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15話 魔王戦

 長きに渡る異世界への転移選択を終えた。

 光に包まれると、ようやくフィリアン・テイルの地へと足を踏み入れる。


 最初に感じたのは足の裏に感じる地面の感触。

 土のような柔らかさはなく、真っ平らで硬い人工物の地面だ。


 次第に視界が開けていって異世界の景色が露わになった。


 視線の先には20年少々の俺の淡い人生などでは見た事もない景色……いや、生物がいた。

 景色には大理石の床や巨大なシャンデリア、見事な彫刻に馬鹿でかい自画像の額などといった物も視界の中に入っているが、そんなものこいつの前にはすべてが霞む。

 目の前に佇んでいる異質な雰囲気を醸し出すこの『巨大生物』に比べたら。


「なんだお前は」


 化け物の方も俺の存在に気がついた。

 転移先が既に奴の目の前なのだから気づくのは当然だ。


 それにしても生身で直視するとここまで違うものなのか。

 映像では何度も見た筈の姿なのに気迫というものが加わっただけで相手の存在が大きくさせる。


 真っ赤な三つ目に、大きく尖った角、巨大な体躯に見合った筋肉の鎧を纏った強大な生物。

 数いる魔王の中でも終戦の元凶である魔王ブローが目の前にいた。


 転移したばかりの俺の前にいきなりラスボス様のご登場である。


 熱くも無いのに汗が流れた。

 野生の勘や本能というものを信じなかったが、今すぐにこいつから逃げろと警戒信号を鳴らしっぱなしになっていた。


(覚悟はしていたはずなんだがな)


 魔王の前に転移したのは運が悪かった訳でも球体(かみ)の策略でもない。

 俺の転移は全て自身で選択を行う方法なのだ。

 運が悪いは存在しない。

 全てが自己責任だ。


 つまり魔王ブローの前へと転移を頼んだのは俺自身。

 俺は自らの意思でこの場に転移させてもらったのだ。

 レベル1の俺がいきなり『魔王のボス部屋』にである。


 しかしこうして魔王ブローを前にすると、


(この化け物に勝てる気が微塵も起きねぇ)


 身体が膠着する。


「おい」


 そんな俺に魔王ブローはいきなり攻撃をするのではなく対話から入った。

 その声音と玉座から立ち上がらずに太々しく座っている姿からは敵意が感じられない。

 自分の事を敵として認識していないように見えた。


「きさまは何者だ。一体何の用でこんな場所までやってきた」


「ああ、知ってるぜ。ここが魔王ブローの居宅だって事は」


 ただ喋っているだけなのに喉が枯れていく。

 認めたくないが、細胞がもう怖気づいている様だ。


「一応確認だが、つまり俺の首を狙いに来た。そういう訳だな」


「それ以外に何があるんだ」


 魔王ブローは俺の殺しに来たことの肯定を聞いても何の反応も示さなかった。

 ただ少し興味が無くなり冷たい目になった。


「いいだろう。相手をしてやる。だがその前に一体どうやってこの場まで来る事が出来たのか教えろ」


「それを俺が教えると思っているのか」


「どうせ死ぬのだ。なら最後に俺の知識に貢献すべきだろう」


 何処までも上から目線の物言いだな。

 まるで俺が答えるのは当然なように言ってくる。それだけの実力や地位があるからの態度なんだろうが、正直ムカつく。


 そう思うと自然と魔王ブローへの緊張が消えた。

 元々レベル1の俺が勝てると思える方が可笑しいんだと割り切って魔王ブローに向かって走り出した。


 魔王ブローは俺が答えない事に僅かに不愉快そうな顔をしたが、再度質問してくる事はなかった。

 言葉通り俺の相手をする様だ。

 しかし魔王ブローは俺が走っても未だに立ち上がる事はせず俺が近づくのを退屈そうな目で見ながら座っていた。


 俺の力が相手にする価値も無い程弱い事を既に見極めたのだろう。今までの挑戦者は格下でも立ちはしていたからな。

 

 レベル1なんて魔王ブローに取ったら叩けば殺せるような相手だ。

 人間で言えば部屋に蚊が入って来たようなもの。蚊を相手に本気を出す人間はいないだろう。


(俺にとっては願ってもない事だ)


 魔王ブローが油断してくれている方のが、勝率が上がるからな。どうせならこのまま懐までの接近を許して欲しいぐらいだ。


 流石にそこまで甘くはないだろうけど。

 この勝負の一番の問題は奴との距離。

 俺の攻撃手段が拳しかないのだからとにかく奴の懐に入らないとどうにもならない。


 俺が転移した先はこの部屋の入り口付近。対して魔王ブローの座っているのは玉座。つまり一番奥。


 一つの部屋でありながら俺と魔王ブローの間にはかなりの距離があった。

 何の障害物もなく全力で走ればたぶん5秒で奴の元まで行けると思う。


 しかし元の世界の5秒とこの世界の5秒とでは致命的に違う。

 この世界は5秒もあれば何度も殺される。

 俺はその攻撃を回避していかないといけない。


「鬱陶しい。さっさと消えろ」


 このまま手の届く所まで何もしてこない。そんな甘い展開には流石にならなかった。


 約2秒だろうか。

 走っている俺は生まれて初めて本物の殺気を感じた。

 悪意や殺意といった人の嫌がる感情なんて比ではない。自分に対する生を否定してくる。

 首元を締め付けられるような死の近づく感覚。


 その気配に思わず足が止まってしまった。


 魔王ブローが動きを見せる。

 奴の攻撃は全てレベル1の俺を一撃で死に直結させられるだけの力がある。

 魔王の一挙手一投足を見逃す事が出来ない。


 魔王ブローは手を前に突き出すと魔法を発動した。

 出現したのは鉄のドリルだった。


 魔王ブローの情報は嫌というほど調べているので瞬時にあれが何の魔法なのかを特定できた。


 魔法名『鉄の矢(アイアンアロー)

 土属性の応用初級魔法だ。


 『土の矢』の強化版で土の中から鉄の成分だけを生成して作り出さないといけない為、取得難易度は中級魔法よりも難しい。

 少しの調整ミスで簡単に崩壊してしまう。


 それを魔王ブローは難なく作り出した。

 しかも先程形容したように作り出された『鉄の矢(アイアンアロー)』は通常の物と比べて形状が太い。

 矢のように先端の後ろが棒状ではなく、どんどん膨れ上がっているのだ。形状が変わるのは魔法に注ぎ込んでいる魔力量が多い為だが、ここまでのものを作られるのは数少ないだろう。

 完全にドリルと呼んでいい形状、食らったらどでかい数穴が開く。


 とはいえ、これはチャンスだ。

 確かに魔王ブローの『鉄の矢(アイアンアロー)』は以上だ。

 だが初級魔法である事には変わらない。

 あれでも魔王ブローの扱う攻撃手段の中では最弱クラスの攻撃なんだ。


 俺としてはこの攻撃は何としても避けたい。


 ……そこまで瞬時に確認すると俺はようやく動き出すのを再開した。

 さっきとは違いジグザグに動いて少しでも狙いがつけにくくなるように動く。


 だが魔王ブローの攻撃はまだ終わっていなかった。

 『鉄の矢(アイアンアロー)』は手の前に一つではなく、魔王ブローの頭上に何本も出現したのだ。


「そんな動きで避けているつもりか。話にならんな」


 魔王ブローは俺の動きに更に落胆している。

 相手にするのが相当面倒くさい雰囲気を隠す気もなくさらけ出した。


 そしていつまでも相手していられないという様に無造作に魔法を放って来た。


(――――速いっ!?)


 ニ十本にも及ぶ矢がまるで自分の意思があるかのように俺に向かってくる。

 それも矢という比喩の通り物凄い速度だ。

 普通の人間が避けられるような代物ではない。

 このままでは間違いなく俺は針の筵だ。


 俺は自力での回避を早々に諦めた。

 そしてこの世界初のスキルを発動する。


 発動と同時に身体の自由が失った。

 そして自分の身体能力ではとても避けることなど出来ないはずだった『鉄の矢(アイアンアロー)』を避けていく。

 視界はジェットコースターにでも乗っているかのように目まぐるしい風景が変わっていき、自分がどうやって避けているのかも理解できない。


 俺が『鉄の矢(アイアンアロー)』を避ける為に使用したスキルの名は【緊急回避】。


 Lvが存在しないスキルは総じてレアスキルと呼ばれている。スキルとは区別されていて普通のスキルとは取得した瞬間に最大限の効果を発揮してくれる。


 このスキルの効果はそんなレアスキルの中でも最高クラスで、回避不可能な攻撃さえも回避できる常軌を逸したスキルなのだ。


 このスキルを過去に取得した者は勇者の最大の攻撃すら避けている。

 『鉄の矢(アイアンアロー)』を避けるなど造作もなかった。

 避け終えた後、奴に向き直ると目を見開いて驚いた表情になっていた。

 魔王ブローは俺が避けるなんて考えていなかったはず、想定を狂わせたんだ。


(ここからだ。魔王ブローは今ので俺をただの雑魚から珍しい雑魚ぐらいには認識を変えるはず、ここからの魔王ブローの攻撃に対して俺のスキルでどれだけ耐えられるか)

 【緊急回避】

 回避不可能な攻撃にも回避可能にできる。使用後、1週間経たないと使用できない。


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