悪魔の契約内容に偽りは基本
冒頭3篇こんな感じでございます。
重かったり軽かったりの差が激しい作品になると思いますが
楽しんで書いていきたいなと思うのでよかったら感想なり評価してもらえると嬉しいです!
励みになりますんで、ハイ。
(……パ、………パパ、今、助けるね)
「え?」
頭の中に響いた知らない誰かの声。
それが何を意味するのか?
誰何する時間も、考える時間も、俺には与えられなかった。
声と同時に左手に握った宝石から凄まじい炎があふれ出し、
それは一瞬で俺の周囲に、そして足元に渦を巻いたのだ。
「こ、これは…ぎゃあああああああああ!!」
突然の出来事に動揺する『オセ』が後ずさる。
炎はそんなオセに対し、まるで生き物であるかのように襲いかかり
一瞬で真っ白な灰へと変えてしまう。
黒こげ、ではなく真っ白な灰に。
それは一体どれほどの火力だというのか。
足元の炎はパチパチと地を、雑草を焼き焦がしながら渦を巻く。
アナコンダが獲物を絞め殺すとき、
その周囲でとぐろを巻いて一気に締め上げると聞いたことがあるが
俺の置かれている状況は正にそんな感じの状況。
「あ、俺死んだかも…」
そんな諦念にかられても仕方ないと思う。
常識的に考えれば即死級の超常の炎に囲まれていたのだから。
もっとも最初から絶賛炙られ中だった訳で、
考える間もなく死んでいてもおかしくなかったのだけど。
炎は俺を焼かなかった。
あっさりと『オセ』を灰にした劫火は、
俺を抱きしめるかのように周囲で渦を巻いたまま。
吹き上がる風の熱さえも肌を焼くことなく
そのまま地面を焼き複雑な模様を描いていく。
左手に握ったはずの宝石は、いつの間にか溶けるように消えていた。
もっとも、そんな些細な事に気づける余裕などなく
いつこの炎が俺を灰に変えるのか?
そんな不安で頭はいっぱいである。
地面に焼き付けられた赤熱する模様は魔法陣。
ある「悪魔」を召喚する為の召喚陣。
もちろん俺は、その陣が何なのかなんて知らない。
地面を走る炎が、俺を取り巻く炎が、
大気を焼き、大地を焼き、踊る様に揺らめく様を
呆けたように見守るだけだ。
それは時間にして10秒にも満たなかったのだけれど。
陣が完成する。
炎が、天を焼く炎が立ち上った。
まさに天壌の劫火
立ち上る炎は空を瞬く間に覆いつくし、
流星のように周囲へと降り注ぐ。
降り注いだ炎は容赦なく家も、木々も、車も、人も焼き払い
真っ白い灰へと変えていく。
世界が、炎に包まれていく。
揺らぐ陽炎
踊る炎と風に乗り散っていく白の灰
その幻想的な光景に、破滅的な情景に、
なぜか心が躍った。
「……なんて、美しい……つっ!?」
降り注ぐ炎の欠片が左目に入り、慌てて払おうとするも
目が焼かれることもなく、痛みもなかった。
死の恐怖は消え、ただただ眼前の状景に見惚れ
心焦れ、魅了されるのみ。
「パパ」
いつの間にか、目の前には一人の女性が立っていた。
「パパ………逢いたかったよ、パパ」
泣きそうな顔でその女性は両手を広げる。
揺らぐ炎を照り返す長い髪は白銀の煌めき
その瞳は炎より強く、熱く燃えるような深紅
白磁の肌は炎を纏っていながらもなお白く
燃え盛る炎と紅い豪奢なドレスで豊満な肢体を包む。
年の頃は10代後半か20程か?
どことなく欧米ないしロシア系?という雰囲気の美女だった。
少なくとも知り合いには絶対にこんな女性はいない。
そんな美女が、俺を「パパ」と呼ぶ。
・・・彼女が、『オセ』が言っていた『淫魔』なのだろうか?
それにしたって、親子プレイなんて流石にどうかと思うんだ。
背徳感以前に、通報レベルだと思う。
そんなどうしようもなく間抜けな思いに囚われていると
「パパ………名前を、呼んで?」
と、目の前の女性は唐突に唐突な無茶ぶりを無茶ぶってきた。
「な、名前!?」
いきなりなその注文に反射的に問い返せば、
若干の焦りを滲ませた顔で女性は頷く。
名前、名付け、命名、設定。
……これは何かのゲーム的イベントか?
「召喚したヒロインに名前を付けてあげてね!」的な?
自分の嫁に自由に名前を付けられるというのは確かにある種の浪漫だが。
だがそういう大事なことは、先に説明しとけや!
と思うのは当然だと思う。
ゲームなら放置して悩んでも誰も困らないが、
目の前に本人がいる状況でこれは辛い。
思考時間なんてあって無きが如し、だ。
こんなことを考えながらも脳内では必死で思考ナウ。
何でこんなことになってんだろう?とか
自分が置かれている状況が意味不明だとか、
そんなことは一切吹き飛び
目の前の女性がせめて悲しまないような名前を…!
そんな想いで、俺の頭はいっぱいだった。
「………凛、いや、違う、『ほのか』、ほのか、でどうだ!?」
凛とした炎、で凛、と考えたものの
炎、焔、ほのおの中に咲く花で「焔花」、
漢字だと可愛くないから「ほのか」、にしてみた。
速攻で考えた割には悪くないセンスだと思う。
どこかのラブコメの主人公は「10日に会ったから『灯火』」とかいう
凄まじい名付けをしたりしていたけど、それよりはマシな、筈!
「ほの、か……私は、ほのか」
こちらが悩んでいるのを見て不安げな表情だった女性は
与えられた名前を噛み締めるように呟き、微笑む。
それはまさに焔の中で咲く花の様で。
「私はほのか!……ありがとう、パパ!」
そう言って「ほのか」がこちらへと踏み出した瞬間。
パリン
何かが砕ける音と共に、世界を焼き焦がす全ての炎は
まるで最初からなかったかのように消え去り
「ぐっ……あ……あああああああああ………」
「え、ちょ、ちょっと?」
女性の身体からも纏う炎が燃え散り、火の粉のように消えていく。
炎の勢いが失せるほどに女性の身体はみるみるうちに縮んでいき…
あっという間に小学生か幼稚園児か?というくらいの年齢にまで
若返ってしまった。
容姿は面影を残すものの、年相応の愛らしさで。
纏うドレスは深紅ベースに白のフリルがふんだんに使われた
可愛らしいワンピースに。
まさに「パパ」とこちらを呼ぶのがふさわしいお年頃。
ふらっ…とよろめき、倒れそうな「少女」を慌てて抱きとめ、抱え上げる。
腕の中で、少女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「ん…ぱぱ…」
どこか幸せそうな顔で寝言まで口にする少女を眺めながら。
「……おい、この状況どういうことだよ!
誰か説明しろおおおおおおおおおっ!!」
先ほどまでの騒ぎがまるで全て無かったかのように静けさを取り戻した夜の公園で
俺は胸の内のこの納得のいかない気持ちをとりあえず叫んで吐き出す。
もちろん、そんな俺に答えをくれる奴などどこにもいなかったが。
◆
「……しまった……何となく日本名で名前つけちゃったけど、
どう見ても外人さんな見た目じゃんなぁ……?
欧米風の名前にすりゃあよかったかなぁ?
でもほのかって名前も結構可愛いと思うし……うーん」
突然現れてぶっ倒れた少女を抱え、俺は現在家路を急いでいるところ。
『オセ』と話をした幕曳の公園から自宅までは歩けば30~40分ほどだ。
少女が起きていれば自転車に乗せて走ることもできたのだが、
流石に眠ったままの少女を抱えて片手運転できるスキルは俺にはない。
自転車はいったん放置しようかとも思ったのだが回収に来るのが面倒だし
明日は、ってもう今日か、は休みなのに足が無くなるのは気分的にも萎える。
左手に少女を抱え、右手に自転車を押しながらの帰宅。
正直辛い。
なぜこんな目に合っているんだろう?
「大体、あの悪魔野郎は婚活に来たんじゃないのかよ?
それとも俺が幼児愛好者だとでも言いたいのか?
俺は変態紳士でも変態でもないぞ?
……あの炎の中の美人さんなら話は違うけども……むぅ」
独り言が増えるのは一人暮らしの長さゆえ。
誰も答えてくれないと分かっていても、つい出てしまう戯言。
我ながら寂しい癖だとは思うが自覚がないので直しようもない。
時間は既に深夜の1時頃。
こんな時間に幼女を抱きかかえたおっさんが
夜道を自転車を引きながら歩いていれば
間違いなく巡回のおまわりさんがにっこり笑って
「Hallo!ロリ野郎!」と取り囲んでくれるだろう。
そんな目に合うのはまっぴらごめんなので
進む順路は裏道である。
国道14号から一本山側に入った道を、更に側道を駆使しつつ
梅見川方面へ抜けていく。
地元民に愛される神社、梅見川神社の裏手を通る総武線の線路の側道を
千場方面にしばらく進めば新梅見川駅。
そのすぐ傍に俺の自宅がある。
電車の音はうるさいものの駅まで徒歩3分、家賃は3万5千円。
二階建ての一階角部屋1DK風呂トイレ付。
結構好条件のアパートだと思う。
2階への階段下に自転車を止め、鍵をかける。
「やぁぁぁぁぁっとついたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ふひぃ~、とため息をつきつつ玄関の扉を開ければ
「…………ん?……なんぞこれ?」
そこで俺は妙な違和感に気づく。
自宅の玄関。
そう広くもない玄関スペースにあるべきものは俺の外出用の靴とサンダル
…のみのはずだった。
だが、そこには小さな可愛らしいキャラクターものらしきサンダルが。
明らかに、腕の中でスヤァ~している少女の私物と思しき一品。
嫌な予感に駆られて、少女の靴を脱がせてとりあえず適当に放置しつつ
部屋の引き戸を開ける。
部屋の中は、出かける前のままだった。
あくまで「俺の私物の多く」は。
本棚やパソコンデスクはそのままだったが…
部屋の中に散らばる赤い物体は、少女の脱ぎ捨てた洋服だろうか?
見れば洗濯籠には幼児用のおパンツやシャツも。
部屋の中央にひきっぱなしの綿の抜けたぼろい布団は
なぜかキングサイズの羊毛布団に変化していた。
その辺で安く買えるようなやつではなく、専門店で買うような高そうなやつに。
四畳半の狭い部屋の中にそれは凄まじい威容を放って鎮座している。
壁際には妙に大きなジェラルミンケースが置かれていた。
何が入っているのか……怖くて触る気にもなれない。
目の前のこの状況が指し示す答えは一つである。
既に俺はこの少女と「生活を共にしていた」事にされているのだ、という事。
「い、いつの間に…不法侵入?
てか、やっぱりこの子が俺の嫁なわけ?
マジでか?犯罪だぞこれ……勘弁してくれよぉ!」
自分をパパと呼ぶお年頃の幼女を嫁にしろという事なのか?
それとも本気で嫁通り越して娘が現れたとでもいうのか?
どちらにせよ俺が置かれた状況はろくなもんじゃないのだけは間違いなく。
自分のあずかり知らぬところで勝手に変えられていた生活。
降りかかる理不尽なまでの非日常は、
退屈な、ただ生きるために日々を重ねていくだけの俺の人生を
確実に、着実に、破壊していく。
俺が「何でもない平穏な日常」を取り返す日は、もう来ない。