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19話 次戦

 転移早々の魔王ブローとの一戦は辛くも【愚者の一撃】によって倒す事に成功した。

 死体はアイテムボックスの中へと仕舞うとようやく一段落したと気が緩んだ。


 肉の裂ける感触に最初は何が起こったのか理解が追い付かなかった。

 衝撃の大きさに身体は踏ん張る間もなくバランスを失い、地面が急速に近づいて来て顔面から壮大にダイブする。

 そして遅れたように身体に電流が流れたような鋭い痛みが走った。


 痛い。

 痛いが、さっきまでの皮膚神経が焼け焦げる程の燃えるような痛みに比べればまだ痛みは弱い。

 しかし寧ろ余裕がある分、激痛に対して絶叫していた。


「ガアアアァァァ――――ッ!!」


 顔を歪ませながら痛みの原因となっている肩を見ると身体から鉄の刃が生えていた。

 刃渡り10cm程の鉄の刃が自分の血で濡れた状態で……。


 生えているという表現をしたのは穂先が見えているから。当然身体から鉄の刃なんて生えない。


 理解したくはなかったが、この刃は肩甲骨を貫通してきた武器の一部。

 視線を後ろに向けると後ろの方にも刺さっている物が見えた。


 更に上腕神経を切られてしまったのか左腕が思うように動かない。

 力も入らずどう考えても重症だった。


 自分の怪我の状態は確認した。

 正直その場に転がって痛みを少しでも和らげたい、早く治療して痛みから解放されたいと思うが、そういう訳にもいかずすぐに立ち上がった。

 目の前には俺をこんな風にした犯人がいる。

 俺を本気で殺そうとしている者が。


「なにをやってるんだろうな俺は」


 俺は犯人に視線を向けてそう思った。

 俺は最初からこの部屋に犯人がいる事を知っていた。

 知っていたにも関わらずそいつが魔王ブローとの戦いの邪魔をしない様に部屋の片隅で大人しく見ているだけの無害だったから魔王ブローとの命のかかった戦いをしているうちに頭の片隅から抜け落ちてすっかり忘れてしまっていたのだ。


 ゲームのように魔王を倒せばエンディングとかそんな都合のいい事にはならない。

 寧ろ魔王ブローの敵討ちをするべく襲ってくる可能性のが高い。


 それなのに魔王ブローとの戦いが終わったからと気を抜いてこの様だ。

 一体俺は白い空間の中で何を見て何を学んだのかと自分自身を怒鳴り柄たい気分になってくる。


(できれば腕の回復をしたい所だけど回復魔法を使ったら間違いなくその瞬間を狙われるな)


 肩に刺さっている槍を抜くと血が流れる。

 出血が酷いが、この戦闘を回避することは出来ないし、槍が刺さったままでは戦えない。

 痛くても出血が酷くても槍は抜くしかなかった。


 しかし次戦の相手、出来れば戦いたくなかった相手だ。

 ある意味魔王ブロー以上に戦いたくない。


 なんせ目の前にいる犯人は、


「よくも! よくもよくもよくもぉぉっ! 魔王の王にして世界を支配される私の敬愛する偉大なるお方をよくも殺したなあああぁぁぁ――――っ!! 許さない。許さない許さない許さないいいぃぃぃ――――ッ!!」


 絶叫と言っていい程の声を響かせて玉座の間を震撼させた。


 金色の長い髪を逆立たせ、武器に刺された物と同じ槍を携え、鎧や防具の類は一切身に付けておらず、服装は黒一色のボロボロの奴隷服。

 何よりも首元には奴隷の首輪が嵌められていた。


 身体からは邪悪な気が充満していて彼女の周りだけが汚染されている様にも見える。


 彼女。


 そう相手は女。それも魔族ではなく人間だ。

 それも元エリカーサ王国の王女であり、勇者パーティーの一員であった聖騎士職だった人物。

 現在は魔王ブローの奴隷として働き、連合軍を敗戦に導いた巨悪の根源として語られている。


 彼女の名はエリティア。

 俺を見るその目は憎しみに燃えている。


 もしかしたら奴隷の首輪の効力が無くなって正気に戻るのではと期待していたけどあの目。

 魔王ブローが死んだにも拘らず奴隷の首輪の効力が消えた様子はない。

 手に持っている槍は穂先がこちらに向けられていていつでもその槍で突きに行きますよといった感じだ。


 敵意と憎悪と殺気に満ちた翠玉の瞳が初めて俺の視線と交わる。

 それだけで彼女の纏う狂気の子さが増していく。

 その姿は狂戦士だ。


「ただの死なんて生温い方法を取るなんて思わない事ね。自分のやったことがいかに重罪だったのかを後悔するまで分からせてから殺す」


 ずっとこちらを向いていた槍が振るわれる。

 激しく怒っているのにその槍の動くは一振り一振りが洗練された優雅さを感じさせ、周りの空気を切り裂く音を奏でながら回転する長槍はまるで手足の延長であるように思わせた。


(武器を操るという行為がこれほど美しいのもだとはな)


 これはあくまでも俺の持論だが、世の中に出ている強いって呼ばれている人間というのは、そのルールに従った身体の動きがより出来ている人のことを言うと思っている。

 柔道なら柔道の、空手なら空手の、剣道なら剣道の、身体の重心や攻防に使うための筋肉、動作に入りやすい構造が出来上がっているからこそ試合に勝てる。

 だが人間の構造というものは全てを極められる様にはできていない。プロと呼ばれる連中も専門外の機能に関しては平均並みだ。


 そしてそれは喧嘩も同じ。

 殴る、蹴るという行為一つ取っても慣れている人間というのは、全身の機能を使って重たい攻撃を放つことができる。


 まぁ、何が言いたいのかというと、その自論から見て目の前で槍を振るうエリティアは、こと戦闘に関しての動きは、百点満点中『五百点』の動きが可能。対して俺は、スポーツの盛んな学校で部活に励んでいたので運動神経は悪くなく、喧嘩も多少は経験があり強かったと自負しているが、それでも精々が六十点届くか否か程しかない。


 魔王ブローを倒して得た経験値で一気にレベルが上がったが、今までずっと戦いに身を置いて来たエリティアに上回っているのか。

 仮に上回っていたとして圧倒的なまであるであろう戦闘経験の差を覆せるのか。


 要はただ槍を振るっているだけで普通に戦っては勝てないと悟ってしまった。


 俺は手に持っていたさっきまで自分の肩に刺さっていた槍を地面に捨てた。


 相手が並みの一般人であれば殺傷力の強い槍を使った方のが勝率は上がる。

 しかし槍の達人を相手に同じ土俵の上で戦うのは闇雲に勝率を下げるだけだ。

 そしてそれは他の武器でもたぶん同じ。少しでも勝率を上げたいのならば、ここは一番戦い慣れている素手ペアナックルによる我流の喧嘩殺法しかない。


 俺が槍を捨てて素手での戦闘態勢に入ったことにエリティアは僅かに瞳は揺れたが、それだけですぐに憎悪に戻ってしまった。

 こうしてまじかに見ると予想以上に浸蝕されてしまっているな。


 少し揺さぶってみるか。


「戦う前に聞かせてくれ。魔王ブローとはそんな殺したことを後悔するほどのものだったのか?」


「フッ、あははは」


 何が可笑しいのかエリティアは槍の動きを止めて耐えきれないと言った状態になった。


「当たり前でしょう。魔王様は最高で、極上で、素晴らしいお方。皆が魔王様のためならと膝を折るのよ」


「じゃあお前が魔王ブローに仕えているのは自分の意思だと?」


「その通りよ。奴隷の首輪は着けていますが、首輪はあくまで魔王様の所有物であるという証というだけで服従しているのは強さ、知性、支配力を備えた魔王様に仕えたいという私の意志」


 まったく迷う様子もなくエリティアは魔王ブローへの忠義を語る。

 その言葉には嘘を言った様子も無理矢理言わされている様子もない。

 本心から連合軍を裏切り魔族に魂を売った裏切り者が魔王ブローに忠誠を捧げている様にしか聞こえなかった。


「俺には魔王ブローはずっとぐうたら寝ているだけの魔王にしか見えなかったが、強さは兎も角としてどこにそんな知性や支配力があるのかね」


「まるで魔王様の素晴らしさを理解できていないのね」


 今度は凄く残念な物を見る目で見られる。


「なら教えてあげるわ。魔王様の素晴らしいところ、それは……」


 そこまですらすらと話せていたエリティアの口が急に止まった。

 喋れなくなったわけでも、邪魔が入って言葉が止められたわけでもない。

 続く言葉が見つからないでいるのだ。


 エリティアの表情は自信たっぷりだったのが嘘のように困惑していた。


「……私は魔王様のどこを? 人間に勝った? 勇者を倒したから? でもそれはほとんど部下任せにして自分は一切戦わなかった。なら部下の扱い。……それも自分では何もせずに他人任せにしているだけにしか見えない。それこそ暇さえあればだらけていて……私はどうして魔王様を素晴らしいと……いいえ、今の状況は魔王様が作り出したもの、私が理解できていないだけで魔王様は行動をされているのよ」


 独り言が完全に聞こえている上なんか自分に言い聞かせているように聞こえる。


 自分がどうして素晴らしいのか分からないのに魔王ブローは偉大という主軸が変わらないで後付けで理由が形成されていく様だ。


 そうして結論が出来上がったのかエリティアの表情は元の状態に戻ると自信満々に喋るのを再開した。


「魔王様の崇高な考えを私たちのような人間が推し量れるものではありません。しかしこれまでの偉業が魔王様こそ至高の存在であると雄弁に語っています。そんな魔王様を殺した貴方は万死に値するのです」


「……なるほどよ~く分かったよ」


 エリティアが異常だという事は。


「そうですか。だったらここから起こる苦痛も当然の物と受け取って無様に泣き叫びながら死になさい」


「それは出来ないな」


「魔王様を殺した事の重大さを知って尚死を拒むのね」


「ああ、だからここは勝たせてもらう」


「素手で私に勝てると思うの」


「やってみないと分からない」


「そう、大した自身――――ねっ!!」


 お互いに喋りながら戦闘態勢を整えていき、最後の言葉を言い終わる前にエリティアが動いた。

 声が遅れて感じてしまうほどの高速で、殺気を纏ったエリティアは真正面から迫ってくる。ただ駆けているだけだというのに地を蹴る力が強すぎて後ろに衝撃による風が吹いている。


 陸上選手なんかとは次元が違う速度だ。

 この一瞬を虚をつかれることなく見失わなかった自分を褒めたい。

 見失っていたらこのスキルの使用が間に合わなかった所だ。


 長槍は女性だと長さと重さが合わずにバランスが取りづらい。その為どうしても槍を支える力がどうしても足りずに中途半端な突きになってしまう。

 しかしエリティアは【剛腕】と【重力操作】、【重心固定】、そして生まれ持った身体能力の高さで長槍を軽々と扱い、一点に凝縮させた力は鋼鉄の壁に風穴を開ける。

 エリティアの槍の突きは、民衆から遊撃兵並みの俊敏性を保ったまま巨漢の重兵の突きよりも威力を持つ必殺の一撃と呼ばれていた。


 だが逆の視点から見ると行動が直線的で合わせやすい。


「【後ろの正面】」


 槍が当たる寸前で俺はエリティアの正面から背後へと瞬間移動した。


 【後ろの正面】

 視界に映った対象を指定し、相手の背後に転移する。

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