14話 堕落
1章開幕。
ここまで長かった。
エリカーサ王国王城。
その城はエリカーサ王の私利私欲によって金銭をつぎ込み改装された世界一豪華で悪趣味な城だ。
この国は前国王の時代までは国自体が中小国で金が集まるような産業もなかった。貧乏ではなかったが、特別金が余っている訳でもない。なので王城も建設当初のまま大した目新しさもない普通の城だった。
だが勇者誕生で資金を得た現国王はそれを不服とし、他国では見られない唯一無二の城へと改造をした。
塗装をし直したとか、巨大な自画像を飾ったなんて生易しいものではない。
主要な部屋の床は全面大理石にし、壁にはドワーフ製の合成金属板が埋め込まれ、外壁には金で出来た彫刻。もはや改装ではなく新築じゃないかというほど元の面影が全く残らなかった。
そんな城の玉座の間。
天井にはシャンデリアがいくつも設置されて部屋全体を光で満たし、左右に巨大な石像が置かれている。どちらも磨き上げられていて大理石の床と遜色ない輝きを放っていた。
それ以外にも部屋の細かい所まで創意工夫が施されている。
王族の謁見の場とはいえここまで普通はしないだろう。
そう思ってしまうほど玉座の間は圧巻の一言であった。
だからこそだろうか。その一番奥に置かれている玉座の席が異様に目立っていた。
一つだけこの部屋の物ではないようだ。
玉座の間に今ある影は2つ。
一人は玉座の間の前に立つ、みすぼらしい黒い服を着たこの国の元王女エリティア。
もう一つは紫のショートジャケットを羽織った魔王ブローが玉座に座っていた。
魔王ブローは勇者を返り討ちにした後、エリティアに部下達を先導させてエリカーサ王国を襲撃。王国を丸々支配下におくと、その後は領土の拡大はせずに、この玉座の間を自室として惰眠を貪っていた。
「暇だ~」
「どうしましたか」
「エリティア、暇なんだ。俺はどうすればいいと思う」
「暇でしたら仕事……」
「仕事は嫌だ」
魔王ブローはふんぞり返っていた身体を起こして全力で拒否した。
「そういう事を聞いているんじゃない。俺が楽しめる物はないのかって聞いているんだよ」
「魔王様なら楽しい事はより取り見取りでは」
「だからそうじゃないんだよ。ああ、つまらん」
二人の会話はさっきからずっとこんな調子だ。
魔王ブローは元から最強であった。
生まれてすぐに並みの魔族を軽く凌駕し、対した苦労もなく今の地位と部下を得た。
魔王という立場の所為でやりたいことは簡単に叶ってしまう。
だから日々常に不満を抱いていた。
そんな魔王ブローだが一度だけやる気を出した時がある。
一見簡単ではない目標を得たのだ。
その目標とは魔族軍と連合軍の長きに渡る戦いの勝敗。
魔王の中でも上位の強さを持つブローは戦線に出る必要がなかった。それを自ら志願して戦線に加わった。
そして魔王でありながらどうして今まで勝てずにいたのかを調べ始め、その原因は勇者であることを知った。
勇者。
魔王すらも倒せる相手。初めて本気を出せるかもしれない。自分にとって最大の強敵になるんじゃないか、そう思った。
それで勇者を捕まえることに情熱を注ぐようになる。
しかし折角見つけた玩具は期待を裏切り非常に弱かった。
それは強さに関してだけではない。
自分よりも数段劣る魔王を相手に無様に敗走したのも見ていたが、そんなものは期待を裏切るものではなかった。
魔王ブローが失望したのは勇者の人格の弱さ。
醜い人間の性質として見るならとても面白かったが、好敵手としては論外であった。
まるで相手にならない。
試しに仲間の一人を攫う様に部下をけしかけたら簡単に拉致は成功し、その後勇者は真正面から突っ込んでくると攫った元仲間に敗北。
自分の前に立つ事さえできなかった。
これが勇者。
こんな相手に今までの魔王は苦戦していたのか、と魔王ブローは落胆した。
そして勇者を捕らえると数百年続いていた戦争の方も連合軍側が勝手に自滅。
魔王ブローは欲しくもない終焉の魔王という呼び名で讃えられるようになった。
それ以来、魔王ブローは戦争参加以前よりも一層堕落した。
唯一の楽しみは捕らえた勇者を拷問する事。だがそれも壊れない様に、終わらない様にゆっくりと行っている為四六時中は出来ない。
だから暇で暇でしょうがなかった。
「エリティア、お前俺と戦う気はあるか?」
「っ!? そんなことは出来ません。魔王様は至高のお方、勝負するなど恐れ多いです」
「……(この女も随分とつまらなくなったな。堕ちる前は言い反応を見せて楽しめたが、今じゃあ他の奴らと変わらん)」
もういい、という様に下がれのジェスチャーを送ると、エリティアは部屋の隅へと下がっていった。
魔王ブローはその反応もつまらないな、と感じながら隣に置いている鏡を手元に引いた。
二羽の鳥の姿を象った枠組みで出来た鏡は、鳥の瞳にブルーの宝石が埋め込まれ、胴体部分は透き通るような水晶で出来上がっていた。
この一見ただの化粧用の少し大きな鏡は魔法具。
『覗き見鳥の瞳』という名称で、効果は遠くにの景色を映す道具だ。
だが魔王ブローも【遠視】のスキルは所持している。なぜわざわざ道具を使うのか?
それはこの道具のもう一つの効果、防衛スキルの無力化がついているからだ。
王都を含め魔王ブローが支配下に置く街には情報収集系スキルを弾くための防御結界が張られている。
これにより普通の【遠視】スキルでは街の中を見る事が出来ない様になっていて、他の魔王達こちらの情報を渡さないようにしている。
しかしこの道具は視るという一点においてスキル以上の力を持っており、結界を突破して中の様子を覗き見る事が出来るのだ。
魔王ブローは手をかざすと、鏡に水滴が落ちたような波紋が広がって魔王ブローの姿が消えて全く別の風景が映し出された。
映し出されたのは何もいない森の中だろうか?
魔王ブローは映像を確認すると慣れた手つきで映像の視点を操作すると自分の治めている王都の街並みに景色を切り替えた。
映像の中では見られているとも知らない魔族達が好き勝手しながら生活している。
これこそ魔王ブローの最終手段の暇つぶしだ。
自分の配下である魔族達がどんな生活を送っているのかというプライバシーを侵害する遊び。
勝者になった己の部下達が、敗者になった人間達を好き勝ってする様子を見て楽しみ、そしてその行為にもどんどんと飽きてくる様を見て自分に近づくのを感じる。
そうすると少し胸が軽くなるのだ。
偶に面白い反応をする人間を見るのも一興で、長い時間かけて調教していく様子を見ていると、まるで自分が行っているかのような感覚になってくる。
だがこれは見ている間は楽しいが、
「……虚しい」
現実に引き戻されて、いつも最後には気持ちが落ち込む。
何故自分はああして楽しむことができないのだろうか。
何故人間はこんなにも脆いんだろうか。
そうでなければ自分も楽しむことができるんだろうに。
自分も楽しめるもの。
簡単には叶わない欲望が欲しい。
魔王ブローは鏡を元の位置へと戻す。
あぁ~、怠い。
つまらねえ、動きたくない。
「なにか楽しい事は起きないものか」
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