17話 魔王の矜持
魔王の中でも上位の存在である魔王ブローは焦っていた。
突如迷い込んできた圧倒的に格下である人間との戦い。
初めは立つ事さえ必要ないと思われた。
しかし奴は悉く攻撃を切り抜けていき、気がつけば懐までの侵入する事に成功されると、今にも一撃を食らうといった状況にまで追い込まれていた。
言ってしまえば日本代表が幼稚園児のサッカーチームを相手にシュートを止められ、ドリブルやパスを止められずにシュートを打つ態勢にまで持って行かれたようなものだ。
本気ではなかったと言い訳はできる。だが本気でなくともやられてはいけない程実力に差があるのも確か、魔王ブローは魔王として醜態を見せた事には変わりがなかった。
特に絶対的信頼を置く己の肉体から放たれる拳を止められたのは決定的だった。
魔王ブローは生まれて初めて思い通りにならないを味わっていた。
このまま殴られたとしても弱者の人間のたった一発。
それも拳には魔力も技も感じられない。
食らった所でダメージは一切受ける事はないだろう。
だが男はどういう思惑かは知らないが、最初から一撃入れる事だけを狙っていた。
ここで一撃を貰うという事は格下相手に思い通りに操られた魔王となってしまう。
その気持ちが魔王ブローに自爆魔法を選択させた。
火属性中級魔法『爆炎陣』を体内に生成し爆破させると自分にもダメージが食らう。それでも魔王ブローは多少のダメージよりもプライドを優先した。
これによりもう攻撃が食らうものだと確信していた男は今度こそ攻撃を食らった。
間違いなく『爆炎陣』に反応できずスキルの発動もなかった。
攻撃さえ直撃してしまえば耐えることなど出来ない。
戦いはここで終わる……はずだった。
爆炎によって視界が遮られている最中に魔王ブローは自分の身体が何かに触れたのを知覚した。
触れるものなど一つしかない。
煙が晴れると男は全身ボロボロになりながら倒れていた。
見て分かるほど虫の息だが魔王ブローはその姿に驚愕する。
(馬鹿なっ!? 5回は余裕で殺せるはずだ。姿が残っている事さえあり得ないのに生きているだとっ!?)
だが現に息をして生きている。
それだけではない。
先程の知覚した感触は倒れた拍子に頭が足へと当たった感触であった。
つまり魔王ブローに届いたのだ。
自爆魔法まで使用して止めに入ったにも拘らず、それでも目的を達成させられた。
状況を理解した魔王ブローは今までに感じた事のない感情が沸き上がってくるのを感じていた。
その感情が一体何なのか魔王ブローは理解できなかった。それでも理解できないままこの感情が負から生まれたと理解した。
自分は人生最大の汚点をこの男に刻まれたのだと。
(この男はここで確実に息の根を止めなければ)
魔王ブローはようやく本気で殺そうと気持ちを切り替えた事によって目の色が変わった。
殺気が膨らみ、どれだけの鈍感な者でも先程までが本気でなかったと一瞬で理解できる程のプレッシャーが放出される。
もう反撃もできない相手に対して周囲が歪むほどの殺気は明らかに過剰であるが、魔王ブローには勝敗など関係なかった。
魔王としての矜持を傷つけた事への報いを受けさせる。ただそれだけしか考えていない。
魔王ブローはどの攻撃が最もふさわしいかを考えた後、自身の能力を解放した。
禍々しい負のエネルギーが拳へと纏わせる。
これこそ正真正銘魔王ブローの能力による攻撃。
鉄の矢や鷲獅子の爪などとは比べるべくもなく強力な攻撃で確実に男の息の根を止めに入った。
男は瀕死。
幾ら強力なスキルを持っていようとこの状況を助かる術はない。
拳を振り下ろした直後、部屋の中に凄まじい衝撃が迸った。
魔王ブローは目を見開く。
魔王ブローの攻撃は男へと当たる直前で突然現れた障壁によって止められた。
しかも障壁は魔王ブローの本気の攻撃を受けても傷一つつかずに完璧に封殺していた。
魔王ブローは衝撃からの反動か、それとも精神的ショックからか、たじろいで後ろへと下がると身体は壁にぶつかった。
こんな所に壁はなかったはずだと後ろを振り向くと、そこには前にある障壁と全く同じものがあった。
前と後ろだけではない。
魔王ブローを中心に展開しており、全包囲障壁を囲まれていた。
これが何なのか魔王ブローは理解できていない。
ただこれで障壁を破壊しなければ外には出られないという事は理解できた。
魔王ブローはほんの僅か思考してこれが倒れている敵の最後の抵抗だと冷静に分析した。
これさえ壊してしまえばもう次はない。
ならやる事は一つ。
この薄っぺらい障壁を壊して男を殺す。
再び魔王ブローは拳に力を溜める。
先程よりも能力を高めて威力を増幅させた。
拳を振り下ろして二度目の衝撃が音となって鳴り響く。
「ぐおおおぉぉぉ」
またも止められた。
それも脇らかに障壁の防御力の方が高く、魔王ブローは腕にくる衝撃に耐えきれずに跳ね返って僅かに痺れを起こした。
単発では駄目であるのは火を見るよりも明らかだった。
(こんな薄い障壁で二度も俺の攻撃を止めるだとっ!?)
何度目かの今まで起きた事もない事態。
また言いようのない感情が増した。
今度は両腕に力を込めて連打で障壁を殴っていく。
ガンガンドンドンと皮膚とは思えぬ金属のような音が鳴るが、それでも障壁は壊れなかった。
壊れないどころか傷一つつかない。
魔王のブローは認めたくないが、意識の奥底でこの障壁は壊せないのではないかというイメージが芽生えていた。
「ぐうっ!?」
攻撃に集中していた魔王ブローは声を上げて腕を止めた。
痛みの感覚が身体に走ったからだ。
見ると腕には薄くではあるが傷がついていた。
この障壁の内部は魔王ブローのではない魔力が渦巻いている。
最初はただ鬱陶しいただの魔力だったが、時間が経つにつれて魔力は濃度を増して魔王ブローに攻撃をしてきたのだ。
防御に意識を向ければ、まだダメージを受ける程ではない。
だが少しずつ確実に威力が上がっている。
またいつ痛みを受けるか分からなかった。
悠長に対処している訳にもいかなくなった。
魔王ブローは今まで本気で戦った事がない。
本気を出さなくても勝てる敵としか戦った事がなかったからだ。
その為、魔王ブローの切り札の事は部下ですら知る者はいなかった。
魔王ブローの最大にして最強の技は『豪呪・呪葬砲』
その技は一発で山を吹き飛ばすほどの威力を誇っている。
これで障壁を早急に壊す事にしたのだ。
まさかこの技を障壁を壊すためだけに使うことになるとは思ってもおらず、魔王ブローは僅かに苦笑しながら絶対の信頼の元『豪呪・呪葬砲』を放った。
放たれた『豪呪・呪葬砲』が障壁にぶつかって煙が巻き起こる。
これが晴れれば障壁から出られる。
魔王ブローは煙が収まるまで暫く待った。
「……ば、馬鹿なっ!?」
攻撃が止んで視界に映ったのは尚も無傷なままの障壁だった。
魔王ブローの最強の矛でも破る事の出来ない障壁。
――――信頼していた物が裏切られる。
それは拳を受け止められた時と同じ、いやそれ以上のショックを与え、魔王ブローはその事実を受け止めきる事が出来なかった。
(……ありえない。ありえない。ありえない。ありえないっ!! 俺の技が。豪呪・呪葬砲が破られるなんてありえないっ!!!!)
生まれて初めて味わう挫折感を魔王ブローは無視した。
形容し難いいらつきに気持ち悪さを振り払うようにもう一度『豪呪・呪葬砲』を放つ。
しかし二度目の結果も変わらなかった。
認めたくない現実に魔王ブローはその後も『豪呪・呪葬砲』をまるで通常攻撃のように何度も何度も放つ。
その判断は間違っていない。
ここで攻撃を止めている暇はなかった。
先程のダメージを与えてきた魔力の刃。その魔力濃度が急激に上昇している。
今にも防御を超えるほどに。
「があああぁぁぁぁっ!!!」
連続での攻撃が放たれる。
それでも障壁は無傷で全てを跳ね返した。
魔王はそれでも一心不乱に何度も何度も攻撃を繰り返した。
そして遂に、
「ぐおおおぉぉぉ――――ッ!!」
魔王ブローの防御を障壁内の魔力の攻撃が上回った。
先程の浅いダメージではない。
本物の痛みを久しぶりに感じて魔王ブローは絶叫する。
「っ、"硬化"」
防御強化系スキルを発動して再び攻撃を上回る。
だがそれは単なる時間稼ぎでしかない。
「こんなものッ!」
もう魔王ブローはなりふり構わずに障壁を壊しにかかる。
そこにはもう魔王とか、強者とか関係なくとにかく急いで外へと出たいという魔王ブローの本当の姿があった。
「こんなものーーッ!!」
魔力の渦を止めて攻撃を無力化しようと試みるが、渦の勢いは強く、動きも複雑に動いていて魔王ブローの力をもってしても止める事は叶わない。
「こんなものーーーーッッ!!!」
身体的限界と精神的限界を迎えた魔王ブローは生への執着から新たな力に目覚めて、新たな必殺技『新豪呪・呪葬砲』を放つ。
格段に威力の増した必殺技。
それでも障壁は努力を嘲笑う様にその新たな技も無傷で跳ね返す。
「ごんな……ものおぉ……ッッッ!!!!」
頑張って頑張って頑張って障壁から抜け出そうと抗うが、魔力の攻撃の方が先に終わりを迎えた。
魔王ブローの最大にしている防御力すら超えてダメージを与えたのだ。
幾ら攻撃しても壊れない障壁、逃げ場のない空間、強靭な肉体とスキルで強化している防御力を超えてくる攻撃が渦巻く。
もう魔王ブローの全てを凌駕していた。
「ぐわぁああああぁぁぁーーーーッッッッ!!!!」
もう攻撃をする余裕もなく、膝をつき、ダメージから何とか逃れようと身体も縮こませた所で魔力が限界を迎えたのか爆発を起こした。
当然魔王ブローに逃げる術もなく、爆炎の中で断末魔の叫びを上げていた。