20話 男の性
高速でくるエリティアの突きを当る直前で【後ろの正面】を使って回避した。
【後ろの正面】は瞬間移動のできるスキルだ。
ただ転移できる場所は視界に入っている相手の背後という非常に限定されたものである。
本来は魔王ブローとの戦いの最後にあった攻防の際に魔王ブローの攻撃を避けてそのまま背中を攻撃するつもりでいた。
しかし魔王ブローは全体攻撃をしたため背後に回った所で避けられるものではなく、結局使用される事はなかった。
このスキルは使用回数制限がなく、対象の指定も簡単に行える使い勝手の良いものだ。
特に初見でこの動きについてくるのは難しい。
それも突きが当たる直前に完全に死角に入ったのだ。
集中していればしている程、急な変化にはついて行けないものだ
俺の目の前には無防備な背中がある。
まだエリティアは俺に気づいていない。ここからどんなに早く反応しても気づいてからの行動では遅い。
このまま相手の身体の動きを封じるスキルを当てれば戦闘不能で俺の勝ちだ。
魔王ブローと比べれば嫌にあっさりと勝利が見えた気がした。
だがそんなすんなりと決着とはいかなかった。
「ぐふっ!?」
無防備な背中に拳が当たる寸前で腹部に衝撃が走った。
胃液が逆流するような痛みと共にエリティアからどんどんと身体が遠ざかっていく。
一体何が自分を殴ったのか。
その正体は飛ばされてすぐに分かった。
俺の腹部のあった場所にエリティアの持つ槍の石突が放たれていた。
(ありえない)
信じられない事だが、エリティアは俺の転移攻撃に反応できていなかった。
どう考えても背後にいる俺の事を視界に捉えていないのにどうやってこちらを見る事無く攻撃をあんなピンポイントで当てられるって言うんだ。
幸いな事にエリティアの持つ槍の石突の形状は丸く殺傷能力が低かったので刺されるという事はなくて済んだが……。
「まさか私の背後を取って来るなんて思わなかったわ。褒めてあげる」
「その出ばなを初見で折っておいてそれを言うか。嫌味にしか聞こえないぞ」
こっちはまだ腹部の痛みが治まってないっていうのに。
「俺の動きにミスはなかった。どうやって見破ったんだ?」
「そんな大した理由はないわ。単純に視界から外れる場合相手は十中八九私の死角を狙ってくると思ってその中で一番可能性の高い場所を攻撃したら当たったのよ。殺気どころか気配も殺していたから気づくのが遅れた見事な不意打ちだった。私でなければくらってたでしょうね」
だから自慢にしか聞こえないから。
勘が当たったと言っているけど今の攻撃はどう考えても迷いはなかったわ。
教えてくれないのなら仕方がない。
どちらにしろ【後ろの正面】はもう使えない。
相手の背後にしか転移できないという事は転移直前を狙い撃ちにされる恐れがあるという事、もう一度使えば今度は石突ではなく本身の方の餌食になる危険が高い。
それと今の攻防でもう一つはっきりした。
俺とエリティアの間に身体能力の差はほとんどない。
今の転移からの不意打ちはエリティアを出し抜いていた。
そこから経験と勘で石突をついてきたとしても身体能力で優っていれば避ける、または攻撃をくらいながら痛み分けにはできたはずだ。
それが出来なかった時点でエリティアの身体能力は俺以上が決定したと言える。
そうなるとただでさえ実力差のある相手に左肩の負傷があるというのはきつい。
取得したスキルはまだまだある。
あるが……その中から練習も無しに瞬時に使ってもエリティアに通用するような効果絶大な物はもう魔王ブローの戦いで使いつくしてしまっている。
残っているのを十全に使いこなせればいいが、もし使用に失敗でもしたら自分で自分の首を絞めることになる。
(……やばい。さっきので本当は絶対に当てないといけない場面だった)
後悔した所でもう遅い。
エリティアはもう話は終わりだと言った様子で身体能力強化を使ってきた。
これではもう身体能力は向こうのが上だ。
このままぶつかれば間違いなく俺が負ける。
だから俺は――――自分から仕掛けた。
技術で負けているのに真っ向から行くというのは愚策だ。
でも何も案がないまま守勢に回っていては危険でもある。
一つ分かっているのはエリティアの武器は長槍だ。
懐に入ればその長すぎる武器は扱いにくいはず、そうなれば技術の差も経験の差も埋められる。
何もないのなら危険を承知で攻勢に出てみるのも悪くはない筈。
そんな安直な考えからの突撃。
……だが俺はエリティアの前に着くよりも前にUターンした。
(隙が無いっ!?)
俺の感じたものは、このまま行ったら自分は蜂の巣になるというイメージとエリティアの周りを壁のようなものが覆っているという物であった。
そんな壁なんて実際には存在しないし、蜂の巣になるイメージもただ恐怖が変なイメージを浮かばしただけかもしれない。
でも無視できない何かがあった。
「へぇ、そこで踏み止まるって事はあなたには私の防御が見えたのね」
「見える?」
「この槍の防御範囲の事よ。この範囲に入れば私の槍は侵入者を全て叩き突けられる」
エリティアはそういいながら軽く槍を振ると、目で見えた壁があった場所をなぞる様に槍の矛が通過していく。
何マンガみたいな範囲はっ!? って突っ込みたかったが、見えてしまった。
球体状の槍の防御の範囲がエリティアをすっぽり覆っている。
「断言するわ。さっきみたいな不意打ちでもなければもうこの槍を抜くことは出来ない」
エリティアの槍は止まったが、球体状の壁はさっきまでよりもはっきりしている。
断言されて否定したいが、この壁を越えられる気がしない。
「そして私の攻撃はあなたに通る」
初撃よりも早く距離を詰めてきた。
それと同時に球体が近づいたことで球体内に入った身体が傷つけられる。
「痛っ」
すぐに球体内から身を引いた。
傷は浅い。
でもエリティアはすぐに迫ってくる。
俺の取れる行動はとにかく彼女の攻撃を避ける事だけだ。
我武者羅でも格好悪くても球体の中に入ったら蜂の巣になるんだから避けるしかない。
攻撃の瞬間、防御の壁が薄くなる箇所があるけど見えるだけで意味がない。
どうにか逃げることは出来るからその間に何でもいいから妙案を考え――――
ビュンッ!!
額に矛先がかすめる。
避けている間に考える?
集中して避けないと間に合わない。
ただでさえ戦闘経験に差があるのに避けながらというのがそもそも無理だった。
(横薙ぎの一閃っ!?)
普通の避け方では間に合わないと慌てて飛び退き転がりながら避ける。
出来るだけ勢いをつけて距離を取ったつもりだけど顔を上げればすぐに目の前に迫ってきた。
体勢が悪い。
このままだと避けきれない。
厄介なのは槍だ。
あれがリーチの長さという武器で俺の好守を塞いでいる。
逆に言えば槍が無ければ……そうか。
「【荷重】」
「えっ……キャッ!?」
スキルを発動した瞬間、エリティアはバランスを失った。
【荷重】は対象にした物体の重さを増加させるスキルだ。
それをエリティアの槍を対象に使用した。
元々両腕で扱っていた武器が急に重くなる。
それも止めを狙う攻撃に集中していたタイミングだ。
何とか態勢を戻そうと踏ん張っている様だけど最早遅すぎだ。
修正できずにエリティアは倒れる。
倒れてしまえば槍による防御の壁は無くなり、エリティアは先程以上に抵抗できない無防備になる。
今度こそ確実なチャンスだ。
出来れば戦闘不能が望ましいが、また先程のような過ちは避けたい。
ここはまずあの厄介な槍をエリティアの手から手放させる。
あれさえ無ければお互いに素手同士となりリーチの差がなくなる。
それでエリティアに勝てるわけではないが手の施しようが無い物ではなくなる。
さぁ、思った以上に耐えているけどもう間もなくエリティアは倒れる。
それも耐えた分だけ壮大に倒れそうだ。
その瞬間を逃がさない様に意識を集中する。
遂にエリティアの身体は武器を支えきれずに傾いた。
エリティアの表情はもう無理だと言った顔になっている。
武器がエリティアの足元へと落ちて鉄球でも落としたような音を響かせ、エリティアは倒れた。
(……へっ?)
それはもう予想以上に壮大に倒れてM字開脚となった。
エリティアの奴隷服はスカートタイプ、当然股を開いた状態で倒れたらその視界にはスカートの中が丸見えになる。
(……黒か)
聖騎士という職業についていたという理由から純白の可能性を最も高いと勝手ながらイメージしていたが、真実は全くの真逆の黒色。
しかも大人っぽい系だ。
いや、これはこれでボンッ、キュッ、ボンッなエリティアの身体付きには似合っている。
特に他に着ている衣装がみすぼらしい奴隷服一枚だからより一層目を引くというかエロいというか――――
(――――ハッ!?)
そこまで思考してようやく意識が現実に戻って事態の深刻さに気がついた。
既にエリティアは自分の状態に気付いてすぐにM字に開いていた脚を閉じていて涙でも流しそうな顔で俺の事を睨んでいた。
「よくも私に無様な格好をさせたわね」
【荷重】荷重の効果が切れて元の重さに戻った槍を支えに体を起こした。
その表情は正真正銘怒り一色に染まっていて、幻だろうか後ろに般若が見える。
(……ははは、やってしまった)
勝負を左右する大事な場面である事は理解していたが、完全な不意打ちによる不慮の事故に対して男の性を完全に持って行かれた。
攻撃どころか動く事さえしなかったのだからエリティアは何も変化はない。
いや、精神攻撃を食らったとも言えなくもないけど余計に怒らせて本気にさせたよな。
どうしよう。
【荷重】による武装解除に失敗した。
このままではまたさっきと同じになって今度こそ殺される。
その前に何か案を……そう簡単にポンポン案なんて出ない。
もう時間がない。
エリティアはすぐにでも襲い掛かって来るだろう。
だからその前にこれだけは言っておきたい。
「黒はないだろうっ!!!」
「死になさいっ!!」
「ぎゃあああ」
言った瞬間に襲い掛かって来て槍自体は避けたのに振り下ろした槍が近くにあった彫刻を破壊し、その破片が俺に当たった。
どう見ても怒りで威力が上がっているよね!?
あれ真面に食らったら確実に重傷だぞ。
しかし驚くべきことはその後に起こった。
普通怒りを持てば攻撃は威力は上がるけど単調になるはずだ。
それなにエリティアの攻撃は単調になるどころか、更に攻撃回数が増してるんだけど!?
「死ねっ!」
「そういいつつ死ぬ攻撃じゃないだろ!?」
やばい、やばい、やばい。
奇跡的にまだ避けきれてるけどさっき以上に余裕が無い。
このままじゃあいずれ当たる。
(でも今のエリティアに勝つスキルは何も思いつかねえ。下手したら余計に隙を作って負ける……?)
ふと自分の言葉に引っかかりを覚えた。
「隙ありよ」
「……やばっ!?」
一瞬の集中力の低下をエリティアは見逃してはくれず、長槍がバットのスイングのように飛んできて俺の腹部を再び叩いた。
衝撃で身体が浮いて大きく吹き飛ばされる。
「いてえええぇぇぇ」
あばらが折れたかも。
でも距離は開いた。
「止めよ」
「……解放」
エリティアは当然吹き飛ばされた俺を負って追撃をしてきた。
そしてまだ立ち上がっていない俺に今度は致命傷になる攻撃を放って来た。
だが俺はソイツを投げてスキルを解放した。
「っ!?」
エリティアは何かを投げる俺を見てクエスチョンマークを浮かべながらも絶好のチャンスだと突撃を続けて、俺との間に生まれた爆発に当たった。
何もないように見えたのはスキル【圧縮】で作り出した球だ。
本来は武器や素材を小さくして運びやすくするために使うスキルだが、俺はその対象を空気にした。
時間は僅かで自分の周りにあった空気を圧縮するのが精々だった。
殺傷能力はないし、分かっていれば簡単に耐えられる。
それでも何の構えもなく食らえば吹き飛ばされる。
(よし、今の内だ)
先ほども言ったが、殺傷能力はないので身体の状態を確認したらエリティアならすぐにでも攻撃を開始するかもしれない。
時間的猶予は僅かしかない。
この間に準備を終わらせる。
そして俺は詠唱を始めた。
【荷重】Lv極
一時的に対象にした物の重さを重くする。対象に触れる必要はないが、発動には5m以内に対象となる物がないといけない。生物には効果がない。
【圧縮】Lv10
触れた物の体積を押し縮める。質量、重さは変わらず、解除と共に元の大きさに戻る。生物には効果がない。
緊張状態の中でも女性の下着って目がいっちゃうよね。という男の性でした。
賛否ありそうですが。