は何もしていない。なのに背筋に悪寒が走った。
本当に攻めてもいいのかと私の本能が問いかけてくる。
今ならまだ後戻りが出来る。
この男は予想外の事をしてくる。
動いて何をするのか分かるよりも動かず何もしない方のが逆に怖いのではないか?
ここは一度引いて男の狙いを探るべき。
勝利を手にするならそちらの方が悪くない。
いいえ、ここで勝負する。
"雷轟"は私の出せる最強の技というだけではない。
師匠に初めて傷をつける事が出来た技であり、勇者パーティー選抜戦で勝利を掴む際にも使用し、勇者パーティーの旅に出てからも改良を加え続けてきた。
この技には自信と自負がある。
それに滅びたとはいえ王国の最高位の称号を賜った聖騎士としてどこの馬の骨とも分からない素人同然の戦闘をするこの男から引く訳にはいかない。
聖騎士エリティアの矜持全てを賭けて"雷轟"を放つ!!
悪寒を振り払って槍の射程圏内に男を捕らえる。
やっぱり何もしない。
このまま本当に当たる?
いやそれはない。
絶対に何かしかけてくるはずだ。
だから全力で槍を放つ。
「死になさいっ!!」
全身の筋肉を総動員して放った最大火力の突き。
それが男へと放たれると……腹部へと突き刺さった。
(……えっ?)
あっさりと刺さってしまった。
手に伝わってくる確かな肉の手応え。
間違いなく腹部に刺さっている。
それもど真ん中に深々と。
どこからどう見ても致命傷を与えた。
(……なんだ)
私は少し考えて自分の考えを改めた。
なんてことはない。
何もしなかったのではなく、何もできなかっただけだったのだ。
【電光石火】で強化された私の速度についていけなかっただけ。
それか予想外に事に行動できなかったとか。
とにかくこのまま槍を引き抜いてしまえば内臓損傷と出血多量で一瞬であの世に逝かせられる。
最後は期待を裏切られた結末だった。
男は最後の抵抗なのか槍を持つ手を掴まれた。
でも力は弱い。
そんな力では槍を抜くのを止められない。
腕を掴まれたまま私は槍を引き抜く。
引き抜いた槍の穂先にはべっとりと血が付着していた。
(これで魔王様の仇討ちは達成ね)
流石にすぐには死なないのか男は引き抜いてもまだ立っている。
でも助かる怪我ではないし、次第に意識が遠のいて倒れるでしょうけど。
終わってみれば呆気ない幕切れだったな。
こんな男が本当に魔王様を倒したのか疑わしく感じてしまう。
しかし戦いはまだ終わっていなかった。
勝敗は決まったと思っていた私がその事に気がついたのは、男が一向に倒れる事がない、どころか私の掴んでいる腕の力が増していた事だった。
更には顔を上げて悠長に喋り出したのだ。
「流石だ。速すぎて避けきれなかった。でも――――捕まえたぞ」
ゾワリ、と先ほど以上の悪寒が走った。
心臓が跳ね上がり、己の目を疑う。
槍は腹部の真ん中に刺さった。
致命傷の一撃だった。
なのになんで生きているの!?
肉の感触も血も本物。
回復魔法を使った形跡もない。
"不死身"という単語が脳裏に浮かんだ。
でもそんな訳がない。
魔王様ですら死からは抗えなかった。
こんな男が不死になれる訳がない。
絶対に何か秘密があるはずよ。
そうでなければおかしい。
掴まれている腕が痛いと思えるほど強く握られてようやく現実に戻った。
こんな折られるのではないかと思うほどの握力を死に体が出せるとは思えない。
やっぱり何かをしたのだ。
私に気づかれずに行える何かを。
「そう怯えなくてもネタなら明かしてあげるよ」
男はそう言うと視界がぶれだした。
さっきまで正面にいた筈に男の姿が僅かに私の右側に移動したのだ。
距離にしては大した事はない一歩のズレ。
でもその僅かな差で腹部の怪我が正面から側面へと傷口が移動して致命傷を避けていた。
あり得ないわ。
こんな近くで、それも集中力が極限まで研ぎ澄まされている状態でこんな目測を誤る事なんて……。
「【幻影】?」
「近くを狂わせたという点ではあっているけど【幻影】ならエリティアは発動を察知できただろ?」
その通りよ。
【幻影】なら違和感に気づけた自信がある。
つまり知覚することのできない私の知らないスキルを使われたのね。
そう思ったが、告げられたスキル名は【幻影】以上に世間一般に知れている特に珍しくもなんともないスキルであった。
そのスキルの名は【認識阻害】
私は取得していないが、昔持っていた人に見せてもらったことはある。
あれは効果が異常に弱いスキルで、顔の一部を微妙に変化させるのが精々のスキルであった。
戦闘でも生活でも何の役にも立たないゴミスキルと世間一般ではそう言われている。
「そんなスキルで避けったっていうの?」
「いや、当たってるから。凄く血が出てるし痛いんだけど」
それでも致命傷からは避けている。
この一撃で決めるつもりだったのに殺しそこなわされた。
「さて、種明かしも終わったし、こっちも急所は外したとはいえ出血がヤバいんでね。宣言通り終わらせてもらうぞ」
(……まずいっ!?)
私と男の距離は全く無い。
こんな状態で男にはまだ先程封印した魔法が残っている。
最低でも上級の魔法をこんな至近距離で放たれたら耐えられる気がしない。
「は、放せっ!!」
男から距離を取ろうするが、先程掴まれた腕がそれを許してくれない。
だったら攻撃して話させればいいと思うが、片腕は封じられた状態でこの至近距離を長槍で攻撃するのは難しい。
だったら足で蹴り上げれば。
そう思ったが、足はまるで金縛りにあったかのように地面から離れなかった。
攻撃手段が悉く潰されている。
「敗因は聖騎士としての矜持だ。君は格下が相手でその相手が覚悟を決めたとき必ずと言っていい程正面から受けて立つ。俺はそれを利用させてもらったんだ」
なんでそんなことまで知っているのか。
もうそんな突っ込みをしている余裕はない。
槍を手放して唯一残っているもう片方の拳で男を殴る。
でも利き腕ではない拳は体重が上手く乗らず大したダメージを与えられていない。
「終わりにしよう」
男は殴り続ける私を余所に封印していた魔法を解放した。
先程までの尋常じゃない魔力が私に向かって流れてくる。
この魔力量は超級クラスの魔法か。
上級でも難しいのに超級じゃあ望みはない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
熱いっ!?
燃えるような熱量が体を暴れ回って身体が灼ける。
筋肉が悲鳴を上げて身体の奥から爆発しそう。
いや、多分爆発したり燃えたりするのでしょうね。
これはどういった魔法かは分からないけど私を殺すためにはなったのだから痛いのは同然の事。
寧ろ痛みを感じている間はまだ生きているって事なんだから。
私は死を覚悟して痛みを受け入れた。
そしてその最後の間にできる事でせめて私に勝った男がどんな顔をしているのかを冥途の土産に持って行こうと顔を上げる。
(……え?)
この男は何度私の予想を外せば気が済むのだろう。
私に勝ったのだから当然自信満々な勝利の笑みを浮かべていると思ってみた。
なのに男の表情は喜びとも悲しみとも違う。
なにかを覚悟したような表情を浮かべている。
(なんでそんな顔をしているの)
それじゃあまるであなたが敗者の様じゃない。
私に勝っておいてそんな表情をしないで。
しかし男は更に謎の行動を取る。
ずっと掴まれていた腕を放すと、困惑する私の頭を撫でたのだ。
それも優しく、さっきまで命の取り合いをしていた私相手に。
「後は任せた」
一体何を?
何を任せるっていうの?
もう何一つ理解できず、魔法は私の身体を解かしていき、倒れた。