16話 弱者の意地
魔王ブローの初撃は避けられた。
だが楽観視は出来ない。
魔王ブローの攻撃は何度でも打てる最弱の攻撃である初級魔法の『鉄の矢』、対して俺はレアスキル【緊急回避】を使って何とか躱す事に成功した。
だが次はない。
この【緊急回避】は自力じゃあ回避不能な攻撃を回避可能にさせる代わりに厳しい制限が掛かっている。
緊急回避の制限はリキャストタイム。
使用後一週間という間を開けないと再使用する事が出来ない。この期間は短縮する術はないし、また使用しなかった期間が一週間を超えても使用回数がチャージされる訳でもない。
つまり一度使った今、次に使えるようになるのは一週間後、この戦いではもう使う事が出来ない。
魔王ブローは特に何も変化がないというのに俺は強力なカードを一枚減らされた。
この状況を楽観視する者はいないだろう。
「お前のような人間がまさか【緊急回避】を持っているとはな」
「っ!?」
……知っていたのか。
「魔族ではそのスキルを知らない者はいない」
そうなるとこのスキルの使用制限も知っている可能性が高いか。
知っていなければ攻撃に対して多少は躊躇ったりするかもと思ったが、それは期待できなくなる。
魔王ブローはここで初めて玉座の間から立ち上がった。
俺を相手として認めた。……って訳ではなさそうだな。
まだ俺を見る奴の瞳はどうでも良さそうなままだ。
逆に言えばまだ油断してくれている。
だが次の攻撃は先程よりも強い攻撃が来る。
魔王は一度攻撃を破られたら次も同レベルの攻撃をするのはプライドが許さないという生き物らしい。
だから確実に鉄の矢よりも強力な攻撃が来る。
魔王が攻撃の動作を始める。
次の動きは右腕を振り上げる動作だった。
『鉄の矢』と同じように、それだけで魔王ブローが次に何を攻撃するのか特定できた。
次の攻撃は"鷲獅子の爪"。
獣人がよく使う魔法攻撃技だ。
獣人は総じて魔力値が低く魔法の不得意な種族である。だから上級魔法はほぼ使えない。
そこで獣人達は初級魔法を上級魔法並みに強化する事を考えた。
"鷲獅子の爪"は初級風属性の『風斬撃』を自らの腕に纏わせて放つ技だ。纏わせた『風斬撃』に使用者の身体能力を上乗せして威力を上げているらしい。
だが『風斬撃』は攻撃魔法なので並みの身体能力ではただ身体を傷つけるだけに終わる。
そんな獣人の身体能力があって初めて出来る技を同じように使う事が出来るとか、つくづく魔族という種族は能力値が並外れていると実感させられる。
「だが鷲獅子の爪は軌道が読みやすい」
「ほう。構えを見ただけで見破るか。しかしきさまでは読めた所で避けられまい」
俺は弱点をわざと口にしたが、魔王ブローにだからどうしたと鼻で笑われた。
悔しいが、まったくその通りだよ。
放たれる腕の向きから軌道は読む事が出来る。
だけどレベル1の身体能力では避ける事が出来ない。
だから弱点が弱点になっていない。
ついでに鷲獅子の爪は速度も上乗せされる。
先程の『鉄の矢』よりも早いので余計に無理だ。
案の定、俺は攻撃を避けきる事が出来なかった。
鷲獅子の爪は俺に当たった後、そのまま玉座の間の壁へと衝突して亀裂を作った。
(……この部屋の壁は外部からの攻撃対策用にチタン合金製の特殊壁だったはずだよな)
俺は壁と残骸を見て背筋が冷たくなった。
これを本当に食らっていたら俺は消し飛んでいたな。
「なにっ!? きさま、なぜ生きている!?」
鷲獅子の爪を食らったはずの俺が生きていることに魔王ブローは驚きの声を上げた。
直撃はしたが、生きているどころか全くの無傷。
当然ネタはある。
【身代わり】
自分を模した囮を作り出して攻撃を肩代わりしてくれる。
身代わり人形(0/1)
これもレアスキル。
今度のは即死級の攻撃を喰らっても与えられたダメージが人形の方に移ってくれる。これを鷲獅子の爪が放たれると同時に発動して食らったダメージは人形に移って無傷で済んだのだ。
しかしダメージを肩代わりした人形の方は相当な衝撃を受けた様で原形がどういう物だったかも分からないくらいボロボロに爆散した。
(……魔王ブローの動きが止まってる? チャンスだ)
【身代わり】は回避同様強力なスキルだ。
そのためやはり制限がある。
【身代わり】の制限はリキャストタイムではなく、使用回数制限。
【身代わり】の発動条件である肩代わり人形はスキルに登録した人形にしか効果がなく、その登録数もレベルに比例して上昇していくため今はまだ1体分しか使用が出来ない。
それに人形の新規登録も時間が掛かる。
【緊急回避】同様、この戦いで使うことはもうできない。
また強力な切り札が一つなくなった。
しかしそのお蔭で、
「もうすぐ(射程圏内)だ」
「チッ、調子に乗るな」
一瞬の静止でかなり近づく事が出来た。
魔王ブローとは言えど、二度目の予想外の事態に焦ったのだ。
そんな魔王ブローが攻撃手段として次に選んだのは技でも魔法でもスキルでもなかった。
俺の射程圏まであと少しという事は体格の大きい魔王ブローは既に俺に手が届く距離だという事。
だから最も信頼できる攻撃である己の肉体による単なる打撃を選んだ。
この選択は初撃のように回避されてももう片方の腕での追撃が可能で、二撃目のような見誤るような事も起きない。もっとも簡単かつ俺を確実に殺せる選択だった。
つまり予想通りだ。
俺は両手で魔王ブローの拳を受け止める体勢になってスキルを発動した。
【絶対防御】
金色のオーラを身に纏い敵の攻撃を1回だけ完全に無力化する。1日一回。
絶対防御は緊急回避と違って相手の攻撃に合わせて発動し、攻撃に当たらないといけない。
一歩間違えれば大惨事になる恐れがあった。
だからどんな攻撃が来るのか分からない内には使うのは怖かったが、読めていれば効果は絶大だ。
本来なら当たった瞬間、吹き飛ばされていた筈の俺の身体はその場から一歩も後退することなく踏み止まっている。
逆に魔王ブローの拳は弾かれていた。
信頼は裏切られればそれだけダメージが大きくなる。
魔王ブローは拳を止められるという結果に明らかに狼狽を見せた。
【絶対防御】も1日一回しか使えない。
【緊急回避】同様、以下同文だ。
効果が切れると同時に俺はすぐに拳から離れて魔王ブローの懐へと入っていった。
これでようやく俺の攻撃が届く距離まで来た。
「はぁあああ――――っ!!」
「っ!? 調子に乗るなっ!!」
俺の叫び声にようやく魔王ブローは動き出した。
(だがもう遅い。幾ら魔王ブローでもこのタイミングなら俺の方が攻撃は早い)
魔王ブローの攻撃手段で無傷で済む止める手段がない事は既に分かっている。
避ける、という選択肢もあるが、断言してもいいレベル1の俺の攻撃を魔王ブローは避ける事は出来ない。
強者が弱者の攻撃を避けるのは魔族では恥とされる。
俺の事を弱者だと思っていた分だけ魔王の矜持が避ける事を許さない。
だから一撃は食らわせられる。
その瞬間、――――俺は視界は閃光に覆われた。
予想外の焼けるような痛みと熱さ。
「…………っ!?」
声を張り上げたつもりだったが、声が出なかった。
魔王ブローの攻撃は間違いなく俺の攻撃を止めるのには間に合わなかった。
だがそれは無傷で済む方法であれば。
魔王ブローが行ったのは自爆魔法。
普通の魔法と何が違うのかと言えば発生源が違うだけだ。
通常なら手の平や周囲などに出現させる魔力を自身の内部に生成して爆発させる。
爆発した力は使用者を中心に広範囲に広がる為、零距離で攻撃できる。
速度もただ自分の中に作って爆発するだけなので拳が届く前に間に合う。
認識していたが、可能性としてはありえないと思っていた。
だってそうだろう。
自爆魔法という名の通りこの攻撃は自分にも多大なるダメージを食らう。
態々レベル1の俺の攻撃を止める為に更に大きなダメージを食らうなんて普通選ばないだろ。
現実をいつまでも逃避は出来ない。
視界が失っていようと身体の痛みで自分の身体がどうなったのかは容易に理解できた。
「あ、あ、あがぁあああーーーーっ!!」
ようやく声が出たが、言葉にはならず呻き声しか出ない。
爆発によって自分の身体は既に全身重度の焼け焦げになっているのだ。
だがまだ焼け焦げ、ここから更にダメージは続くはずだ。
(……俺、死んだ)
レベル1の俺ではどんな形でどのような攻撃を受けても耐えられる気がしない。
それが直撃したのなら助かる望みは完無だ。
(熱いっ! 痛いっ!! 熱いっ!!!)
あと一歩、もう一歩で手が届いたというのに。
もう腕も足も感覚がない。視界を失って現実がどうなっているかも分からない。
思い出すのは今までの人生ではなく白い空間内での調査の日々だった。
絶望的な世界を見てから様々な物を見て生き残るために人生で一番だと断言していいほど足りない頭をフルに使った。
その結果がこれか。
いつもいつもあと一歩が足りない。
本気で当たっても所詮これが俺の限界……。
そこでふと気づく。
(…………? まだ痛い。俺が生きてる?)
痛みが一向に消えない。
流石にもう爆発は終わったはずだ。
なのにどうして……。
でもだとすると俺の身体は吹き飛ばされていない。
俺の目の前にはまだ魔王ブローがいるはずだ。
腕を持ち上げようとするが、まるで感覚がない。同様に足も一歩前へと出そうとしても石化したようにまるで動く気配がなかった。
それでも何とか身体を動かそうとすると身体はようやく前方に向かって傾いていく。
ここからもう一歩。
だが当然足は動かず、そのまま倒れた。
そして顔面がぶつかった。