9話 勇者失敗
映像に映し出されていた内容は全て終戦後の物だった。
どのような経緯で魔族が勝利することになったのかは『勇者が敗北したから』としか伝えていない。
戦争は数百年も続いている。
その間、何世代もの勇者が誕生していて、全員が少なからず魔王を倒して連合軍の窮地を打開してきたはずだ。
なのになぜ今世の勇者に限って魔王を一体も倒すことなく敗北するという状況になってしまったのか。
自分でなくとも気になるのではないだろうか。
何の前情報もない状態で思い浮かぶのは今世の勇者が歴代最弱だったから。
これなら負けても仕方がないと簡単に納得できる。
しかしどうもそうではないらしい。
鳥曰く、今世の勇者の素質は歴代勇者でも1、2を争うレベルだったそうだ。
そうなると尚更なんだって負けたんだという話になる。
『敗北した要因はいくつもの不幸の積み重ねによるものです』
そう言って鳥は勇者の情報を開示した。
勇者の生まれた国はエリカーサ王国。
特に裕福でも貧しくもない国の村に生まれた。
家庭が貧しかったという事も、虐待や不慮の事故による近親が無くなるなんて不幸は一切起こっていない。
環境としては良好な幼少期を送ったと思われる。
8歳で勇者であることが分かり、生まれ育った町を離れて王都で生活を始める。
そこで7年間、各国の猛者達から指導を受ける。
15歳で成人を迎えたのを機に勇者パーティーを結成して魔族と戦う旅が始まった。
ここで最初の要因が出た。
その要因とは、旅の軍資金。
旅立つ前に王に謁見して貰うお金だが、これが少なかった。
どれだけ少ないかというと金貨と銀貨程の差……100分の1の資金しか持たされていなかったようだ。
そうなった原因は国のトップ。
エリカーサ王国は貧乏ではない。かといって裕福でもなかった。
だが勇者が誕生したことで勇者排出国として他国から大量の金銭や贈り物を貰うようになる。
その金は勇者の育成のための金であったが、国のトップ達はこの金を勇者の物ではなく国の物として国の発展と自分達の私利私欲のために使用した。
御蔭でエリカーサ王国は大国にも負けない技術を持つ国になった。
そして余った金を勇者の軍資金にしたため満足な額を貰えなかったと。
資金不足によってどんな影響が起こるのかは想像に容易い。
旅先での宿泊費や食費、戦闘で使用する装備やアイテム。
どれもお金が掛かるだろう。
その資金が歴代勇者よりも早く底がつく。
適した地での滞在期間の短縮、野宿の増加、依頼の選別、と色々差が出ていくる。
『とは言ってもこの要因はそこまで大きな影響はありません。この程度の差は誤差の範囲ですので勇者の行動次第で十分に取り戻せたでしょう』
(まぁそうだな。ゲームと違って旅立ちの段階で装備は店では買えないような一級品を持たされているエ新装備にする必要がない。宿泊費も勇者一行って事で領主の家に泊めてもらえるだろうしな)
旅に出てから金銭面で大きなトラブルが起こったとはない事からも些細な要因だと思える。
次の要因は最初に狙った魔王。
勇者と言っても最初の実力は一般人と変わらない。
ただ特別なスキルとレベルアップの際に生じる能力の上昇値が多いだけだ。
普通に鍛錬して魔物を討伐しただけで得られる強さはたかが知れている。
そこから勇者として最強になっていくには弱い魔王を倒して糧にする必要がある。
魔王を倒した前と後とでは勇者の力はかなり違うようだ。
いかに倒せる魔王を最初に選ぶか。
最初の魔王選びは非常に重要になってくる。
ただしこの事は勇者は知らない様だ。
歴代勇者もそう言った事は知らずに戦っている。
ではなぜ今までは大丈夫だったのかというと、幸いなことに前線に出る魔王は総じて魔王の中でも弱い部類が多いからだ。
それが強い魔王からの命令か、それとも攻める理由があるかは定かではないが、開戦当初から前線には弱い魔王が出る現象は続いている。
勇者にとっては随分と都合のいい習性だと思う。
なので重要とは言っても普通であれば倒せるレベルの魔王と戦える様だ。
それを今世の勇者は失敗した。
前線には6体の魔王がいる。
その内の5体は勇者でも倒せる下位の魔王だったが、1体中位クラスがいた。
その魔王は魔王討伐経験のない勇者では勝ち目がない相手で見事に返り討ちに合った。
(どうしてその魔王を選んだかは、初陣だから一番被害を出している魔王を倒して華々しく飾りたかったから……自業自得じゃん)
敗北ではなく撤退とあるので生き延びてはいるみたいだけど。
『そうです。格上でしたが敗北しなかった。歴代勇者が同じ条件で戦ってこの結果を得られるものは僅かしかいないのでやはり素質は高かったかと』
……というか、これは敗北の要因か?
正直、初戦敗北はゲームなら定番の展開。
この敗走をバネに飛躍的に成長していくというのはよくある話だ。
この話には続きがある?
敗走した後、勇者は同じ魔王にリベンジする事を選んで勝つための修行を始めた。
一見何も問題もないように見えるが?
しかし完全に悪手らしい。
この世界では強力なスキルや勇者の素質があってもレベルが低いと真価を発揮しない。
なのでこの場面で勇者が行うべきだったのは、同じ魔王に固執せず他の魔王討伐に切り替える。
そうでなくても魔族を討伐していたらまだマシだった。
しかし勝てなかったのは自分の技術不足だと思い込み修行内容はスキル上げと戦術の見直し。
レベル上げはその合間の時間しか行っていない。
確かに悪手だ。
この判断で今世の勇者は歴代勇者より更に差が開いていく。
もはや完全な序盤育成ミスに陥っている。
これがゲームの世界であったならコンテニューするところだ。
『それでもスキル上げには成功しています。この段階ではまだ巻き返す事が出来たでしょう』
スキルはいずれ上げないといけないから前倒しで行っていると思えばまだ大丈夫か?
結構無理があるけど。
『次が勇者敗北の一番の原因です』
◆
鳥の言葉に反応して詳細と同じように映像が映し出される。
視点は勇者……ではなくとても美しい女性だった。
名前はエリティア。
高い位置に束ねた金髪ロングのポニーテールを靡かせ、真っ赤な金属製の鎧を装備していた。
クルーな目元と強気な表情には自信が感じられる。
種族は人族で、年齢は17歳(一年前なので転移時は18歳)
勇者パーティーメンバーの一人で前衛を任されている。
職業は聖騎士のようだ。
得物である槍を背負って歩いているだけなのに凛とした姿勢や立ち振る舞いから高貴な気品を感じられる。
その予想は合っていた。
彼女はエリカーサ王国の王族。
本物の王女様であった。
この映像は先程話にあった魔王との初戦敗走から一週間経過した頃の物のようだ。
街へと撤退した後、勇者は修行を行うことを仲間に話して、勇者パーティーメンバーは二つに別れた。
一つは勇者と共について行って修行を行う者。
もう一つは勇者と離れて修行をする者だ。
エリティアは後者で王都にいる師匠に修行をつけてもらう為に帰省している途中とある。
だから今彼女の周りには誰もいなかった。
(これが一体どんな要因になるんだろうか?)
事件は街からだいぶ経過してから起こった。
彼女の前に大量の魔族が現れたのだ。
遠距離支援も、回復役も、サポートすらない状態で魔族を複数体相手にする。
エリティアは勝ち目がないとすぐに逃げる事を選択した。
一度の接触もせずに逃走した判断の良さに現れた魔族達はついて行けず逃走は成功か、と思ったが、魔族は更に一枚上手だった。
逃げる先にもすでに魔族が待ち構えていて、完全に包囲されていたのだ。
街からは既に距離があるので救援は期待できない。
勝ち目無し、逃げ場無し、助け無し。
エリティアは一瞬悲壮感な表情をした後、槍を手にして魔族相手に戦った。
しかし予想を覆る事はなく、多数の魔族に防戦一方で、最後には得物が折れて気絶させられた。
殺していない。
まだ息をしていた。
殺す気はないのか魔族達は気絶したエリティアを担いで運んでいった。
連れて行ったのは魔王の居城だ。
ここに住んでいる魔王は名をブロー。
真っ赤な三つの眼に巨大な体躯、鎧のような皮膚と筋肉に象徴のような角。
ラスボスに相応しい厳つい姿をした魔王だった。
「お前が勇者パーティーの一人か」
「そうよ。まさか魔王が一人の所を狙って拉致してくるなんて卑怯な事してくるとは思わなかったわ」
「魔族に卑怯はないだろう」
ブローはそう言って首輪を取り出した。
首輪の形状はファッションなどでつけるオシャレアイテムなどではなく、奴隷が着ける様な鉄製の鎖付きだった。
(禍々しい気配のする首輪だとてもただの首輪とは思えないな)
首輪の名称は"奴隷の首輪"
マジでそのままだ。
それに普通の奴隷の首輪とも違うようだ。
あの奴隷の首輪は魔王ブローの能力を宿した特別製とある。
エリティアも奴隷の首輪が不味い物であることはすぐに察して抵抗を始めるが、既に武器も防具も外されていては大した抵抗もできず嵌められてしまった。
「イヤァァァ――――!!」
嵌められた途端、エリティアは苦悶の表情となって首輪を掴んで外そうとし出した。
嵌められた事に対して嫌がっているというレベルじゃない。
なにか目に見えない事がエリティアのみに起こっているように見えた。
『魔王ブローの奴隷の首輪には洗脳のような効果があります』
洗脳……。
「これで準備は整った。さぁ、メインディッシュが餌に喰いつくまで待つとしよう」
魔王ブローはエリティアの事など無視して周りに集まった魔族にそう言い、魔族達もそれに応える。
メインディッシュ。
たぶん勇者の事だろう。
彼女は勇者を釣るための餌にされたわけか。
エリティアが捕まった事に気づいたのはそれから5日後。
到着日になっても姿を見せないエリティアの安否を心配した師匠が国王に通報して調べさせたことで発覚したようだ。
居場所を突き止めるのに1ヵ月。
そして救出実行は……2か月後? 遅すぎじゃない?
『連合軍は既に救出に避ける人員がない程疲弊しています。なので救出は勇者にすべて一任されました。そして勇者が修行を終えてから助けに行ったので2カ月も掛かりました』
映像は勇者パーティーとそれを助ける3パーティーの25名が魔王城に挑むシーンに変わった。
戦況はかなり苦戦している。
まぁ当然か。
撤退させられた時の魔王は中位レベルだった。
だが魔王ブローは魔王の中でも最悪の一体とされる上位魔王だ。
その魔王のある部下が弱い訳がない。
(それに搦め手や伏兵と言った戦術も使ってくる嫌らしさもある)
正面突破で突っ込んでくる勇者パーティーなどいい標的で次々と戦闘不能者が出ていった。
(メンバーの7割を切ったのにまだ撤退しないのか? ……いや出来ないのか。既に前回撤退に追い込まれたから修行したんだ。その修行を終えたばかりで再び撤退なんてしたら勇者として示しがつかない。そんなとこだろう)
また一人やられて遂に残り6名にまでなってしまった。
このまま終わるのかと思った時、魔族達が一旦引いた。
そして入れ替わる様に5体の魔族とフードを深くかぶって顔を隠してはいるけどエリティアが勇者たちの前に現れた。
エリティアは拘束されていない?
それに5体の魔族はエリティアの指示を聞いているように見えるな。
勇者たちはフードの女性がエリティアであることに気づいていない。
そうして動き出すと魔族達は勇者以外を一対一に持ち込み、残った勇者はエリティアが相手をした。
二人の戦いはまさかの互角。
修行して強くなったという割にエリティアに全て捌き切られていた。
そうして苦戦している間にも勇者の仲間は次々とやられていく。
そして、
「エリーっ!? なんで」
戦いの最中にフードがめくれてエリティアだとようやく気がついた勇者が隙を作って一撃を食らった。
意識はあるが、もう動けそうにない。
勝負ありだ。
「久しぶりね。私と別れてからだいぶ強くなったじゃない。修行の成果が出ていて嬉しいわ。まぁその程度の力では手遅れなんだけど」
「何を言って、俺達は君を助けに」
「魔王様どころか私にも負ける様なあなたが私を助ける? 言っておくけど貴方達がここまで来るまでに戦った魔族よりも強い魔族はここには五万といるのよ」
「目を覚ませ。君は操られているんだ。君ほどの人が魔王の洗脳に屈する訳がない。抗って正気に戻って僕の手を取ってくれ。今ならまだ君を連れてここから脱出するくらい――――」
「まだそんなこと考えてるの? 悪いけどそういうのいらないから。ここに来るのにも二カ月も掛かってるのによく言うわ」
エリティアは勇者の反応にやれやれと言った呆れた態度で勇者の首元を掴んで奥へと連れて行った。
その先には当然魔王ブローが居て勇者はここから牢獄の中で生活する事になる。