13話 いざ異世界へ
ようやく転移するための全ての選択を選び終えた。
常に白一色の空間の所為で自分が一体どれだけの時間この空間の中で生活していたのかは分からないが、流石に少し精神的に辛くなってきた。
「辛いなんて生易しい物じゃあ普通済まないんじゃがの」
終了して固まった身体を伸ばすために各関節を伸ばす俺の視界の隅で球体が何やら言っているが、気にしない。
それよりも最終確認だ。
時間の感覚が分からなくなるほど頑張った努力の結晶を見上げた。
そこには山のように積まれた紙の束が置かれている。
この紙の山は何なのか。
それは俺がスキル選び中にある事に気づいた事から始まる。
そのある事とはもし仮にスキル選びで最善の回答を選ぶ事が出来たとしても、それだけではこの世界では生き残る事が出来ないという事だ。
考えてみれば当たり前だ。
スキルだけ揃っていた所で使うのは俺だ。
転移してその場その場の出たとこ勝負でスキルを使えるとは到底思えない。
スキルを活かす計画がいる。
そのことに気づいた時、今までずっと静かにしていた球体が声を掛けてきた。
「どうじゃ調子は?」
「覚えないといけない事の多さに頭を抱えている所だが、何か用か」
「まあそう邪険にするでない。そもそも頑張って覚えた所でお主の頭では結局すべては覚えれんじゃろ」
「ぐっ……キレたい所だが、その通りだよ」
勉強は全然で三流レベルの大学しか受かんなかったからな。ど忘れぐらい普通にしそうだ。
「そこでじゃ。提案なんじゃが、お前に渡した紙があるじゃろ?」
「ああ、このスキルを選ぶのに渡された紙な。助かってるよ」
「その紙をお主が転移後に送ってやっても良いぞ?」
「……一体どういう了見だ」
「別に仲介人としての真っ当な仕事じゃよ」
正直、会って最初の頃にこの球体はやたらと転移者への贔屓は駄目だと言っていたのでこんな提案をしてくることに対して非常に不信感を抱いたが、その対価は無いって言うし貰えるんなら貰っておくことにした。
そんな訳で俺は送ってもらえるのならとことん調べつくしてやろうと徹底的にフィリアン・テイルについてを調べた。
それがこの紙の山だ。
我ながらよく書いたものだ。
「ここまでしたんだ。ちゃんと全部送ってくれよ」
「疑り深い奴じゃの。儂から持ち掛けた約束じゃ。守らんかったら神失格じゃぞ」
信用するしかないからこれ以上は疑わないが、本当に頼むぞ。
「それで……スキルポイントは全て使い切ったんじゃな」
「当たり前だろ。残したところで転移した後使えないんじゃあ残しておく理由がないからな。最後の1ptまで技まで取って消費したよ」
「スキルはちゃんと確認したんじゃな」
なんか含みのあり言い方だな。
だが何回も何回も考え抜いて編成したんだ。俺は自信をもって頷いた。
「ではこれから転移を始めるとしようかの。ところで転移場所はどこじゃ?」
「ここで頼む」
「……ふむ。お主死ぬ気じゃの」
「死なねえよ。生き残るためにここに行くんだ」
「生き残る為か。……了解じゃよ。覚悟が決まったら送ってやる。いつでも合図を送るがよい」
そうか。俺のタイミングで転移させてもらえるんならありがたくそうさせてもらおう。
俺は目を瞑って気持ちを落ち着かせた。
かなりの時間調べたが、やっぱり一番の問題は、転移直後のレベル1だ。
克服するための策は用意したが、正直上手くいくかは五分五分……いや六……七三かも。
つまり転移直後でいきなり死ぬという事が普通にあり得る。
この合図を送ったら死ぬかもしれない。
それを受け入れた時、俺は手を挙げて球体に合図を送った。
すると足元が輝きだす。
「死んだらお主の魂を拾って儂の小間使いにでもしてやるから安心して死んで来い」
「使い物にならないぐらい年取って老衰したら来てやるよ」
お互いに憎まれ口を叩くと共に俺の身体は光に包まれて異世界へと転移された。
◆
Side:球体本体
ようやく行きおったか。
球体から映し出される画面から小僧の姿が消えると、背もたれへと寄りかかった。
長いなんてものではない。小僧の奴、今までの滞在記録を大幅に更新していきおった。
世界を調べ尽くしたのじゃから当然じゃが。
小僧の滞在日数は数年単位になっておる。
その事に気づかないのは、この空間が他の世界の時間軸と根本から違い、高度な空間の作用が働いているからなのじゃが、彼奴の頭では説明しても理解できんじゃろうし、面倒で話す気にもならんからこのままでいいじゃろ。
「しかし本当によく書いたものじゃ」
球体の画面越しに見える紙の山。
それを手元へと転移させる。
目の前に転移してきた紙の山は儂の身長を優に超える高さじゃった。
今にも倒れてきそうじゃ。
約束通りきちんと小僧の元に送ってやるが、……このままでは流石に資料として不味いじゃろうな。
紙の山から一枚紙を取って確認するが、文字の大きさはてんでバラバラ。
兎に角分かった事をひたすらに紙に書いているだけで、読み手が読みやすく書けておらん。文字自体も所々掠れていたり、汚れていたり、共通の話が離れているのも不味いじゃろ。
これでは一種の暗号文じゃな。欲しい情報を探すだけでも苦労してしまじゃろうよ。
それに今は順番通りに積まれとるが一度ばらけたら最後、どの紙がどこに繋がっているのかも分からなくなって収集がつかなくなるのは目に見えておる。
「仕方ないの」
流石に問題が起こると分かっていて、このまま送るほど儂も鬼ではない。
そうなるときちんと調べるのに苦労しない物にしないと儂の矜持が許さんの。
序でに目次と絵を付け足して読みやすくした方がいいじゃろ。
そうすると形はどうしたものか。
単純に本にすると分厚すぎるじゃろうし。
(出来れば小僧が使いやすいものの方が良いじゃろうし)
そこで紙と一緒に置いてあった物に気がついた。
確かこれは小僧の私物じゃったな。
彼奴の世界のものじゃし、扱いやすいじゃろ。
儂は紙の山を作り変えて、転移術式を発動して小僧のアイテムボックスへと転送した。
これでやり残しも無しじゃ。
終わってみると随分と濃厚な仲介仕事じゃったの。こんな長時間一人の転移者に関わるなんぞ罰として一緒に転移させられない限りありえないからの。
「おっと、こうしちゃおれん」
慌てて立ち上がり、テレビにこたつ、甘味類とお酒を出現させて、テレビの電源をつけた。
見るのは、小僧の転移先であるフィリアン・テイルじゃ。小僧があの場所でどう生きるかも気になるが、それ以上にスキルを一つ餞別代わりに送ったからの。それに気づいて反応する小僧の顔を見てやりたいのじゃ。
仲介役の仕事は、既に長期休暇の申請が受理されておるから問題ない。急な休みの申請にかなり怒られたが、元々休みを取らない事を気にされていたようじゃから簡単に受理されたわい。
流石にもう一つの申請はまだ受理されるのに時間が必要じゃろうし、それまではここでまったり見物するのじゃ。
映像が映し出されたが、まだ小僧の姿が映っていない。
どうやら間に合ったようじゃの。
「さて、小僧はどこまでいけるかの」
画面の向こうで何もない場所が突然光り始めた。
次回から異世界生活スタートします。
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