10話 どちらがマシか
映像が終わった。
『これで終了です。勇者パーティーの一人が単独で行動を取り、魔王に捕まった事で勇者は格上相手に無謀な特攻を仕掛けた。これこそ一番の要因です。勇者敗北の過程はご理解いただけたでしょうか?』
鳥はそう締めくくって感想を求めてきたが、俺は返事を返す事が出来なかった。
――――魔王に堕ちた女だぞ。
それがどうした。
――――捕まっているのは上位魔王だ。
それがどうした。
――――人族は既に敗北している安全度1の世界。
そんな事はどうだっていい。
今の思いはたった一つ。
助けたいという気持ちそれだけだ。
今までの世界でもそういう気持ちを抱きはしたが、ここまでの物は無い。
俺はどうすればいいのか分からなかった。
「想像以上だったの。まさか助ける対象に負けるとは」
返事をしない俺の代わりに球体が感想を述べた事で我に返った。
俺は何を考えて。
この世界はスローライフどころか逆転の目がないと言ってもいい困難な世界だぞ。
勇者は見掛け倒しで役に立たない……というか本当に勇者なのか疑いたくなるレベルだ。
こんな世界誰も好き好んでいこうなどとは絶対に思わない。
「……球体様、俺決めたわ」
「誰が球体様じゃっ!? 儂は神様じゃ」
「そんな事より俺この世界を選ぶことにしたから」
「良くないわっ!! ……ぶほっ、ちょっと待て。お主何と言った!?」
予想通りの予想以上に驚かれた。
そりゃそうか。
自分でもこの選択に驚いているんだから球体が驚くのも無理はない。
なのでもう一度はっきりと言ってやる。
「だからこの世界を選ぶってそう言ったんだよ」
「お主、本気で言っておるのかっ!? 馬鹿か? いや馬鹿じゃな。どういう結論をすればそうなるのじゃ。もう一度この世界を思い返してみるのじゃ」
安全度1の人類が安全に生活できる最低レベルの世界。
種族の命運をかけた戦いに敗北して人族の領地は既に各魔王に占領されてしまっている。
捕まった者は全員奴隷にされていて生き残りはいないと言っていい。
転移した所で反撃どころか生きていくだけでもキツイ。
(超ハードモードな世界だな)
でも考えは変わらない。
俺はこの世界に行きたいと……行かなければならないと本能が告げている。
こうなったらもう無理だ。
どんな好条件でもこの世界じゃなきゃ後悔する。
「……儂はただの仲介人じゃ。転移する本人が選んだ世界であれば口出しはせん」
流石球体だな。
転移者が死地に向かって求めない仕事神。
「じゃが今回ばかりは言わせてもらうぞ。この世界は駄目じゃ。送り出す事は賛同できん」
……意外だ。
まさか心配するような発言をするなんて。
この球体にも良心があったのか!?
「お主、折角儂が忠告しておるのに失礼なこと考えとるじゃろ」
そんな事ないぞ。
ただ似合わな過ぎて少し鳥肌がたっただけだ。
言っている事は至極真っ当だと思う。
「そもそもお主の世界は安全度10にランクされる世界。10から1の環境に変わった世界で生きていけるとは思えん。まだ保留にしている世界の方が100倍マシな生活を送れるのじゃぞ」
「そうだな」
球体の言う事は正しい。
正論過ぎて肯定するしかない程だ。
だけど一つだけ訂正したい。
確かにあの世界は生きていく上で過酷で危険ですぐに死んでしまう可能性が高い世界だ。
こんな世界よりも他の世界の方がマシだろう。
でもこの異世界転移で求める者とは何か。
安全か?
確かにスローライフはいいと思っている。
でもただ生きていくだけではない。
俺はあの世界が嫌いだ。
一見安全で死とは無縁な生活を送れる。
でも退屈で窮屈で自由とは無縁だ。
俺はあの世界が嫌いだ。
法律だとか、秩序だとか、ルールだとか昔の人間が作ったものに縛られて生活している気がして。
俺はあの世界が嫌いだ。
常識に従わない生きていく事を否定してくるあの世界が。
だから安全度1だろうと、魔族が支配してようと、仲間がいなかろうと、この崩壊している世界は俺にとっては自分のいた世界より何倍もマシだ。
比べるべきは最良の世界じゃない。
自分の世界よりもマシで魅力を感じたんならそれでいいんだ。
「やっぱりこの世界にしようと思う」
「……そうか。忠告は下からの。それでも行くというのならもう止めはせん。その結果どうなっても儂は知らんからの」
爺のツンデレは誰も喜ばないぞ。
「やっぱ失礼なこと考えとるじゃろっ!?」
◆
Side:球体本体
――――変な奴が来よった。
転移者に転移方法の説明をして、世界を選ばせて送り続ける。
もう何年もこの仕事に勤めて、多くの転移者の相手をしてきた。
一般的な転移者は、異世界転移という状況についていけず混乱するか、舞い上がって喜ぶか。
どちらも儂の話を話半分で聞き流して、自分勝手にプロフィールを閲覧し出して良さそうじゃと思ったらさっさと異世界へと向かっていく。
早い者だと1時間経たずに全てを決めて行ってしまう事もある。
それには仕方のない理由があるがの。
この空間は何もない真っ白なだけの空間じゃ。
最初こそ空間の異常さに驚きはするが、すぐに飽きてしまう。
何もないのは"早く異世界を選べば退屈ではない毎日を送ることができる"と無意識の内に選択を促しておるからじゃが必要以上に影響を受ける者も多い。
更にこの空間は、転移者達の住んでいた世界よりも上位の世界じゃ。
時間を止めておるから害は全くない。
それでも本能的に居心地が悪く早く離れたいと感じてしまう。
じゃから本人達は慎重に考えたつもりでも、ある程度自分の望む世界を見つければ、簡単に妥協して満足して転移していくのじゃ。
そんなじゃから当然、そう言った転移者は早期で死亡する可能性が高くなる。
特にここ最近は敢えて低待遇の安全度の低い世界を何の考えも無しに選ぶ馬鹿な転移者が増えておる。
結果として死亡者が増加。
世界神側からのクレームが殺到し、上層から注意を受ける会議が行われるようになった。
とはいえ上層部は儂らの仕事を本当に理解できておらんから注意だけで具体的な案はまるでない。
その所為で馬鹿な同僚がすぐに死なない様に、と勝手に強力な加護を与えたりする。
これが現在儂らの現場では問題になっておる。
話が逸れたの。
今は話したいのは普通の反応ではない。
転移者の中でごく稀に普通の反応とは違う者達がやってくる事がある。
儂の忠告を理解して、世界には色々な落とし穴がある事に気がつき、詳細をよく観察をして世界選びをする者達じゃ。
そういった者達は、自分の欲求を満たしつつ、安全度の高い世界を探すまで時間を掛けて選択していく。
じゃからほとんどの者が転移先で人生を謳歌できていた。
この小僧もその稀な人間なんじゃな、と思い、世界が決まるまで気長に待つことにした。
小僧はそれなりに見る目がある様で保留にしている世界もなかなか悪くない。
特にロズワルドは、高待遇、低リスクの優良依頼じゃ。
この世界を選べばまず勝ち組確定じゃろう。
それなのに、蓋を開けてみればどうじゃ。
小僧の奴、最も良い条件の世界を選ぶどころか、基本選んだ世界について口出しをしない儂らですら止めに入る安全度1の世界を選びおった。
小僧に説明した安全度の定義の話、『安全度2は、魔族と戦争に入ってしまった世界』、『安全度1は、人族が安全に生活するのも困難な世界』と説明したが、これでは説明不足じゃ。
安全度2の世界は、戦争をしておるのは正しい。
じゃが戦争ぐらいは安全度10の世界でも行われておる。
安全度2の戦争とは人間同士の領土の取り合いや植民地にするなんて生易しい物ではなく、種族としての存亡をかけた戦争が起きておる世界の事を言う。
負ければ後がない戦い。
転移したら確実に戦争に巻き込まれる。
転移者には、強者になれるだけの力を与えられるが、その力は決して無敵ではない。
殴られれば痛みを感じ、斬られれば血を流す。
百万の軍勢を倒せる魔法があったとしても魔力が尽きてゴブリンに殺される事だってありえる。
転移者とは、死ねる存在なのだ。
そうでなくとも強いのは転移者自身のみ。
昨日まで笑いあっていた戦友が屍になっていることもあれば、安全だと思っていた街が襲われて最愛の人を失うこともあるのだ。
そう言った悲劇を覚悟しなければ安全度2の世界では生きてはいけない。
世界神側もそれを理解しているから安全度2の世界は、多く存在するが、依頼を頼んでくる世界は少ないのだ。
依頼よりも確実に状況を好転させられそうな人間を選び、転移者の意思を無視して召喚する。
俗に言う、勇者召喚が主流じゃ。
では安全度1はどんな世界かと言えば、奪う、奪われるの関係は終わり、奪われ踏み躙られるのみとなる。
許可のない転移・転生は禁止されて、勇者召喚すら行わせてもらえず、世界神の干渉も厳しく制限される。
おまけに現地人の手で状況をひっくり返す可能性はない。
もはや完全に状況は詰んでおる。
逆転の目はない希望の光はすべて消えた。
この世界はもう立ち上がれない。
そう判断された世界が安全度1の世界である。
最後の悪足掻きで依頼してくる世界はあるが、手に取る者はまずいない。
人知れずに選択画面の中から埋れていき、消えるはず……じゃった。
それを小僧は掬い取った。
説明を聞かない者がたまたま取ったのではなく、慎重に慎重を重ねて世界選びをしていた小僧が危険を承知で選んだのじゃ。
こんな選択をした者は、少なくとも儂が今まで相手してきた転移者の中には居なかったの。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
小僧の分身体に声が漏れん様に気をつけながら、ケタケタと笑う。
本当に変な奴が来おった。
この儂が久しぶりに休暇を取って、送った者の人生を見てみたいと思ってしまったではないか。
一体この小僧がこの絶望に満ち足りた世界をどう乗り切るのか、それともどんな絶望を迎えるのか。今から楽しみで仕方ないわい。




